第244話ミルドの英雄
244.ミルドの英雄
レッサードラゴンの首を跳ねた場所には冒険者が何人もいた……近くの者に恐る恐る聞いてみたが、どうやら下敷きになった者はいなさそうだ。
流石は冒険者と言うべきか、単に落ちて来る物に押しつぶされるマヌケはいないという事なのだろう。
ホッと安心して周りを見渡すのだが、オレの視線を浴びると露骨に眼を逸らされてしまった。
もしかして怖がらせてしまったのだろうか……
やはりもう少しミルドの街から離れた場所で倒した方が良かったのかもしれない。
そんな事を考えていると、どうやらヤルゴも近くにいたらしく、ゆっくりと近寄ってきた……しかし、どうも様子がおかしい。ここ最近の馴れ馴れしさは鳴りを潜め、瞳の奥には畏れのような物が垣間見える。
「……」
「何だ?」
「い、いや、レッサードラゴンをこんなに簡単に……」
「お前なぁ……オレ達はその前に風竜を倒してるんだぞ。レッサードラゴン程度、大したこと無いに決まってるだろ」
「あ……そうか、そうだった……風竜を倒したんだった……」
何だ、コイツ。大丈夫か?レッサードラゴンが落ちた時に頭でも打ったのかもしれん。
「用事が無いならオレ達は行くぞ」
「あ、ああ。引き留めて済まない……」
「このレッサードラゴンも運んでおいてくれよ」
「分かった、任せてくれ……」
さて、空の楽園で狩りを再開しても良いが、少し魔力を使い過ぎてしまった。
朝から使った技は超振動を2回に最大の範囲ソナー、ウィンドバレットも何十発か……今のオレの魔力は半分を少し切るぐらいだ。
無理をする場面では無いし、ライラの鎧もお腹の部分が壊れているので無理はしたく無い。
今日はミルドの街に戻ってゆっくりするのが良いのでは無いかと思う。
早速、母さんに提案してみた。
「良いわね!どうせならナーガも誘って、何か珍しい物でも食べましょう」
「はい。でも珍しい物ですか……」
「ここはいけ好かない土地だけど、魚も肉も食べ物だけは美味しいから」
「……そうですね」
母さんはやはりミルド領が好きでは無いようだ。
まぁ、オレも食べ物を除けば、この土地での思い出はろくでも無い物しかなく、とても好きだとは言えないのだが……
ミルドの街にナーガさんを呼びにいくと、カティがお詫びを兼ねてご馳走してくれる、と言う。
評判のモツ屋が近くにあるらしく、連れて行ってもらう事になった。
このお店はミルドではかなり有名らしく、安くて腹いっぱいになり、しかも美味いとあって庶民に親しまれているそうだ。
実際に食べてみたが、生姜や香草で上手く臭みを消してあり、とても美味しかった。
まぁ、味噌で煮込んだ方が、美味しいのではあるだろうが、それはしょうがない。
次の日からも無理はせずに、オレ達はこの日を入れて4日間を、空の楽園での討伐に当てる事となった。
ヤルゴの話では他にも魔物の巣はあるようだが、そちらはオレ達でなくとも討伐が出来るらしく、引き続き空の楽園での討伐をして欲しいそうだ。
やはりこの空の楽園は空間蹴りが出来ないと、魔物の討伐どころか断崖を登るだけでも命がけになってしまう。
そうしてこの4日間の討伐の結果、範囲ソナーを最大の1000メードで打っても、数匹の魔物がやってくる程度まで間引きを行うことに成功した。
そして本日をもって、やっと魔物討伐をお役御免になったのである。
「本当に助かりました!感謝してもし足りません」
ギルドの前には沢山の冒険者と街の人がオレ達を囲み、Sランクであるヤルゴが代表でオレ達にお礼を述べている。
「色々あって、全部が割り切れる訳じゃないが、頑張ってくれ。応援してる」
「ああ、ありがとう」
「……」
「街道が通ればオレの役目にも一息つく……」
何かヤルゴがもじもじしている……大男がもじもじとか、気持ち悪いんですが……止めてくれませんかね?
