第205話ドライアド part2
205.ドライアド part2
昼食も終わり、予定通りドライアドの服を買いに行こうとしたのだが、問題が発生した。
ブルーリングの街であれば街全体を領域が覆っているので問題はない。
しかし、王都の領域は魔瘴石で作った簡易版であり、領域の大きさは精々屋敷の敷地ほどなのだ。
結果、王都ではドライアドは屋敷の外に出られない事が分かった。
「私も外に出たいーーー!」
ドライアドの声がブルーリング邸に響きわたる……
見た目はクララほどの少女であり、非常に叱り難い。
どうしようか考えあぐねていると、氷結さんがピシャリと一言で締めた。
「嫌なら出て行きなさい」
軽い口調で言っているが、間違いなく本気だ。
これ以上言うなら実力行使で叩き出す、と眼が物語っている。
「ご、ごめんなさい……」
あまりの迫力にドライアドが謝ると、少し呆れた顔を浮かべて“良く言えたわね”と頭を撫で始めた。
そして何やらメイドに耳打ちをすると、直ぐにメイドは小さな器を持ってくる。
どこかで見た器だと思ったら、おいぃぃぃぃ!それ、オレのハチミツ漬けじゃねぇか!
オレを一瞥したと思ったら、皆でハチミツ漬けを食べだしやがった……
「……」
正直な話、このタイミングでは非常に文句を言い難い……ここで文句を言ったら、まるでオレが小さいヤツみたいじゃないか……
オレが氷結さんに抗議の視線を向けていると、ドライアドが「スゴイ!これスゴイ!」と喜びだした。
「これ誰が作ったの?」
ドライアドの言葉に全員がオレを指差してくる。
「アルドちゃん、スゴイ。これ凄く美味しい。お礼に、これあげる」
そう言ってオレの手に握らせてきた物は……緑色をした小さな石だった。
「何だこれ?」
「ん?魔瘴石だよーー」
全員の動きが止まる。
「ハァ?魔瘴石って……これどうやって……」
「ずーっと前に迷宮を壊した時のヤツ。もう要らないからあげる」
「お前……迷宮を踏破したのか……」
「うん。ずーーっと前にジェイルと一緒に取ってきたのーー」
きっとエルフの使徒も、仮の領域を作るために魔瘴石を集めたのだろう。
「本当にもらって良いのか?」
「うん、あげるーーー」
「そうか、ありがとう」
思わぬ形で魔瘴石を手に入れてしまった。因みに緑色なのは問題無いのだろうか?
アオに浄化してもらう時は、いつも青色になるのだが……
「この魔瘴石、緑色だけどアオでも使えるのか?」
「うん、アオちゃんでも問題無いよーーただ魔瘴石の寿命が少し短くなるかもーー」
「そうか」
アオが使えるなら問題は無い。早速、収納に放り込んでおく。
結局、ドライアドは母さんに懐いたというか……餌付けされたというか……
アオからは“その内、飽きるからそれまで頼むよ”と何故か軽く頼まれてしまった。
今のドライアドは精霊としてのチカラは殆ど使えないらしく、服を着ていると人族の少女と変わりない。
結局、メイド達には母さんの6番目の内弟子、と説明をし、誤魔化す事にした。
性格は我儘で短気な所はあるが、年長者だけあって話せば普通に聞いてくれる……事もあるかもしれない。
馬が合うのか、普段はクララとローザの娘サラと3人で遊んでいる姿を良くみかける。
一度など3人で何やらゴソゴソしていたので何をしているのか聞いてみたら、食材の中に薬草にもなるハーブがあるらしく“薬”を作っている、と返事をもらった……
その“薬”って“エルフの秘薬”じゃ無いですよね?頼みますよドライアドさん……
因みにエルとマールは朝からデートをしており、夕方に帰ってきて全ての説明を聞いた後には、2人して遠い眼をしていたのは秘密だ。
学園も始まって暫くした頃……オレ的にこれはどうなのか、という事件が起こった。
クララ達3人が庭の花壇で遊んでいた時の事、不注意でクララが指に大きなな怪我をしたそうだ。
しかし、間が悪い事にその日は母さんを含めて、回復魔法使いが誰もいなかった。
しかし、クララの手から溢れてくる血……ドライアドは直ぐに決心したそうだ。
すぐさまアオの配下から抜けたかと思うと植物を召喚し、驚くほどの速さで“エルフの秘薬:回復薬”を作りクララに使ったらしい。
クララの傷は瞬く間に治って大事は無かったのだが、問題はアオの配下を抜けたドライアドだった。
クララ達の目の前でドライアドの姿は徐々に薄くなっていき、最後には消えてしまったらしい。
その時、オレ達は学園に通っていて屋敷には爺さんだけだった。
泣きじゃくるクララから話を聞いた爺さんは、サンドラ邸にいた母さんを急いで呼び戻したそうだ。
すぐさま屋敷に戻った母さんはアオの間へと移動すると、魔瘴石に話しかけアオを呼びだした。
そして、事情を話し終えるとドライアドを再度配下にするように命令したのだ。
姿が消えた後もドライアドはずっとクララとサラの近くにいたらしく、アオが再び配下に戻すと3人で泣きながら再会を喜びあった。
クララの傷は命に別状は無かっただろうが、放っておいて良いレベルでは無かったようで、ドライアドには感謝しかない。
