第208話208.鬼コーチ

208.鬼コーチ





今日は冬休みに入る2日前だ。

本日より学園が終わるとブルーリング邸で、迷宮探索のために空間蹴りの魔道具の練習が始まった。


メンバーはジョー、ゴド、ジールの三羽烏にルイスとネロの同級生、オレ、エル、アシェラ、ライラの迷宮組、最後に特別枠の鮮血さん……計10名である。

母さんとナーガさんは、実戦レベルで魔道具を使いこなしているので除外だ。


「じゃあ、僕が装備しますので同じように着けてくださいね」


オレは腰に魔石入れを取付けてから鎧の隙間を縫って靴敷をブーツの中に取り付けていく。

この時、ミスリル線が邪魔にならないようにするのがコツだ。


「ミスリル線が足の動きの邪魔にならないように、取り付けてください」


オレは早速、箱に魔石を放り込むと、魔道具を使って空に駆け出していく。

魔道具を実際に使ってみると思った通り反応が鈍い……しかも空中で立ち止まる事ができない。


やはり雑魚以外の戦闘では、自前の空間蹴りを使う事になりそうだ。


「アルドーーー!まだかーーー!」


色々と試しているとルイスの声が聞こえてきた。

下を見ると皆が“おあずけされた犬”のような顔をしている……


「すぐ降りるーー!」


それだけ叫ぶと、そのまま自然落下で落ちていく。

リーザスさんが慌てて受け止めようとしていたので、途中から螺旋を描いてゆっくりと降りていった。


「魔道具を着けてもらう前に注意事項を。この魔道具は言ってしまえば空を飛べる魔道具です。お爺様からは万が一の場合は“殺してでも回収しろ”と言われてます」

「……それはそうだろうな」


ルイスの言葉に一度、頷いて続きを話していく。


「ですので、これは貸すだけ。しかも、無理矢理分解しようとすると中の魔法陣が消えるようになっています」

「そんな事が可能なのか……」


ルイスが驚いているが話が進まないので、申し訳ないが無視させてもらう。


「ここにいる皆さんの事は信用していますが、万が一、奪われそうな時は箱の底にある魔法陣に、魔力を通してください。魔法陣が消えて、ただの箱と靴敷になります」

「「「「分かった」」」」


「では、魔道具を着けてください。練習を始めましょう」


全員が新しい玩具を買って貰ったかのように、笑顔を浮かべて魔道具を着けて行く。

今回のコーチは先に魔道具を使えるようになった2人、氷結の魔女と新緑の癒し手の2人である。


オレ、エル、アシェラ、ライラは素の空間蹴りが使えるので、魔道具も特に練習も無しに使う事が出来た。

しかし魔道具では若干のタイムラグがあり、やはり慣れが必要なようだ。


オレ達は魔道具を使いながら、軽い模擬戦をしたり、昔やったケイドロをしたりと、魔道具と素の空間蹴りの違いを少しずつ体に叩き込んでいく。

気が付いた時には、辺りは暗くなり始めていた。


そろそろ今日の練習は終わろうかと振り向くと……そこには暗い顔で黙々と空間蹴りの練習をする皆の姿が……

ナニコレ……誰も一言も話さない……さっきまであんなに楽しそうだったのに……


オレが呆然と見ているとジョーが、2歩目を上手く出せず派手に転んでしまった。

あの落ち方は少しマズイ……直ぐに回復魔法をかけようと走り出すと、ナーガさんが先に走り込んできて回復魔法をかけていく。


流石は新緑の癒し手と言われるナーガさんだ、と感心していると、ナーガさんからジョーへめっちゃ細かい指導が入る……


「ジョグナさん、今のは1歩目の魔力の抜きが遅いので2歩目が遅れると思うんです。魔力の抜きを意識してみてください。それと姿勢も、もう少し前傾にした方が……あと、目線は……それに…………最後に……ここも……ついでに……」