「何だ?」
「も、もし、オレがブルーリングに行ったら、受け入れて貰えるのだろうか?」
こいつは……オレは溜息を1つ吐いて返してやった。
「ハァ、受け入れて貰えないなら来ないのか?」
「……いや、行ってみたい」
「それなら、来れば良い。お前は冒険者なんだろ?」
「……そうだ。オレは冒険者だ、何処に行くも自由のはずだった」
「ああ、母さんや女性陣は分からないが、オレは歓迎してやるよ」
「……ありがとう」
ヤルゴはオレに礼を言うとナーガさんの前まで歩いていく。
「食事を奢り損ねてしまった……」
「そうですね」
「いつかブルーリングに行ったら、その時には是非、奢らせて欲しい」
「沢山食べて破産させてあげますよ」
「それは楽しみだ……」
それだけ言うと、嬉しそうに笑ったヤルゴは、踵を返し辺りに響く大声で叫んだ。
「さあ、勇者一向の帰還だ。精一杯の感謝で見送ろう!」
「ありがとぉぉぉぉ」「ミルドの英雄に最大の感謝を」「ありがとうございましたー」「またいつか来て下さい」「勇者様、ありがとうございました」「勇者様!」
地響きでもしてるかと思う重低音が腹に響く中、オレ達はゆっくりと歩き出す。
「・・・・・」
アシェラが何か話そうとしてくるが歓声にかき消されて全く聞こえない……何度かそうしていると口の形で、何となく言いたい事が分かった。
「マッドブル」きっとまた食べに来ようと言いたいのだろう。
オレも聞こえないだろう声を、出しながら口の形で「分かった」と返した。
お祭りムードの中、以前にスラムの人達を見た場所へさしかかると、そこでは炊き出しが行われ笑顔の子供達の姿が見える。
皆も気になっていたのだろう、安心したような笑顔を浮かべていた。
これで全て救われる訳では無いが、この地に小さな希望の光は灯せたと思う……
こうして最初にやって来た時には想像も出来なかったが、オレ達は〝ミルドの英雄”と呼ばれ大歓声の中、ミルドの街を後にするのだった。
今回、アルド達は王家の影として迷宮を踏破したのだが、どう言うわけかブルーリングの者だと言うのは、街の者の間では周知の事実として語られてしまっていた。
後の話ではあるが、バーグ領まで延びる街道はブルーリングへの感謝の気持ちから〝指輪の街道”と呼ばれる事になる。
晩年、その名をミルド公爵が耳にした時には、南の空を見て溜息を吐いただけで、名を変えるように指示は出さなかったとか……
王都のブルーリング邸へ戻ると、ナーガさんが自宅へと帰っていく事になった。
今回の一連の事件はギルド長にすら何も言ってないらしく、凡その報告をして、しっかりブルーリングへの転属を勝ち取って来る、と鼻息を荒くしていたのは秘密だ。
これで後3日もすると新学期が始まり、それから1週間で卒業式となる。何かと忙しいのだが、オレも別れの挨拶をしたい人は少なからずいる。
ライラの鎧の事もある、ボーグの所には早いうちに顔を出したいとおもう。
申し訳無いがオリビアとマールには、ドラゴンアーマーはだいぶ先になると謝らなくては……
ふと時計を見ると、今は昼を少し回った所だ。帰った報告とライラを妻にする事を、オリビアにも話さないといけない……
それにルイスとも帰ったら酒を飲む約束をしていたのだった。
「オリビアとルイスはどんな反応をするかな……」
楽しみなような少し怖いような。不思議な感覚を楽しみながらサンドラ邸へと向かう。
サンドラ邸に到着すると、門番にオリビアとルイスへの面会を頼んだ。
片方の門番が屋敷へ走ると、直ぐにルイスが玄関を開けて走ってくる。
「アルド!無事だったか!」
こちらに向かいながら、第一声がオレの心配とは……オレは良い友人を持った、と心の底から嬉しくなる。
「ああ、色々あったんだ……」
