第190話殲滅
190.殲滅
サンドラの街を出て、今はエルフの郷へと向かっている所だ。
「母様、リーザスさんは大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ。根に持つ性格じゃないのはアルも知ってるでしょ」
「それはそうですが……」
「無理にでも付いてこようとしてたら、アシェラに寝かせてもらうつもりだったし」
「そうなんですか??」
母さんに聞いてからアシェラを見ると、小さく頷いている。恐ろしい師弟だ……
ルイスが上手い事、説得してくれている事に期待しよう。
エルフの郷までの道のりは、マンティス一色だった。
動物も全てマンティスに狩りつくされているようで、野生動物の姿は見えない。これは農作物も含め今年のサンドラの収穫は絶望的だと思われる。
エルフの郷も今から食料を作っても、冬を越せる量が確保できるかどうか……
働き盛りの大人が激減しているのも、大打撃のはずだ。
正直な所、オレにそこまでの責任は無いし、オレの出来る事でも無い。
ただ、オレの心の中がモニョる。
対価無しというわけにはいかないが、何とかしてやりたい。
特にエルフの方は使徒というのがバレている。
使徒のチカラを隠す必要が無いのだ。
この話は一度、爺さんと父さんに相談してみよう。
あの2人ならオレなんかより良いアイデアを出してくれるはずだ。
エルフの郷の途中で昼食を摂る事になった。
休憩は木の上で取っているので当然ながら調理などはできない。
オレ達は悪魔のメニューである黒パンと干し肉を齧りながら、これからの事を話し合った。
「母様、エルフの郷までのマンティスを殲滅して、直ぐにエルフを郷に戻すのですか?」
「そうねぇ……ざっと聞いた話では500人の内、子供が300、老人が100、大人が100って事だし彼らだけで生活するのは難しいでしょうね」
「やっぱり……」
「子供が成長する10年は、助けが必要になるはずよ」
「10年……」
「私達はエルフ本国の援助が軌道に乗るまでの繋ね。それもブルーリングからじゃ無くサンドラ経由が望ましいわ」
「……」
「どうしたの?」
「エルフ達は使徒の件を黙っててくれるでしょうか……」
「それこそ考えてもしょうがないわ。アルは助けるって決めたんでしょ?」
「はい……」
「それなら信じるしか無いわ。サンドラ領でもコンデンスレイを撃っちゃったし、そろそろ名を隠すのも限界なのかもしれないわね」
「そうですね……」
「学園も夏休みが終わると実質、半年で卒業よ。残りの生活を楽しみなさい」
「半年……」
言われてみれば確かに残りは半年しか無い。
成人して貴族籍を抜けた後の事、オリビアとの事、生活の事、考えないといけない事が沢山ある。
異世界に来ても勝手気ままというわけには、いかないようだ。
この件でアシェラに寄りかかるのは流石に情けない。オリビアの件は兎も角、生活をどうするかは父さんと爺さんに相談しようと思う。
それと……もし使徒の件が漏れたらどうなるのだろうか……
使徒の子供が新しい種族になるという事は、少なくとも人族には伝わっていないはずだ。
魔物の討伐に体よく使われるかもしれないが、いきなり謀反だと攻撃される事は無いと思う。
勿論、隠し通せるのが一番なのだが……
色々な事を考えて煮詰まっていると、エルが声をかけてきた。
「兄さま、大丈夫ですよ。少なくとも僕達は間違った事はしていません」
双子故なのだろうか、まるでオレの考えを読んだかのようズバリの事を言ってくる。
「そうだな……ただ、もし迷惑をかける事になったら、その時はスマン……」
「はい。任せてください」
「ありがとう……」
オレとエルの会話を母さん、アシェラ、ライラが優しい眼で見守っていた。
休憩が終わり、再びエルフの郷を目指す。
マンティスの数はだいぶ減っている。群れもどんどん小さくなっており、これなら問題無くエルフの郷へ到着できそうだ。
結局、エルフの郷に到着したのは夕方になってからだった。
かつては郷に溢れかえっていたマンティスだったが、今ではまばらにいるだけで、同種の死体を貪っている。
共食いを意識させた作戦は功を奏していたのだろう。
どうやらオレ達がいなくなってからは、共食いで数を減らしていったようだ。
「郷のマンティスは殲滅しよう。母さんとアシェラ、ライラは外を。オレとエルは近接戦闘ができるから建物の中を殲滅だ」
「「分かったわ」」
「分かった」
「はい」
「建物の中もあまり汚したくないから、出来れば外に連れ出してから倒してくれ」
「はい、兄さま」
そうしてオレ達は日が暮れるまで、マンティスを倒していった。
日が暮れて今は村長の家で夕食を作っている所だ。
村長の家を最初に取り戻して、出入口はバリケードを作って封鎖させてもらった。
オレ達は全員が空間蹴りを使えるので、出入口は2階のベランダになっている。
心配していた魔瘴石だが魔物が壊す事も無く、青い光を出して部屋を照らしていた。
「夕飯はホットドッグと干し肉のスープです」
「量が少ないわねぇ。アル、もうちょっと作りなさいよ」
氷結さんがフザケタ事を言っている。こっちは必死に材料からメニューを考えているのに!
