第52話試験

52.試験






王都に着いて次の日の夕食。


「アルド、散策は楽しかったのか?」

「はい、とても楽しかったです」


「そうか、遊ぶのも良いが試験勉強は終わってるんだろうな?」

「え?」


「ん?試験勉強は終わってるのか?」

「……し、試験があるのですか?」


皆の視線がオレに集中する。


「当たり前だろ。試験が無かったらどうやってクラスを決めるんだ?」

「兄さま、ローランドからも試験があるって聞いてたじゃないですか」

「アルド様、“試験なんて何とかなる”って言ってましたよね?」


オレは今、滝のような汗を流している。

言った、確かに言いました……ローランドからも聞いてた……どうしよ。


「ち、因みに試験はいつですか?」

「「「ハァ……」」」


一斉に溜息を吐かれた…解せぬ。


「明後日だ」

(終わった、オレ終わったわ。試験の内容には歴史や礼儀作法もあるんだよ……微分積分できたって、分かるヤツがいないんだから意味ねえんだよ)


オレは口から白いモヤを吐き、魂が逃げ出しそうになっている。


「兄さま、夕食後から明後日の朝まで30時間以上あります。普段の授業が3時間とすると10日分もあります!」

「エルファスさん、その予定に睡眠や生理現象は入っているんでしょうか?」


「寝れるとでも?人は2日や3日寝なくても死にません」

「それなら試験の成績が悪くても、死なないんだけど!」


「兄さま。僕は兄さまが侮られるのは我慢できません!ぜひ主席を取ってください」

「オレは侮られるの全然 気にしないんだけど!むしろ主席とか取りたくないし!」


「僕の部屋にいきましょう。マール、資料の整理を頼みむよ」

「エルファスさん、オレの話ビックリするぐらい聞いてないよね?」


「さあ、早く」

「オレもう学園入れるならビリでもいいんだけど……」


エルの謎の勢いでオレは徹夜で勉強する事になった……何かヤバイ薬やってないよね?お兄ちゃん心配だよ。


それからエルとマールに試験の詳しい内容を聞く事が出来た。オレの行く魔法学科の試験は大きく分けて2つ、学科と実技でだ。

学科は文字、算術、魔法理論(基礎)、歴史、の4つ。要は国語、算数、理科、社会である。

実技は魔法と礼儀作法だった。


この中でオレが勉強しないといけないのは文字と歴史、礼儀作法の3つ。

文字はただの文字から貴族の手紙の基礎、歴史はこの世界の始まりから現在までのフォスターク王国の歴史である。礼儀作法は名前のままだ。


するとエルが歌うようにこの世界の神話を語り出した。




今から約10万年前、何も無い虚空に光が現れた。


その光は5万年かけて凝縮し、1柱の神になる。神の名は不明。ただ創造神とだけ伝えられる。


創造神はまず大地を作った。


しかし、荒れ果てた荒野を嘆いた創造神は次に水を作る。


まだまだ殺風景と次に植物を作った。


美しい大地が出来上がり満足した創造神はそこに自分に似た人を作る。


しかし、魂が入っていなかったので人は動く事が出来ない。


創造神は人に魂を入れるために風を作る。


人は自由に動き回るようになったが食べ物が無く死んでしまう。


創造神は人を哀れと思い、次に火と動物を作った。


人はやっと幸せに生きる事が出来るようになる。


この世界に満足した創造神は世界を守るために精霊を作った。


創造神は精霊に世界の管理を任せた後、次の世界を作るために去っていく。


それが凡そ1万年前である。



「ここまでが神の時代です」

