第53話薬草
53.薬草
試験の次の日
おれはノエルを連れて冒険者ギルドに訪れていた。
依頼ボードを見てGとFクラスで受けられる依頼を捜す。
Gクラスの依頼はドブ掃除、トイレ掃除、荷物運びか…Fは薬草採取…
「ノエル、薬草採取ってどう思う?」
「私は薬草の事は判らんぞ」
「それは期待してないから大丈夫だ。この依頼をどう思う?」
「Fランクの依頼なんだから簡単なんじゃないか?」
「そうだよな…」
「Gランクの依頼は無いだろう。アルドがドブ掃除やトイレ掃除をしている姿が想像できん」
「そうか?」
「薬草採取を受けるのか?」
「そうだな、ナーガさんに聞いてみるか」
オレは受付嬢のナーガさんに聞いてみる事にした。
「ナーガさん、薬草採取って具体的に何をすればいいんですか?」
「この資料にある薬草の内、どれかを5個集めてくれば依頼達成です。ちなみに、この資料は同じ物が依頼ボード脇に置いてあります」
「違う種類5個じゃダメなんですね?」
「はい、同じ種類を5個です。もちろん同じ種類5個を5種類でも問題ありません。その場合は5回分の依頼を達成した事になります」
「判りました。ちなみに何処に行けば薬草はあるんですか?」
「そうですね…一番、安全な場所は…」
「多少は敵がいても大丈夫ですよ」
「そうでした…それでしたら、西門から出て街道沿いに歩いた場所にあるスカーレッドの森が良いかと思います。徒歩で1時間程の距離ですし手軽に向かえるかと」
「判った。西門ですね。ちょっと行ってきます」
「気を付けて」
依頼ボードの横の資料に目を通してみる。
どうやら薬草は30cm程の高さで、葉はギザギザ…まんまアロエだ。
目当ての薬草の形を確認して、ギルドを出た。
装備はいつものセットなので2日分の食料もある。準備は万全だ。
そのまま、西門を目指して歩いていく。
建物の上を歩ければ無駄が無いのだが、生憎とノエルは空間蹴りが使えない。
以前、馬術を習ったお返しに、空間蹴りを教えたのだが全く使える様子が無かった。
アシェラが空間蹴りを使えるようになったのは子供の柔軟な思考のおかげなのかもしれない。
しょうがなく歩いて西門を目指す。
こうして街の一部だけを見ると王都もブルーリングの街も大きくは変わらない。
生活の跡があちこちに感じられ、人の営みを感じさせる。
街を眺めていると直に西門に到着した。
門番がいたがチラッと見られただけで特に何も言われる事はない。
出る時は基本フリーなんだろうか。
入る時には入場税を取られる様だが、冒険者カードを見せれば免除されるそうだ。
「出発だ!」
自分を奮い立たせて楽しむ為に大声を出して歩き出す。
周りがオレに視線を送るが無視だ。無視。
街道沿いに1時間程歩いた頃、街道の横に森が広がり出した。
「これがスカーレッドの森かな?」
「そうだと思う」
「よし、森に入って薬草を取るか」
森は木が生い茂り、草もオレの胸近くまである。
オレは壁走りで木の枝まで上り、空間蹴りで木から木へ移動する。
木の上から薬草を捜していると後ろからノエルの声が聞こえてきた。
「アルド!待て。私が付いて行けない」
後ろを見るとノエルが草をかき分けながら、必死に追いつこうとしている。
「あー。ノエルここで待ってるか?」
「バカを言え!護衛の意味が無いだろうが」
「それはそうなんだが…空間蹴りを使えば大抵の敵からは逃げられると思うんだけどなぁ…」
「それでもだ。不意打ちがあるかもしれない」
「…分かった」
オレは木から降りてノエルと一緒に移動する事にする。
しかし、こんな場所に薬草があるんだろうか…資料では30cmのアロエ。
もう少し開けた場所じゃないと育たないのでは?
森の奥に行けばあるのかも知れない。
オレ達は薬草を捜して森の奥に入っていく。冷静に考えればFランクの依頼なのだ。こんな奥まで入るわけが無かった。
森の奥に入ると独特の雰囲気があった。まるで森に食べられるような。
奥まで来ると徐々に草は無くなって行き歩きやすくなってくる。
「やっと歩きやすくなったな」
「確かにな」
オレ達は軽口を叩き、さらに奥に進んで行った。
不意に気配を感じる。
何かいる。
「ノエル、そのまま聞け。何かいる」
「何?」
ノエルは周りを見渡そうとするのを我慢して気配を探っている。
どうやら既に囲まれている様だ。包囲が完成すれば襲ってくるのだろう。
「ノエル、オマエを運んで木の上に移動する」
「わ、私を運ぶのか?」
「ああ、暴れるなよ」
「わ、分かった」
オレはノエルを素早くお姫様抱っこする。そのまま木の上に空間蹴りで移動だ。
オレ達が動いた事で敵も姿を見せた。ウィンドウルフ…
いつかの遠征で母さんが教えてくれた風魔法を使う狼だ。
たしか10匹以下で群れを作るとか。これ、どう見ても10匹以上じゃねえか…氷結さんはいつも適当だ。
ウィンドウルフを見てると風の魔法を使ってきた。
威力自体は致死性の物では無いが木に当たると皮がめくれている。
何発も当たって良い物では無さそうだ。
1,2,3,4…12…14匹か?
動きを見ると大した事は無さそうだ。
いつもの威力偵察で1匹倒しがてら、ソナーを使う事にする。
「ノエル、なるべく隠れてろ!」
そう叫ぶと俺は木から飛び降りた。
「アルド!〇mkl;:」
何か言ってるが後にしてくれ!
オレは一番近い敵に魔力を纏った蹴りを加えた。
すかさずソナー発動。
魔法を使うからか魔力はゴブリンより少し多い…。力はゴブリン程度か?こいつ…弱くないか?
オレは思ったより弱そうなウィンドウルフを殲滅する事に決めた。
「ゴブに毛が生えた程度でオレに向かってくるなんてな!生まれ変わったらもうちょっと賢くなってるといいな。っと」
短剣ですれ違い様に3匹の首を薙いだ。
空間蹴りでちょっと立体で動くと、途端にウィンドウルフの攻撃方法が少なくなる。
上空に移動すると魔法しかオレに届く攻撃がないのだ。
群れの中心に突っ込み短剣と蹴りで数を減らしていく。
いつもはしない強引な攻撃を加えて、上空に退避する。
上空からは短剣を投降したり、ウィンドカッターで倒していく。
気が付くと14匹いたウィンドウルフは既に6匹まで減っていた。
ウィンドウルフの眼には明らかに怯えの色が滲んでいる。
オレは実は日本にいる時は犬派だったのだ。
魔物とは言え、尻尾を股の下に隠した犬(狼)を前にすると攻撃する気力が無くなってくる。
「ハァ…もういいわ。どっか行け。ほら」
攻撃体勢を解いてシッシッと手で合図する。
6匹の内5匹は助かったとばかりに一目散に逃げていく。
1匹だけはオレの近くに寄ってきてお座りしだした。
リュックの中から干し肉を1枚取り出し、投げてやった。
匂いを嗅いでから美味そうに食べ始める。
食べ終わると催促してるのだろうか、尻尾を振ってオレを見つめてきた。
「オマエ…大物だわ」
そう言い干し肉を2枚だし直接、手で食べさせた。勿論、噛まれても問題無いくらいの濃さで魔力は纏っている。
心配したような事は起こらず上手そうに干し肉を食べていた。
「おい、いつまで私を放っておくんだ!」
上空から声が聞こえる。上を見るとノエルがこちらを見て叫んでいた…白か
オレはウィンドウルフを放っておいてノエルを降ろしてやった。
「こ、この魔物はどうするんだ」
ノエルはオレの後ろに隠れながら訪ねてくる。アナタ護衛でしたよね?
「特に害は無いから放っておこうかと」
「……魔物相手に害は無いとか…もう良い、好きにしろ」
さて倒したウィンドウルフはどうしようかと悩んでいた。
「冒険者ギルドに常時依頼でウィンドウルフの駆除があったぞ…討伐証明部位は尻尾だった」
その言葉にオレは討伐証明部位の剥ぎ取りを始める。
ウィンドウルフは流石に仲間の死体の一部を切り取るのを見たく無かったのか、どこかに行ってしまった。
「魔石もあるはずだぞ」
その言葉にオレはソナーをかけた。
どうやらウィンドウルフの魔石は胸の中心にあるようだ。
「どうやら胸の中心に魔石があるっぽい」
「判った」
そう一言呟くとノエルはナイフを取り出し、ウィンドウルフの胸を開いて魔石を取り出した。
オレが討伐証明を取り終えるとノエルは半分程度の魔石を取り出していた。
「ノエル。良く躊躇なく魔石、取り出せるな」
オレの言葉に心底、意味が判らない。とばかりの顔をして返してくる。
「躊躇無く殺しておいて何を言ってる。アルドの価値観はちょっとおかしいぞ」
ノエルの言葉に、オレ自身も納得してしまった。
きっと中途半端に日本の価値観が残ってるんだろう。この感覚は残しておきたい半面、この世界では危険なのかも知れない。
剥ぎ取りも終わり、オレ達は街に戻る事にする。
薬草の採取の報酬は銅貨8枚だったはずだ。違約金は銅貨2枚…たいした事は無いが、最初の依頼を失敗するのが非常に心苦しい。オレは冒険者に向いてないのかも…そんな事を考え冒険者ギルドに戻って来た。
朝とは違い受付は込み合っていた。
どうやらオレが依頼を受けた時間には、とっくに依頼をこなしに走り回っていたようだ。
依頼失敗だけで無く、その事にも自分の甘さを痛感する。
受付に並んでとうとう自分の番になった。ナーガさんに話しかける。
「すみません。薬草を見つけられませんでした。依頼失敗です…」
「そうですか。依頼失敗の手続きをしてよろしいですか?」
「はい…お願いします」
手元の書類を処理しながらナーガさんがオレを見て来た。
「失礼ですが依頼失敗で落ち込んでるように見えますが…」
ナーガさんの言葉に内心で”当たり前だろ”っと毒づいていた。
「そうですね。最初の依頼で失敗なんて向いてないのかと…」