オレが家に帰ってからその話を聞き、アオに尋ねると「姐さんに逆らえるわけ無いじゃ無いか!」と何故かオレが切れられてしまった……解せぬ。
今だに爺さんはドライアドの姿を見るたびに複雑な顔をするが、こうしてドライアドはブルーリング家に迎えられる事となった。
ドライアドの件も慣れた頃、学園では放課後の自主練習は無くなる事となった。
キッカケはやはりファリステアがいなくなった事。
オレは引き続きアンナ先生から最後の言語であるドワーフ語を習っているのだが、ルイスとネロは自分達の実力を伸ばすために、冒険者ギルドで教官から武器を習いたい、と言い出したのだ。
確かに身体強化と魔力操作は、もうオレがいちいち指示しなくても、自分で考えて修行出来るレベルになっている。
ルイスは鮮血さんがいるので別にしても、ネロは確かに武器の扱いを専門の人に習うべきだ。
オレは2人からの提案に頷き、2学期より自主練習は解散する事となった。
この2年と少しの間、ずっとやってきた事が終わるのは、やはり何とも言えない寂しさがある。
例えるなら……卒業。その言葉を呟いた時、オレの中にストンと落ちる物があった。そうか、ルイスとネロはオレから卒業するのだ……
これからのルイス、ネロとの関係は友情だけ、師弟としての関係は今日をもって終わる……
この日を境にルイスとネロはオレという保護者の同意を得なくとも、ギルドの依頼を受けられるようになった。
オレから見るとルイスもネロもそれなりに強くなったと思うのだが、正直な話 一般的にどのレベルなのかがイマイチ分からない。
ノエルに会いに来たジョーを捕まえて、こっそりと2人の強さを聞いてみた。
「ジョー、ルイスとネロは実際の所、どれぐらいの強さなんだ?」
「そうだな……ルイスは魔族なのが大きいんだろうが、武器に魔法、両方の実力がどんどん上がっている。見てて驚くほどだな。ネロの方は種族の適正も考えた動きに変わって来た。魔法は殆ど使わず身体能力を全面に出しての立ち回りになっている。たまに獣人族特有の勘が冴えるのか、オレも驚くような動きをする事がある」
どうやらもう少し立ち回りは覚える必要はあるが、ルイスはDランクの上ぐらい、ネロはDランクの中程度の実力があるそうだ。
しかも夏休みの間、ネロはジョー達のパーティに入れてもらっていたらしく、オレ達と同じEランクに上がっていた。
「そうか……」
「そういえばお前等、卒業後はどうするんだ?」
「ん?オレはブルーリングに帰る。屋敷は出るがブルーリングを拠点に活動するつもりだ」
「そうか。オレは年が明けて、雪が解ける頃にブルーリングに発つつもりだ」
「そうか」
「ルイスとネロはどうするんだ?」
「どうするんだろうな。学園で聞いてみるよ」
「そうだな」
ジョーは雪が解ける頃に王都を発つらしい。年明けの2月、遅くても3月には発つはずだ。
次の日の朝、ルイスとネロに聞いてみた。
「2人共、卒業後はどうするんだ?」
「オレは家を出て冒険者としてやっていくつもりだ」
「そうか、拠点はどうするんだ?」
「そうか……拠点か……」
ルイスは考えていなかったのだろう、一瞬だけ驚いた顔をして考え始める。
「ネロはどうするんだ?」
「オレか……ブルーリングへ行くつもりだぞ」
「ジョーか?」
「そうだぞ。オレはもう少しジョーに技術を教えてもらうぞ。特に戦闘以外の事がオレは苦手だ」
どうやらネロはブルーリングでジョー達とパーティを組んで、立ち回りを学ぶようだ。
「アルドはどうするんだ?」
「オレか……オレもブルーリングへ帰る。実際はブルーリングから出かけるだろうが、拠点はブルーリングに置くつもりだ」
「そうか……アルドもネロもブルーリングか……」
「ルイスも来るか?」
「そうだなぁ。ブルーリングならオリビアもいるんだな……」
「ああ、そうだな」
ルイスは暫く考えていたが、ゆっくりと首を振った。
「やっぱり止めておく、オレは王都に拠点を置いて母さんに修行を付けてもらうよ」
「そうか、サンドラ邸は出るのか?」
「ああ、ケジメだからな。自分で部屋を借りて、生活するつもりだ」
「そうか、オレも王都には来るはずだから、寄らせてもらうよ」
ネロはブルーリングでジョー達と冒険者をやり、ルイスは王都でリーザスさんに鍛えてもらうらしい。
まだ15歳なのに2人共、立派に自分の道を決めている。日本でのオレが15歳の頃は高校に入る頃か……
オレなんかと違い、2人はしっかり自分の足で歩いて行くのだろう。
卒業後の住む場所に目途が付いたら、一度エルとアオに使徒の活動の方針を相談したい。
魔瘴石集めをどうするのか、迷宮は何処に潜るのか、領域の解放はどこからやっていくのか、一生にどれだけの領域を解放すれば良いのか、順番はあるのか、領域によっての重要度は、決めないといけない事が沢山ある。
卒業まで半年しか無い。少し急ごうと思った秋の日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます