第207話会議

207.会議





今年も残る所、10日と迫ったある闇の日の朝。

王都のブルーリング邸の応接室で、母さん、ナーガさん、エル、マール、アシェラ、オリビア、ライラ、そしてオレの8人がテーブルで向かい合っていた。


後、10日もすると冬休みに入る。卒業後の事も含めて一度、これからの事を相談をしたかったのだ。

簡単な意志の疎通を怠って、つまらないケンカや禍根を残したくない。


出来ればこれからも定期的に開いていきたと思う。


「今日は忙しい中、集まってもらいありがとうございます。これからの事を中心に相談をしたいと思います。差し当たっては目先の目標である冬休みの予定を立てようかと」

「今まで通りナーガとアルで決めれば良いでしょ。何でこんな集まりが要るのよ」


「僕やナーガさんも間違えますし、皆で知恵を出し合えばもっと良いアイデアが浮かぶかもしれませんから」

「そうかしら」


ヤツは何とかして逃げようと必死だ。


「例えば保存食の件なのですが、僕とナーガさんの話し合いでは、荷物が多くなるのでハチミツ漬けは2日に1度にしようかと……」

「ダメよ!」

「アルド、それはダメ」

「アルド君……ダメだと思う……」


迷宮に潜る予定の女性陣から、強硬な反対意見が出る。


「こんな感じで皆さんの意見を出して頂けると、嬉しく思います」

「……分かったわよ」


そこからは今後の方針を決めて行く。当面の予定として、冬休みは魔瘴石を取りに迷宮へ潜る事となった。


ナーガさんがどの迷宮が良いか調べてくれており、王都から南へ2週間ほど移動したミルド公爵領にある翼の迷宮はどうか?と打診があった。

この迷宮は珍しい事に開放型の迷宮だ。


この迷宮の中は平原が広がっており、中心の丘には迷宮主がいると言われている。そして、普通の迷宮のような“道”という物がなく階層の概念がない。


そのために迷宮の入口から最下層クラスの敵が出るなど、踏破を目指すパーティ以外からは危険すぎて探索する者は殆どいないのが現状だ。


ミルド公爵家も迷宮には迷惑しているらしく、踏破に多額の賞金を出して冒険者を誘致している。

その額なんと神金貨3枚……この金額は類を見ず、余程この迷宮を持て余しているのだろう。


この迷宮がここまで踏破されていないのには理由がある。

翼の迷宮の魔物は名前の通り殆どが翼を持ち空を飛ぶのだ、しかも確定では無いが迷宮主は風竜だと言われている。


普通のパーティでは空の敵を倒し更に空を飛ぶ風竜を倒すなど、どれほどの戦力が必要になってくるのか……

しかも解放型故に浅い場所でも強敵が現れる可能性があるので、低ランクに雑魚の露払いを頼む事も難しい。


こうして翼の迷宮はミルド公爵領の中でも中心に近い場所にあるにもかかわらず、放置される事となった。


「オレ達なら空間蹴りが使えるから問題無いという事ですね」

「そうですね。特に魔道具が大きいです。1人でも飛べない者がいれば、そこに合わせざるを得ないですから」


「なるほど」

「それと、一般的な話なんですが空の魔物を地上に落とすと一段弱くなる、と言われています」


「どういう意味ですか?」

「逆に言うと“飛べる”という事は一段強い、という事になります。空の魔物は飛ぶために体を軽くしていたり、体の一部を飛ぶ事に特化させています。同じ土俵に乗れるのであれば同じSランクの竜種であっても地竜より風竜は一段弱いという事ですね」


「確かに地竜ほどの硬さは無いのか……」

「風竜のブレスは地竜と同程度と言われていますから、後は風竜の早さに付いて行けるかどうか……」


「速さですか……」

「こればっかりは実際に対峙しないと分かりませんが、アルド君達のバーニアならいけるんじゃないかと思っています」


「分かりました」

「では、ここまでの話で反対や質問はありますか?」


ナーガさんが全員を見回しながら聞くと、母さんが手を上げた。


「ラフィーナ、何かあるかしら?」

「まずは迷宮には誰が潜るのか、それと移動に片道2週間だと保存食はどうするのか、その2点ね」


「最初の誰が参加するのか、だけど私、ラフィーナ、アルド君、エルファス君、アシェラさん、そしてライラさんの6人で考えているわ。次に保存食だけど……これはアルド君の保存食が切れたと同時に、干し肉と黒パンになる予定よ……」


