第243話翼の天敵 part2
243.翼の天敵 part2
オレとアシェラはレッサードラゴンへ向かって突っ込んで行くが、こんな断崖絶壁で倒しても誰も回収に来られない。
「アシェラ、なるべく街に近い場所まで連れて行こう」
「分かった!」
アシェラは以前、ワイバーンにやった様にバーニアを吹かせ、レッサードラゴンの背中に取り付くとミルドの街の方角へ向かってレッサードラゴンの頭を殴りつけた。
しかし、ワイバーンの時は上手くいったが、流石はレッサーとは言えドラゴンである。
拳に耐えたかと思うと、更に背中から振り落とすべく錐揉みで飛んで、アシェラを振り落としてしまった。
「むぅ、言う事を聞かない」
オレは心の中で〝そりゃ、そうだろ……”と突っ込んだが、口に出すとオレが殴られそうなのでダンマリを決め込ませて貰う。
「少し弱らせてから、ミルドの街へ追い込んだ方がさそうだな」
そう言うとオレはアシェラと交代するように、レッサードラゴンへと突っ込んで行く。
レッサードラゴンからは最初の時ように、オレ達を舐めた空気は一切感じられない。
恐らくはオレ達を対等の敵と見定めたのだろう……しかし、オレ達はまだまだ本気を出してはいない……
レッサードラゴンはオレが突っ込むのに合わせ、ブレスを吐いてきたが、バーニアを吹かして躱しつつ更に距離を詰めていく。
竜に表情があるのかは分からない、しかし確かにコイツは驚いていたはずだ。
レッサードラゴンは直ぐにブレスを止め距離を取ろうとするが、オレは更にバーニアを吹かして右目へ魔力武器(片手剣)を突き入れてやった。
凄まじい叫び声をあげ暴れ回るため距離を取ると、レッサードラゴンの右目には短剣が刺さったままになっている。
魔力武器(大剣)なら刃が脳まで届き、これで終わっていただろうが当面の目標はミルドの街まで追い込む事だ。
そろそろ実力差に気が付いて逃げ出されると、面倒な事になり兼ねない……逃げられないように翼を攻めるべく魔力武器(大剣)を構えて何度目かのバーニアを吹かした。
凄まじい加速の中、すれ違い様に魔力武器(大剣)を振り抜くと、右の翼の先端から1/3が落ちてレッサードラゴンの絶叫が響きわたる。
もはや最初に登場した時のような大物感は消え失せ、レッサードラゴンの瞳には明らかな怯えが浮かんでいた。
既に直接の牙や爪の攻撃は鳴りを潜め、今では牽制にすらなっていないブレスや魔法を闇雲に撃ってくるだけだ。
「アル!アンタ、私達に雑魚処理押し付けて!」
「す、すみません……」
ここに来て母さんとライラの合流である……雑魚を倒し終わった母さんとライラがやってきて、置いていかれた文句をグチグチと言ってくる。
レッサードラゴンは勝ち目が無いと悟ったのだろう、とうとうオレ達に背を向け逃げ出した。
オレとアシェラは上手くレッサードラゴンの横に回り込み、ミルドの街の方角へ誘導していく。
ここまで上手く誘導出来るのは、右の翼を1/3ほど叩き落してやったせいでうまく飛べないのが大きいだろう。
「アル、アシェラ、アンタ達何やってるのよ!この方向はミルドの街があるでしょ!」
「ミルドの街の近くの方が、素材を簡単に運べると思いまして」
「アンタ達……ある程度の距離で止めておきなさい!基本的にどこの国や街でも、魔物を呼び込むのは最大の禁忌よ」
「……分かりました」
オレは母さんからの苦言により、早々にレッサードラゴンを倒す事に決めた。出来ればもう少し近づけたかったのだが……
「アシェラ、そろそろ倒そう。これ以上は街が危険になる!」
「分かった」
レッサードラゴンを倒そうと思った場所は、ミルドの街と翼の迷宮の丁度中間辺り。
