第72話範囲ソナー

72.範囲ソナー




オークの巣にコンデンスレイを撃ち込んで森の外に退避した。

オークが出てくるのを今か今かと待っている所だ。


「出てきませんね。グラノ師団長」

「そうですね」


オレ達は騎士と魔法師団の後ろで森を見ている。


「エル、大丈夫か?キツかったら座ってろよ」

「大丈夫です。兄さま」


もうかれこれ30分程が経つ…いくら何でも遅すぎる。

オレは頭に”失敗”の2文字が浮かんだ。いや、着弾したのは確認した。


「斥候を出しますか?」

「そうしたい所ですが…こうも森が燃えているとどうして良い物か…」


「そうですね。煙に巻かれて死にかねない」

「アルド様、範囲ソナーと言うのは最大でどの程度の距離が分かるのですか?」


「やった事は無いですが、1000メードぐらいかと思います」

「1000メード…ちょっと距離が足りないですか…」

「何をするつもりだ?」


オレとグラノ師団長が話しているとミロク騎士団長が聞いてきた。

グラノ魔法師団長とミロク騎士団長が今後の方針を決める。


「範囲ソナーの有効範囲に入るまで魔法使いで火を消す。どの道、確認しなければ帰るに帰れない」

「それはそうだな。これだけの部隊を動かして成果が判りませんでは話しにならん」


「じゃあ手前の方から火を消すぞ。魔法師団整列!」


そこからは魔法師団員が交代で森の火を消して行く。

1時間程してなんとか範囲ソナーに届く距離まで進めた。


「では、範囲ソナーを打ちます」


1000メードと言う事で魔力はマシマシだ。何とか調べられたオークの巣には1匹のオークすらいなかった。ん?オークとは別に少し気になる者がソナーに反応がある。


「オークは1匹もいません。生き残りは全て逃げたようです」


これは喜んでいいのか?失敗か?判断に迷う。


「まあ、巣は潰したんだし、成功?で良いのか?」

「私達は何もやってませんけどね」


騎士団長も魔法師団長も判断に迷う案件らしい。

それとは別にオレは気になる事があったので少し話しをする。


「すみません、ちょっと気になる事があるので30分程、馬を借りて良いですか?」

「何処かに行くなら私も行きましょう」


頼れる男、ハルヴァが同行を申し出てくる。


「ありがとう」


ハルヴァと一緒に馬で移動する。オレしか場所が判らないのでオレが前だ。

15分程走って馬が明らかにバテてきた。


そうすると前に商人風の馬車が走っているのが見える。


「あれか…」

「どうしました?」


「あの馬車の中にユーリ、エルフがいる。急に何かの都合で帰る事になったのなら良い。ただアイツがファリステアをおいて帰るとは思えない」

「なるほど…騎士団として臨検しましょう。急に戦闘になる可能性があります。充分に警戒を」


「分かった。後、なるべく殺すなよ。背後関係が聞きたい」

「分かりました」


ハルヴァが馬車の前に出て大声を出す。


「ブルーリング騎士団 大隊長ハルヴァだ。荷を検める。馬車を止めろ」


ハルヴァの大声に御者台の男は馬車を止めずに話しかけてくる。


「申し訳ありません。急ぎの荷なんです。カシュー家にすぐに届けないといけません。無理に馬車を止めると後でカシュー家と問題になりかねませんよ」

「ここはブルーリングだ!馬車を止めろ!」


ハルヴァが尚も大声で威嚇する。


「ハルヴァ、もう良い。離れろ」


オレの声にハルヴァが馬車から離れた。その様子を見て御者台の男は何とかなったと安堵の表情を漏す。

しかしオレは風の魔法を発動して馬と馬車を繋いでいる軛の部分を切断した。


「な、何を。こんな事をして許されると思っているのか」


御者台の男が叫んでいるが無視だ。無視。


「ハルヴァ、やれ」


オレの言葉にハルヴァが鞘に入れたままの片手剣で側頭部を殴りつける…死んだんじゃね?

