第358話獣の王

358.獣の王






マナスポットの調整を終えたアオが、ゆっくりと起き出した。


「完了だ。もう、何時でもブルーリングに飛べるよ」

「ありがとう。早速 飛ばしてほしい所だけどな。その前に1つ良いか?」


「ん? どうした? 何かあったのかい?」

「いや、そう言うわけじゃないんだ。実は…………」


オレはアオはマナスポットを調整していた間に話していた事を説明していく。

以前 エルから聞いた話では、フェンリルがネロに会いたがっていると言う事だった。


その話をネロにした所、こっちが驚くほど喜んでしまった事を分かり易く説明していく。


「ああ、その件か。フェンリルもドライアドが羨ましいみたいだね。僕の眷属としてでも良いから、ネロに会わせてほしいってウルサイんだ」

「その話、本当だったんだな。ネロ、アオはこう言ってるけど、どうする?」

「オレは今すぐにでも会いたいぞ!アルドの精霊様、お願いします。フェンリル様に合わせて下さい」


「そんなに会いたいんだ。眷属からそんなに慕われて、フェンリルは幸せ者だね。じゃあ、ちょっと聞いてくるから待っててよ」

「あ、その前に全員を飛ばしてくれ。オレとネロは指輪の間で待ってるから」


「分かったよ。じゃあ、皆、飛ばすよ」


アオがそう言った瞬間 1秒だけ1時間だか分からない感覚の後、目の前には青い指輪が浮かんでいた。

オレとネロだけでアオを待つつもりだったが、皆も興味があるのだろう。


結局 全員でアオを待つ事になってしまった。


「ナーガ、フェンリルは確か獣の精霊だったわよね?」

「私も獣人族の事なんで詳しくは知らないけど、確かそのはずよ」


「獣の精霊……クマでも出て来るのかしら」


そんな母さん達の言葉を聞いて、ルイスが口を開いた。


「獣の精霊様か。どんな姿なんだろうな? ネロは知ってるのか?」

「フェンリル様は狼の姿をしてるんだぞ。山と同じぐらいでっかいんだぞ」


「は? 山と同じって……それ、ここに入りきらないんじゃないか?」


全員がルイスと同じ事を思ったのだろう。ネロの嬉しそうな顔を見て呆然としている。

そんな話の中、青いモヤが現れアオが飛び出すと、次に銀色のモヤが現れた。


恐らく、あの銀色のモヤからフェンリルが出てくるのだろうが、あの大きさならアオより2回り大きいぐらいか?

押しつぶされる心配は無さそうなので少しだけ安心していると、直ぐに銀色の狼が飛び出してきた。


狼の姿をした銀色の精霊。どんな精霊なのだろう……グリムの件もあるので少しだけ身構えてしまった。

フェンリルの大きさはレトリバーを少し小さくしたぐらい。銀色の毛並みはチカラを抑えられているせいか、神々しさは感じられない。


前の世界と同じなら、フェンリルは北欧神話で主神オーディーンを食い殺した荒ぶる神だったはずだ……何で、舌を出して尻尾を嬉しそうに振ってるんでしょうか?

これじゃあ、まんまシベリアンハスキーじゃ無いですか! しかも人懐っこいヤツ!


フェンリルはオレ達を見回しネロを見つけると、躊躇い無く尻尾を更に振って飛びついた。

グリムの件が頭をよぎり咄嗟に短剣へ手が伸びるが、フェンリルはネロを押し倒した勢いのまま嬉しそうにネロの顔を舐めている。


「や、やめて欲しいんだぞ、フェンリル様。くすぐったいんだぞ。うひゃひゃ」


当のネロも口では止めろと言っているが、嬉しそうにフェンリルに抱き着いている……これじゃあ、身構えていたオレがアホみたいじゃ無いですか!


そう考えていたのはオレだけじゃなかったようで、フェンリルとネロ以外 この場にいる全員が、死んだ魚の目で1人と1匹を見つめるのだった。






フェンリルが落ち着いてから、改めてアオに紹介してもらう事になった。


「今更かもしれないけど、フェンリルだ。僕はコイツの尻尾が振られるのを初めて見たよ。よっぽどネロに会えたのが嬉しかったんだね」

「ワン!」


ワン? 今 ワンって言ったぞ、コイツ! やっぱり狼じゃなくて犬なんじゃ……


「迷惑をかけるけど、よろしくお願いしますって言ってるよ」


嘘付け! ワンだけで、それだけの長さの言葉を言えるわけ無いだろうに!


