第43話アシェラ part4
43.アシェラ part4
手術はだいぶ前に始まっていた。
オレは病室の外で感染症予防のために、菌を殺すイメージで空気を洗浄しながら待っている所だ。
横ではハルヴァとアシェラがルーシェさんの無事を必死になって祈っていた。
「グラン騎士爵家が、回復魔法使いの名家とは知りませんでした」
「私がルーシェと出会ったのも、傷の手当をしてもらった事からでした……」
「そんな馴れ初めが……」
「ルーシェを実家に帰らせたのもグラン家であれば治せると信じて……こんな事なら騎士団をやめて一緒に住めば良かった」
「……」
「すみません。アルド様には関係ない話でした……」
時間だけがゆっくりと過ぎていく。
時々、布やお湯を取に出てくる看護師に話を聞くが、詳しい事は分からないと言われた。
考えてみるとブルーリングの屋敷を出てから休んでいない、今の時刻は深夜になる所だ。
仮眠は取ったといえ2日間の徹夜は流石に厳しく、気を抜くと意識が飛びそうになる。
アシェラもハルヴァも眼の下に隈が出来ているし、きっとオレにも出来ているんだろう。
そうかと言って母親が死の淵にあって眠れるはずもない。
ひたすらに待っていると不意に扉が開く。クリスだ。
手袋もエプロンも血だらけで真っ赤だ……
「アルド君、助けてくれ」
「分かりました」
「かあさまは?!かあさまは大丈夫なの?」
「アシェラ!邪魔しちゃいけない。我慢するんだ……」
アシェラはオレを縋るように見つめてきた。
オレはアシェラに向かって大きく頷くと、急いで病室へと入っていく。
病室に入ると中は血の海だった……
「これは……どういう事ですか……」
「手術自体は上手くいったはずだ。今は出血も止めた。だが、出血が多すぎた……」
「血が足りない……」
「そうだ……血が足りないんだ……何か方法はないのか?」
オレはすぐにルーシェさんのもとへ走り胸に手を当てる。
まずはソナーを打つ。
やはり血が足りない、血が少なすぎて心臓が悲鳴を上げていた。
しかし輸血の魔法は前にも一度やった事がある
輸血のイメージ……1滴、1滴、1滴……
5分ほどするとルーシェさんの顔に赤みが差してきた。多すぎても良くはないだろうが、この出血量だ。
もう5分ほど輸血魔法をかけ続ける。
胸から手を離し脈を測ってみる……分からん……自信は全く無いがたぶん大丈夫だと思う。
これはあれだな、一回成人の基礎データを取った方がいいな。脈の回数とソナーでの正常な体のデータ集めだ。
オレはクリスさんに向き直り、ゆっくりと1つだけ頷いた。
「大丈夫だと思います」
「そうか。ルーシェは助かるのか……」
クリスさんの眼の端には光る物が見える。
それから直ぐにアシェラとハルヴァが部屋に入れられたが、血の海を見たアシェラが気を失ってしまった。
今はアシェラも起こし、ルーシェさんが目覚めるのを待っている所だ。
ルーシェさんも峠を越え、アシェラとオレは流石に休んだ方が良いと客室を用意された。
その時にクリスさんから“同室でも良いよ”と言われたが、後ろでハルヴァがすごい顔で睨んでいたので謹んで個室を用意してもらう。
疲れ果てた体で用意してもらった部屋まで移動し、ベッドに寝転がってからの記憶が無い。
結局、次の日にルーシェさんの意識が戻ったと、ハルヴァが起こしにくるまで眠り続けてしまった。
しかし、不思議な事に起きた時にはアシェラがオレのベッドの中で隣に寝ていたのだ……ハルヴァ、誤解だ、オレは何もしていない……
どうやら部屋に戻ったアシェラがオレに礼を言いに来たが、オレが寝てしまっていたので布団を掛けてくれたようだ。
その時にちょっと横になったら、眠ってしまったらしい。
そうしてハルヴァの誤解を解いてからルーシェさんの部屋へと向かう。
1日ぶりのルーシェさんの顔には生気が戻ってきていた。
全快には程遠いだろうが、最初に会った時のような命の火が消えそうな気配は無くなっている。
本人もここ最近で一番、体調が良いらしい。
「全部、アルド君のおかげね……ありがとう」
「いや、やめてください。オレは偉そうにちょっと、知ってる事を話しただけです」
「そんな事は無いわ。その情報も代々、受け継がれた物でしょう?」
「そんな大した物じゃないです。本当に」
「そう、でも感謝してるのは本当なの。ありがとう、アルド君」
「いえ…」
そう言ってルーシェさんは深々と頭を下げた。
それからオレとアシェラを交互に見て悪戯っ子のような顔をする。
「これで孫の顔がみれそうだわ。そっちも期待してるわね。アルド君」
「な、、、、」