迷宮探索チームでは露骨に顔をしかめている。オレだって悪魔のメニューはごめんこうむりたい……

協議の結果、迷宮探索のサポートとして料理長を連れて行く事で話は纏まった。


料理長はオレの保存食作りを間近で見ていたため、教えれば直ぐに作れるようになるはずた。フランクフルトなどオレよりもずっと美味い物を作る。


「こうなると護衛やら何やらが要るわね……やはり素材の回収にもバックアップ要員を連れて行けると、不確定要素が潰せる……」


ナーガさんが独り言を呟いていたかと思うと、突然 母さんに話しかけた。


「ラフィーナ、ブルーリング男爵家とミルド公爵家の関係はどうなのかしら?」

「……最悪ね。お父様は王宮で会っても、挨拶すらしないそうよ」


「そう……それだとブルーリングの騎士を借りるわけには行かないわね」

「無理ね。武装した騎士を向かわせた時点で戦争になるわ」


「ハァ、しょうがないか。信用できる相手に当たってみるわ」


こうして、最初の会議は終了した。

サポートの人選はナーガさんに任せるとして、オレは保存食を出来るだけ作るのと、爺さんに料理長を借りる件を話さねば。





ナーガさんはブルーリング邸から帰る途中、ドライアドとクララとサラが遊んでいる姿を見て、笑みを浮かべていた。

少女が3人で遊ぶ姿はとても微笑ましく、誰もが目じりを下げて通り過ぎていく。


ナーガさんはエルフなのでドライアドに気が付くかとも思ったのだが、チカラを封印されているからなのか気が付いた様子は全く無い。

教えようか迷った末に母さんへ相談すると、おもしろいから言わない、と鬼のような言葉が返ってきた。


この人に何故こんなに敵が少ないのか、心の底から不思議に思う。本来なら敵だらけでもおかしく無いのに……謎だ。





会議から3日が過ぎた頃、学園でネロから迷宮の話をされた。


「アルド、オレも行く事になったぞ」

「ん?どこへ?」


「迷宮だ」

「お、ジョー達とか?」


「そうだぞ。オレも連れてってもらえるぞ」

「そうか、よろしく頼むな」


そんなオレとネロの話をルイスが横で聞いている……当然ながら迷宮探索の件を聞かれる事となった。


「アルド、また迷宮探索にいくのか?」

「ああ……」


「ネロも一緒に?」

「ネロはジョー達と一緒にバックアップを頼むつもりだ。次の迷宮は解放型でいきなり強敵に会う可能性がある。ジョー達は潜らない筈だ」


「……」

「……」


「オレも行く……」

「……」


「頼む、アルド。オレも連れてってくれ!」

「……」


「頼む!」

「……」


「ハァ、分かったよ……聞いてみるけどリーダーはナーガさんだ。了承してくれるとは限らないからな……」


「ああ、分かった!ありがとな、アルド」


冬休みが終われば、そこからは実質2~3週間で卒業となる。

きっとこの迷宮探索がルイスやネロとの、学園最後の思い出となる筈だ。


オレは少し呆れながらも、ルイスの頼みに笑顔が零れるのを我慢できなかった。





学園の帰りに冒険者ギルドへと向かい、扉を開けるとオレの学生服が珍しいのか数人の男が声をかけてくる。


「アルド、何だその恰好は……」「おいおい、ルーキーと間違えられるぞ」「お前ってまだ学生だったのかよ……人生、生き急ぎすぎだろ……」


とありがたいお言葉を頂いた。


「悪かったな!オレはまだピチピチの学生なんだよ」


笑い声の中を、ナーガさんの元まで歩いていく。


「今日はそんな恰好で、どうしましたか?」


オレの恰好を見て何故か頬を染め、鼻息を荒くしている……

あ、ポンコツの時のナーガさんだ。


しょうがないので、そのままルイスの同行の件を話してみた。


「そうですね……サポートはジョーさんに任せていますので、ジョーさん次第になるかと思います」


考えてみればサポート班はジョーがリーダーなのだから、ジョー次第なのは当然の話だ。


「分かりました。ジョーに聞いてきます」


それだけ言うとオレは範囲ソナーを最大で打つ………いた。どうやらジョーはギルドの演習場にいるようだ。

早速、演習場へ向かうと、やはりというかルイスとネロとジョーが楽しそうに談笑していた。


これも考えてみれば、自主学習が無くなって以来ルイスとネロは教官に武器を習っている。

ジョーが演習場にいて迷宮の件を直接、お願いするのは自然な流れなのだろう。


「おーい、アルドーーー!」


さっきのソナーでオレが来るのが分かっていたのだろう、ルイスが手を振っている。


「ルイス、その様子だとジョーに直接、頼んでOKをもらったみたいだな」

「ああ、アルドには悪いと思ったがジョーさんの姿を見たら我慢できなかった。スマン」


「気にするな。良かったな」

「ああ、迷宮には入らないが、空気だけでも感じられれば良いと思ってる」


「そうだな」


こうして迷宮探索のメンバーにルイスが加わった……この時、何故、全員があの人の事を失念していたのか……不思議でならない。





次の日の朝、ルイスが申し訳無さそうに教室へ入って来る。


「アルド、スマン!」


ルイスのいきななりの謝罪にオレは驚いてしまった。


「どうした?サンドラ伯爵から迷宮探索のサポートを、了承してもらえなかったのか?」

「違う……父さんは渋っていたがオレの選択を理解してくれた……ただ……」


「ただ?」

「母さんが……」


そうだ。リーザスさんがいたよ。絶対付いてくるって言うに決まってるじゃないか……


「付いてくるって聞かなくてな……」

「マジか……」


「今頃はラフィーナさんとナーガさんの所に行ってるはずだ」

「……」


「オレがダメだ、って言っても直接話すって聞かなかったんだ……」

「……まあ、子供じゃないんだから母さんとナーガさんに任せておけば良いと思うぞ」


「そ、そうだよな」

「ああ、そうだよ……きっと……」


オレとルイスはそれ以上、考える事を止めた。


その日の夜、母さんからリーザスさんの参加が決まった、と報告があったのは母さん達でも止められなかったという事なのだろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る