第186話サンドラの街防衛 part1

186.サンドラの街防衛 part1





今、オレ達は空間蹴りを使いながらサンドラの街を目指している。

紫の少女ライラの空間蹴りはオレやエル、アシェラとは比べ物にならないほど拙いが、母さんよりはだいぶ上手い。


恐らくはオレ達が10歳の頃と同程度の練度だと思う。

オレ達が10歳と言う事は、空間蹴りを開発してから2~3年は経っていたはずだ。


改めて、この紫の少女はいったい何者なのだろうか……

友好的な態度を見ると、敵では無いのだろうが……


こっそりとエルに聞いてもやはり”知らない人”と答えが返ってきた。

そうしてライラをチラチラと見ていたのだが、ライラの横で鼻の穴を膨らませ嫌らしい笑みを張り付けている御仁がいる。


我が母である氷結の魔女、ラフィーナだ。

母さんはエルフの長老を最後の最後で脅し”若返りの霊薬”とやらをその場で強請り取っていた。


強請るタイミングもやり方も、正にヤクザのそれである。

助けたのは確かではあるが、村長には本当に申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。


”若返りの霊薬”という事は、恐らくアシェラもその霊薬を飲んで若返ったのだろう。

……ペッタンコ……ハァ……


オレは首を振って思考を切り替えた。


「母様、このまま空を駆け続けてサンドラに向かうのですか?」

「ええ、結果的にそれが一番早いし、消耗も抑えられるはずよ」


「分かりました。ただそうすると、どこかで魔力を回復する必要が出てきますね」

「それは必要経費よ。マンティスを倒しながらでは、魔力だけじゃなく時間も浪費するわ」


母さんの言う事は的を得ている。

確かにマンティスを倒しながらでは、いつサンドラに到着できるか分からない。


「ライラは魔力の残りはどれぐらいですか?」

「残りは2/3って所よ」


「2/3……」

「ええ、アルド君はどれぐらい?」


「僕は残り半分って所です」

「そう、1/3を切ったらどこかで魔力を回復した方が良さそうね」


「そうですね」


ライラは見た目は年下なのだが、どうも敬語で話しかけてしまう……

どこかそんな雰囲気を感じ取ってしまうのだ。


こうして夜明けと同時にエルフの郷を出発したオレ達は、空間蹴りでサンドラの街を目指した。




もうすぐ昼食と言う頃合い--------------




「すみません、魔力が1/3を切りました」


オレの言葉に全員が近くにある木の枝へと降りて行く。


「そう、じゃあ休憩しましょう」


母さんの言葉でオレ達はそれぞれが休憩に入った。

少し早いが各自リュックから黒パンと干し肉を出し食べ始める。


紫の少女ライラが何故か分からないが、オレの隣に座って昼食を食べ始めた。

いつもは怒るアシェラも何故か知らん顔だ。


どうなってる……アシェラはオリビア以外とイチャつくとすぐに麻痺を撃ち込んでくるのに……

ライラはオレにピッタリとくっついてきて正直、非情に食べ難い。


オレが少しライラから離れると同じだけ詰めてくる……それを何度か繰り返すとオレは枝のかなり細い場所まで追いやられてしまった。


「あ、あの、ライラ……」

「なに?アルド君」


ライラはオレに話しかけられて嬉しいのか、満面の笑みを向けてくる。


「もう少しそっちに行ってくれると……ここだと枝が折れそうで……」

「あらら、じゃあ私の膝の上に座れば……ううん、私が膝の上に乗るわ」


こいつは一体何を言っているんだろう……助けを求めて周りを見るとアシェラと母さんは知らん顔、エルは首を振っていた。

ナニコレ……オレが何をしたと……


状況が全く分からずにフリーズしていると、とうとうオレの重さに耐えきれずに枝が折れた。

咄嗟に空間蹴りで空を駆けたので問題なかったが、これは少々釘を刺しておかないと。


再び木の上に降りてライラに向きなおる。


「ライラ、どういうつもりか知らないがあまりくっつかないで欲しい。オレにはアシェラって婚約者がいるんだ」


ライラは酷く悲しそうな顔をして落ち込んでしまった。


「分かったわ……ごめんなさい……」


この場の空気はまるでオレを責めるかのように変わっている……え?オレが悪いの?

アシェラは悲し気にライラを見て、氷結さんはオレを責めるような眼で見てくる……


エルだけはオレと同じで意味が分からず困惑していた。

取り敢えず、今は空気が悪くなって怪我に繋がってもマズイ。


オレは空気を変えるために母さんに話しかけた。


「母様、昼食も終わりましたが魔力回復用の睡眠はどうしますか?」

「そうね。交代で取るしかないわね」


母さんの言葉にライラが入って来る。


「私はいつも一人だったから、木の上での睡眠のとり方なら教えられるわ」


そこからはライラから具体的に木の上での眠り方を習う事になった。

聞いてみると最初の頃は木に体を縛り付けてむりやり眠っていたそうだが、今では丈夫なツタやツル、ロープなどで寝床を編んで枝と枝に結び付ける方法を開発したそうだ。


言ってしまえばハンモックを自力で開発したらしい。オレは思わず尊敬の眼差しを向けずにはいられなかった。

この世界ではハンモックなど見た事も聞いた事もないのだから……


ライラはリュックの中に自前のハンモックを持っていたので、オレ、エル、アシェラ、はハンモックの編み方を丁寧に教えてもらった。

少し編み方が特殊だったが、30分もすると立派なハンモックが4つ完成して枝と枝の間に吊るされている。


「ちょっと横にならせてー」


何と氷結さんがオレの分のハンモックで横になるでは無いか!