オレが慌てふためいてからアシェラを見ると、真っ赤になって俯いている……カワイイ。
そこへ額に青筋を浮かべたハルヴァがやってくる。
「アルド様……ちょーっと、その辺りのお話をしませんとな……」
「ハ、ハハハ………」
乾いた笑いしか出ねぇ……オレはハルヴァとお話をする事になってしまった。
ルーシェさんの件が落ち着き、改めて考えてみる。
(勢いでここまで来た感じもあるけど、オレってアシェラと婚約したんだよな……)
婚約……結婚……前世では、終ぞ縁の無い物で終わった物だ。
(結婚は15歳になってからとしても、オレ仕事とかどうしよ……領地はエルが継ぐしな………)
やはり将来が不安になるのは異世界でも変わらないらしい。
(もしかしてオレが領主になると思って婚約してくれたとか……一応、領主はエルだって言っておかないとな……)
そんな将来設計を一生懸命にしていると、嬉しそうな顔でアシェラがやってきた。
「アルド、隣いい?」
「お、おう」
「かあさまの事、本当にありがとう」
「おう、気にするな」
「そ、それと……」
「ん?どうした?」
「追いかけて来てくれて嬉しかった……」
「お、お、お」
「お?」
「お、オレも受け入れてくれて嬉しかった……」
2人で真っ赤になりお互い俯いてしまう。甘い空気を出しているとクリスが声をかけてきた。
「おっと。良い雰囲気の所、申し訳ないが少しよろしいかな?」
オレは背筋を伸ばしてクリスに振り返る。
「はい」
オレが返事をすると、アシェラは恥ずかしそうに俯いてどこかに行ってしまった。
「青春ですなぁ」
クリスは微笑ましそうにアシェラを眼で追っている。
「何か用事では?」
「そうでした。実はアシェラの件で、カシュー家から使いの者が来てまして」
「カシュー家は何と?」
「先触れの通りアシェラをカシュー家に差し出せ、と」
「グラン家はどうするつもりで?」
「どうしましょうかね。カシュー家とブルーリング家の騒動に巻き込まれるのは迷惑だからアシェラを差し出せ、という意見が優勢ではありますが」
「なるほど……」
「待ってください。その殺気はしまってください。優勢というだけで決定ではありません」
「……」
「ルーシェの件で借りもある事ですし……逃げませんか?」
「は?」
「勝手に逃げてしまったのであれば、我々にはどうしようもありません」
「それだとルーシェさんは?」
「もちろん一緒に逃げてもらいますよ」
「ルーシェさんは耐えられるのですか?」
「傷は回復魔法で治療済ですし、体力の回復は馬車でも使えば何とか……」
「ルーシェさんは回復魔法が使えるんですか?」
「アイツは兄弟姉妹の中で一番の使い手ですよ」
「それなら……」
「……」
「ハルヴァとルーシェさん、グラン家さえ良ければオレは是非!」
「分かりました。では仕込みに行ってくるとします。また後で……」
それだけ言うと本家の屋敷の方へ向かって、しっかりとした足取りで歩いて行く。
その日の夜、ルーシェさんの病室に全員が集まっていた。
「では満場一致で、皆さんには逃げて頂きます」
「申し訳ない。クリス殿。グラン家に押し付ける形になってしまった……」
「問題ありませんよ。我々もタダという訳ではありません。ブルーリング家へのツテにハルヴァ殿からの多額の治療費、将来の英傑…へのツテ、そして妹の命を救ってもらった」
「ありがとうございます…」
ハルヴァはクリスへ深々と頭を下げる。
「クリス兄さま……ありがとうございます」
「ルーシェ元気で。オマエは金輪際、この地を踏む事は許されない……」
「分かっています。クリス兄さま、他の兄さまや姉さまに愛してると、伝えてください……」
「分かった。ルーシェ、愛してるよ」
「私も……兄さま」
ルーシェさんとクリスの挨拶も終わった。
「アルド君、妹と姪を頼むよ」
「はい。約束します」
クリスは1つだけ大きく頷く。
「アシェラ、短い間だったが会えて良かったよ。他の叔父、叔母、従妹が沢山いるんだ。いつか、この領地の外で会ってやってくれ」
「はい。叔父様。ありがとうございました」
クリスはまた大きく頷いた。
「では今から1時間後に、手引きの者が来る手筈になっている。私はタヌキ達の、足止めをしないといけないのでね。さよならだ」
そう言ってクリスは病室を真っ直ぐに出て行ってしまう。
今から1時間、準備には短いが贅沢は言えない。
オレはブルーリング領までの、長いだろう道のりに思いを馳せた。
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