「そうだろうな。ネロも心配だったみたいで2~3日に1回はウチに来て、お前の事を聞きに来てたぞ」
「ネロが……」
「報告がてら顔を見に行くか?」
「そうだな……エルも誘ってネロの家に行こうか?」
「おお、じゃあ、早速行こうぜ」
「あ、待ってくれ……」
オレがルイスにそう声をかけると、玄関にはオリビアが仁王立ちしていた。
「ルイス、友人同士のつもる話があるのは分かりますが、婚約者にも話をさせてもらえますか?」
そう言ってルイスを睨みつけるオリビアは、軽い怒気を発しており、何か言えば魔法でも飛んできそうな勢いである。
「お、おう。あ、当たり前だ。婚約者の逢瀬を邪魔するつもりは無い……アルド、後でな」
それだけ言うとルイスは脱兎のごとく逃げて行く。
「アルド、おかえりなさい」
「あ、ああ。ただいま、オリビア……」
オリビアの変わり身の早さに驚いていると屋敷の中へと招かれた。
「客室に行きましょう。色々あったのですよね。話してくれるのでしょう?」
「お、おう」
こうしてオリビアから謎のプレッシャーを受け、以前にサンドラ伯爵への報告から起こった事を、細かく説明していった。
「ライラが風竜に?え?嘘ですよね?」
「本当だ。風竜に嚙み千切られ、上半身と下半身をバラバラにされてしまった」
「なんて事……」
少し驚かせようと思ったのが悪かったのか、オリビアの眼に大粒の涙が溜まって行く……
「い、生きてるぞ、ライラは。もう少し聞いてくれ」
オリビアは呆けた顔でオレを見てくる。
「え?でも体がバラバラになったって……」
「ああ、確かに風竜に噛み千切られて、上半身と下半身が分かれてしまったんだが、前にアドから貰った完全回復薬を使って蘇生したんだ」
「上下に分かれた体を蘇生……」
「ああ、ライラは恥ずかしいって言って、自分の下半身を岩の後ろに持って行って、燃やしていたけどな……」
「自分の下半身を燃やす……す、すいません。アルド……少しだけ時間をください……」
そう言うとオリビアは大きく深呼吸をし、先ほどメイドに入れてもらったお茶を一息に飲み干した。
「すみません。少し、私の中の常識が壊れそうになっていたので……」
「気持ちは分かる」
「はい。では、続きをお願いします」
「ああ…………」
そこからは、命がけでオレを守ろうとしたライラに報いるために、妻とする事を話した。
自分で話していてライラへの気持ちは、恋愛のそれとは少し違う気がする……何と言うか、クララへ向ける気持ちとか、ペットを可愛がるとかが近いかもしれない。
オリビアは何も言わずに話を聞き、ヤルゴ達の件も全て話終わった後に口を開いた。
「大変だったのですね」
「ああ、迷宮を踏破するだけだったのに、酷く遠回りをさせられた気がする」
「その代わり、ミルドでの名声を得たんですよね?」
「そうかもしれないがミルド公爵はどう思ってるか……街の人がどう思おうが、ミルド公爵が感謝しないと意味無いだろ?」
「そんな事は無いと思いますよ。ミルド公爵も、街の人を完全に無視できる訳でもありませんし、騎士の死亡率が下がるなら、騎士の中にも感謝する人が沢山いるはずです」
「そうか……」
「きっとそうです」
「無駄じゃ無かったのか……ありがとう、オリビア」
それからはオリビアが何をして休みを過ごしていたかを聞き、気が付いた時にはもうすぐ16:00になる頃合いだった。
「あ、もう、こんな時間だ」
「あら」
「ルイスを待たせている。そろそろ行くよ」
「分かりました……」
この空気は……淑女に恥をかかせるわけにはいかない。オレはオリビアと何度目かのキスをした。
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