第200話同盟 part1

200.同盟 part1





夏休みも残り1週間となる頃。

マンティス騒動が終わってから1ヶ月が経とうとしていた。


現実には“使徒”であるアルドやエルファスがエルフの郷を救ったのではあるが、対外的にはサンドラがエルフを救った事になっている。

これにより当初から内々で計画されていた人族とエルフ族の関係改善が、急ピッチで進む事となった。





さまざまな思惑があり、正式な調印は先ではあるのだが、今日のこの日を持ってファリステアがエルフの国へ帰還する事になったのだ。

当然ではあるがユーリも一緒である。ヤツは密出国をした件で罰を受けるようだが、ファリステアの安全を2年以上も守った事から軽い罰金で済むらしい。


今日は王都のブルーリング邸で、ファリステアが最後の別れをしている所である。

急遽、夏休みではあるがDクラスの全員に声をかけさせて貰った。


2~3人、どうしても来られなかった者がいるが殆どが、ファリステアとの別れに駆けつけてくれたのだ。

同じ班であったオレ、ルイス、ネロは、既にアシェラ、オリビア、マール、クララ、アンナ先生、と一緒に親しい者だけを呼んで送別会を行わせてもらった。


今日はお世話になった人やクラスメイトとの別れがメインとなる。






ファリステアの両親だが実は2日前からブルーリング邸に滞在しており、既にファリステアとの2年ぶりとなる感動の再会を果たしていた。


ファリステアの両親はファリステアの事を心の底から心配していたのだろう。顔を見たとたん周りの眼も気にせずに、2年ぶりの娘を抱きしめ涙を流して喜んだ。

その姿は見ていたオレ達も、思わず貰い泣きしそうなほどだった。


そうして感動の対面を見てホッコリしていたオレ達に、特大の爆弾が降ってくる事になる。

なんとファリステアの両親と一緒に、エルフの郷の村長とエルフの国の宰相が紛れ込んでいやがったのだ……




2日前、ファリステアの両親が始めて王都のブルーリング邸を訪れた時の事---------




ローブを深く被っていたので最初は誰か全く分からなかったのだが、お供の1人を見たアシェラが魔力の色に気が付いてオレに教えてくれた。


「アルド……たぶん、あの人、サンドラで会った村長さん……」

「は?村長って……エルフの郷の?」


「うん……」


思わず呆けた顔をしていると、向こうから近寄ってきて囁かれてしまった。


「ようやく御使い様のお顔を拝見できました。これで何時迎えが来ても、あの世で皆に自慢が出来ます」


そんな事を心からの笑顔で言われてしまい、オレは放心するしかない。


ファリステアとその両親は積もる話もあるはずなので そっとしておく事になり、オレ、エル、爺さん、母さん、エルフの郷の村長、エルフの国の宰相、の6人で話をする事になってしまった。


応接室に入るなり宰相が話し出す。


「エルフの国“ドライアディーネ”の宰相をしております、ライファードと申します。まずは“郷”を救って頂き、誠に感謝致します。エルフの国を代表してお礼を述べさせて頂きます。ありがとうございました」


宰相はエルフ式の礼なのだろう。大きく右腕で輪を作りながら軽く頭を下げた。


「あ、いや、それは……ですな……」


どう返して良いか分からず、爺さんが珍しくフリーズしている。

確かに礼を受ければオレとエルが“使徒”である事を認めてしまう。しかし、既にエルフ側には公然の事実となっているように見える。


こちらの動揺を察したらしく、宰相が再び口を開いた。


「そう身構えないで頂きたい。我等エルフはブルーリングに感謝しかありません。御使い様がいらっしゃるのであれば、この地は6番目の種族の国が出来るのでしょう。そこで我々は6番目の種族と同盟を結びたいと思っております」