さっき言った”殺すな”って命令は鞘の分なんだろう。


範囲ソナーを軽く打つ。馬車の中には2人。ユーリサイスと知らない男だ。

ユーリを人質にされると厄介だ。オレは空間蹴りで馬車の上に移動すると、また範囲ソナーを打つ。敵の位置を確認し馬車越しにウィンドカッターの魔法を2発撃った。


馬車の中から絶叫が響き両腕の無い男が馬車から出てくる。

放っておくと失血死してしまうので回復魔法をかけて血止めをした。


男2人も気になったがユーリが気になる。馬車の中を調べると縛られてイモ虫の様になっていた。その姿を見て思わず笑ってしまう…

顔を真っ赤にしてムームー言ってる姿がさらに笑いを誘ってくる。


ユーリがハルヴァに縄を解かれ最初に言った言葉が”いつか泣かす”だったのは良い思い出だ。

そこからはユーリに話を聞いたのだが、どうも屋敷を襲撃をしてユーリを攫ったらしい。


屋敷を襲撃した。と聞いた所でハルヴァとオレの殺気が限界まで膨れ上がる。

今、屋敷にはハルヴァの妻のルーシェさんと娘のアシェラがいるのだ。オレだって父さん、母さん、クララ、アシェラがいる。


賊はオレとハルヴァの殺気に”誰も殺してない”と何度も言い訳をしていた。

何でも貴族の屋敷に襲撃して人死にが出ると貴族も後先考えないで行動するらしく、今回の仕事はなるべく殺しは無しで。と進めていたらしい。


”もし傷1つでも付けていたら八つ裂きにしてやる”とハルヴァからお言葉を頂き、この場を撤収する事にした。

馬車は壊してしまったのでオレ達の乗って来た馬2頭と馬車に繋がれていた馬1頭の3頭での移動だ。オレ、ハルヴァ、ユーリがそれぞれ馬に乗り賊の2人は歩きになる。


行きは15分だったが帰りは2時間弱かかった。心配になったミロクが捜しにくる程だ。

グラノ師団長とミロク騎士団長が今後の話をしている。


「巣は森の火が消えた頃に確認しよう」

「この炎の中で生き残っているとは思えんがな」


「上位種が何だったかは調べないとな」

「そうだな。同じ場所では同じ上位種が生まれ易いって言うからな」


初耳だ…じゃあ魔の森にはまたゴブリンキングが沸いてるのだろうか。

ここでの仕事も終わりだ。オレ達はブルーリングの街へ戻る事になった。


火事が広がらない様に魔法使いと騎士を何人か残しての帰宅である。


途中、騎士や魔法使いが”結局、何しに来たんだ?”、”修羅やべぇ”、”ブルーリングは安泰だ”等の声が聞こえていた。


「エル、お前の勘のお陰でユーリも助けられた。ありがとう」

「僕は何もしてないですよ」


「魔力を殆どオレに渡してくれたから出来たんだ」

「ただの勘なんですけどね」


オレの言葉にエルは苦笑いを浮かべていた。


「じゃあ帰るか!」


隊の流れに乗りブルーリングの街へと帰路に就く。

行きと同じでエルとオレで馬を1頭貸してもらえた。考えてみれば領主の直系の孫を歩かせて自分は馬とか無いわな。


移動には特に問題は起こらなかった。しいて言えば全員の元気が余りすぎて、何度かミロクの叱咤する声が聞こえていたぐらいか。

1時間程でブルーリングの街が見える。大丈夫だとは分かっていても心配な気持ちは変わらない。


オレとエルはハルヴァを護衛として先に屋敷に向かわせて貰う様に話した。ハルヴァも一緒なのはアシェラやルーシェアさんが心配だろうからだ。

ミロクとグラノの許可を貰いブルーリングへの帰路を急ぐ。


門を通る時には門番に馬の上から”緊急事態だ”と職権を乱用させて貰った。

街の中では馬を走らせる訳にはいかない。心は逸るが馬を歩かせ屋敷を目指す。


屋敷に到着しオレ達3人は走り出した。エルを見ると悲壮な表情だ…マールや父さん、母さん、クララが心配なのはオレと一緒のはずだ。

玄関を抜けホールで叫ぶ。


「父様!母様!クララ!アシェラ!マール!誰かいないのか!」


オレの背一杯の叫び声に奥から皆が続々と出て来る。


(ああ。皆、無事だ…父さん、母さん、クララ、アシェラも…)


