第187話サンドラの街防衛 part2

187.サンドラの街防衛 part2





丘の上に領域を作ってもらったオレは、まずは最初のコンデンスレイを撃つための狙いを定めた。

この場所は左前にサンドラの街が見え後ろは川が流れている。


まずはサンドラの街の前から右方向へ敵を薙ぎ払いたい。


「行くぞ、エル」

「はい」


オレは右手の指先に魔力を凝縮していく。

凝縮が臨界に近づいたのだろう光が一段と強くなった瞬間に、オレは凝縮された魔力を開放した。


「撃つ!」


右手の人差し指から極細の光が真っ直ぐに伸び、途中のマンティスを貫いていく。

光は4000℃にもなる灼熱の地獄を発現させ、その光に触れた傍から蒸発していき、次に来る炎の嵐の燃料へと変わった。


オレは極細の光を指先から出したまま、体ごと腕を右へと振るう。その間2秒。

もしこの光景を上空から見た者がいれば、こう言うだろう……光の剣で魔物が薙ぎ払われた。


殆どの物質が気化する灼熱の地獄の中、コンデンスレイを受けて生き残るマンティスはいなかった。


「エル、頼む!」

「はい」


一番近いマンティからでオレ達まで5~10メードの距離しかない。

普通、水が気化すれば1500倍以上の体積に膨れ上がる。


当然ながらマンティスも気化すれば何百倍かの体積に膨れ上がるのだ……何千度かの気体となって……

エルは魔力盾を球状に展開し、盾の中の温度をエアコン魔法を使って全力で下げた。


オレも魔力が回復するとすぐに魔力盾とエアコン魔法を使いエルの補助に努める。

球状の魔力盾は半透明で、周りのマンティスが自然発火して燃え尽きていくのを黙って見ていた。


(恐らくは外の温度が下がっても、辺りには直ぐには酸素が無いはずだ。この魔力盾の中なら1時間は酸素が持つはずだが……)