「神の時代」


「そしてここからが人の時代です」

「まだ、あるのかよ」



そこから人はエルフ、ドワーフ、獣人、魔族と個別の特徴を持つ種に分かれていく。


創造神の望みは美しい世界で人が豊かに暮らす事なのに人は違う種で、時には同種でさえ争った。


暫くすると世界に魔物が溢れ出す。


人の争う心に魔力が汚染されたのだ。


世界の管理を任された精霊は人が出す汚れた魔力を浄化するべく精霊の使いを世に放つ。


精霊の使いは魔力を浄化しながら、この世界の安定を司る。



「ここまでが人の時代です。後は予言だけですから、もうちょっとです」

「分かった」



1つの予言がある。


世界に穢れが満ちる時、精霊の使いが是を滅するなり。穢れが滅せられぬ時、それは世界の終わる時なり。

精霊の使いを助けよ。精霊の使いの子は新しい種のチカラを持つ。精霊の使いの子は人の可能性なり。




「分かりましたか? 兄さま」

「ローランドから聞いた事あるよな、この話」


「最初に習う創世の神話と予言ですよ」

「そうなのか」


「このフォスターク王国が誕生したのが約200年前です」

「結構、古いんだな。100年ぐらいと思ってたぞ」


「ブルーリング領はそれより古いらしいですよ」

「そうなのか?」


「地方豪族だったブルーリング家をフォスターク王国が吸収したようです」

「全然、知らなかったな」


「全部ローランドが教えてくれたじゃないですか」

「すまん、全く記憶にない」


「ハァ……それじゃあ今のを暗記していきましょうか」

「は?今のを全部?」


「そうです」

「……」


どうやら、やはりオレは寝る事は許されないらしい。

夜中の眠気が襲ってくる時間になると、眠気覚ましに礼儀作法を叩き込まれた。


寝るなって事なんだよね?

このスパルタで本当に恐ろしいのは、エルもオレに付き合って寝てないと言う事だ。エル……恐ろしい子。


そこからはひたすら勉強であった。しかし武士の情けか、実際には4時頃から6時頃までの2時間だけは眠る事を許されたのだ。

鬼ではあるが、鬼畜までは落ちていなかったようである。


こうして何とか試験前には大丈夫?ぐらいまでには仕上げる事ができたのだった。






次の日の朝、いよいよオレ、エル、マールの3人で試験へと向かっていった。

試験会場はフォスターク学園である。


フォスターク学園は学科によって校舎の屋根の色が違う。

赤は騎士学科だ。情熱の赤と聞いたが、オレからすると暑苦しい感じが非常に騎士らしい。


黄色は商業科だ。何でも公平の色と のたまっているが、お前らこそ一番公平から遠い存在だろうと、オレは声を大にして言いたい。

そして我が魔法学科は青。理性の色らしいのだが、ブルーリングで一番の魔法使いである氷結さんの、どこに知性があるのか。小一時間 問い詰めたい


希望の学科だが、エルは結局 騎士学科に決めた。どうやら騎士剣術をもう少し深く習いたいらしい。

マールは最後まで商業科と迷ったようだが、最後には魔法学科を選んだ。どうやら氷結さんとの約束がどうしても破れないみたいだ。当の母さんは好きな学科に行けば良いと言っていたのに。


オレはと言うと勿論 魔法学科である。回復魔法、特に状態異常の治療と、転移魔法を習いたい。他には付与魔法や魔道具も身に付けられれば最高だ。


学園の入口でエルと別れマールと一緒に魔法学科に向かっていく。君達、数時間の別れなのに何で今生の別れみたいな空気を出しているんですかね?

エルからはくれぐれもマールを宜しくと念を押されてしまった。


「マール、こっちで合ってるよな?」

「大丈夫だと思います。アルド様」


オレはマールの顔をじっと見詰めて、以前から考えていた事を告げてみた。


「なんでしょうか?」

「そろそろ“様”は止(や)めてくれないか?」


「そんな、貴族の方に恐れ多い」

「……」


「な、何ですか?」

「エルと2人っきりの時は呼び捨てにしてるよな?」


「なっ!」

「屋敷の人間は全員、知ってるぞ」


気付かれていないと思っていたのだろう。マールは俯いて、恥ずかしさから肩を震わせている。


「学園の理念も“学園に身分を持ち込まない”ってあるしな」

「……」


「だからアルドって呼んでくれないか。頼むよ」

「わ、分かりましたから、頭を上げてください……」


「じゃあ、これからはアルドで頼むぞ」

「分かりました。あ、アルド……」


「ついでに敬語も禁止な」

「な!」


マールが後ろでなにやら言ってるが無視だ、無視。これは決定なのだ。

そうして試験会場にたどり着くと、試験場にはサンドラ伯爵家のオリビアの姿が見える。


「お久しぶりです。先日はありがとうございました。アルド様も魔法学科なのですね。3年間、楽しく学べそうです」

「お久しぶりです。オリビア様。お気になされずに。それと私は貴族の作法には疎いもので失礼が無いか心配です」


「素敵な礼でしたよ、とても」

「ありがとうございます」


オリビアと話してるとマールが顔を出してくる。


「オリビア様、先日以来です。お変わりないようで嬉しく思います」

「マールさん、先日はありがとうございました。アナタもお変わりないようで」


3人共 挨拶を終え、マールに受付の場所を聞いてみた。


「マール、試験の受付はどこか分かるか?」

「あ、アルドの後ろにあるのが受付だと思います……思う」


オレ達の会話に、オリビアが驚いた顔をして話しかけてくる。


「マールさん……エルファス様だけでなく、アルド様にまで……アナタはエルファス様を気にかけているのでは無いのですか?」

「な、アルドを気にしてなおりません」


「それにしては親し気な様子です……」

「それは……」

「オレから話すよ、マール。オリビア様、実はマールとは幼馴染でしたが“様”付けを止めてくれませんでした。今回、学園の方針もあっ何とか“様”を取ってもらえるようにお願いをしたのです」


「そうでしたか」

「はい、ですのでマールとエルは相変わらずの仲です。今日も朝からとても仲良くしていました」


オレの言葉にマールが俯いて赤くなっている。そんな姿はエルにだけ見せてやれ。


「そうでしたか。マールさんごめんなさいね。私ったら早とちりしてしまいました」

「いえ、お気になさらずに」


「でもそういう事なら私もオリビアと呼び捨てにして頂きたいです。アルド様」

「あー、け、結構ですよ。で、では私の事もアルドと呼び捨てに」


「分かりました。アルド」

「はい。お、オリビア」


何か変な空気になってきた。マールを見てみると呆れたたような顔をしている。失敗したか……

そのあとは、試験の受付をして指定の席についていく。


試験は午前中に文字と算術、魔法の基礎、歴史なのだとか。午後からが実技の礼儀作法と魔法のようだ。

色々聞いてみると、どうも礼儀作法は貴族の見栄の為であり、ほとんど試験に関係ないらしい……真剣にやったオレの立場は!


切り替えて、まずは学科を頑張ろうと思う。


1時間目 文字

特に可も無く不可も無く……


2時間目 算術

四則演算だけだし余裕でした。


3時間目 魔法の基礎

母さんの授業と何か違う……詠唱魔法が一般的のようだ。


4時間目 歴史

エルのヤマが当たった。創世神話が出たよ!


