第188話サンドラの街防衛 part3

188.サンドラの街防衛 part3





いきなりの魔力酔いでオレは空から墜落してしまった。

魔力酔いでは魔力を纏って防御する事もできない。


”死”の文字が頭をよぎった瞬間に、視界は紫一色に染まり、オレは意識を失った。





ゆっくりと覚醒していく……どうやら眠っていたようだ。恐らく落下の衝撃で気を失ったのだろう。

オレは鎧を脱がされベッドに寝かされていた。


眠っている間に回復してくれたのだろうか。体を動かすも特に痛みなどは無い。

起き上がり辺りを見渡すと、昨日ミリア第1夫人に用意してもらった客室の1つだった事に気が付いた。


どうやらオレは領主の館に運ばれて、寝かされていたようだ。

エル、アシェラ、母さん、ライラは今でもマンティスと戦っているのだろうか。


オレはベッドの横においてあったドラゴンアーマーに着替えると部屋を飛び出した。


「すいませーん!誰かーー!誰かいませんかー!」


オレが大声で屋敷の中を歩いていると、メイドがこちらにやってくる。


「はい……どうされましたか……?」

「ミリア第1婦人かファギル団長はいますか?」


「……ファギル様は分かりませんが、奥様は自室でお休みになっています」


お休みに……オレは窓から外を見ると真っ暗だった。今は夜中なのだろう。

こんな事にすら気が付かないほど、オレは焦っているのか……


オレは自分の頬を両手で叩く。思ったより大きな音が出てメイドが眼を見開いている。


「すみませんでした。王家の影達はどこにいるか、分かりますか?」

「お、王家の影の皆さんであれば、魔物を倒しに行かれました……」


「何処にですか!?」

「ヒッ……わ、私には分かりかねます……」


良く見ればメイドも寝間着を着ている……メイドにエル達の居場所が分かる訳ないだろ!バカか!オレは……


「……すみませんでした。自分で探してきます。申し訳ありませんが窓を閉めて貰えますか」

「ま、窓?」


メイドが意味を分かっていないようだったが、説明する時間が惜しい。

オレは窓を開けると空へ駆け出した。


少し進んでから後ろをチラ見すると、メイドがその場でへたり込んでいるのが見える。

脅かしてすまないが今は許してほしい。


取り敢えずは魔瘴石の元へ向かう。

あそこになら誰かはいるはずだ。それがエル達か騎士団かは分からないが……


5分も空を駆けると丘に到着した。

丘には騎士団のテントが張られ、騎士達が10人ほどでテントを守っている。


オレは驚かすつもりは無いので丘の少し手前で地上へ降りた。


「すみません。王家の影はいますか?」


空からオレが降りてくるのを、呆けた顔で見ていた騎士に尋ねてみる。


「え、あ、お、王家の影殿達なら……天幕の中で休憩…されてます……」

「そうですか。入らせてもらいます」


「ど、どうぞ……」


オレも仮面を被って王家の影の仲間に見えるはずだ。こんなに驚いているのは、やはり空間蹴りが珍しいのだろう。

テントの中に入るとエアコン魔法が使われているためか、とても涼しかった。


エルと母さんとライラが床に毛布を敷いて眠っている。その横でアシェラが一人で見張りをしていた。

アシェラはオレを見ると驚いた顔を一瞬だけ見せたが、満面の笑みで迎えてくれる。


オレは他の皆を起こさないように、アシェラと一緒にテントから出る事にした。

テントより少し離れてから、オレが墜落した後の事を聞いてみる。


「不用意に領域に近づいて、魔力酔いになったんだ」

「なるほど。急に落ちたから、ボクに見えない攻撃をされたかと思った」


「完全にオレの不注意だ。スマン」

「ううん。大丈夫。それにお礼ならライラに言った方が良い」


「ライラに?」

「うん。ライラがアルドを受け止めてくれた」


「え?ライラがオレを助けてくれたのか?」

「うん。ボクとエルファスはアルドが落ちるとは思わなくて……ただライラはアルドに抱き着くタイミングを計ってたみたい……それで……」


「抱き着くタイミングって……」

「理由はどうあれライラは命の恩人。怪我はアルドよりライラの方が酷かった。一歩間違えたら本当に死んでた」


「そんなにか……」

「うん……ライラが起きたら抱きしめてあげると良い」


「……」

「?」


「オリビアに続いて、何でライラだと怒らないんだ?」

「……ナイショ?」


首を傾げて上目遣いで言われてしまった……アシェラさん、それ分かってやってますよね?