最後にって言ってから、だいぶ追加があった気がしたんだけど……

ナーガさんの指導は、基本 次に誰かが怪我をするまで続くようだ。


なるほど……皆の必死さと雰囲気の悪さの理由が痛いほどに分かる。

当のナーガさんに悪意は無いのだろう、もう1人のコーチと違って真剣に教えているのが、余計にこの場の雰囲気を悪くしていた。


恐らくナーガさんの言っている事は正しい。しかも的確で文句の付けようもないのだ。

だからこそ何も言い返せず、最悪と言えるのだが……


オレはこの惨状を前にして、早急にこの場を離れるべく、そっと回れ右をした……


「アルド!逃げる気か!」


ジョーめ……だからお前はジョーなんだ。


「あー、ジョグナさん。ナーガさんの指導は完璧なので、しっかりと聞いた方が良いと思いますよ?」

「そんな事は分かってる!ただ、聞いて出来るなら誰も苦労しねぇんだよ!」


オレとジョーがギャーギャーやってると、落ち込んだナーガさんが話しかけてきた。


「私の教え方が悪いんですよね……本当にごめんなさい……」


やばい……ナーガさんがヘコんでいる。


「ナーガさんは悪くないと思います。悪いのは全部ジョーです。こいつは頭も顔も悪いだけじゃなく性格まで悪かったとは……」

「おま、フザケルなよ!頭はアレとしても顔はお前と変わらないレベルだろうが!」


「どこがだよ!オレの方が絶対恰好良いっての!」

「糸目で恰好良いわけねぇだろうが!」


「おま、お前は今、ブルーリング家を敵に回したぞ!」

「な、何の話だ……」


「父様、オレ、エル、全員が糸目なんだよ!」


ジョーが劇画調の顔になって驚いている


「アンタ達、いい加減にしなさいよ。ナーガを見てみなさい」


母さんに言われてナーガさんを見ると、俯いて肩を震わせていた。

こ、これは……まさか……泣いているのか?