「母様、流石に自分の分は自分で編んでください!」

「いやーね。ちょっと横にならせて貰っただけなのに……」


そう言ってハンモックから降りてくる。


「じゃあ、4人共、睡眠薬を飲んで。起きるのは魔力が完全に回復する4時間後よ」


睡眠薬を飲むのは良いのだが……母さんはどうするつもりなのか……


「母様はどうするつもりなんですか?」

「私?私は4人の護衛よ。大丈夫だとは思うけど一応ね」


「それはありがたいのですが……サンドラの街まで魔力は持つのですか?」

「……アル、アンタが作ったんでしょ。この魔道具は……」


そうだった!母さんは魔道具で跳んでいるから、魔力を消費していない。

移動での魔力消費を考えたらオレ、エル、アシェラも空間蹴りの魔道具を、標準装備にした方が良いかもしれない。


目から鱗の気分で改めて母さんを見た。


「早く寝なさい。4時間は寝るんだから、どんなに早くてもサンドラに到着するのは夕方になるわよ」

「はい」


オレは思ったより冷静で計画的な母さんに、心の中で賞賛を送り眠りについた。





ハンモックで揺られながら、ゆっくりと目を覚ます。

起き上がろうとすると上手くバランスを取れずに落ちそうになってしまった。


面倒なので空間蹴りを使い枝の上へと降りると、母さんが枝の上で伸びをしている。


「母様、護衛ありがとうございました」

「へ?あ、うん……なにも問題なったわよ……」


何か怪しい……母さんを良く見ると涎の跡がしっかりと付いていた。


「母様……もしかして居眠りなんてしてないですよね?」

「し、失礼ね!居眠りをして2回も木の上から落ちたりなんかしてないわよ!」


オレは心の中で”2回も落ちたんだ……”と驚いていると、木の下にはマンティスの死骸が無数に転がっている。

オレは何も見なかった事にしてエル、アシェラ、ライラが起きるのを待った。


同じ時間に睡眠薬を飲んだので5分もしないうちに全員が起きてくる。

全員が揃ったのを確認して母さんが話だした。


「そろそろサンドラの街へ向かうわよ。準備は良い?」

「「「「はい」」」


オレ、エル、アシェラだけで無くライラも元気よく返事を返している。

ここからサンドラの街へは30分もかからないはずだ。


気を引き締めていかないと、思わぬ事で足元をひっくり返されかねない。

エルを先頭にサンドラへの道を進んで行くと、遠くに煙が上がっているのが見えた。


「急ぐわよ!」


母さんの声に先頭を走るエルが、速度を上げる。

森が開けてサンドラの街が一望できる場所まで来て、オレは軽く絶望した。


「侵入されてる……」


誰が呟いたのか、門は今だに突破されていないようだがマンティスには羽根がある。

虫のカマキリと同じで飛ぶのは苦手ではあるが、間違いなく飛べるのだ。


「アル、エル、コンデンスレイに最適な場所を選んで領域を出して。そこからはコンデンスレイで殲滅よ!」

「「はい」」


「ライラはアルとエルの護衛。魔力酔いって状態になるようなら、2人を連れてブルーリングへ逃げて」

「分かったわ。アルド君、移動しながらで良いので魔力酔いの事を教えて」

「はい」


「アシェラは私と一緒にマンティスの掃除よ。今回は近接戦闘は無し。ウィンドバレットで七面鳥撃ちよ」

「はい、お師匠」


「じゃあ全員、散開!頼んだわよ」


母さんの指示でオレとエルとライラはこの一面のマンティスを何とかするために、小高い丘をキャンプ地に選んだ。


「エル、あそこの丘はどうだ?」

「良いと思います」


「じゃあ、一掃する為にリアクティブアーマーで突っ込んでアオを呼ぶぞ」

「はい!」


オレは両手に魔力盾を出しリアクティブアーマーを仕込む。威力は当然マシマシだ。

エルは手に持った盾と両肩に魔力盾を出し、3つの盾にリアクティブアーマーを仕込んだ。


2人で10メードほどの距離を空け丘に向かって吶喊する。

連続して計5回の爆発が起こり、丘には一時的な空白の時間が生まれた。


オレは直ぐにアオを呼び、魔瘴石を収納から取り出す。


「アオ、領域を頼む。スマン!」

「もう、アルドはいつもこれだ……精霊使いが荒いぞ!」


オレが残敵を必死になって殲滅している姿を見て、アオは文句を言いながらも領域を作ってくれた。

魔力が回復していく……


オレはまず1発目のコンデンスレイを撃つためにエルとライラへ叫ぶ。


「エル、1発目のコンデンスレイを撃つ!熱波がくるはずだから撃ち終わったタイミングで最大のエアコン魔法と球状に魔力盾を展開してくれ」

「はい、分かりました」


「ライラはオレ達の傍から絶対に離れるな!」

「はい……アルドきゅん……」



何か背筋に悪寒が走ったが、オレは最初のコンデンスレイを撃った……




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