第12話リバーシ

12.リバーシ





7歳の秋のある日の朝食の後。


いつもの日課だが、オレは演習場の端で1人身体強化の修行していた。

こうして朝食の後に身体強化の修行をするのも2年半になる……最近では走る、跳ぶ、急な進路変更、一通りの動きは出来るようになっていた。


込める魔力の量は少ないが、実戦で使えるレベルになってきたのではないだろうか。

オレはそろそろ武術を本気で習いたいと思い始めていた。


修行を終え休憩していると、見覚えのある顔が……


「あいつ……タブじゃないのか?」


オレは独り言を呟いた後、タブらしき人に近づいていく。

近づいて分かったが、タブは荷馬車から野菜を降ろし演習場の調理場へ運んでいた。


「タブ」


懐かしさもあり思わず声を掛けると、タブは驚いた様子でこちらを凝視している。


「あ、アルド様……お久し…ぶりで…す」


タブは手に持っていた荷物を取り落とし、目に涙を溜めながら土下座を始めやがった……


「バカ、止めろ。何やってるんだよ!タブ!頼むから止めてくれ」


タブどころかこっちが涙目になりながら、タブを必死に立たせる。


「タブ、何のつもりだ!嫌がらせか?薬の件だって父様に取り成してやっただろ!」

「そ、そんなつもりは……」


「……ハァ。まあ良い……久しぶりだな、タブ」

「お久しぶりです、アルド様。あの時は本当にお世話になりました。アルド様のお陰で娘のマールも元気になりました」


「お、娘も元気になったのか。良かったな」

「はい。全てアルド様のお陰です。マール、こっちに来なさい。この方が、お前の命の恩人のアルド様だ」


タブはそう言うと、一緒に荷物を運んでいた女の子を呼び寄せた


「おはよう。アルドだ、よろしく」

「マールです。助けて頂いて本当にありがとうございました」


オレはマールを見て、心から助かって良かったと思う。

ホッコリしていると、タブがこんな所で何をしていたのか気になって来た。


「ところで、タブは何をしてるんだ?」

「私は元々、小さな商店を営んでまして。あの事件から騎士団の方に食材を卸させてもらってます。いつもは門で受け渡しだったのですが、今日は人がいないとかで厨房まで運んでいたら声をかけられた次第で」