「あー、アオ、その犬……じゃなくてフェンリルは話せないのか?」

「今は僕の眷属になってるからね。念話も使えないんだよ。尤もチカラを封じられているとは言え上位精霊だから、同じ精霊同士なら話しは出来るけどね」


フェンリルはネロの隣にチョコンと座り、オレを興味深そうに見つめてくる。


「ん? ああ、これがアルドだよ。僕の使徒だ。そうそう、スライムの主はアルドが倒したんだ。え?  それはどうなんだろ……でもかなり強いよ。分かった聞いてみるよ」


恐らくは念話なのだろうが、アオがフェンリルを見ながら1人で話している……傍から見ると、まるでイマジナリーフレドと話しているかのようだ。


「アルド、フェンリルがアルドの強さを見たいんだってさ。模擬戦をやろうって言ってるけど、どうする?」


え? 精霊と模擬戦?

全く想像すらしていなかった事にオレの頭は真っ白になってしまった。


「精霊と戦うのか?」

「ああ。フェンリルは過去に沢山の主を倒したんだ。アルドにも勉強になると思うよ」


「そうか……過去の使徒は精霊と一緒に戦ったんだったよな……そう言う事なら、是非こっちからお願いしたい!」

「分かったよ。じゃあ、魔の森にあるもう1つのマナスポットに飛ぼう。ここだと少しフェンリルには狭すぎる。それにスライムを倒した場所も見たいらしいからね」


「分かった」


アオが早速 オレを飛ばそうとした所で、母さんの声が響く。


「ちょっと待って。アオ、私も行くわ。一緒に飛ばして頂戴」


その声を聞き、この場にいる全員が同行を望んだのだった。


「じゃあ、行くよ」


アオの言葉と共に、全員が魔の森のもう1つのマナスポットへ飛んでいく。

目を開けると、以前は枯れ木が広がっていたはずなのに、一面の森と1本の道が通っていた。


「凄い。3年で森が生き返ったんだな。それにこの道は開拓村に続いてるのか?」

「ああ。ここのマナスポットはだいぶ疲弊してたからね。もう1つのマナスポットからマナを補充して森を復活させたんだ。ドライアドにも少し手伝ってもらったけどね」


「そうか。アドが……アイツも少しは役に立つんだな」

「ドライアドは植物の上位精霊だから、喜んでやってくれたよ」


アオと話し終わるとアシェラが口を開いた。


「この道は開拓村とヴェラの街に続いてる。森が生き返る前に、エルファスに頼んでコンデンスレイで枯れ木だけ焼き払ってもらった」

「なるほどな。エルに大まかな道を作ってもらったのか。そこからこれだけしっかりした道を作るなんて、大変だったな。アシェラ。凄いよ」


「うん。皆で頑張って通した」


アシェラは自慢げに胸を逸らしている。ルイス、ネロ、カズイは見るな! オレから怒気が出ていたのか、3人は明後日の方向を見て決してアシェラを視界に入れようとはしなかった。


「はいはい。2人共イチャイチャしないの。アオ、ここは木が多いけど大丈夫なの?」

「うん、姐さん。アルドもフェンリルも空を駆けるからね。主戦場は空になるんじゃないかな?」


「なるほどね。じゃあ、サッサと始めましょう。私 お腹が空いてきちゃったわ」


母さんの言う通り、昼食の時間は既に過ぎている。

アオがマナスポットの解放を終え、直ぐにブルーリングに飛ぶ予定だったので昼食は帰ってから摂る予定だったのだ。


「分かったよ。じゃあ、アルド、フェンリル準備は良いかい?」


オレとフェンリルが前に出て、お互いに向かいあう。

武器は怪我をしないように魔力武器(柔らか仕様)だ。無手の状態から魔力で武器を作りあげた。


「アオ、準備完了だ。いつでも良い」

「ワン!」

「フェンリルの能力を一時的に開放するからね。アルド、胸を借りると良いよ。始め!」


胸を借りる? 舐めるな! 倒すつもりで行く!