オレは以前、母さんが使っていた風の魔法をマンティスの方に向けて使う。

普段であれば、こんな魔法の使い方をすればすぐに魔力枯渇になるのだが、ここは領域の中だ。


魔力酔いだけに気を付ければ、魔力は幾らでも使い放題である。

20分ほど風の魔法で空気を動かすと温度も下がり酸素も問題が無い程度になってきた。


「エル、そろそろ大丈夫だと思う」

「はい」


ゆっくりと魔力盾を解除するとムワっとした熱気が辺りに漂っている。

周りを確認するとサンドラの街の前から正面と、オレ達がいる場所にはマンティスはいない。


「エル、次は任せた。熱気が来そうならオレが魔力盾を使う」

「分かりました」


そう言うとエルはマンティスの多そうな場所を狙いコンデンスレイを撃った。

オレのように左から右では無く、ジグザグに撃つ。


これはゴブリン騒動の時に使った打ち方だ。

コンデンスレイが着弾した場所では、マンティスは燃え上がり蒸発して更なる炎の燃料になっていく。


今回エルが撃ち込んだ場所はここからかなり距離がある。

魔力盾の必要は無さそうだ。だが万が一があるので風の魔法で熱波が流れる方向は決めさせてもらう。


「すごい……」


後ろでライラが呟いている。

これは”怖がられるだろうなぁ”と少し寂しく思っていると、鼻息荒く目を輝かせて話し出した。


「すごい!流石、アルドきゅん!すごい!すごい!」


興奮しすぎてスゴイを連呼している。

どうやら怖がられる事は無さそうだ。オレは苦笑いを浮かべライラを視界の端に入れた。


そこからオレとエルは更に1発ずつコンデンスレイを撃ち、マンティスをサンドラの前から駆逐する事に成功する。


「何とかなった……か?」

「そうですね……」


「エル、魔力酔いはどうだ?」

「コンデンスレイを後1回撃つと、たぶん立てないと思います」


「オレもそれぐらいだ……」


エルは小さく苦笑いを浮かべた。


「今回はゴブリンの時より魔力盾分、多く魔力を使ってるけどな」

「そうですね。魔力酔いは訓練で鍛える事が出来るみたいですから……」


「訓練の成果かな」


エルは今度は嬉しそうに小さく笑った。


「さてどっちにするかを選ばないといけないが……」

「どういう事ですか?」


「マンティスはこれで全部じゃないはずだ。次に備えて睡眠を取るか、母さん達の手伝いに向かうか……」

「……なるほど」


「睡眠を取るにしてもブルーリングで取るか、ここで取るか。ブルーリングなら安全だが、魔瘴石を壊されるとここに飛べなくなる」

「……」


やる事が沢山あり過ぎてひとつに絞れない。ただ一つ良いことがあるとすれば魔力酔いの対策は睡眠だが、魔力を回復させるのと違い1~2時間の睡眠で回復すると言う事だ。


「ライラ、見張りを頼みたいのですが?」

「さっきみたいに話して……」


「さっきみたい?」


必死でどんな話し方をしたか思い出すが、覚えていない……


「『ライラはオレ達の傍から絶対に離れるな!』こんな感じ」


あー、ライラは敬語が嫌いのようだ。オレも好きでは無いので気持ちは分かる。


「分かった。これで良いか?」

「うん!」


こうして話していると、今のライラは年相応に見える……

女性の心はこの年になっても、全く分からない。これは永遠の謎なのだろう。


「ライラ、見張りを頼みたい」

「分かったわ」


オレはエルの方に向き直る。


「やっぱり母さんやアシェラも心配だ。交代で2時間ずつ睡眠を取ろう。寝る場所はさっきと同じ、木の上が良い」

「分かりました。どちらが先に休みますか?」


「オレが先にサンドラの街へ向かう」

「じゃあ僕が休憩ですね」


「ああ、頼む」


エルから再びライラを見て話しかけた。


「話の通りだ。エルの護衛を頼みたい。睡眠薬を使うつもりだから、最悪の場合はエルを担いで逃げてほしい」

「分かったわ。アルド君の弟の命、私が命に代えても守って見せる」


「お、おう。頼む……」


何かライラの鼻息が荒い……この紫の少女のスイッチが何処にあるのか全く分からない……





エルとライラと別れサンドラの街の上を空間蹴りで移動している最中の事。

街の中には母さんとアシェラが倒したであろう、マンティスの死骸が無数に転がっている。


まずは母さんとアシェラに合流したい。

オレは空間蹴りの高度を一段高く取り上空からサンドラの街を眺めてみた。


どうやら派手な戦闘をしている場所が2ヶ所ある。

領主館と西側の船着き場の2ヶ所だ。


考えてみれば西の船着き場には南と東のような頑丈な門は無い。

オレは苦戦しているであろう、西の船着き場へと向かう事にした。


時間にして10分ほどだろうか船着き場に着くと、騎士団長のファギルが騎士達を率いて、マンティスと死闘を繰り広げている。


「何としても守り切れ!」「虫ケラが!!」「誰か回復魔法を!」「もう持たないぞ!」


戦場は混沌とした様子で陣形など等の昔に崩壊している。今は騎士とマンティスが入り混じった、終わりの無い消耗戦を繰り広げていた。

オレは一番苦戦しているであろう場所に突っ込んで行く。


