第199話生活
199.生活
爺さんに卒業後の身の振り方を相談すると、思ったより適当な返事が帰ってきてしまった。
あまり気が進まないが元平民であり、ブルーリング家の内情にも明るい“氷結さん”に相談しようと思う……
何かとんでもない選択ミスをしてる気がするが、他に居ないのだからしょうがない。
捜してみると屋敷のリビングにヤツはいた……
まるでこの屋敷で一番偉いかのようにソファーへ座り、優雅にお茶なんぞを飲んでいる。
“若返りの霊薬”を飲んだこともあり、傍目にはオレやエル程の息子がいるようには見えないだろう。
今日は鮮血さんやナーガさんが遊びにきていたようだ……流石に日を改めよう、と踵を返すと、呼び止められてしまった。
「アル、何か用?」
いきなり声を掛けられたので、オレはつい口に出してしまったのだ……
「あ、いえ、少し相談があったのですが、今度で良いです……」
オレに珍しく相談事があったからか、それとも単に暇だったのか……全員がオレを興味深そうに眺めてくる。
「良いわよ、聞いてあげる」
「いえ、少しプライベートな問題なので……出来れば2人きりで話したいのですが……」
「そうなの?因みにどんな相談なの?」
「……えーと、将来についてと言うか、卒業後の身の振り方というか」
「そう、それなら私の寝室に行きましょう」
「良いんですか?」
「何よ。早い方が良いんじゃないの?」
「それは……ありがたいですが……」
「アンタ……まさか私が真剣に聞かないと思ってたんじゃないでしょうね……」
「……」
「私だって息子の将来の相談ぐらい、真剣に相手するわよ。失礼ね!」
「スミマセン……」
普段の行動で適当な事しか言わないと思ってしまった……きっと今は氷結さんモードじゃなくて氷結の魔女モードだ。
かなり失礼な事を考えながら母さんの寝室へと移動する。
「じゃあ、話してみなさい」
「はい。では……」
オレは卒業と同時に貴族籍を抜けて平民になる事、当然、ブルーリングの屋敷からも出て生活費も自分で稼がなくてはならない。
どこに住んで、何で生計を立てて行くのかを相談してみた。
「まず住むのはブルーリングの街で良いのよね?」
「そのつもりです。やっぱり、あそこが僕の居場所だと思うので」
「じゃあ、屋敷から騎士団の演習場までの間に、使ってない離れがあったでしょ。あそこはどう?」
「あー、あの廃屋ですか……」
「何代か前に嫁に出たは良いけどご主人がすぐに亡くなって、出戻った方のために建てた物らしいわ」
「そうだったんですか」
「その方も直ぐにブルーリングの騎士と再婚したらしくてね。1年ぐらいしか使わなかったみたい」
「なるほど」
「それなりに手を入れる必要はあるけど。アンタ、お金は持ってるでしょ?」
「まあ、それなりには……」
「あそこなら屋敷から近いし、お父様やヨシュアも反対しないと思うわ。10部屋ぐらいはあったはずだしね」
「なるほど……一度、アシェラやオリビアにも聞いてみます」
「そうね。どこかのタイミングでブルーリングに飛んで、見せてみると良いわ」
まずは住む場所の候補は確保した。次は仕事だ。
「後はどうやって生計を立てるかですが……何か定期的な収入があると嬉しいです」
「これからも迷宮には入るんでしょ?」
「そうですね。学園を卒業した後は、今以上に入る事になると思います」
「その収入じゃダメなの?」
「うーん、迷宮探索や魔物の討伐だと、収入が不安定なんですよねぇ。何か1つ定期的な収入があると嬉しいです……」
「そう言えばアンタ、お父様と商売やってなかった?」
「やってますけど、僕は実際に動いてる訳では無いので……」
「何でよ。何を作るかアイデアはアンタが出してるって聞いてるわよ」
「まぁ、そうですね」
「全体の指揮や調整もしてるって……」
「やってますね……」
「その報酬は?」
「……貰ってません」
「……」
「……」
「……アンタって頭が良いのか、悪いのか、たまに分からなくなるわね」
「……スミマセン」
母さんが盛大に溜息を吐いている。氷結さんのくせに!
「私からお父様に話しても良いけど、どうする?」
「いえ、自分で話します。迷宮探索での利益も今まではブルーリングに入れてましたが、そこも決めた方が良いと思いますし」
「そうね。お金の事を適当にすると、身内ですら禍根を残すわ。納得するまで話をしてきなさい」
「はい、分かりました」
「相談はこれだけ?」
「そうですね……」
「それなら、私は戻るわよ」
「はい。ありがとうございました」
母さんはこちらを振り返らず、手をヒラヒラと振って去っていく。
さて……もう一度、爺さんの所へ行って話をしなくては。
正直、面倒だが思い立った時にやらないと、どんどん後回しにしてしまう。
「お爺様、何度もすみません。アルドです。もう一度、お時間よろしいですか?」
「入れ……」
扉を開けるとセーリエと爺さんが、次はどこの貴族家の風呂を作るか相談していた。
「どうした?」
「3点あります」
「話せ」
「はい。実は………」
オレは母さんと話した件。屋敷の離れにリフォームして住んで良いか、と魔道具作りの報酬が欲しい件、迷宮探索でのオレの取り分を話してみた。
「………の3つを相談したいと思います」
「分かった。まず1つ目だが、離れは好きにして良い。ワシからすれば屋敷に住めば良いと思うが、お前は納得できないのだろう?」
「すみません。貴族籍を抜くという事はブルーリングの人間としての責任を放棄する事です。甘え続けるわけにはいきません……」
「そうか……好きにしろ」
「ありがとうございます」
「2つ目だが……セーリエ幾らぐらいが妥当だと思う?」
爺さんは執事のセーリエに話を振る。セーリエは魔道具事業の実務を取り仕切っているので、それなりの裏が取れた数字を出してくれるだろう。
「そうですね……アルド様は商売の要ですし、純利益の10%を支払うとして……毎月、神赤貨3枚という所でしょうか?」
セーリエは驚愕の数字を言いやがった!!
