第71話賊

71.賊



アルドとエルファスがオーク討伐に向かって1時間程経過した頃の事。

ルーシェさんがグラン家、秘伝の風邪薬を作ってくれたのだ。


「我が家の秘伝のお薬よ。保存が効かないから出来るのに時間がかかっちゃったわ。ちょっと苦いけど我慢してね」

「苦いの嫌…」

「クララ、我慢できたらアルドにプリンを作らせるわ」


「本当?母様」

「勿論よ。アシェラとクララが頼めば絶対にアイツは作るわ」


「あらあら、アルド君もクララちゃんが相手だと形無しね」

「クララ、お薬飲む!」


「お利巧さんね。これを1袋飲んでね」

「うん…」


クララは薬を暫く睨みつけてから一気に飲み干した。


「にがぁい…」

「良く飲めたわね。クララ」

「これで暖かくして眠れば熱は下がってるはずよ」


「本当にありがとう。ルーシェさん」

「気にしないでください。私達が受けた恩に比べれば何て事ない話です」


ラフィーナとルーシェが話してる間にクララは眠気が襲ってきたのだろう。

眼をシパシパさせている。


「クララ、ゆっくり寝ると良い」

「はい…あしぇ、らねえさま…」


クララが眠りについた。全員で起こさない様に音を立てず部屋から出る。


「さてと私も少し眠るわ。ルーシェさんも仮眠を取ってください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

