第206話家、再び
206.家、再び
9月も半ばになった頃の闇曜日、オレは1人でブルーリング領の屋敷へとやってきた。
放置してあるオレ達の家の改築を、進めようと思ったのである。
アシェラはトイレと風呂を王都並みに、オリビアは書斎が欲しい事と厨房は広めが良いらしい。器具類は家が完成間近になったらオレが魔道具を作ろうと思う。
細かい間取りも含めて一度、業者と話すためにやってきたというわけだ。
それと、こちらの希望を話して、凡その金額も知りたい。
足りない場合はどこからか工面せねば……最初から誰かの世話にはなりたくないがしょうがない……
時は少し遡って、ドライアドに家を壊されて数日後の事、オレは1人でブルールング領の屋敷へとやってきた。
「ローランド、家の改築を頼みたいんだけど、ツテはあるか?」
「そうですね……建て替えになるのでしたよね?」
「基礎部分は使えると思うんだけどな……オレは素人だから基礎が本当に使えるかどうかも、判断してほしい」
「そうなると……商業ギルドへ依頼するのが良いと思います」
「そうなのか」
「はい、領主の屋敷などの工事は、ある程度の公平性が必要になってきます。完全な公平などは無理にしても、商業ギルドへ発注すれば文句は出ないはずです」
「そうか……面倒な物だな」
ローランドは肩を竦めている。
「それと工事中には、聞かれて直ぐに返答が出来る必要があります」
「オレは普段は王都にいて、返答するにも週末になるぞ」
「それだと工事が遅れるか、思いと違う物が出来る可能性が高いかと」
「どうすれば良い?」
「普通は執事に任せるか、信頼できる者に頼むか、です」
ローランドを見ると引き受けてくれそうではあるが……独り立ちをする最初の件で、ブルーリング家の執事の手を借りるのはいかがなものか……
「少し考えてみる」
「分かりました」
そう言って別れて街へ歩き出しながら考えてみる。
ブルーリングの街に住んでいて、信頼できる者……尚且つ、王都のブルーリング邸の風呂やトイレを知っていて大工に指示できる者……
これだけの条件に当てはまる者をオレは1人しか思いつかなかった。
目的地は決まったので早速、向かおうと思う。
オレが辿り着いたのはタブ商会であった。あれだけの条件に当てはまる者を、タブ以外に思いつけないのだからしょうがない。
タブ商会の前で掃除をしている少年に声をかけた。
「すまないが、タブを呼んでほしい」
オレの言葉に訝し気な顔をしている。
「タブと言うのは商会長の事ですよね?」
「ああ、そうだ」
「失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「アルドだ」
「……アルド……もしかして……修羅様ですか?」
「……修羅と呼ばれる事もあるな」
「し、失礼しました!直ぐに商会長を呼んで参ります!」
少年は脱兎のごとく店の奥へ走っていく。あ、転んだ……
10分ほどで先程の少年とタブが走って向かってきた。
「ハァ、アルド様……ハァ、どうか……ハァ、しましたか?」
「そんな急ぎじゃないんだ。まず息を整えてくれ……」
タブと少年が息を整えている間に、少年の膝に回復魔法をかけてやる。
血が出てるじゃないか……
回復魔法をかけ終わり、改めてタブと向かいあう。
「タブ。すまないが、お願いがあるんだ」
「分かりました」
「まだ何も言って無いぞ」
「ブルーリングの英雄の頼みです。何とかしてみせます」
「……」
「アルド様なら私が出来ない事は、言われないと分かっていますから」
そう言いながらタブは笑った。
2人で奥の応接室へ移動し、オレの頼みを説明していく。
「実は…………」
ドライアドの件は伏せて、学園を卒業してから離れに住みたい事、離れの状態が思っていたより悪い事、アシェラとオリビアの要望と直通の扉の事を丁寧に話す。
タブは頷き、時に質問してきて、大まかにではあるが、どんな家にしたいかを理解してくれた。
「なるほど……とても興味深いですね。風呂とトイレは王都の屋敷並みに。厨房はアルド様の魔道具ですか……」
「ああ、魔道具はまだ開発してないがな。順番だ」
「私は何だか、とても楽しくなってきましたよ」
「じゃあ、引き受けてくれるか?」
「勿論です。是非やらせてください」
「ありがとう。タブ」
そう言ってタブは屋敷の工事監督を引き受けてくれた。
商業ギルドへはタブの方から話をしてもらい、来週の闇の日に現地で細かい打合せをするように手配してもらう。
「じゃあ、タブ。次の闇の日の朝で良いか?」
「はい、手配しておきます」
「すまないが、よろしく頼む」
「はい」
こうしてタブに諸々の段取りを任せてオレは王都へと戻った。
次の闇曜日。冒頭へと戻る。
少し早いが家へ向かって歩いていくと、既にタブが家の中を覗いていた。
「おはよう、タブ」
「おはようございます、アルド様」
「酷いだろ?」
「ええ……そうですね」
オレが家のあまりの酷さに苦笑いで話しかけると、タブは少し呆れた様子で返してくる。
「最悪は建て直しだけど、流石に金がなぁ……」
「金?もしかして、今回の工事はアルド様のお金で?」
「ああ、学園を卒業したら貴族籍を抜くつもりだからな。ブルーリングの金を使う訳にいかない」
「そうですか……その年で家を自費で……」
珍しい物を見たような驚きを浮かべながら、オレの顔を見つめていた。
