第359話要請

359.要請






フェンリルが我が領主館に住み着いて、次の日の事。

今日は朝からナーガさんと、これからの予定のすり合わせを行う事になっている。


大枠の話は以前にエルや母さんも交えて話したのだが、今日はもう少し細かな内容を詰めるつもりだ。

具体的にはルイス、ネロ、カズイの事がメインである。


3人はこれからも付いて来るつもりのようだが、この前のマナスポットの解放でもほぼ無給。

保存食や装備の劣化を考えれば、赤字なのだ。


オレは魔道具の発案、全体の管理費として、ブルーリングから安く無い給料をもらっているが、自分さえ良ければ良いと問題を放置すればどこかで禍根が出てしまう。

迷宮探索とは違い、恐らくマナスポットの解放はこれからもこんな感じになるだろう事から、一度 相談したかったのである。


オレは約束の時間の少し前に自宅を出て領主館へと向かった。






領主館へ向かう途中、何故かアドがフェンリルの背中に乗り楽しそうに遊んでいる。

いや、あれはフェンリルがアドを遊んでやっているのか。


アドは嬉しそうに向かう先を指さし、フェンリルがアドを落とさないよう優しく歩いて行く。

その姿はまるで忠実な犬が、ご主人様に尽くすかのようだ。


アイツやっぱり犬じゃないのか? 狼が纏うはずの孤高の気高さが全く見当たらないんですが。

オレが見つめているのに気が付いたのか、アドがオレを指さしフェンリルと共にやってきた。


「アルドちゃん、フェンリルも呼んでくれてありがとねー」

「ああ、楽しそうで良かったよ。2人はいつ会ったんだ?」


「さっきー。お菓子をもらいにきたら、フェンリルがいてビックリしちゃった」

「そうか、お菓子か。何をもらったんだ?」


「これー。アルドちゃんにも1つあげる」


そう言いながらアドはクッキーを1枚 渡してくれた。

そんなアドが持っているクッキーに、フェンリルは興味津々だ。必死に匂いを嗅いで物欲しそうにオレを見つめてくる。


「アド。フェンリルにもあげないのか? 凄く欲しそうにしてるぞ」

「これはダメなのー。フェンリルは犬だから食べちゃお腹が痛くなっちゃうのー」


「あー、そうかー、犬かー、犬が人の食べ物を食べるとお腹が痛くなっちゃうなー(棒)」


いやいや、お前等、精霊だろうが。思わず突っ込みそうになったが、きっとアドは誰かから そう聞いたのだろう。

フェンリルを思っての行動である以上 オレが何か言うのも可哀そうと言う物だ。


フェンリルよ、今度 内緒で何か作ってやるから今は我慢してくれ。

オレには純粋な目で見てくるアドに、何かを言う事など出来ないんだ。


そのまま踵を返して領主館へ向かおうとすると、フェンリルは一瞬の隙を突き、オレの手にあったクッキーを奪いやがった!

しかもアドから見えないように、下を向いて食ってやがる。


お前……アオから大人しくてイイヤツって聞いてたけど、認識を改めた方が良さそうだな。

その場から去る時、フェンリルの尻尾がピンと立っているのを見て、言いようの無い悔しさが沸き上がってきたのはしょうがない事なのだろう。






領主館に着くと、既にナーガさんは母さんとリビングでお茶を飲みながらくつろいでいた。


「おはようございます、母様、ナーガさん」

「おはようございます、アルド君」

「おはよう、アル」


「早速 これからの事を相談したいのですが、大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません。2つ目のマナスポットの解放とルイス君達の件ですよね?」