「なるほど」

「前々からアルド様にはお礼を言いたかったのですが、会う方法が無く……」


「まあ、そうだろうな」

「今日は本当に良い日です。私に何が出来るか判りませんが用事があれば是非、お声をかけてください」


「ありがとう。タブ」

「こちらこそ、本当にありがとうございました」


タブと話してると、ある事が閃いた。


「本当に頼んでも良いのか?」

「アルド様の頼みなら、精一杯励ませてもらいます」


「実は作って欲しい物があるんだけど頼めるか?」

「作る?物によりますが……大抵の物は出来るかと」


「実は……こんな物なんだけど」

「なるほど……これは興味深い」


実はタブにリバーシの製作を頼んでみたのだ。

もしオレの他に転生者がいるのなら、リバーシは既に存在するだろうし、後から転生者が来てもオレの存在を知らせられる。


日本に未練は無いが、同郷で酒でも飲めるなら楽しかろうと思っての事だ。

まあ、そうは言っても商権と暇つぶしも兼ねてはいるのだが。


そりゃ転生と言ったらリバーシとからあげとマヨネーズは鉄板でしょう。

からあげもマヨネーズも手を付けていないが、いきなりやったら妖しさMAXなので放置中である。


「……って事で頼めるか?タブ」

「はい、製作は問題無いのですが1つだけ……」


「どうした?」

「実は、ご領主に物を売るには許可が必要でして、私は騎士団の許可しか持っていないのです」


「なるほど。オレの一存で出来る事じゃなさそうだな」

「はい、申し訳ありません」


「今日の夜にでも父様に話してみる。タブ、明日もここに来れるか?」

「申し訳ありません。いつもは門までなんです。私の許可書では門までしか……」


「いや、大丈夫だ。じゃあオレが門まで行くから待っててくれ」

「分かりました」


リバーシ。大儲けは無理でもこの世界で初めてのボードゲームになるかもしれない。

オレはニチャっと悪い笑みを浮かべながら屋敷へと戻っていく。




その日の昼食-----------




「父様。お願いがあります」

「アルの頼みかぁ。なんだか怖いな。お手柔らかに頼むよ」


「誕生日の事件の時の、タブを覚えていますか?」


タブの名前を聞いた父さんの顔が、急に険しくなる。


「ああ、覚えているよ……」

「あのタブに作ってほしい物があるので、屋敷での販売許可を出してもらえませんか?」


「作ってほしい物?それは何だい?」

「リバーシという遊戯です」


「遊戯?あいつに何か唆されたりしてるんじゃないのかい?」

「僕がタブに頼んだんです。実は紙に簡単な物を書いて作ってきました。昼食の後にやってくれませんか?」


「そんな簡単な物なのかい?いいよ、よければ今からやろうか」

「ありがとうございます、父様」


「アルの遊戯か、興味深いねぇ」


オレは父さんと紙に書いた不格好なリバーシで遊んだ。


「アル。これは中々の物だね」

「でしょ?これを作ってほしいんです。木で作るつもりなので安く作って領民に広げようかと」


「なるほど、試作品を多めに作ってくれるかい?王都の父さんにも送って反応を見てみたいんだ」

「わかりました。多めに作るのと、ちょっと豪華なのもいくつか作らせます」


「良いね。そうと決まればローランド。話は聞いていたと思う。タブに屋敷での販売許可と通行の許可を」

「畏まりました。ヨシュア様」


「じゃあ、アル、後は任せるけど良いよね?」

「はい。大丈夫です」


オレと父さんの後ろで母さんがクララにハイハイをさせている。

ハイハイするクララ……かわいい。




次の日の朝食後-------------




オレは演習所を越え、いつもは来ない門の前まで移動するとタブが待っていた。


「おはようございます。アルド様」

「アルド様、おはようございます」

「おはよう、タブ、マール」


オレは昨日の昼食での話をタブに聞かせた。


「そうですか。販売と通行の許可を」

「お父さん。良かったね」


許可書はなにやらスゴイ物のようで2人は心の底から嬉しそうに喜んでいる。

早速、リバーシの話をさせてもらおう。


オレがタブに注文したのは2種類のリバーシになる。

まず1つ目は縦横30cm厚みは2cm程の遊戯板と駒、このパターンは廉価版で安価で市場に流して貰う。


市井の者にも遊戯としてのボードゲームを楽しんでもらいたい。

大会なんてあれば盛り上がるだろう。何ならブルーリング杯なんて作って賞金を出すのも良いかも知れない。


2つ目は大きさは同じだが、厚みが10cm程あり足がついた本格版、こちらは彫り物等を施して、まずは10個作って王都に住む爺さんに贈るつもりだ。

豪華版は少し急ぎたいが、廉価版はのんびりとタブのペースで売ってくれれば良い。


他に真似される可能性もあるので、早いに越したことは無いが、そこまでは面倒見切れない。

豪華版を10個、これらの金額と納期をタブに尋ねた。


「………ってこの2パターンのリバーシを作ってほしいんだ」

「分かりました」


「これの金額と納期はどれぐらいだろ?」

「そうですね。正確な所は職人と相談ですが、ざっと……これぐらいかと」


「そうか、お金はオレではどうしようもないからな……具体的な事は、ローランドって執事と話してもらう事になると思う」

「分かりました。アルド様には前回も今回も本当にお世話になって……」


「いや。リバーシを作ってくれて、こっちこそ助かるよ。タブ」

「……ありがとうございます」


オレは定番のチートを試せた事に満足しながら屋敷へと帰って行く。


「ローランド。取り敢えず、お爺様に贈る分の10個は頼んできた。残りの詳細は直接タブと話してほしい」

「分かりました、アルドぼっちゃま。近日中には詳細を詰めてまいります」


「頼んだよ、ローランド」


オレは自分がリバーシで遊べて、定番チートを試せただけで満足してしまっていた。

今回の件で上がって来る収益をまったく考えていなかったのだ……


今回の件でタブだけに販売を任せていれば、恐らくは足元を見られる事になっただろう。

しかし、ブルーリング男爵家がバックにいる形となり、表立って敵対してくる者はいなかった。


爺さんが王家にリバーシの現物と、売り上げの5%の権利を献上したのが思ったよりも大きかったようだ。

これによりタブの商店はタブ商会と名前を変え、王都に支店を出すまでになっていくのだが……それは後の話ではあるのだが。



こうしてオレのリバーシ、定番チートは終わりを告げた。

次は何を試そうか……くだらない事を考えながら夜は更けて行く。




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