「お、お爺様、多すぎます!」
「そうか?メイドや執事、料理人を雇ったらそれなりに物入りだぞ?」
「メイドは精々1人、執事はいりませんし、料理は自分達で作ります」
「何だと?何故そんなに慎ましく生きねばならんのだ。お前の正当な取り分なら、それを使えば良いだろうが」
これこそ爺さんとの価値観が根本的に違う所だ……ここは我を通させてもらう。
「生活はアシェラやオリビアと相談して決めようと思います。報酬は月に神銀貨5枚で充分です」
「……お前は欲が無さすぎる。しかし、それも資質の内か……」
「……」
「分かった。セーリエ、アルドの言うように頼む」
「かしこまりました」
爺さんが折れてくれた。神銀貨5枚って500万だぞ……年収6000万とか……ちょっとしたプロ野球選手並みじゃねぇか……これで欲が無いとか、貴族が欲張り過ぎだ!
「最後の探索での利益は、家を出るならお前が持っていけ。ブルーリングで貰う理由が無い」
爺さんの言う事は尤もなのだろう。
「分かりました」
これで決める事は全て終わったはずだ。
「お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「かまわん。もし足りなくなるようならワシかセーリエに言えば直ぐに用立ててやる」
「お気持ちだけで……」
オレは執務室を出て行くが、年収6000万で足りない生活って、頭のネジを10本単位で何処かに落としてるぞ……
何故か酷く疲れてしまった。
オレは残りの魔道具を作りに、作業場へと戻っていく。
途中、庭でオリビアを覗くと、しっかりと着替えてズボンを履いていた。
……少しだけ残念だったのは秘密だ。
魔道具作りを再開すると何時の間にか時間が過ぎていて、窓の外は夕焼けで夕飯の時間になっていた。
やはりオレは魔道具作りが性に合っているようだ。集中して作業をしているのが、凄く楽しい。
将来、年を取って“使徒”を引退する時がくるとするなら、日がな魔道具を作るのも良いかもしれない。
その時には田舎にでも引っ込んで、湖の畔にでも家を建てよう。
家はログハウスが良い。庭は広く取って犬を飼うんだ。
その家だけは現代日本の知識を全てつぎ込んで、快適な住空間を実現する。
全部屋、床暖房は当たり前、洗浄付きトイレに、お風呂は追い炊き機能完備だ。
蛇口を捻ればお湯が出て、コンロを押せば火が付く、換気扇に魚焼きもほしい。
冷蔵庫に冷凍庫も大き目で実装する。
流石に電子レンジは無理か……いや、電子ビームを……マグネトロンが……要はトランス……ぶつぶつ。
思考が逸れた。
そろそろ夕食の時間だ。屋敷へと移動しないと。
驚いた事にオリビアはまだ魔道具の練習をしていた……
「オリビア……まさか……ずっとやってたのか?」
オレの言葉にオリビアは飛び切りの笑顔を向けて来る。
「ええ、今日だけで3歩、歩けるようになりました。直ぐにアルドやアシェラに追いつきます!」
ヤバイ……これは参った……本気で嬉しそうな顔をするオリビアを心から可愛いと思ってしまった。
「無理はしないでくれ。今日はもう止めて、夕食を食べよう」
「……分かりました」
オレは念の為にソナーをかけてやると、なんと体中、打ち身だらけだ。
直ぐに回復魔法をかけて治療してやる。
こんな修行の仕方をしていたら、間違い無く体を壊してしまう。
オレは魔道具を取り上げる事も考えながらオリビアに苦言を呈した。
「オリビア、焦らなくても良いんだ。こんな修行の仕方をしては体を壊してしまう」
「すみません……楽しくて少し無茶をしてしまいました」
オリビアは“楽しい”と言う……オレも空間蹴りを覚える時には、確かに楽しかったのを思い出す。
最初は1歩、次に2歩3歩と増えて行き、自分の背の高さを歩いて、徐々に高い場所へ行けるようになった。
気持ちは分かるのだが……万が一を考えて空間蹴りが使える者。アシェラかライラにオリビアの修行を見ていてもらうように話してみよう。
あの2人なら回復魔法も使えるので、何かあった場合の応急処置も出来る。
「その調子だと、明日も修行するんだろ?」
「……そのつもりです」
「万が一があるといけないから、アシェラかライラに付き添いを頼んでみよう」
「……はい」
自分でも無茶をし過ぎたと思っているのだろう。珍しく少し小さくなってオリビアは答えるのだった。
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