本当に命の恩人のようだし、抱きしめるくらいは良いんだが……


オレは溜息を1つ吐き、その場に座り込んだ。


「ライラの事は置いておいて。マンティスはどうなってる?」


アシェラは真剣な顔になりオレの隣に腰掛けた。


「アルドが落ちてからエルファスがコンデンスレイを2発撃った」

「2発も……」


「うん。それで森が焼けて、少しサンドラの人と揉めちゃった」

「揉めた?」


「燃えちゃった森はサンドラの人達のお墓があったみたい。でもコンデンスレイで全部燃えちゃった……」

「なるほど……怒る気持ちは分かるが、こっちもそれ処じゃないしな……」


「うん。お師匠が騎士団長に”帰る”って言い出さなければ、エルファスの責任問題になってたと思う」

「エル個人に……それはちょっと怒れるな……」


「アルド、殺気」

「あ、スマン」


僅かに殺気が出ていたようだ。周りのお騎士達が怯えてしまっている。

アシェラから他にも色々な情報を聞いた。


今は夜中の3時頃だとか、オレが気を失って6時間ぐらい経っただとか、オレとライラをエルがソナーで調べて回復してくれたとか、領主館にまでマンティスが向かったが母さんとアシェラで撃退できたとか、情報は多岐にわたる。


今が夜中の3時……どうりで腹が減っているはずだ。オレはリュックの中から黒パンと干し肉を取り出して齧りついた。


「流石に腹が減った」


オレが悪魔のメニューを食べていると騎士達が騒ぎ出す。


「ま、マンティスの群れがやってきました……」


大蛇の森の方向を見ると、確かにマンティスの群れがこちらに向かってきていた。

風もこちらからマンティスの方に吹いている。


どうやら風上に向かう習性があるのは本当らしい。

彼方此方に散るぐらいなら、全部こっちに向かってきて欲しいのだが……


マンティスまでの距離は1000メードほどか。もう少し引き付けたい。

オレがマンティスを見ていると、騎士が焦れて声をかけてくる。


「ま、まだ応戦されないのですか?」


騎士が怯えた表情で聞いてくるので、そろそろ撃とうかと思う。


「そろそろ撃ちます」


オレは右手の人差し指をマンティスに向け、左手で右手を支える。

指先に魔力を凝縮していく……


30秒ほどして臨界に近づいて、瞬間だが光が一段と輝きを増す。


「撃ちます!」


その言葉を合図にオレは魔力を開放した。

今回は水平射撃だ。光の剣を左から右へ振るう。


”赤”


コンデンスレイに直接触れて蒸発したマンティスは、燃料と成り果て爆発的な炎が上がる。

すぐに魔力が回復するので、風の魔法を使って元々の追い風を更に強く吹かせた。


サンドラの騎士の中には、エルのコンデンスレイを見た者もいるだろうが、殆どが初めて見る光景だったようだ。

呆然と立ち尽くし、燃え盛る”赤”を見つめている。


その心の中には何が写るのか……歓喜か、驚きか……それとも、恐怖か。

10分ほど風の魔法を使っていたが、そろそろ大丈夫だろう。


元々、追い風が吹いているのだ、問題ない。

そこから30分ほど見ていたがマンティスが現れる様子は無かった。


「アシェラ、オレが気を失ってからの大体の事は分かった。ここからはオレが見張る」

「分かった」


「次は誰の番かだけ教えてくれ」

「次はライラ……」


「……そうか」


微妙な空気のままアシェラは眠りに付いた。





そろそろ交代の時間になりライラを起こそうと肩を揺すり、小さく声をかける……


「ライラ、交代だ」


ライラはゆっくりと眼を開け、ボンヤリとオレの顔を見つめて来た。

寝ぼけているのだろうか……


ニヘラと笑ったと思ったらそのまま抱き着かれ、毛布の上で抱き合うような形になってしまう。

今の状況は弟と母親と婚約者に囲まれた中で、知り合って間も無い女性とベットで抱き合っている……


何か背中を悪寒が走るが、どうしたら良いのだろうか。

そのままの状態で固まっていると、ライラの眼には徐々に理性の光が浮かびだしてくる。


徐々に赤く染まる頬、視線も動揺しているのかキョロキョロと安定しない、チカラを入れているのか固くなるカラダ……

最終的にライラは立ち上がり、叫び声を上げてテントから走り出してしまった。


「……な、何なんだ」


オレは叫び声に起き出した、エルとアシェラに”何でも無い”と弁解するのに必死だ。

この騒ぎでも氷結さんが起きる様子が無いのは、不幸中の幸いか……





オレがテントを出て辺りを見回すと、ライラがテントの裏でうずくまっていた。

その姿にはマンティスを倒していた、軍人然とした雰囲気など微塵も無い。


うずくまりプルプルと震える姿は、小動物を思い出させる


「ライラ……」


ライラはオレの声にピクリと驚きながらゆっくりと顔を上げた。


「アシェラから聞いた。受け止めてくれたみたいで……なんて言うか、ありがとう」

「う、ううん。私は当たり前の事をしただけで……それより……さっきは抱き着いちゃったりして……ごめんなさい……」


「ああ。寝ぼけてたんだよな。全然、問題ない」

「そ、そう?」


そこからは少し世間話をしてから見張りを交代して貰う。


「じゃあ、オレは寝かせて貰う。マンティスが来たらすぐ起こしてくれ」

「分かったわ」


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい……アルドきゅん」


たまにライラは訛る時があるが、王国の生まれでは無いのかもしれない。

目を閉じるとゆっくりと眠りについていった。





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