何とか午前中の学科が終わり、昼食の時間となった。エルとは別れた校門で待ち合わせする事になっているので、マールと一緒に待ち合わせ場所へ向かった。

待ち合わせ場所には、何故か淑女に囲まれ揉みくちゃになっているエルの姿がある……


「あ、兄さま……」

「「「「「「兄さま?」」」」」」


「はい、僕の兄さまです。ですのでブルーリング領は兄が継ぐと思います!」

「エル……お前、何を……」

「私、〇〇商会の……」 「ズルイですわ。私は△△騎士爵の……」 「私は……」


「マール、こっちへ」

「おい、エル、おい、オマエ……まさか」

「良いんですか?」


「良いんです。さあ、早く!」

「エル!お前、オレを売りやがったな!おい!」

「アルド。ごめん……」


淑女に揉みくちゃにされたオレは、まるで映画のワンシーンのように逃げる、エルとマールの後ろ姿を見送ったのだった。




昼食後-------------




「マールさんや……様が取れたと思ったら、一気に露払い役ですか……偉くなったもんですねぇ」

「本当にすみませんでした。アルド様」


「冗談だ。様はやめてくれ」

「はい……」


「しかし何だったんだ、アレは」

「どうも騎士学科は貴族の跡取りが多いらしく毎年、臣下や妾、伴侶希望の者が詰めかけるそうです」


「理解はするが、あれは逆効果だろ……誰もあそこから選ぼうとしないんじゃないか?」

「それがですね。同衾して既成事実を作ればどうとでもなるらしく……」


「怖いわ!12歳の考える事じゃねえだろ!」

「まったくです。エルファスの周りを固めないと……」


「ここにも怖い人がいたよ!」


オレがマールに戦慄していると、午後の実技の時間になり試験官が呼びに来た。


「オレが先だな。行ってくる」

「アルド、くれぐれも本気を出さないように」


「分かった。程々にするよ」

「お願いします」


オレは釈然としない気持ちのまま実技試験場に移動していく。


「順番に得意な魔法を、あそこにある的に撃って。早く」


順番に魔法を撃って威力を点数にしているようだ。

他の生徒の様子を見学させてもらうが、試験官がやたらと高圧的で生徒は委縮している。


「燃え盛る炎よ!顕現して我の敵を撃ち滅ぼさん!ファイアボール!!」


(あの詠唱を真剣に覚えてる姿を想像すると涙が出てくるな。オレ、母さんが師匠で本当に良かった。氷結さん、ありがとう!)

順番に魔法を撃ち、とうとうオレの番がやってくる。


「次。早くしなさい。何をやっている、ボーっとしないで」

「はい」


「君、一番 得意な魔法をあの的に撃ちなさい」

「撃って壊れたりしないですか?」


「的は壊れても問題ない。後ろの壁には結界が張ってあるから大丈夫だ.。そんな事より早く。後ろがつかえてるんだ」

「……分かりました」


少しムカツク試験官の目を盗み、オレは魔力マシマシのエアカッターを的に撃ってやった。

風の刃は簡単に的の首を通り過ぎ後ろの壁に当たって消えて行く。


「どうしたの?早く撃って。何をしているんだ」

「もう、撃ちましたよ」


「は?詠唱してなかったじゃないか」

「あ、はい。無詠唱です」


「無詠唱?昔に廃れた流派の?」

「そうなんですか?」


「そんな事も知らないのか?」

「すみません」


「まあ、良い。君、もう良いよ。どいて。ほら、次の子。君、早くどきなさい」


オレは言われたとおりに移動するが、何だコイツは。後ろではオレが撃ったエカッターで的である人形の首が落ちたらしく騒ぎになっている。

知った事じゃない。精々、困れば良いのだ。ざまぁー


そのまま礼儀作法の実技に移動したが、何かすごく適当だった……あんなに練習したオレが、バカみたいじゃないか。

こうして色々とあったが、全ての試験が終わったのだった。


「アルド、お疲れ様でした」

「ありがとう、オリビア」


「結果は今度の風の日です」

「そうか、その時にまた」


「分かりました、また今度。アルド」


オレとオリビアのやり取りを見て、マールがジト目でなにやら抗議をしている。


「な、何だよ。悪い事はしてないぞ」

「ハァ……」


「……」

「隙があるのよ。アルドは……」


「そ、そんな事、言ってもどうすれば」

「もう良い。私が今度アシェラって婚約者がいるって話しておくわ……ハァ。本当に」


「よ、よろしくお願いします。マールさん……」


校門でエルとも合流し話を聞くと、試験は問題無く出来たのだとか。流石はエル、自慢の弟である。

これで一時はどうなるかと思った試験も、何とか終わりえお告げた。次の風の日まで2日もある事だし、冒険者ギルドでも覗いてみるか。




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