そう、当然ながら地上には翼の迷宮からミルドの街へ素材を運ぶ冒険者が、働きアリの如く長い列を作っていた。
万が一にもレッサードラゴンが街に入らないようにするために、先ずは翼を落とさせてもらう。
「アシェラ、先ずは翼を落とすぞ」
「うん!」
アシェラは左側、オレは右側からバーニアを使ってレッサードラゴンの正面へ回り込む。
レッサードラゴンは忌々しそうにブレスを吐こうとしてくるが、アシェラの方が一歩早い。
バーニアを吹かして頭の下に潜り込んだかと思うと、レッサードラゴンの下顎へ突き上げるように渾身の拳を叩き込んだ。
おぉぉぉ、これは……リアル昇〇拳……まぁ、強制的に昇らされている訳だが……
バカな事を考えながらも、オレはこの隙を見逃すほど間抜けでは無い。
魔力武器(大剣)に超振動をかけながらレッサードラゴンに突っ込んでいく。
狙うは1/3が無くなっている右の翼。根本から叩き落として完全に飛べなくしてやる!
ヒィィィィィィンと超振動が発動したと同時に、魔力武器(大剣)を振りかぶるが、レッサードラゴンはアシェラの昇竜〇のダメージでオレに気付いてすらいない。
翼の根本に魔力武器(大剣:超振動)を振り下ろすと、殆ど何の感触も無く振り切れてしまった。
いつもこんな場面で油断をして窮地に陥るのだ……直ぐに振り返って魔力武器を構えると、レッサードラゴンは片翼だけで飛ぼうと藻掻いている……イヤイヤ、それは無茶と言う物だ。
哀れレッサードラゴンは、錐揉みしながら地上へと落ちて行った。
ヤルゴ視点--------------------
アルド=フォン=ブルーリング……この名前を初めて聞いたのは、御当主様へミルド領での事件を報告した時だったか……
ミルド領でも王都でも叩きのめされ、自分が本当に冒険者の最高位、Sランクなのか疑問に思えてくるほどプライドを叩き折ってくれた相手だ。
様々な事があったが、会話を重ねるうちに非常に理性的で、好感を持てる相手なのが分かってきた。
まだ若すぎるほどの年齢ではあるが懐の深さに甘えてしまい、つい図々しい頼みを何度かしたが苦言を呈されながらも、幾つか頼み事を聞いて貰っている。
その頼み事の中でもとりわけ特別だったのが、迷宮を踏破してからの魔物の討伐だ。
アルド達からすれば全く関係が無い話であるのに、泣き落としのような恰好で無理強いさせてもらった。
現在、翼の迷宮の近くには、空の楽園と呼ばれる切り立った断崖地帯があるのだが、そこにはレッサードラゴンを頂点に過去、翼の迷宮から溢れた魔物が数多く生息している。
アルド達にはその空の楽園での間引きをお願いさせてもらった。
流石にレッサードラゴンを倒してもらうつもりは無く、ワイバーンやキラーホークを街道が引ける程度まで間引いてもらえれば……
そんな気持ちで送り出したのが、今日の朝の事だ。
最初は悲鳴だった……叫んでいる男の視線を追うと、空にはレッサードラゴンの影が見えた。
直ぐにアルド達に考えが至り、何かの拍子にレッサードラゴンの巣を刺激してしまったのだろう。
更に最悪なのはレッサードラゴンが向かっているのはミルドの街の方向である。
このままだとミルドの街が危ない……オレはパーティメンバーに付いてくるように声を張り上げ、レッサードラゴンを追いかけた。
しかしオレ達にはレッサードラゴンを攻撃する手段が殆ど無い……気だけが急っていく中、レッサードラゴンの周りに数人の人影があるのに気が付いたのは運が良かったのだろうか……
「レッサードラゴンを止めてくれ!!」
この距離ではどんなに叫んでも声は届かないと分かっていても、オレは声を張り上げるのを止められなかった。