何か話がどんどんと大きくなっていく……

爺さん、母さん、エル、を見ても困惑した顔をするだけで、誰も話し出す気配は無い。


しかも母さんとエルだけでなく、爺さんまでもがオレの顔を見て代表で話をしろと無言のプレッシャーを放ってきやがった。


「……アルド=フォン=ブルーリングと申します。いきなりのお話で正直、困惑しております。一度、考えさせて頂きたいと思うのですが、如何でしょうか?」


村長が宰相に耳打ちすると、宰相はオレを興味深そうに見つめてから話し出す。


「御使い様のお言葉の通りに致します」


そう一言だけ告げると深々と頭を下げてしまう。非常にやり難い。

オレの雰囲気が伝わったのだろうか、宰相と村長がヒソヒソと話し合い、最終的に宰相が苦い顔で折れたようだ。


「失礼しました。御使い様は序列があまりお好きでないと村長から聞きまして……」

「まぁ、そうですね……正直、その“御使い様”も止めてもらいたいと思ってます」


「……分かりました。そうおっしゃるのであれば改めます。これからはアルド様とお呼びさせて頂きたいと思います」

「……分かりました」


取り敢えずの顔見せは終わりだ。エルフ側の思惑も大筋では聞けた。やはり、内々で一度話し合ってみる必要がある。


「ではファリステア達もそろそろ落ち着いていると思います。まずは部屋を用意してありますので旅の疲れを癒してください。屋敷の中であれば自由に動いて頂いて構いません。屋敷から出られる場合は護衛を付けますのでメイドに言いつけてください。お爺様、これでよろしかったですか?」


爺さんが1つ頷いたのを確認して、村長達に向き直った。





村長と宰相が出て行った後の部屋でオレ、エル、母さん、爺さんの4人はお互いの顔を見合いながら何とも言えない空気を醸し出している。


「ハァ、こうなったか……」


爺さんの発した言葉に全員の気持ちが反映されていた。

サンドラ救援での件で、サンドラ家の人達とは話を纏めたが、ぶっちゃけエルフの方は“2度と会う事も無いだろう”と放置していたのだ。


まさかブルーリングまでやってきて“同盟を結びたい”などと言いだすなんて……

確かにフォスターク王国とエルフの国は比較的近くにあるため、独立の際に後ろ盾になってもらえれば非常にありがたい。


しかし、この一連の話の中にはエルフのメリットが無いのだ。

元々、エルフは全種族の中で最も排他的だと言われている。


そのエルフが自分達から、厄介ごとになるのが分かっている、新しい種族の件に首を突っ込んでくる意図が分からない。

特にエルフには使徒についての伝承がかなり伝わっているようなので、オレ達の知らない何か重大な事を隠されている可能性もある。


出来れば相手の思惑を知りたい所なのだが……


「お爺様、どうしましょう……」


爺さんはオレを一瞥すると特大の溜息を吐いてから、ゆっくりと話し出した。


「アルド、エルファス、事はエルフの国に知られていると考えて良い。こうなった以上、エルフとの同盟を断るのは悪手になる」

「それは……そうです」


「それを踏まえてエルフがブルーリングに何を求めているのかを聞き出さなくてはならん。求める物が無理難題でも交渉の余地はあるだろう」

「はい……」


「今の段階でエルフを敵に回して エルフ&人族 VS 我々 だけは絶対にマズイ。まずは求める物を聞き出すのが先決だ」

「分かりました」


「恐らくは“使徒”であるお前かエルファスが話すのが良いのだろう。ワシ等がいれば相手も要らぬ腹を探られまいとするだろうしな」

「そうですね……村長もいますし、一度僕だけで話してみようと思います」


「そうか、分かった」


この時、アシェラやライラがいれば少しは話が変わったかもしれない。

この場で唯一、エルフの秘密を知っているはずの“氷結さん”は我関せずを貫き、素知らぬ風を装っていた。


「では、行ってきます」


爺さんにそう声をかけ、部屋を出る。

すると廊下には心配そうな顔で、アシェラ、オリビア、ライラ、マールが立っていた。


「そんな顔をするな。今から村長ともう一度、話してくるよ」

「大丈夫?ボクも一緒に行こうか?」


「ケンカしに行くんじゃない。向こうも礼は尽くしてくれているんだ。話をするだけだよ」

「分かった……」


「じゃあ、行って来る」




ここでお互いに大きな誤算があった……エルフ側としては、ブルーリングは“エルフの秘密”を、エルフは“ブルーリングの独立”という秘密をお互いに知っていると考えていたのだ。

しかし、当のブルーリング代表は何のカードも持たずに交渉へと向かう。


エルフの友好的な態度の裏に、何があるか理解しないままで……




「アルドです。お話をさせていただけませんか?」


村長の部屋をノックして扉越しに声をかける。

直ぐに扉が開き村長が満面の笑顔で出迎えてくれた。


「御使い様、どうぞどうぞ。き……ささ、座ってください」


今、一瞬 “汚い所”と言いそうになってなかったか?