「お言葉ですが、それは逆です」
「え?」
「多くの人は依頼失敗を受け入れられなく無理をしてしまいます。時には疲労も考えずに夜通し探索する事も…」
「それはそうでしょう」
「気持ちは理解できますがその様な方は、可哀そうですが長くは冒険者の活動はできません」
「……」
「失敗をするのは人間なのでしょうがありません。問題はどうリカバリーするかなんです。潔く失敗を認めるか、もう少し踏み込むか…その見極めが早い人は長く冒険者を続けられます」
「……」
「大抵の場合、”もう少し”は武器の劣化であったり、疲労の蓄積であったり、食料の残量であったりを”我慢”で無視する事です」
「……」
「今回のアルド様の判断は妥当であると思います。初めての冒険、日暮れの時間、疲労、を総合的に判断して”失敗”を選ばれました」
「……」
「”失敗”したからこそ、私はアルド様が冒険者に向いていると断言できます」
「そうなんでしょうか…」
「何十年と冒険者を見て来た私が言うんですから大丈夫ですよ」
「何十年…」
「そこに食いつきますか…」
オレは背筋に氷を突っ込まれた様な寒気を感じる。
「いえ、ナーガさんはお綺麗ですので、年月に驚いてしまって…知らなかったら口説いてしまいそうです」
「……」
おい!なぜそこで赤くなる!子供が生意気だって窘める場面だろうが!
そこから今日の冒険の概要を説明した。
なぜかいくつかある受付の列が止まり、他の受付嬢までがオレの話に耳を傾ける。
「なるほど…アルド様は薬草を捜す為にスカーレッドの森に入り、途中でウィンドウルフ14匹と遭遇し、それを撃退したと…」
「はい、そうです」
ナーガさんがこめかみを揉んで渋い顔をしている。
「ウィンドウルフの討伐証明部位はありますか?」
「はい、これです」
リュックから討伐証明部位の尻尾を取り出し、魔石を並べる。
ナーガさんが大きな溜息を吐いてから話し始めた。
「ハァ…ウィンドウルフは確かに単体ではE級の魔物です…」
「やっぱり…弱かったですから」
「し・か・し、群れではC級に跳ね上がります。群れでの連携や襲いかかるまでに対象を包囲する習性で、Cランクでも集団のウィンドウルフは遭遇したくない敵です」
「はあ…」
「それをGランクで対処し尚且つ殲滅するとは…」
「あ、殲滅はしてません。14匹を6匹まで減らしたら怯えて逃げていきました」
「なお悪いです!ウィンドウルフは非常に好戦的で最後の1匹になっても攻撃をやめません。それを怯えさせるという事は圧倒的な実力差があったって事じゃないですか!」
「そうなんですかね?あ、1匹だけ懐いて寄ってきました」
「最後は懐いたとしても、それは死を覚悟して服従した時に見せる態度です!」
「そうなんですか?」
ナーガさんが、またこめかみを揉んでいる。
「アルド様…アナタは何者なんですか?」
「ぼ、僕はただの12歳ですよ?」
「ただの12歳がウィンドウルフを殲滅できるなら、とっくに人は魔物を絶滅させてますよ!」
「お、幼馴染にはいつもボコられるんですが…」
「その話、以前にもしていましたがその幼馴染は人なんですか?魔族とかじゃないですよね?」
「只の人ですよ。ただ凄腕の魔術師で、魔力視の魔眼を持ってて、格闘術が騎士団仕込みで、身体強化が人より強力なだけで…」
「それ、もう英雄に片足突っ込んでるじゃないですか!何その戦闘のエリートは!どっかの秘密兵器LVじゃないですか!」
「そうですかね…」
「普通って何…」
ナーガさんがとうとう机に突っ伏くしてしまった。
何とも微妙な空気が流れる。
「で、ではナーガさん討伐証明と魔石は置いておきますので依頼失敗のペナルティと相殺と言う事で…残りはまた取りにきます。では!」
オレは冒険者ギルドから逃げるように立ち去った。
「ノエル、最後は何か面倒な事になったな…」
「……」
「ノエル?」
「アルド、前から思ってたが…お前らおかしいぞ…」
「ん?」
「アシェラ様も異常な戦闘力だったが、オマエはさらにおかしい!この調子ではエルファス様もきっと…」
「そうか?強い分には問題ないだろ」
「ハァ…もう良い」
(冒険者ギルドには暫く近づかない方が良さそうだ。どうせ学園が始まるしちょうど良いか)
オレは学園に関心を移し、冒険者ギルドでの事は忘れる事に決めた。
そうしてノエルと一緒に夕方の王都を屋敷へと帰って行く。
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