そんなに嫌ならブルーリングに帰れ!そう氷結さんに文句を言おうと、喉まで出かかった言葉を………帰る?
あれ……帰れるんじゃね?わざわざ見張りを置いて野営する意味って……オレは天井で光る魔瘴石を見つめた。
そんなオレの様子を皆が訝し気に見てくる。
「あの……」
「何よ?怒ったの?アルは気が短いわねぇ」
「そうじゃなくて……帰れば良いんじゃないかと……」
「酷い!実の母親にここから帰れなんて……私はアナタをそんな風に育てた覚えはないわ!」
「あ、じゃあ母様、これ、どうぞ……」
オレは作りかけてた料理を母さんに渡した。
「全部、食べて良いの?」
「ええ、どうぞ……」
周りは驚いた様子でオレを見たが、何かあると思ったのだろう。ジッと見守っている。
20分ほどしてホットドックを3つ、スープを1杯食べ終わって満足そうな母さんが話し出す。
「アル、何か隠してない?」
「いえ、隠してはないですよ」
「じゃあ、何で私が好きに食べるのを止めないのよ」
「あ、いらなくなったので……」
「いらない?」
「ええ、それじゃ、そろそろ帰りましょうか」
「帰る?どこに?」
「僕達が帰るのはブルーリングか王都しかないでしょ」
「……どうやって。あ……」
氷結さんもどうやら気が付いたようだ。
全員が天井で光る青い石を見つめている……
「ズルイ!私も屋敷で食事がしたかった!」
「母様も屋敷で食べれば良いじゃないですか」
「お腹いっぱいで食べれないじゃない!」
「それは僕に言われても……」
「ズルイ!ズルイ!」
それからアオを呼びブルーリングに飛ぶまで……いや、飛んでからも氷結さんの文句は続いている。
あまりに五月蠅いのでカキ氷を作ってやったら満足したのか、やっと静かになってくれた。
久しぶりにエルと一緒に風呂へ入り、旅の疲れを洗い流していく。
一連のマンティスの騒動は、終わりでは無いが峠は越えたはずだ。
オレは風呂から出ると父さんがいる、執務室へと向かった。
「アルドです。よろしいでしょうか?」
執務室の扉の前でノックをし、声をかける。
「どうぞ……」
許可をもらって中に入ると、父さんとローランドが何か書類を持っていた。
きっと何か、仕事中だったのだろう。
「アル、どうしたんだい?」
「少しお話がしたいのですが大丈夫でしょうか」
「ああ、問題ないよ」
「実はエルフの事なのですが………」
オレはそこから昼間に母さんと話した、エルフをどのタイミングでエルフの郷へ返すのか、返すだけでは彼らは立ち行かないのでは無いか、無償とはいかないが対価を貰って支援できないか、などを話した。
「今の彼らに対価を払えるとは思えない……それに双方の国を通さずに支援は流石に越権行為だ。昔から付き合いがあるサンドラならいざ知らず……」
「そうですか……分かりました……ではサンドラに食料援助が出来る余裕がブルーリングにはあるんでしょうか?」
「そこは完全とはいかないがアル達が使徒になってから、全ての農作物が右肩上がりになっているよ。サンドラ全部は無理だとしてもかなりの支援は出来ると思う」
「全ての農作物が?」
「ああ、僕はこの地が精霊に祝福されているんだろうと思う」
「アオが……」
オレは父さんの元を失礼して自室へと戻ると、すぐに指輪に魔力を送りアオを呼び出した。
「アルド、どうしたんだい?」
「アオ、少し教えてほしい事があるんだ」
「何だい?」
「ブルーリングで農作物の収穫量が増えてるのは、アオが何かやったのか?」
「ああ、僕がマナを操作して土地に祝福を与えたんだ」
「祝福……」
「領域だって毎年、少しずつ大きくなってる」
「領域も……」
オレはアオの顔をマジマジと見つめてしまう。コイツもしかして有能だったのか?