軽く流して薦められるままに椅子に座ると、村長は真剣な顔をして謝罪を始めた。


「まず、御使い様には謝罪しなければなりません……」

「謝罪ですか?」


「はい。我々をブルーリングに飛ばして頂く際の約束……全てを秘密にすると約束しておきながら、御使い様の事を本国に知られてしまいました……」


確かにそうだ……この事態は恩を仇で返されたに等しい。


「言い訳になってしまいますが、大人は誓って、誰一人として御使い様の事を話してはいません。しかし、子供は……」

「……」


「我々の話を不自然に思った救援部隊の隊長が、子供を集めて事の顛末を聞き出したのです……」

「……」


子供か……この事は反省会でも出ていた事だ。演習場に1ヶ月も滞在していれば、一度ぐらいはどこかでブルーリングの名前を聞いただろう。

子供がそれを誰かに言う可能性は当然あった。


「郷の者は救援部隊の行動に怒り、暴徒と化して……結果、全員で救援部隊に夜襲をかけて襲い、隊長を捕まえたのです」


エルフの郷、何やっちゃってるの?助けに来た者を襲うとか……


「本国は事をかなり重く見たようで、急遽 宰相が郷にやってきました。そこで郷の思いを伝え“絶対に御使い様に迷惑をかけない”と約束してもらい暴動は収束したのです」


君達……熱い人達だったのね……エルフってもっと淡泊だと思ってました……


「そして、たまたま宰相からファリステア嬢の件でブルーリングに行く事を聞き、こうして同行を願った次第です……どんな理由があれ、約束を守れなかったのは事実です……ここには私の首を差し出しに来ました。その上で図々しいのは承知の上で申します。郷の者には寛大な処置を……どうか、どうかお願いします……」


村長は土下座をしてひたすら謝罪の言葉を呟いている。


「頭を上げてください。思う所はありますが、僕にアナタ達を害するつもりはありません」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」


村長には申し訳ないが、こちらの味方になってもらおう。


「立ってください。もしブルーリングへの恩を感じてくれているのなら、今回の件が纏まるまで僕達の味方になってください。正直、いきなりすぎて何の準備も出来ていないのです」

「勿論です。私は御使い様の味方です」


「では今回の件でエルフは何を望んでいるのですか?思惑が分からない……」

「思惑…ですか……」


「はい、ブルーリングとの同盟にエルフのメリットは無い。なのに何故、そちらから同盟などと言い出したのか……」

「確かにメリットはありません。しかし、エルフの郷を助けて頂いた、しかもファリステア嬢の保護まで……エルフがブルーリングと同盟を結ぶのは当然です」


「……」

「と、いうのは建前なのでしょうね……」


「建前ですか……」

「お互いの最大の秘密を握り合っている状態に、上の者が耐えられないのですよ。御使い様相手ではチカラによる恫喝も出来ず、同盟という形を作って安心したいのでしょう」


「……秘密……ですか」


え?ヤバイ、何か大事なピースが嵌ってない気がする……オレ秘密なんて知らないんだけど……そ、その秘密を知らない事がバレたら即効、潰しにくるって事なのコレ?

村長に秘密の事を聞いたら教えてくれるのだろうか……いや、ダメだ。


こちらがエルフの秘密を知らない事が完全にバレてしまう……村長の人となりは信じている。

しかし、身内や仲間の危険を顧みずオレ達の仲間になってくれるかどうか……やはりオレはこの人をそこまで信用する事は出来ない。


オレは村長に話し、お暇させてもらう。


(マズイぞ。これって、こっちがエルフの秘密を知ってる前提の話だ……どうするんだよ、これ……)


オレは取り敢えず爺さんがいるだろう執務室へ急いで向かった。





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