先ずは一当て。バーニアを吹かして、フェンリル目指してまっ直ぐに突っ込んだ。


ぱしっ。


は? 何が起こったのか……気が付いた時には、街道の端まで弾き飛ばされ土の上を転がされていた。


「な、何が起きた?」


オレの言葉を無視して全員が空を見つめている。

不思議に思いながらも皆の視線を追うと……周りの木より頭1つ巨大化したフェンリルが、楽しそうに舌を出してオレを見下ろしていた。


「な、なんじゃ、そりゃぁぁぁぁぁぁ!!」


一度 仕切りなおさせてもらいアオに聞いてみると、どうやら巨大化はフェンリルの能力の1つであるらしい。

先ほどは、巨大化したフェンリルが前足でオレをはたいたのだとか。


巨大化にも驚いたが、初見でバーニアの速さに対応してみせるなど、今までの主ですらここまで圧倒的に強くは無かった。


「これが精霊の強さか……」


ついでにフェンリルの他の能力も聞いてみると、眷属を呼んだりマナスポットの中を移動して転移モドキを使ったりと、様々な能力があるらしい。



その中の1つ、フェンリルの牙はどんな物でも穿つそうだ。

鉄の鎧など紙屑のように……オレ達が辛勝した地竜ですら、フェンリルの牙の前では簡単に引き裂かれるのだとか。


尤もアオの眷属として地上に出ている今は、巨大化の能力を使うのが精々らしいが。


「もう1回、良いか?」

「そろそろマナが荒れ始めたからね。これが最後だよ」


「分かった」


オレは先ほどとは違い、挑戦者としてフェンリルに向かっていくのだった。






今はブルーリングに飛び、全員で遅い昼食を食べている所だ。

フェンリルはと言うと、アシェラに首輪を付けてもらい嬉しそうに感触を楽しんでいる。


それで良いのか、上位精霊……本当にハスキーじゃないのだろうか……


「しかし、さっきの模擬戦は凄かったな。お前がああも簡単やられるなんて思わなかったぜ」


こう言うのはルイスである。1回目の不意打ちのような巨大化では無く、2度目は警戒して当たらせてもらった。

しかし、やはりフェンリルはオレの動きに対応して見せたのだ。


フェンリルの動きはバーニアを吹かした速さと同程度であり、強烈なGの中 絶えずバーニアを吹かしての模擬戦となった。

オレも何度か魔力武器(柔らか仕様)を当てる事は出来たが、最終的にフェンリルの爪にやられてしまったのだ。


エルと魔力共鳴して、ギフトが戻ってもフェンリルには後少し届かなかった。

勿論 本気の殺し合いをすれば、お互いに必殺の一撃がある以上 どちらが勝つかは分からない。


しかし、フェンリルがここまで強いとは思わなかった。見た目はハスキーなのに……態度もハスキーなのに!


「そうだな。想像よりもかなり強かった。しかも、アオの眷属になってチカラを封じられているのに、この強さだからな」

「フェンリル様は強いんだぞ!精霊様の中で一番なんだぞ!」


また面倒な事をネロが言い出した。

この場にはドライアドの眷属であるエルフのナーガさんとカズイが、グリムの眷属である魔族のルイスがいるのだ。


更に言えば新しい種族の始祖であるオレもいる。

ネロの言葉に悪意は無いのだろうが、非常に危うい言葉なのであった。


「そうだね。単純な強さだけで言えば、フェンリルは上位精霊の中でも1,2を争う強さだよ」


そんな微妙な空気を破ったのはオレの頭の上で丸くなっているアオである。

寝てるのかと思ったら、どうやら起きて話を聞いていたようだ。


「そうなのか? フェンリルはそんなに強いのか」

「ああ。フェンリルの牙はどんな物でも穿つ。他の精霊ではああはいかないよ」


「なるほど。確かに必殺の一撃があるか無いかじゃあ、戦いの中で怖さが全然 違うな」

「僕には戦うチカラは無いから良く分からないけど、特別な一撃じゃなく普通の攻撃がアルドの言う必殺の一撃なんだ。相手にとって、こんな怖い事は無いと思うよ」


「あ、そうか。普通の攻撃が全部 必殺の一撃……実戦では絶対に当たりたく無い相手だな……」


言われてる当のフェンリルは、オレ達の言葉が分かるのだろう。ネロの隣で寝転びながら、尻尾を空が飛べそうなくらいに振っている。


「フェンリル、たまにで良い。オレに修行をつけてくれないか? 自分の強さを定期的に確認したいんだ」

「ワン」

「フェンリルはいつでも良いって言ってるよ。でもマナの調整がいるからね。そんなに頻繁には無理だよ。マナスポットに無理をさせない程度だと……半年に1回って所かな」


「それで良い。準備が出来たら教えてくれ」

「分かったよ。じゃあ、僕はそろそろ帰るからね。さっきの戦いでマナが少し荒れてるんだ」


そう言うとアオはオレの頭の上で消えてしまった。

しかし、この場に残されたフェンリルはどうするのか……アオと一緒に帰るとばかり思っていたのだが、全くそんな素振りすら見せない。


「あのー、フェンリルさん? 帰らないんですか?」

「ワン」


フェンリルは寝転びながら器用に首を振っている。

え? まさか、アドと同じパターンなんでしょうか? 


母さんを見ると露骨に顔を背けられてしまった。

結局 父さんに話をして許してはもらったが、青い顔で目も虚ろだったのは、見なかった事にしようと思う。


なし崩しではあるが、この日よりブルーリングの領主館には、番犬が1匹増える事になってしまったのであった。




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