第198話空の価値

198.空の価値





オリビアと婚約をした次の日。

色々な事があった夏休みも後、2週間を残すのみとなった。


サンドラ領で感じた“移動時の魔力の節約”のために、空間蹴りの魔道具を作ろうと思う。

移動時に魔力消費が無いというのは、かなり助かるはずだ。


戦闘時はどうしても魔道具では反応が遅いため、素の空間蹴りを使う事にはなるが、移動時には問題にならない。

オレ、エル、アシェラ、オリビア、は確実として、ジョーとノエル、ルイスとネロ、ガル、タメイ、ベレット、あとは……ライラ?これだけでも12個。


急に必要になったり、壊れた時の予備で20個ほど作っておこうかと思う。

予備は盗まれない様に指輪の部屋の隅にでも置いておくのが良いだろう。


あの部屋へ入る許可を持つ者なら、何時でもこの魔道具を使って貰っても構わないからだ。

問題があるとすれば製作費か……


実は空間蹴りの魔道具を作るには、それなりのお値段がかかる。

靴敷と魔石を入れておく箱は大した値段では無いのだが、それを繋ぐミスリル線がお高いのだ。


勿論、線にするのでそこまでの量は必要無い、しかし 魔道具を1個作るのに神銀貨1枚半ほどのミスリルを使う。

ミスリル線に加工してもらう手間賃と魔石入れ、靴敷、魔法陣を刻む手間賃を合わせるとやはり神銀貨2枚は必要になってくる。


オレもそれなりに稼いでいるので問題は無いのだが、これだけの高額な品を簡単に貸しても良いのだろうか。

いっそ騎士団預かりにして騎士団として管理してもらうか……いや、そうするとジョーやルイス達に貸す名目が無い……


暫く考えていたが段々と面倒になってきた。まずは作ってから考えようと思う。

取り敢えずはミスリル線が無いと話しにならない。


オレはボーグの元へと以前、頼んであったミスリル線を取りに行く事にした。





念の為に自室でドラゴンアーマーへと着替えようと思う。平民の服を着て出かけると爺さんが微妙な顔をするので、1人の時は鎧が楽で良い。

アシェラと出かける時はアシェラの町娘姿を見たいので、キッチリ平民の服を着ていくが。


屋敷を出る時にリビングを覗くと母さん、ナーガさん、鮮血さん、マール、アシェラ、オリビア、ライラ、ファリステア、アンナ先生、ユーリで各々が好きに過ごしていた。

何かウチのリビングが混沌としてきた気がする……


オレは心の中で“混ぜるな危険”の文字を思い浮かべてボーグの店へと急いだ。





ボーグの店には特に問題も無く到着した。

防具屋の扉を開けると見知らぬ年配の女性が、店番をしている……


「すみません、ボーグはいますか?」


オレを訝し気に見たと思ったら、納得がいったように大きく1つ頷いて話し出す。


「アンタがアルド君だね?ウチのから噂は聞いてるよ」

「は、ハァ……」


「アタシはボーグの妻のサミルだ。よろしく頼むよ」

「よ、よろしくお願いします……」


オレは肝っ玉母ちゃんの雰囲気を醸し出す、ボーグの嫁に圧倒されていた。


「ちょっと奥にいてね、呼んでくるから、待ってておくれ」

「はい……」


ほんの数分でボーグがサミルさんに連れられてやってくる。


「アルドか。どうした?」

「この前、たのんだミスリル線を取りに来たんだ。出来てるか?」


「ああ、それなら棚の中に入れてあるから……ちょっと待ってろ」

「急に来て、すまない」


「ああ?今更、気にするな」


ボーグはそう言い笑いながら棚の中を漁っている。


「おっと、これだ」


ミスリル線も神赤貨3枚分ともなると、かなりの量だ。

大きな木箱を開けるとミスリル線が輪のように巻いてあり、かなりの長さだというのが分かった。


「ほれ、持ってけ」

「いつも助かる、ボーグ」


「ヘッ前金で貰っちゃキチンと仕事しねぇと筋が通らねぇだろうが……」


ボーグが照れている……オッサンのテレとか……

