第40話アシェラ part1

40.アシェラ part1





遠征から2年経ちオレは12歳になった。

12歳の年明け最初の闇曜日。


朝から屋敷の中の空気が少しおかしい……

その日は朝食の時間になっても、アシェラが来なかった。


「母様、アシェラはどうしたんですか?」


オレの質問に、母さんだけでなく父さんも苦い顔をする。

2人は顔を見合わせてから、母さんがゆっくりと話しだした。


「皆、聞いて頂戴。アシェラはもう屋敷には来れないかもしれない」

「え?どういう事ですか?母さま」

「ラフィーナ様、なぜです?」


いきなりの事にオレは頭の中が真っ白になって、咄嗟に言葉が出てこない。

母さんはオレをチラっと一瞥して、続きを話し出した。


「アシェラのお母様が病気なのは知ってるわよね?」

「「はい」」


「危篤なの……」

「危篤……」


「そう、持って3日らしいわ……」

「3日……」


「今日の早朝に家を出て、隣領のカシュー子爵領に向かってるはずよ」

「でも、何でアシェラ姉が来れなくなるんですか?ブルーリング領に戻ったらまた来れるはずですよね?」


父さんと母さんが、またオレを一瞥する。


「戻れたらね……」

「どういう事ですか?」


「アシェラの母親は隣のカシュー子爵家の家臣、グラン騎士爵家の出らしいわ……」

「グラン騎士爵家……」


「グラン騎士爵家はアシェラの母親の世話をするのに、かなりのお金をカシュー家から借りたみたいなの」

「お金を……」


「アシェラの母親が亡くなれば、お金を返さなくてはならない」

「……」


「でもカシュー家の3男がアナタ達の10歳のパーティで、アシェラを見初めたらしくてね。アシェラを差し出せば借金は帳消しにすると言ってきてるらしいわ」

「そんな!お金でアシェラ姉を買うなんて!」


「ハルヴァもそんな事は許せないらしいんだけど……アシェラの母親の世話を何年も任せきりにした挙句、アシェラの縁談まで断れないみたい」

「そんな……」


「そもそも平民のハルヴァやグラン騎士爵家からすれば、3男でも子爵家に嫁げるのは望外の話なのよ」

「……」


「本来は断るなんてありえないわ」

「アシェラ姉、アシェラ姉は納得したんですか!」


「早朝に直接、話したけど納得済だそうよ」

「な、、、、」


「私も残念だったとは思うわ……でも当の本人のアシェラが納得してる以上、私達にできる事は何も無いわ」

「……」


「話は以上よ……私は部屋に戻らせてもらうわ……私もちょっと気持ちを整理しないと……」

「……」


父さん、母さん、エル、マールがオレを一瞥するがなんて声をかけていいか分からないようだ。

オレだって何て言っていいか分からない……


自室に戻るが、どこをどう歩いたか今一思い出せない。

今日からアシェラがいない……現実感が全く無い。


(冷静になれ。日本でも出会いと別れはあっただろう‥‥貴族に嫁に行くなら、オレが心配する理由は何も無い……はずだ)


思考がぐるぐる回る。






どれぐらいそうしていただろうか……もう疲れた。もう良い。もうどうでも良い。

オレはアシェラの所にいく!あとはシラネ。勝手にしてくれ!