「お前等……こっちは真剣に教えてやってるのに……フザケルなよ……」


あ、肩を震わせて怒ってる方でしたか……マジ切れじゃないですかーーーやだーーーー


「す、すみません。ナーガさん……ほら、ジョーも謝れって……」

「すみません、ナーガさん」


2人で謝って、何とか許してもらえる事になった。





「元々は私が細かい事を言い過ぎたのが、悪かったんですよね。本当にすみません」

「あー、オレはバカだから、1つか2つぐらいの指摘にしてもらえると嬉しいです……」


「分かりました。1つか2つですね」

「はい、お願いします」


ジョーとナーガさんが謝り合って、なんとかこの場は収まったようだ。

ふと周りを見ると、そろそろ暗くなってきた。事故が起きてもつまらないので練習は終了しようと思う。





次の日から学生のルイス、ネロ以外は朝からブルーリング邸に集まり、日が暮れるまで練習したお陰で学園、最終日には拙いながらも空を歩く事が出来るようになっていた。


「アルド、どうだ!」


ジョーがフラフラとしながらも、オレの頭ほどの高さをゆっくり走っていく。


「おー、凄いな。オレはそれだけ歩けるようになるには、もっと時間がかかったぞ」

「そりゃそうだろ。オレ達と違ってお前は、空間蹴りを開発しながらだろ。時間がかかって当り前だ」


ジョーが軽口をたたきながらも、空中散歩を楽しんでいる。

他のメンバーもジョーと似たり寄ったりなのだが……ルイスとネロ、2人は学園があったため、昼間は練習ができなかった。


空間蹴りの試作型魔道具を貸してあったとは言え、圧倒的な差ができてしまっている。


「ルイスベル、まだまだだね。悔しかったら私より上手く歩いてみな!」

「うるせぇよ。すぐに抜いて吠え面かかせてやる……」


「ハッ、やってみな」


あー、アナタ達親子、仲良いですねぇ。

ルイスはそうでも無いが、鮮血さんは事あるごとにルイスにちょっかいを出している。


きっと息子と何かを一緒にやるのが、楽しくてしょうがないのだろう。

ふと、母さんを見てみると庭の木にハンモックを吊って、揺られながら本を読んでいた……


エアコン魔法のお陰で寒くはないのだろうが、わざわざあそこで本を読んでいるのはオレ達の近くにいたいからなのだろうか?……謎だ。




冬休み1日目------------




明日から迷宮への移動が始まる予定だが、冬休み初日の今日だけは準備の日となっている。

ルイスとネロは朝一番から空間蹴りの魔道具を練習し、大人達から遅れた分を取り返すのに必死だ。


「ルイス、ネロ、魔道具の練習は良いが、準備は終わってるのか?」

「ああ、オレは装備だけだからな。今から出発でも大丈夫だ」

「オレも大丈夫だぞ。ジョー達が準備してくれてるぞ」


「そうか。じゃあ、オレは保存食の準備をしてくるよ」


そう言ってオレは作っておいた保存食を木箱の中へ入れていき、隙間に緩衝材の布を詰めていく。

この作業の手を抜くと器が割れて、目も当てられない事になってしまう。


特にハツミツ漬けの器でも割ろうものなら、女性陣から何を言われるか分かった物ではない。

それと、今回は開放型の迷宮なので、調味料の類を沢山持って行くつもりだ。


酸欠の心配が無く匂いが籠らないなら、現地で簡単な調理をしようと思う。

やはり、どんなに上手に保存食を作っても、作りたての料理には敵わないのだから。





午前中は準備に費やし、午後からオリビアのフォローに時間を使わせてもらった。

以前とは違いオリビアは正式な婚約者である。学園、最後の冬休みを丸々迷宮探索に使う事への謝罪をしなければ……


適当に放置してると、婚約破棄されてもしょうがないレベルの事案に発展しかねない。

アシェラもオリビアに対しては見て見ぬふりをしてくれるようで、特に何かを言ってきたりはしなかった。


「オリビア、ヘタをすると2ヶ月間、全て迷宮探索になるかもしれない。すまない」

「大丈夫です。その代わり、今日の残りの時間は私にくださいね」


「……わ、分かった」


何をして午後からの時間を過ごすか聞いてみると、オリビアは2人きりで王都の散策をしたいらしい。

オレは二つ返事で了承し、2人で平民の恰好に着替えて街へと繰り出していく。


「2人で王都の街を歩くのが夢でした」


そう言って笑うオリビアは素直に綺麗だった。

言われてみればオリビアと2人きりで、何処かに行くのは初めてかもしれない。


これからはアシェラとオリビア、2人同じように接しなければ……もし、どちらかに気持ちが傾いていたとしても、態度だけは平等にしなければ……それが最低限の礼儀のはずだ。

改めて自分の今の立場の難しさと贅沢さを思い知ってしまった。


手始めに、楽しそうな様子のオリビアの手をそっと握りしめる……

オリビアは最初こそ驚いた顔をしたものの、直ぐに満面の笑顔を向けてくれた。


「オリビア、何処に行きたい?」

「そうですね。学園の子達が言っていた、お菓子が売っているお店にいきましょう。アルドの作る物ほどでは無いでしょうが、とっても美味しいみたいですよ」


「お菓子か、興味深いな」

「焼き菓子に果物の香りが付いていて、ほんのりと甘いそうです」


「それは美味そうだ。行こう、オリビア」

「はい、アルド」


そうしてオレはオリビアと2人、適度に休憩を取りながら王都を歩き回った。

気が付けば冬という事もあり日が傾いている。


「オリビア、そろそろ送って行くよ」

「はい……」


お互いにまだ遊び足りなかったが、これ以上遅くなるのは色々とマズイ。

2人で手を繋ぎながら、ゆっくりとサンドラ邸までの道を歩いて行く。


道の角を曲がりサンドラ邸の門が見えた頃、オリビアが立ち止まりこちらを見上げてきた。

丁度、この場所は建物の死角になっている……何を期待されているか嫌でも分かるという物だ。


女性に恥をかかせるつもりも無いし、オレ自身も今日1日一緒に過ごし、オリビアに惹かれているのも再確認できた。

オレはオリビアに向き直ると、ゆっくりと顔を近づけていく……


オリビアは少し震えながらオレを真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと眼を閉じていった。

冬の夕暮れの中、建物の影から伸びる2つの影が徐々に1つになっていく……


オレはこの日、オリビアと初めてのキスをした。




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