そう突っ込みたくなっていると、サミルさんが代わりに突っ込んでくれた。


「何、恰好付けてるんだい。このオヤジは……」

「か、恰好なんて付けてねぇだろうが!」


「はいはい。アルド君、この人いつも楽しい仕事が出来るって喜んでるのよ。これからも贔屓にしてね」


サミルさんに言葉に“勿論”と答えたかったが、オレは半年もするとブルーリングに帰る事となる。

王都には魔瘴石の領域もあり、直ぐに来られるのだが見られるリスクを考えると、頻繁には来られなくなるだろう。


「そうですね……ただオレは残り半年でブルーリングに帰らないといけません。それまでは是非、懇意にさせてもらいたいと思います」


まるで寝耳に水と言わんばかりに、ボーグは驚いた顔をしていた。

サミルさんはオレとボーグの顔を見比べて溜息を1つ吐く。


「何だい、今生の別れでもあるまいし。ブルーリングに引っ込んでも、たまには王都へ来るんだろ?」

「そうですね」


「じゃあ、王都に来たら顔を出しておくれ。この人も喜ぶからさ」

「はい。是非」


ミスリル線をもらい、ブルーリング邸へとんぼ返りだ。





少し前の事だがローザの魔道具作りのために、ブルーリング邸の敷地の中にちょっとした倉庫兼、作業場が作られた。

オレもローザの弟子という事で部屋を1つ与えられ、今はそこで作業をしている。


「箱に魔法陣消去の仕組みを付けて……と、足場の魔法陣は……これで良いか。次は靴敷を……」


オレが独り言を言いながら作業に集中していると、何時の間にかアシェラとオリビアがオレの後ろに座っていた。


「うわ!ビックリした……2人共、何時の間にいたんだ?」


2人から呆れた目で見られてしまう……解せぬ。


「お昼の用意が出来たから呼びに来た」

「もう、そんな時間か?」


「うん、たぶん皆は、もう先に食べてる」

「そうか、じゃあ行くか」


「うん」


オレが屋敷に移動しようとすると、オリビアが作りかけの魔道具をマジマジと見つめている。


「気になるのか?」

「ええ、これでアルド達みたいに、空を駆ける事が出来るんですねぇ……」


「そうだな」


先日の事をオリビアは完全に吹っ切れた訳ではないのだろう。他の事で貢献できたとしても戦闘能力はあった方が良いには違いない。


「それは1時間もあれば出来ると思う。使ってみるか?」


驚いた顔でオリビアがオレへと振り返る。


「そんなに早く?使えるなら是非、お願いしたいです!」


オリビアにしては珍しくテンションが高い。


「お、おう。なるべく早めに仕上げるよ……」


それからは3人で屋敷へ戻って、皆で昼食を摂った。

爺さんに空間蹴りの魔道具の管理を相談しようとしたら、ファリステア、アンナ先生、ユーリがいるからだろうか「後で執務室へ来い」と有無を言わせぬ口調で言われてしまう。


良い機会なので前から考えていた、卒業後の身の振り方も相談したい。

空間蹴りの魔道具を仕上げたら、爺さんの所に行く事に決めた。





昼食を食べ終え、作業場に移動するとオリビアが付いて来る。

どうやら空間蹴りの魔道具を使えるのが相当嬉しいらしく、完成するまで待っているつもりのようだ。


何も言われてはいないのだが、プレッシャーを感じながら魔道具を作っていくと、40分ほどで仕上げる事が出来た。


「オリビア、出来たぞ」

「ありがとうございます!アルド」


何時の間にかアシェラとライラも、オリビアの後ろで待機している。


「空間蹴りのコツはアシェラとライラに教えてもらってくれ。魔石は何でも良いから満タンまで箱に入れておけば大丈夫だ」

「分かりました」


「もしかすると、先にアシェラやライラに使ってもらってアドバイスをもらった方が良いかもな……そこらは3人で相談してくれ」

「はい」

「分かった」

「分かったわ」


オレは爺さんの執務室へ向かって歩き出した。





「お爺様、アルドです。よろしいでしょうか?