タブと話していると待ち合わせの時間になったのだろう、ローランドが3人の男を連れてこちらにやってくる。
「アルドぼっちゃま、商業ギルド長と大工の者達をお連れしました」
「ありがとう、ローランド。後はこっちで話しておくから下がってくれて良い」
「かしこまりました」
ローランドが下がり、改めて大工達に向き直る。
「アルドだ。今回は無理を言って集まって貰った。ありがとう」
商業ギルド長や大工は、オレが最初に自己紹介をするとは思わなかったのだろう。驚いた顔で急ぎ自己紹介を始めた。
「わ、私は商業ギルド長をしています。パッセと申します。アルド様に先に名乗らせるような失礼を、誠に申し訳ありません」
「オレは後、半年で貴族籍から抜けるんだ。そんなに畏まらないでほしい」
「……貴族で無くなったとしてもアルド様がブルーリングの英雄なのは変わりません。2年前のゴブリン事件……矢を運ぶ為に私も城壁にいました。ゴブリンを焼き尽くした魔法……今でも鮮明に思い出せます。きっとアルド様達がいなければブルーリングは滅んでいたのでしょう……ブルーリングの1人の民として、助けて頂き本当にありがとうございました」
「オレ、1人でやった事じゃない。オレ達が到着するまで時間を稼いでくれた騎士や魔法使い、皆が頑張った結果の勝利だ」
「……そうですね」
何か納得して無い感じがするが、話を進めさせてもらう。
「私は大工の棟梁をしています、ギーグです。こっちはケルトと言います」
「け、ケルトです……」
「よろしく頼む」
これで自己紹介は終わりだ。ここからは、この廃墟同然の家をどうするかの話になる。
「じゃあ、まずは見てほしい」
中は崩れている場所が幾つかあり、タブとギルド長は外で待ってもらう事にした。
何かあって助ける事になったとしても、2人と4人ではだいぶ違う。
ライトの魔法を天井に浮かせてから、1階を見て周っていく。全ての部屋を見回って次は2階だ。階段が崩れて使えないので、2階へは1人ずつお姫様抱っこをして空間蹴りで運ばせてもらった。
大工だけあって2人共ムキムキのマッソーマンなのだが、空を駆ける時は乙女かと思うほどオレに抱き着いてきたのが……悪夢は早く忘れよう。
こうして家の中を一通り見て周り、今は外に出てきた所だ。
「どうだろう?基礎部分は使えるんだろうか?」
「そうですね……石造りの部分は問題無いと思うので、恐らくは大丈夫だと思います……」
「そうか……良かった」
「……少しお聞きしても良いですか?」
「オレで分かる事なら聞いてくれ」
「それでは……この家は見た目より、ずっと程度が良いです……」
やっぱりか!前に見た時は普通の離れって感じだったはずだ。
「しかし、それは石造りの部分のみです。木造の部分は……どう言って良いのか……古くなっての劣化というより木が勝手に壊れたというか……こんな痛み方を見た事がありません」
「……」
やべーー、本職が見ると壊れ方で、何が起こったのか分かるのか……
「差し支えなければ、何があったのかを教えて頂けると助かります」
オレは挙動不審になりながらも質問に答えた。
「お、オレも見に来たらこんな状態になっていて、驚いているんだ……」
嘘は言って無い!原因を知っているだけで、オレが来た時にはこの状態だったのだ。
「……そうですか」
棟梁から怪しまれながらも、打合せは進んでいった。
こちらの要望を伝えると殆どは問題が無かったのだが、トイレと風呂の工事だけは言っている意味が分からないらしく、こちらで工事をする事になったのはしょうがない事なのだろう。
最後に凡その概算の金額を聞いてみた。
「凡その金額は分かるか?」
少しオレ達から離れた場所で、ギルド長と棟梁が相談をしながら金額を決めている。
「……そうですね、概算にはなりますが木造の部分を殆ど作り変えて……前金で神赤貨3枚、完成報酬に神赤貨2枚。後は追加工事分って所でしょうか」
「追加工事は幾らぐらいだ?」
「やってみないと分かりませんが、普通は前金の半分程度が多いです」
「そうか、じゃあこれを」
オレはそう言って神赤貨6枚を渡す……6000万とか……即金で払える自分が怖い……
「前金と完成報酬で神赤貨5枚です!多すぎます……」
「それで出来たら持って行ってくれて構わない」
「……ですが」
「因みにその予算内でヤレとは言って無いからな。足りなければ言ってくれ。勿論、説明はしてもらうが、オレが納得すれば追加は払う」
「わ、分かりました。すぐに商業ギルドに戻り契約書を作成してきます!」
それだけ言うと、ギルド長は足早にこの場を去っていく
それからは棟梁にオレの代理人としてタブを紹介したのだが、タブ商会の建物もこの棟梁が建てたらしく2人は顔見知りであった。
3人で細かな仕様を話して、ケルト君が速記でメモを取っている。
次に棟梁は凡その仕様が決まると、紙に絵を書きながら注釈を入れていく。
寸法など無い大まかな絵ではあるが、眼で見える形になると途端に分かり易くなった。
「これで頼む」
「分かりました」
ギルド長が戻ってきて契約書にサインをする時に、マイホームに結婚……前の世界では終ぞ出来なかった事だ。
オレは感慨深げに契約書へ名前を書き入れた。
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