第197話サンドラ家 part2
197.サンドラ家 part2
サンドラ家でメイドに案内されてオリビアの部屋へと向かっている。
メイドは少し歩くと、ある部屋の前で止まった。
「アルド様がいらっしゃいました」
「どうぞ……」
メイドがノックをして用件を言うと、部屋の中からか細い声で返事が返ってくる。
声は小さくて聞き取りにくかったが間違い無く、オリビアの物だった。
ここはやはりオリビアの私室なのだろう。
メイドが扉を開けてオレに入室を促してくる。
部屋の中にはアシェラとライラがいるのでメイドは外で待つようだが、オリビアと2人きりならきっとメイドは部屋の中で待つはずだ。
ゆっくりと部屋に入ると眼を赤く腫らしたオリビアとアシェラ、ライラが椅子に向かい合わせで座っていた。
「お、オリビア久しぶりだな……」
この言葉じゃダメだったらしく、アシェラは少し怒った顔を、ライラは悲しそうな顔をしている。
この状況で何を言えと?オレは自慢じゃないが、日本での彼女には“女心が分からない”と言われ続けた男だぞ!
もう無理だ。素直に白旗を揚げさせてもらう。
「すまん、オリビア。お前が何を考えているのか分からないんだ。だから、どう声をかけて良いかも分からない……」
アシェラとライラが呆れた顔をする中で、オリビアは小さくクスッと笑った。
「アルドは変わりませんね……初めて会った時から、ずっと……」
「……」
「どんなにチカラを得て、英雄のようになっても変わらない……」
「オレは英雄なんかじゃない」
オリビアはゆっくりとチカラ無く首を振る。
「アルドの使う技術だけでも英雄のそれですよ。空間蹴りなど飛行魔法と変わらない。お伽話の中でしか出てきません……」
「……」
「……」
「……」
「……私も努力したんです……魔法学科の首席も取った……Sクラスにも入った……ラフィーナ様からの魔法も必死で習得した……アシェラから格闘術だって……」
「オリビアは頑張ってるよ」
「じゃあ!じゃあ、何で私は何も出来ないのですか?!アシェラも、ライラも空間蹴りだって出来る……アルドの隣に立てるのに……私だけ何も出来ない……サンドラで何か起こっても行く事すら出来ない……」
「……」
「私は……アルドには…相応しく…無い…………私では……アルドに届かない……」
オリビアは俯いて、床に染みがどんどん増えて行く。
オレは何と言って声をかければ良いのだろうか……静かな部屋にオリビアの嗚咽だけが響いていた。
そんな空気の中、アシェラがポツリポツリと話しだす。
「オリビア、確かにアルドには隣で戦う仲間が必要……でもそれだけじゃない。色々な才能の人が沢山必要になる」
「……アシェラ、アナタはとても優しい淑女だわ……貴族の当主の伴侶としてならアナタの言う事も分かる……でも、アルドは平民になるのよ……私にひたすら待つだけの女になれと言うの?」
「違う。オリビアはアルドのとても大きな助けになれる。ボクはそう信じてる!」
ズレている。議論の根底が決定的にズレているのだ。新しい種族、新しい国の事を抜いて話す事にどうしても無理があるのだ……
オレはどうしたい……話すか話さないか……これはオレが決めなくてはいけない事だ。
どうするにしろ“オレが真剣に考える”それが誠実な対応と言う物なのだろう。
その前にどうしても聞いておきたい事がある。オリビアがオレを諦めて、他の男に眼を向けると言うなら、それも幸せな生き方だろうから。
「オリビア、言いたい事は分かった……でもこれからどうするんだ……」
オリビアは泣きたいのを我慢しているのか、歯を食いしばってオレの問いに答えてくれた。
「教会に行こうと思います……」
「教会?どういう事だ?」
「貴族で行き遅れた者や出戻りの者、辺境の教会ではそうした者の面倒を見てくれます」
「何でそんな所に……」
「……他の方に嫁ぎたく無いからです」
「……」
オリビアの眼には強い決意がある。
オレは溜息を一つ吐いて、オリビアに向き直った。
「オリビア、分かった。もう良い。オレの所に来い。オレの横にいろ」
オリビアは眼を見開いて手を口に当てている……しかし、何かを思い出したかのように俯いてしまう。
オレはもう見ていられなかった。アシェラも同じ意見だったと思う。
「オリビア……これからオレが言う事を聞けば、お前の悩みは消えてオレの元へ来る事に、躊躇いは無くなるだろう……」
オリビアは驚いていたと思う……でもオレはオリビアを真っ直ぐ見る事は出来なかった。
「但し、サンドラとは決別する事になる……最悪は争いになるはずだ……それでも聞くか?聞いたら最後、もう戻れない……」
オレもアシェラもライラさえも申し訳なさそうにオリビアを見つめる。
「サンドラを捨てる事は出来ません……」
「……そうか、分かった。賢明な判断だと思う」
オレはこれ以上は話す事は無いと席を立とうとすると、オリビアは話を続けた。
「私が争いにならないように何とかします。ですから聞かせて貰えませんか?」
そんな美味い話があるのだろうか……オレだって戦いたくなんか無いのだ。
オレが躊躇しているのを見て、オリビアが更に話出す。
「それでも……どうしようも無ければ……私はサンドラを捨てましょう……」