これ以上の魔力の回復は魔力酔いで動けなくなる。

今ある魔力でやり繰りしなければいけないが……しかし、騎士達には立て直す時間が必要だ。


救援が来た事を伝える為にも、指揮を上げる為にも最初の花火は大きい方が良い。

オレは両手に魔力盾を出しリアクティブアーマーをかける。


空間蹴りの勢いのまま右の盾でバッシュをすると大爆発が起き、マンティスが粉々になって吹き飛んでいく。

そしてバーニアを吹かしながら左の盾でバッシュ。更にもう1度、大爆発が起きマンティスのいない一瞬の空白が生まれる。


「救援に来た!王国最強の兵たる”王家の影”が助太刀に来たぞ!」


自分で言ってて恥ずかしくなるが、今は士気を上げないと……仮面をしてて本当に良かった。

一瞬の沈黙の後、歓声が辺りに響き渡る。


後はオレの戦いを見せればいい筈だ。ファギル隊長に冒険者のハンドサインで”再編成”と送っておく。団長は分からなくとも誰かは分かってくれるはずだ

オレは再び集まって来たマンティスに吶喊する。


ここからは省エネモードで空間蹴り、バーニア、魔力武器だけで戦っていく。

1匹1匹は雑魚なのだ。オレは特に苦も無くマンティスを狩っていると、ファギル隊長の声が聞こえてきた。


どうやら再編成ができたようだ。

一度、ファギル隊長の元へと下がらせて貰う。


「ファギル隊長、取り急ぎ激戦区を教えてください」

「あ、ああ。一番の激戦区はここだ。次に領主館。ただ領主館にはアナタの仲間が2人共、向かってくれた」


「そうですか。では私は引き続きここで戦えば良いですか?」

「……」


「……?」

「……無理を言ってもよろしいか?」


「そのために来たつもりです」

「ありがとう……ここは”王家の影”殿の助太刀でもう大丈夫です。外のマンティスもアナタ達が倒してくれた」


「いえ」

「出来れば市井の者を……戦うチカラを持たない者を助けてほしい。私達より空を飛べるアナタが一番の適任だ」


「……分かりました」


ファギル隊長は安堵した顔をしてオレに敬礼をしてくる。


「王家の影殿に心より感謝を!」


周りの騎士からも手が空いている者が「感謝を!」「王家万歳」「ありがとう!」「頼みます!」無数の声が聞こえてくる。

オレは少し恥ずかしくなり、小さく手を上げ逃げるように、空へ駆け上がって行く。


あそこまで期待されると流石に頑張らねば!

早速、マンティスが逃げる親子を襲っている……


オレは右手の短剣を上空から投擲すると、マンティスの額に短剣が生えた。

親子を追いかける勢いのままマンティスは倒れ、暫く痙攣するとその動きを止めていく。


オレは引力の魔力で短剣を引き寄せ、次の獲物を探す。

助かった親子は口を開けて、空中のオレを見つめていた……早く逃げろよー


高度を上げると、直ぐに次の獲物も見つける事ができた。

今度は人では無く馬。厩舎に3匹のマンティスが群がり馬を襲っている。


オレはバーニアを吹かしてマンティスの群れへ突っ込んでいく。

狭い場所は大剣より片手剣が扱い易い。


両手に魔力武器(片手剣)を持ち右手で振り下ろし、左手で一文字斬り、最後に右手で逆袈裟切り。

マンティス1匹目は胴体の半ばから斬り、2匹目は首を落とす。3匹目は胴体の半ばから首を落とした。


馬は生きてこそいるが、無事なモノは1匹もいない……回復してやりたいが魔力を消費する訳にはいかない。

後ろ髪を引かれる思いで、次の獲物を探すために空へ駆け上がっていく。





こうしてエルと別れて2時間。虱潰しでマンティスを狩ったお陰か、サンドラの街の中のマンティスは全てが殲滅できたと思う。

後は攻めてくるマンティスを殲滅し続けて終了になるはずだ。


かなり疲れたオレはエルと交代するために、魔瘴石のある丘を目指した。

丘の上にはエルとライラとアシェラの姿が見える。


ホッとして丘に近づいた時に、それは起こった。

突然、魔力が回復したのだ……この時のオレの魔力は1/3ほど。


サンドラの街でマンティスを狩るのに2/3の魔力を使った事になる。

自分で”後1回コンデンスレイを撃てば魔力酔いで立てなくなる”と言っていたのに……2/3もの魔力が回復すれば魔力酔いになって当然だった。


魔力酔いは徐々に魔力を使えなくなっていき、最終的には立つ事もできなくなる。

しかし、それ自体はすぐに命に直結する物では無い。


問題は場所。魔力酔いになったこの場所は地上から15mほど……大体、電柱の天辺と同じ高さと言う事だ。

要は空中で空間蹴りが使えなくなってしまった、という事になる。何とか足元に斥力を出そうとするが、上手く魔力が使えない。


空間蹴りを覚えて初めての感覚……何故かこの高さから落ちるというのに、恐怖はあまり無かった。

それよりも皆に見られている事に、恥ずかしさを感じていたほどだ。



オレはエル、アシェラ、ライラの目の前でオレは地上へと落下していく。

そして何故か地上へ落ちる瞬間、オレの視界は紫一色に塗り替えられたのだった。




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