大事な人達の元気な姿を見てやっと心の底から安堵する事が出来た。

それからオレ、エル、ハルヴァ、アシェラの4人は父さんの執務室へと通される。


「そちらの話も聞きたいが、アルはこちらの話が聞きたくてしょうがないみたいだね」

「はい。聞かせて頂ければ…」


「実は僕は今回の事は知らない内に終わっていたんだ。詳しい話はアシェラとローランドから説明してもらうよ」

「分かりました」

「では、まずは今現在で判っている事から…」


そこからローランドは賊が全部で5人で、1人死亡、2人を捕らえて2人に逃げられた事。目的がファリステアだった事、ユーリサイスが攫われた事、アシェラの活躍を話してくれた。

途中でユーリの事を話そうと思ったがややこしくなりそうで話が終わるまでは黙っている事に決めた。


「このように事件の全体は以上です。どこの手の者かは逃げた2人の内の1人が頭だったようで分かりません。ユーリサイスは恐らくは生きてはいないでしょう」


一通りローランドの話が終わるとオレは話しだす。


「オークの巣にコンデンスレイを撃った後に範囲ソナーでオークを確認していたんです。そしたらユーリの反応を発見しました」

「何だって?じゃあユーリサイスは?」


「はい、生きています。ついでに2人の賊も捕まえてあります」

「は、ハハハハハ……なんてこった…アルは英雄なのかい?」


父さんから賞賛されるが、こんな無様な英雄などいるものか。っと心の中で自嘲する。


「全て偶然ですよ。たまたま範囲ソナーに引っかかっただけです」

「そうだとしてもだよ…全てが必然に思えてくるよ…」


父さんからの羨望と少しの畏れが混じった視線を受け、オーク殲滅の事を話し出した。

エルとハルヴァに補足を入れて貰いつつ報告をしていると玄関の方が騒がしくなる。


「どうやら本隊が戻った様ですね」

「そうだね。ユーリさんとファリステアさんの感動の対面でも見に行こうか」


皆で部屋を出て玄関に向かう。玄関ではユーリとファリステアが涙を流しながら抱き合いエルフ語で話していた。

かろうじて聞き取るとオレの名前が出てくる。その後に”泣かす”や”弱点”や”惚れさせて捨てる”等の恐ろしい単語が並んでいた。


ユーリに戦慄していると父さんがこの場をまとめる様に話しだす。


「今回の事は被害が無かったとは言えブルーリング家の失態です。お客様を危険に晒し誠に申し訳ございませんでした。この責は後日、改めて償わせて頂きます」


しょうがない事だとしても責は誰かとなれば、警備の責任者のブルーリングになる。


「今日はお疲れでしょう。ゆっくりと休んでください」


そろぞれ思う所はあるのだろうが部屋に戻りゆっくりと休むのが良いだろう。




再び執務室------------




今のメンバーはオレ、エル、グラノ、ミロク、父さん、ローランドだ。

ハルヴァは騎士団を早上がりさせ、ルーシェさんとアシェラと一緒に帰路へと就かせた。


基本、オレからの報告と一緒なのだが細かい違いを確認したいらしい。もう一度、同じ報告を聞く。

ミロクとグラノから聞くオレの活躍は”それどこの勇者?”と問いかけたい程だった。


オークを1人で殲滅しただの、賊を発見から討伐、おまけに人質の救出まで1人でやった事になってる。

エルやハルヴァはどこ行った!


こうして父さんへの報告も終わり、部屋に戻る時にエルに魔力を半分返す。


「流石にもう良いだろ?」


エルは苦笑いを浮かべて返事をした。


「そうですね」


オレ達は執務室の前で別れる。オレは自室で休憩、エルはマールの所に行くようだ。

今回はマールも戦ったらしい。怪我は回復魔法で治っているらしいが心のケアもある。何とも無ければ良いんだが。


今はオレが付いて行くよりもエルだけが行った方が良いとオレなりの判断だ。

オレは自室へ入りベットに寝転がった。


これから調べるのだろうがファリステアを狙った理由…ブルーリングに帰る時の”魔物寄せ”もあいつらの仕業なのだろうか…

馬車を止めようとした時に賊が口にした”カシュー”の名前。


ベッドに寝転がりながら考えていると疲れていたのかいつの間にか眠っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る