オリビアの眼には確かな決意があった。そうであればオレも腹をくくらねば……
「そうか……分かった。実は………」
オリビアには凡そ全ての事を話した。途中で昼食の用意が出来たと、メイドが呼びに来たが“先に食べてくれ”と話を優先させてもらったほどだ。
全てを聞いてオリビアは椅子の背もたれに体重を掛けて天井を眺めている。
時間にして1~2分ほどだろうか。オリビアが話し出す。
「正直、余りの事で心の整理が追いつきません」
「まぁ、そうだろうな」
「アルドとエルファスが創世神話の“精霊の使い”などと……アルド、先ほどの話の精霊様を見せてもらってもよろしいですか?信じていない訳では無いですが最後に確証が……欲しいです」
オレは一度だけ頷いてアオを呼び出した。
「ん?ここはどこだい?ブルーリングの屋敷じゃないよね?」
アオを見たオリビアは驚いてはいるが、どこか覚悟を決めた雰囲気を醸し出している。
「お初にお目にかかります。オリビアと申します。アルド様の妃の末席に連ならせて頂く者でございます」
「ん?良いね。やっとアルドも使徒の責任を全うする気になったか。アルドには100人は子供を作ってもらわないといけないからね!どんどん作ってよ」
あら?何かアシェラさんとオリビアさん、おまけに何故かライラさんからも殺気が出てるんですが……
殺気を察知したのかアオは挙動不審になり、逃げるように消えていく。
「あ、アルド、僕は邪魔みt……忙しいんだ。用が無いなら帰らせてもらうよ!」
そう言い放ち、逃げるように消えて行く。
おいいいぃぃぃぃ!この空気何とかしてから帰れよ!お前いつも爆弾おいて逃げるよな!
「お、オリビア、信じてくれたか?」
「……ええ、それと100人の子を成さねばならぬのが分かりました……」
「それはエルと合わせてだ!エルが90人作ればオレは10人で良いんだ!!」
正にそれこそが悪手中の悪手だった。
扉の外から、とびきりの殺気が漂ってくる。
オレは部屋の中の3人を守るように扉に向かい、ゆっくりと開けた。
マールさんじゃないですか……隣のエルファスさん、この殺気を抑えるように言って貰えませんかね?無理?あー、そうですかー
オレは自分の浅はかさに天を仰いだ。
エルとマールは何時まで経っても来ないオレ達を呼びに来てくれたようだ。
そして先程の発言を聞いてマールがブチギレたらしい……
ここからは運命共同体での話になる。
唯一の問題はオレとエルの子作りの配分だ。100人の内、どっちが何人作るか……
これだけはマールVSアシェラ、オリビア、ライラ?何故?が水面下で火花を散らしていた。
勿論オレとエルは黙って床に正座をして、少しでも怒りを減らすよう努力していたのは当然の事だろう。
結局、話し合いは平行線で終わり、子供の配分は先延ばしとなった。
まだ子作りすらしていないのに、子供の数を論ずるのは流石に早すぎる。
どうもマールとしてはエルの妻が自分以外に増える事がどうしても許せないみたいだ。
子作りだけなら未亡人や生活が立ち行かない女性を保護し、その人達に産んでもらう、とかなり過激な事を言っていた。
ある意味、アシェラとは正反対の考え方に、思わず聞き入ってしまったほどだ。
だいぶ時間も経ってしまった。サンドラ伯爵や爺さんを、あまり待たす訳にもいかない。急いで昼食の席へと移動する。
オリビアは泣き過ぎで眼が腫れて恥ずかしい、という理由で昼食会は不参加らしい。
女心はこの年になっても分からない……しかし、きっと それも魅力なのだろう。
エル、マール、オレ、アシェラ、ライラで昼食会に戻るとミリアさん、リーザスさん、母さんが笑みを浮かべていた。
反対にサンドラ伯爵、爺さん、オコヤ君は心配そうにこちらを見ている。
オレとエルは思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
やはり女性は幾つだろうと女性なのだと、この時ばかりは白旗を揚げざるを得ない。
リーザスさんが入っている事から種族なんて括りより、男女の間の方が余程、差がある、と気が付かされた日になった。
「本日はありがとうございました」
爺さんの挨拶が響く中、サンドラ家の皆さんが笑顔でオレ達を送ってくれる。
その中には少し化粧をしたオリビアも、ミリアさんの後に続いていた。
「アルド、オリビア嬢に挨拶を……」
色々な事が元の鞘に収まった事を察知してか、爺さんがオレに声をかける。
「はい」
オレはオリビアの前まで歩いて行き、真っ直ぐにオリビアの眼を見た。
「オリビア……支えて欲しい……お前のチカラが必要なんだ……」
「はい……」
オリビアの笑顔はオレだけに向けられた物だったのだろう……しかし、その笑顔には万人を魅了するほどの破壊力と意思が含まれていた。
オリビアに圧倒されたオレが場を後にするのには、数舜の時間を要する事になる。
帰りの馬車でオレは思う……
腹をくくった女性の儚さと美しさと覚悟は男には到底出せない物なのだと……
だからこそ女性は美しいのだろう。オレは心の中で静かに両手を上げて“降参”の意思を示す。
この数日後、オレとオリビアは正式に婚約する事となった。
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