執務室の扉をノックしながら声を掛ける。


「入れ」

「失礼します」


執務室にはセーリエと爺さんがいた。セーリエは現場監督を頑張っていたからか、2周りほどガッシリとした体格に変わり日焼けで真っ黒だ。


「セーリエ……何か雰囲気が変わったな……」

「……そうですか?」


苦々しそうにセーリエが答えるので、これ以上この話題を引っ張るのは止めておく。


「お爺様、先ほどの空間蹴りの魔道具の件と、卒業後の身の振り方を相談にきました」

「魔道具の管理と言うと、一体いくつ作るつもりだ?」


「取り敢えずは20個ほどを考えています」

「に、20だと?」


オレは先程、考えていた事を爺さんに話した。


「なるほど。オマエ達も魔道具を使うのか」

「はい。戦闘時に全魔力を投入できるようにするためです。雑魚にも魔道具で良いかも知れません」


「分かった。戦闘の事はお前達の好きににすればいい」

「ありがとうございます」


「後はガル、タメイ、ベレット。それと冒険者か……」

「はい、特にタメイは斥候です。非常に役立つかと」


「そうだな……ガル、タメイ、ベレットについては騎士団の預かりにしよう。数は……10個でどうだ?」

「分かりました」


「冒険者とお前の友人は自分で管理しろ。出来ないなら貸し出す事は許さん」

「そうですね……分かりました」


「それと念の為に指輪の間に5個ほど置いておきたい。お前の言う通り、万が一の場合にあると非常に助かる」

「そうなると……騎士団で10、指輪の間に5、僕達が5、ルイス、ネロ、ジョーにノエル……予備も入れると30個ですか」


「そうだな……」

「またボーグに空飛ぶ軍隊でも作るのかって言われちゃいますね」


「空飛ぶ軍隊……」


爺さんが真剣に考え出してしまった。


「お爺様?」

「ん?あ、ちょっと考え事だ……」


「そうですか……」

「……アルド、すこし聞きたいのだが……空間蹴りで、どのくらいの高さまで移動出来る?」


「そうですね……空気と温度から考えて……ざっくり100メードで1℃下がるとして……1000メードは楽に上れるかと」

「1000メード……それは向こうからの攻撃は届かずに一方的に攻撃出来ると言う事になるな……」


「相手が飛べなければ、そうなりますね……」

「……そうか」


「……」

「アルド、やはり空間蹴りの魔道具は絶対に製法を知られるな。怪しい者は殺してもかまわん」


「……分かりました」


爺さんの懸念は分かる。戦争になった場合のアドバンテージは多い方が良い。

空間蹴りの魔道具の管理はこれで良いだろう。追加で10個作る事になってしまったので、またミスリル線を追加注文しなければ。


「お爺様、それと学園を卒業後の事を相談したいと思います」

「分かった……」


爺さんと話しをしたが屋敷に居れば良いと言われてしまった。

生活費の件もブルーリングの予算から、決まった金額を出してくれるそうだ。


しかし、これでは本当に貴族の籍から抜けた事になるのだろうか……

いつまでも親の脛を齧ってる気がする。


考えてみれば爺さんも父さんも、生まれた時から死ぬまで貴族なのだ。平民になった場合の生活など、考えた事も無いかも知れない。

オレは完全に相談する人選を間違えたようだ。


「少し考えてみようと思います」


そう言って執務室を後にした。

空間蹴りの魔道具作りに戻ろうと作業場への道を歩いているとオリビアが楽しそうに空間蹴りの魔道具の練習をしているのが見える。


少し立ち止まって見ていると派手に転んでスカートの中が見えてしまった……やはり白は良い。

オリビアに恥ずかしそうに睨んできたので、サッサと逃げさせてもらおう。





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