「今回の大蛇の森も同じように?」
「ああ、土地に祝福を与えるつもりだよ」
「その祝福は魔瘴石の領域でもできるのか?」
「そりゃ、無理だ。魔瘴石のチカラを全部使っても、せいぜい1~2年の祝福が限界だね」
「1~2年の祝福は与えられるんだな?」
「ん?まあね。でも魔瘴石は無くなるし、本当に1~2年だけだよ」
「それで充分だ」
「充分?1~2年で?人はやっぱり良く分からないなぁ。用事はこれだけかい?それなら僕は帰らせてもらうよ」
「ああ、ありがとう。アオ」
「あ、そうだ。大蛇の森での”ギフト”は魔力操作だったよ。魔力変化に続き、魔力操作とは運が良いね」
アオは言いたい事だけ言って消えていく。
ギフト……マナスポットを解放する事で上がる能力の事か。
オレはウィンドバレットを出すと、11個が限界だったはずなのに12個出す事ができた。
「これは……相変わらず言うのが遅いんだよ。アオは……」
結局、マンティスの殲滅には1か月の時間がかかった。
この1か月の間、オレ達は朝になるとエルフの郷へ飛び、夜になるとブルーリングに戻る生活を続けている。
オレとライラ、エルとアシェラのペアに別れ、まさに虱潰しにマンティスを狩り続けた。
恐らくは主の放ったマンティスは殲滅できたと思われる。昨日など1日中探し回って2匹のマンティスを見つけただけだ。
因みにメンバーに母さんが入っていないのは、いつもの発作で面倒くさくなったらしい。
母さんは先日、村長から巻き上げた”若返りの霊薬”を1本飲み20代半ばの見た目になった。
毎日、父さんを寝室に引っ張り込んでは何事かに励んでいるそうだ。
新しい弟か妹を見る日は近いかもしれない。
エルフの郷だが片付けや準備のために、50人の大人のエルフはだいぶ前から郷へ戻ってもらっている。
先日、最低限ではあるが、エルフの郷の準備が完了したと報告があった。
8月になる今日を持ってエルフは全員が郷へ帰り、オレ達の仕事も終了となる。
そして全ての事が終わったタイミングで、アオに魔瘴石を使って土地に祝福を与えてもらうのだ。
この祝福の件については村長と幹部のエルフには話してあり、了承ももらってある。
それに明日にはエルフ本国からの、救援隊が到着する予定のはずだ。
恐らくは、もう会う事は無いと思うが折角助けた命を無駄にせず、頑張って生き抜いて欲しいと思う。
餞別としてブルーリングからの援助で、オレ特製の保存食を沢山おいていくことにした。
”氷だけは切らすな”と口酸っぱく言ったので1か月は持つだろう。
実はエルフ達は放っておくと直ぐにオレとエルを”御使い様”と崇めだすので非常に居心地が悪い。
「村長、出来る事はしたつもりです。後は大変だとは思いますが頑張ってください」
「勿体無いお言葉……この御恩は我が郷に語り継ぎ、6番目の種族に何かがあれば、必ず恩をお返しするように言い伝えます」
「6番目の種族……エルフには使徒の事が、しっかりと伝わっているのですね」
「はい。郷の村長や国の上層部には、御使い様や精霊様の事が語り継がれています」
「そうですか……もっとお話しできると良かったのですが……」
「はい……」
オレは指輪に魔力を込めアオを呼び出す。
「アオ、前に話した通り、オレ達を飛ばした後は魔瘴石を使って、こことサンドラの土地に祝福を頼む」
「分かってるよ。何度もしつこいよ、アルドは……」
オレとアオが話していると村長が「ありがとうございます。ドライアド様……」と呟いた。
「ドライアド……待ってくれ。アイツと一緒にしないでくれるかな?」
いきなりアオがキレだした。
「すみません……ドライアド様は奔放で可愛らしい少女の姿とは聞いていたのですが……」
「奔放?物は言いようだね。あれは我儘って言うと思うよ。全く……」
「申し訳ありません。同じ精霊様だと思ってしまい……」
「ふー。もう……面倒くさいけど次にドライアドに会ったら伝えといてあげるよ。何を伝えるんだい?」
「おおぉぉ……”感謝しています”とお伝えください……ありがとうございます。5番目の精霊様……」
村長の後ろのエルフも全員が土下座をしてオレ達を崇めてくる……うへぇ。
「アオ、飛ばしてくれ!」
「わ、分かったよ」
そうしてエルフの大土下座大会の中、オレ達はブルーリングへと帰って来た。
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