「ボクは昨日はしっかりと寝たからマール達を見てくる」


「「いってらっしゃい、アシェラ」」


まるで2人の母に言われている様だ。と思いながらアルドと結婚したら実際にそうなる。と思い至る。

笑みを浮かべながらマール達を捜しに行くのだった。






時は少しだけ遡る。


アルドとエルファスがブルーリングの街の門を越えようとしている姿を商人風の男が見ていた。

暫く見ていたが完全に出た事を確認すると踵を返す。


傍目には早そうに見えないが特殊な歩法なのだろう。かなりの早さで裏道を駆け抜ける。

スラムにある1つの建物に男は入って行った。


「お館様、修羅の2人は確認しました。娘の1人だけ馬車の中なのか確認できませんでした」

「まあ娘は良い。これからエルフの娘を攫いにいくぞ」

「「「はい」」」


賊は全員、領主の屋敷に向かっているがそれぞれバラバラに行動している…お互いの距離は10~100メード程。しかし確実に屋敷に近づいて行く。


5人は微妙な距離を保ちながら裏門に向かう。裏門は騎士団の演習場に近く騎士の出入りが激しい場所だ。

門の前まで来ると女の1人が転ぶ…まるで本当に転んだ様な演技力だ。


2人いる門番の1人が女に近づき声を掛けた。


「どうした?」

「転んでしまって…いたっ…」


「おい、足が変な方向を向いてるじゃないか!折れてるぞこれは」

「そうなんですか…痛い…」


「おい、回復魔、法…を…」


女の容態をみていた門番がいきなり眠り出す。


「おい、どうした!」


もう1人の門番が眠った仲間を揺すって起こそうとした。


「お前。何かしたのか!」

「……はい」


「な、、、」


女が門番に触れたと思ったら2人目の門番も眠り出してしまう。女は門番を一瞥すると明後日の方向を向ている足を何てこと無い様に元に戻した。

他の4人が集まり門番の2人を抱き抱え、そのまま詰所まで連れて行く。


口封じに殺すのかと思われたが両手と両足を縛り猿轡をして奥に転がした。


「相変わらずだな。お前の魔力視の魔眼は…」

「働きの分の報酬は期待してるわ」


「予定通り1人はここで門番の役だ。そいつらの装備を脱がして身に着けておけよ」

「はい」


「他はエルフの確保だ。領主の屋敷にいるはずだ」

「「「はい」」」


4人の賊は裏門より領主の屋敷へと向かう。

それはちょうどアシェラがクララの部屋から出てマールを捜しに出た時間だった。






アシェラがマールを捜して屋敷の中を歩いているとローランドを見つけた。


「マールや皆はどこにいるか知らない?」

「皆様なら客室でお茶を楽しんでおられます」


普段ならお茶会など絶対に参加しないのだが、少し前にアルドに同年代の友達を作った方が良いと言われた。

アシェラ自身、今の生活に不満は無いがアルドが言うのならそうなんだろう。と客室に向かう事にする。


客室に到着するとマール、オリビア、ファリステア、アンナ先生、ユーリサイスの5人がお茶を飲んでいた。


「あら、アシェラ嬢。一緒にお茶にしませんか?」

「ありがとうございます。失礼します」


オリビアからの誘いを受け、お茶会に参加させて貰う。

アルドやエルファスと同じくらいから勉強しているのだ。やろうと思えば一通りに礼儀作法は出来る。普段はアルドが礼儀を嫌うので使っていない…とは本人の談だ。


席に着くとメイドがティーカップにお茶が注ぐ。


「今さら自己紹介は良いですね」

「「「「「はい」」」」」


「私がアシェラ嬢に聞きたい事はアルドとの馴れ初めです!今年の始めに婚約したと言うじゃありませんか。是非、その時の事を教えて頂きたいです」


オリビアだけではなく他の淑女も興味津々だ。唯一、マールだけが素知らぬ顔をしている。

アシェラは恥ずかしそうに、どこか嬉しそうに話し出した。


母親の危篤の件から、追いかけてくれた事、一度は断った事、でも”本気で好きだ”と言ってくれた事、そこまで話しをすると淑女達は眼をキラキラさせている。


「アルド君がねぇ。思ったより熱い子なのねぇ」

「アシェラ嬢は良いですね。アルドに想いを寄せて貰って…」


オリビアも本気でアルドに恋をしてる訳では無いのだろう。伯爵令嬢と言う事で異性と知り合う切っ掛けが無いのと、王都への道でオークから助けて貰った事で憧れの様な感情を抱いていると思われる。