アシェラを追いかける。それだけを決めてオレはベッドから跳ね起きた。

他の人から見ると、オレの眼にはきっと決意の炎が宿っていただろう。


まずは準備……厨房で食料を漁って自室に戻る。

オレは自室のクローゼットから遠征軍の装備を引っ張り出した。


ブリガンダインを着こみ、予備のナイフを2本セットする。

短剣をホルダーに、リュックに食料を詰め込み、水筒を腰に掛けた。


最低限だが準備完了だ。


一度だけ自分で自分の頬を張る。

オレは背筋を伸ばし堂々と、この家を出ていく。そう決めた。


自室から出て玄関に向かう。

まだ朝とあって途中にメイドともすれ違うが、皆が完全装備のオレを何事か、と見返してくるが全て無視をする。


ホールを抜けたら玄関という所で、何故か苦笑いを浮かべる父さんが待っていた。


「アル、どこに行くつもりだい?」

「……」


「もう僕とは言葉は交わせないかい?」


オレは振り向いて、父さんの眼を真っ直ぐに見つめる。


「アシェラの所に」

「そうか。1つ聞いて良いかな?」


「はい」

「君はどんな立場でアシェラの所に向かうつもりだい?幼馴染として?友人として?」


「それは……」


父さんが露骨に溜息を1つ吐いた。


「アル。これは君の父親としてじゃない、1人の男として話すよ。女性に付いてきて欲しいと頼むのに、自分の立場を明確にしないのは卑怯者だよ。女性の一生を左右するかもしれないんだ。正面から向き合って、真摯に対応してほしい」

「それは……そうですね」


「もう一度聞くよ、どんな立場で向かうつもりだい?」

「き、求婚者として……」


オレの答えを聞き、父さんは少しだけ笑ってくれた。


「少しだけ聞いて欲しい」

「はい……」


「ラフィーナに会う前に、僕には婚約者がいたんだ」

「初耳です」


「そうだろうね。名前はミランダ=フォン=カシュー。現カシュー家の3女だ」

「え?それって……」


「そうだねぇ。親子揃ってカシュー家の縁談に、ケチを付ける事になるね」

「……」


「きっとカシュー家と関係を改善出来るのは、君達の次の代になるだろうね」

「そうですか……」


「今回の話も恐らくは、家同士の話にまで発展すると思う」

「……」


「それでも行くのかい?」

「はい」


「そうか、じゃあ餞別だ。グラン騎士爵家がどうにもならなければ、ブルーリング領で家ごと引き取ろう」

「良いんですか?」


「アルだけの責任じゃないからね。むしろ婚約破棄の方が重大だ。僕が8でアルが2ぐらいの割合だよ」

「父様、ありがとうございます」


「じゃあ急ぐと良いよ。追いつけなくなる」

「はい、行ってきます!」


「外にタメイがいる。領境までの案内はしてくれるよ」

「何から何まで……ありがとうございます」


オレは玄関から外に出て、タメイに“アシェラを追いかけたい”と説明した。


「タメイ、アシェラを追いたい。出来るか?」

「任せてくださいッス。馬を使いましょう。後ろに乗るぐらい出来るでしょう?」


「任せろ」

「では、お姫様を迎えに行きましょう」


タメイの言葉にオレは大きく一度だけ頷いて、タメイの後ろを付いて行く。





ヨシュアはアルドが出て行った玄関を見つめていた。


「さてと、僕は僕でやらないといけない事があるな」


独り言を呟いて、まずはラフィーナへの説明に向かう。正直、気が重い。


「僕のラフィ、落ち着いて聞いてほしい」

「なに?」


「アルドがアシェラを追いかけて行ってしまった」

「……」


「……」

「アナタは止めたの?」


「止められなかった……」

「……」


「今回の話は僕の責任が大きい…僕の話が無ければ当主からの根回しでどうとでもなった話だ」

「……」


「ラフィーナ、僕を怒っているかい?」

「いいえ、アルが本気で決めた事なら、止めたって無理でしょうね……」


「ミランダ嬢が妻を2人も娶る人には嫁げないって言わなければね」

「ラムス教徒ね……」


「じゃあ、アルの手助けになるように出来る根回しをするよ」

「お願い……」


ヨシュアはすぐに執務室で手紙を書き始める。

宛先はブルーリング領 領主バルザ。今回の経緯とこれからの落とし所の交渉を頼むためだ。


正直、アシェラ1人にそこまでの労力は割に合わない。

統治者としては切り捨てるのが正しいのは、ヨシュアも良く分かっていた。


ただし、アシェラを切り捨てればアルドは間違いなく出奔するだろう。

ブルーリング家としてはそれは到底、許容できる事ではなかった。


あの指輪を見た日から、ブルーリング家にとってアルドは特別になったのだ。



これからの交渉事を想像して、頭を押さえながらヨシュアは手紙を書いた。




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