「そうです。先にルイス達の件を話しても良いですか? それによってマナスポットの予定も変わって来るでしょうから」

「分かりました。先ずは報酬とルイス君達にどこまでを頼むかですね。私なりに考えてきたのですが…………」


母さんは話し合いが始まっても席を立とうとはしない。我関せずな顔をしているが、話はしっかりと聞いているようだ。

そんな母さんは置いておいて、ナーガさんとオレの話は進んでいった。


話し合いの結果 ルイス達に頼むのは、基本的にサポートのみ。オレ達が主と戦うのに邪魔になるであろう、雑魚の掃除までだ。

それ以上は危険度が跳ね上がるため、必要に応じて撤退してもらう事に決まった。


特に市井に下ったとは言え、ルイスはサンドラ家の子息である。何かあった場合に、サンドラ伯爵へ顔向け出来ないと言うのが大きい。

次に報酬だ。オレが払っても良いのだが、これはナーガさんに止められた。


ナーガさん曰く「それでは雇用関係になってしまう」と言うのだ。

確かにオレがお金を払ってルイス達に手伝ってもらうのは、何か違う感じがする。


本来は世界の危機である以上 世界中の国から予算を出してもらうのが正しいのだが、今の段階で使徒の件を公表できるわけも無く。

結局 途中で父さんとエル、マールを呼び出し、ブルーリングからの先行投資と言う形で話は纏まった。


何年かして使徒の件を公表した暁には、世界中へ利子を付けて請求するとは父さんの談だ。

そして父さんとエルが執務に戻り、オクタールまでの2つ目のマナスポットの解放について話を始めた所で、領主館に来訪を告げるノッカーの音が鳴り響いた。


メイドと執事が応対していたようだが、俄かに領主館の中が騒がしくなってくる。

訝しげにしながらもナーガさんと話していると、先ほど退席した父さんとエルがやってきた。


2人の表情は曇っており、良い話では無い事だけは一目で分かる。

そんな空気の中、言い難そうに父さんが口を開いた。


「アル、良くない知らせだよ。エルフから救援の要請があった」


父さんの横にいるエルは何も言わず、苦い顔でオレを見つめている。


「そうですか。念のため聞きますがオクタールですよね?」

「ああ。おおよそ2ヶ月前。アルがブルーリングに帰って来た頃の事だと思う。エルフの国軍がオクタールの街に攻め入ったが、返り討ちにあったそうだ」


「国軍が……エルフの国軍でも勝てなかったんですね……」

「最初はオーガを順調に倒していったらしい。だけど途中で2回りほど大きい真っ黒なオーガが現れて、軍を壊滅させたそうだ。エルフ軍の被害は3割を超えたみたいだよ」


「3割? それって全滅って事じゃないですか……」

「ああ。軍で3割の損害と言えば、機能を保てなくなる。事実上の全滅だ」


「どんな作戦で挑んだかわかりますか?」

「聞いた話では、オーガを倒しながら徐々にオクタールの街を解放していったそうだね。そしてエルフにとって、大事な祭壇を取り返そうとした所で例のオーガが現れたらしい。そのオーガが一声叫ぶと、普通のオーガも呼応したかのように一斉に攻めてきたそうだ。そこからは逃げるのに必死で軍としての統率は取れなかったと聞いている」


「真正面から戦ったんですか……兵糧攻めなら何とか出来るかもと思ったんですが……」

「そうだね。でも、エルフには主の情報が無い。これは、しょうがない事だよ」


「それは……もし、僕が一緒に戦えば、被害は無かったかもしれないですね」


そう呟くと同時に声が上がる。


「兄さまのせいじゃありません!」

「アル、自分を責めるのは止めなさい」


エルと母さんだ。2人はお互いの顔を見つめると、バツが悪そうに苦笑いを浮かべている。


「エルとラフィの言う通りだよ。アル、良く聞いて欲しい。1人の人間が、この世の全てを背負うなんて出来るわけが無いんだ。アルが言うようにエルフと一緒にオクタールを攻めれば、もしかして勝てたのかもしれない。その代わりアルの帰りが遅れて、将来 違う場所でもっと大きな被害が出る可能性だってあるんだ。地図を作ってマナスポットのネットワークを作ると決めたのなら、それを実直にやれば良いんだよ。失敗したなら、その時にまた一緒に考えよう。起こってしまった事は変えられない。だったら少しでも前に進むしか無いんだ。使徒であっても人である以上 それしか出来ないんだから……」


父さんの言う事は理解出来る。オレが全てを背負うなんて出来るわけも無いし、するつもりも無い。

少しだけ楽になった。今、オレに出来る事をしよう。悔やむのは全部やった後だ!


「分かりました。ありがとうございます、父様、母様、エル。僕は僕の出来る事をしようと思います。ナーガさん、マナスポットの解放とエルフへの救援。同時に進めようと思います」

「同時に? 確かに収納を持つ、アルド君とエルファス君が別れれば可能でしょうけど……敵はマナスポットを2つ手に入れたオーガですよ? 危険すぎます。オーガに挑むのなら全戦力を注ぐべきです!」


「オーガの主には戦力が揃うまでは挑みません。被害が増えないように雑魚を狩っていこうと思います。それと……出来るなら兵糧攻めを。主であっても生物です。食事や睡眠が絶対に必要なはずです。食料の供給を止めて、眠れないよう定期的に交代で魔法でもぶつけてやれば、1週間もすればかなり衰弱すると思うんです」

「なるほど……マナスポットを拠点とする主だからこそ、出来る戦法と言う訳ですね。しかも私達には空と言う絶対的な安全地帯がある……」


「はい。母様、ナーガさん、エル、アシェラにはマナスポットを攻めてもらって、足を確保してもらう。その間に僕、ルイス、ネロ、カズイさんで兵糧攻めです」

「それで弱った主に対して、合流して総攻撃ですか……作戦としては穴があるようには思えません。問題は主が兵糧攻めでどれだけ疲弊するかですが……」


ナーガさんは暫く考えてから、母さんへ口を開いた。


「ラフィーナ、どう思う? 私は良い案だと思うけど」

「私も良いと思うわ。強いて言えば、それでも無理そうならオクタールの街のマナスポットを壊しましょう。以前アオがコンデンスレイなら十分壊せるって言ってたでしょ?」

「え? 母様、ま、マナスポットを壊すんですか?」


「ええ。これも以前に言ったと思うけど、マナスポット1つと使徒であるアナタ達の命。どっちが重いかなんて考えるまでも無いでしょ?」


相変わらず母さんは苛烈な事を言う……物事の本質を見抜き、客観的に分析している。

確かにオーガの主は、2つのマナスポットを得たからこその脅威なのだ。


片方を壊せば必然的に弱体化されるのは自明の理である。


「分かりました。ただ、その時にはアオに相談させてください。僕達にはあまりにも知識が無さすぎるので、何が起こるか分かりませんから」

「分かったわ」


こうして準備が整う前だと言うのに、オクタールの主へと挑む事が決まってしまったのだった。



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