淑女達の話はエルファスとマールの仲にも飛び火して行く。


「マールさんもエルファス君と仲が良いですし、羨ましいですね」


アシェラは会話を楽しんでいたのだが、何かおかしな気配を感じる。周りを見渡す…

特に何がという事は無いのだが、やはり違和感がある。


「どうしたの?アシェラ」

「何か変な気配がする…念の為に警戒を」


アシェラはそう言いながら素早く自分の周りに風魔法を5個展開した。

マールもアシェラ程では無いが氷結の魔女の弟子だ。同じく風魔法を2個展開する。


「ゆっくり部屋の隅へ…」


アシェラの声に驚きながらも淑女達はゆっくりと部屋の隅へと移動していく。







部屋の隅に到着するかしないかの瞬間、一斉に賊が飛び込んできた……その数4人。

扉から2人、窓から1人、バルコニーから1人だ。


アシェラとマールは展開していた風魔法を窓から入って来た男とバルコニーからの男に撃ち込む。

襲撃を察知され準備万端で迎撃される等、微塵も考えていなかった男2人は魔法を正面から食らってしまう。


「「ぐぇ。がぁ…」」


男2人は一目見て手足の骨が4~5本折れる怪我を負い、地面に這いつくばっている。


「な、気付いていたのか!」


扉から入って来た男と女の2人組は真っ直ぐに部屋の隅の淑女達に向かって走り寄って来る。

淑女達を見た賊の女が叫ぶ。


「エルフが2人いるじゃないか!どっちだい?」

「12歳の方だ。名前はファリステア」


「エルフの年なんか判る訳ないさね…2人共攫うしかないか」


女の言葉にアシェラが2人の前に立ち塞がる。


「ここは通さない」


すぐに5個の魔法がアシェラの周りに展開される。

マールも後ろから2個の魔法を展開させた。


「修羅が1人残ってたねぇ」


アシェラは女の賊に吶喊する。どうやら女も格闘術の使い手のようで武器は何も持っていない。

格闘だけで女を制圧出来ると踏んで魔法は男の方に撃ち込んだ。


「アタシも舐められたもんだねぇ…ちょっと本気を出そうかね」


そう呟くと女が突っ込んで来る。拳がアシェラの肩を掠った…一瞬の眩暈。


「魔力視の魔眼…」

「良く知ってるね。毒を撃ち込んだ。もうアンタの勝ちは無いよ」


女の言葉を無視してアシェラはまた5個の魔法を展開する。


「もう、それは飽きたよ」


どうやら格闘の練度では勝てないと判断したアシェラは全力の身体強化をかけた。


「魔力が良く持つ物だよ。バケモノか…」


5個の魔法を纏い吶喊。アシェラは全力を出して果敢に攻める。気迫の勝利なのだろうか。なんとか懐に飛び込んで1発だけ有効打を撃ち込む事に成功した。

その際に状態異常を撃ち込むのも忘れない。最近、覚え始めたばかりでまだ深くかける事が出来ない状態異常。かけられた本人にも気が付かれない程の軽い麻痺。


「は、それだけ魔力を使って1発かい。そろそろ魔力も無くなるんじゃないのか?」


女はアシェラをバカにした言葉を吐いてくる。確かに格闘術の腕は女の方が上なのだろう。しかしアシェラには普通の魔法使いの倍の魔力と魔力視の魔眼があった。

アシェラは何も答えず魔法を今までの倍……10個を同時展開する。ハルヴァも倒したアシェラの今、出来る最高の技だ。


「バケモノか……」


10個の魔法を同時に動かし女を攻撃する。先程までであれば躱していたのだろう。しかし女は全ての魔法をその身に受けた。


「何故だ…体が動かない…」


女は魔法を受け倒れながらも、かろうじて意識はあるようだ。


「麻痺にした…」

「ま、まさか…アンタも、魔力視の、、魔…眼……を…」


魔法を10発も受けて首も手足も有り得ない方向に曲がっている…これは助からない。

賊はあと1人男がいたはずだ。アシェラは気持ちを切り替えて振り向いたが、男は既に逃走しておりマールが1人、倒れていた。


「マール!!」


恐ろしい速さでマールに駆け寄り回復魔法をかける。どうやら意識を失っているだけの様だ。

今、この場には女の死体が1つと手足が折れて戦闘不能の刺客が2人。


アシェラは思う。”人手が欲しい”

しかしオリビア、ファリステア達に人を呼びに行かせるのは躊躇われる。


アシェラは最後の手段とばかりに魔法を窓や扉に撃ち込んで屋敷を破壊しだした。

突然の破壊音を聞き、何事かとすぐにローランドが駆けつけてくる。


ローランドは部屋に入ると淑女達が部屋の隅で小さくなりマールが倒れている様子に驚いた。


「襲撃!ファリステアを狙ってたみたい。なんとか撃退した」


アシェラはローランドの顔を見ると今の状況を手短に説明する。

するとファリステアが辺りをキョロキョロと必死に探しながら叫び出す。


「ユーリ!ユーリ!イナイ!!」


元々、護衛枠だったので意識の中から外していたが、確かにさっきまでいたユーリサイスがいない。


「ファリステアの事をユーリサイスと呼んで、自分がファリステアだと賊に思わせた様です」


自分をファリステアと思わせる…きっとすぐにばれる…その時には恐らく命は無い。


「すぐに追う!」


この場をローランドに任せてアシェラはユーリを追うつもりで立ち上がった。


「ダメです!アシェラ様。アナタはアルドぼっちゃまの婚約者なのですよ。騎士団や魔法師団に任せておきましょう」


氷結の魔女の弟子だけであれば止められなかっただろう…この瞬間、アルドの婚約者である事が初めて悔しかった。

ローランドが騎士団と魔法師団に連絡し包囲網を敷くらしい。



アシェラは”きっと逃げ切るだろう”と心の中で呟くのだった。





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