アルド達ですらレッサードラゴンを止められないのか……そう思った瞬間、2つの影が恐ろしい速さでレッサードラゴンの前に躍り出ると、見る間に攻撃を加えていき、アッサリと翼の1枚を落としてしまった。
あまりの事に呆けてしまって、理解が追い付かない……ただ1つ分かる事は、レッサードラゴンが真っ直ぐに落ちてくる事だけだった……
「に、逃げろぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」
そう声を張り上げながら逃げるが、レッサードラゴンの巨体がどんどん迫って来る……
必死になって走っていると、後方から凄まじい音が響き、立っていられない程の揺れが襲った。
我に帰った後、恐る恐る振り返ると土煙が舞い視界は0に近い……しかし空にレッサードラゴンの姿が無い以上、この土埃の中にレッサードラゴンがいるのは容易に想像できる。
「た、隊列を組みなおせ……レッサードラゴンが死んだ保証は無いぞ……」
オレの言葉を聞き、我に帰ったのか仲間たちはオレを中心に陣形を整えていく……
レッサードラゴンの片翼を切り落として地上に落としたのは良いが、運悪く冒険者達がレッサードラゴンの落下地点にいたようだ。
やっべぇぇぇ……死人とか出てないよな……どうしよ……
どうしようか悩んでいるとアシェラの声が響く。
「くる……」
「へっ?」
オレの間抜け声が響いた時には、土煙の中からブレスが真っ直ぐに飛んできた。
そんな中、オレは首根っこを掴まれアシェラに引っ張られている……
「ぐぇっ」
「アルド、しっかりする!」
アシェラに叱られてしまった。
オレは自分で頬を叩き、気合を入れ直す!
「アシェラ、助かった」
「うん」
「後は倒すだけだ。なるべく綺麗に倒すからアシェラは見ててくれ」
「分かった」
アシェラの格闘では本気の打撃を撃つと、色々な部分が吹き飛んでしまう。
ここはオレがなるべく素材を傷めない様に倒すのが一番良い。
「行く!」
土煙が晴れて姿を現したレッサードラゴンは、落下の衝撃で満身創痍の状態だった。
恐らくは歩く事も出来ず、放っておいてもそう遠くない先に死んでしまうだろう。
オレは武士の情けよろしく介錯してやるつもりで、魔力武器(大剣)に超振動をかけていく。
再びヒィィィィィィンと羽音のような甲高い音が響き渡り、オレは自然落下の勢いでレッサードラゴンへと真っ直ぐに向かった。
何度かブレスを吐いてきたがバーニアを使えば、悪あがきのブレスなど、どうと言う事は無い。
攻撃の瞬間、間近で見るレッサードラゴンの眼には、諦めの色が浮かんでいた……
一閃
魔力武器(大剣:超振動)を振り抜いた後、落下の勢いはバーニアと空間蹴りを使いチカラを横に逃がしていく。
そのままそっと地上に降り立つと、ゆっくりとレッサードラゴンの首がズレていき、最後に首が落ちる音が辺りに響きわたった。
ヤルゴはアルドの戦いを呆然と見ていた……何度も戦い、敵わないまでも凡その実力は把握しているつもりであったのだ。
しかし、今その心に宿る想いは……〝届かない”……虫と獣、被食者と捕食者……本来、人と竜とはそういった関係であるが、長い歴史の中では極稀に数や作戦でその差をひっくり返す事があった。
しかし、それを1対1で真正面からひっくり返すなど……それは既に人では無い。人を逸脱した“何か”……
ヤルゴはこの日、アルドの本当の実力を見て、如何に自分達の運が良かったのかを理解したと同時に、世の中には決して触れてはいけない物がある事を知ったのだった。
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