第326話カナリス領

326.カナリス領






猟師の親子から聞いた話では、予想通りここはティリシアの端だそうだ。

2人の名前は父親がノル、息子がラグ。ラグはオレの2歳下で16歳だそうだが、全体的に線が細くもう少し下に見える。


警戒をされながらも、そんな2人と何とか話をした所、どうやらこの森には久し振りに訪れたそうだ。

何でもオークが去年の秋頃からこの森に巣を作ったそうで、山に入れなくなってしまっていたのだとか。


冒険者を雇ってオークの巣を殲滅しようとも考えたそうだが、相当な金が必要になってくる。

世知辛い話ではあるが、オークの実害があるのは山に入るノル達だけで、村から予算を出してもらう事も出来なかったのだそうだ。


そんな理由では渋々ながら違う狩場に通っていたのだが、次の闇の日に村長の息子の結婚式が開かれるらしく、大量の肉を頼まれてしまった。

しかし、一番良い狩場にはオークの巣がある……


村長には何度か”無理だ”と断ったらしいが”息子の晴れ舞台に何とか”と乞われてしまい、仕方なくオークの様子を見にやってきた所を襲われてしまった、と言うわけらしい。

話を聞いて思った事は、ここは恩を売って色々な情報を得るのが良いのではないだろうか、と言う事だ。


ノル達からすればオークに襲われるなど運の悪い話ではあるが、オレからすれば最高のタイミングである。

オーク程度、オレならジェネラルクラスでも何とかなるのだから。


早速オレは”修羅”と呼ばれた最悪の第一印象を払拭するべく、オークの巣の殲滅を申し出る事にした。


「ノルさん、よろしければ僕がオークの巣を殲滅しましょうか?」


ノルはまさかの提案に最初は喜んでいたが、徐々に訝し気な表情になっていく。


「そりゃ、オークを何とかしてもらえれば嬉しいが、私達には出せる物は無い……」

「お金は要りません。代わりに少しだけお願いがあるんです」


オレの”お願い”と言う言葉に何を言われるのかと、ノルはラグを庇うように移動して身を固くしている。


「特別な事はありません。僕達は迷子なので近くの街までの道と、ティリシアでの常識を教えてほしいんです」


条件を提示してみたものの、どうやら簡単すぎたようでかえってノルの猜疑心を刺激してしまったようだ。

であれば、オレ達のもう1つの問題も頼んでみようと思う。


「それと……保存食の類を頂けませんか? 出来れば干し肉や黒パン、塩や香辛料もあれば助かります」


これだけの条件を出して、ノルはやっと交渉に足ると判断したようだ。


「オレは猟師だ。干し肉は出せるが黒パンや塩は難しい。香辛料は山に自生している物で良ければ教えてやるから勝手に摘んでくれ」

「分かりました。それでお願いします」


こうして保存食の確保を条件に、オークの巣を殲滅する事になったのであった。






相談した結果、今日は小屋で休んで明日の朝からオークの殲滅に向かう事になった。

因みにこの小屋はノル達猟師が代々使ってきた小屋だそうだ。


こうした小屋は森に幾つかあるらしく、普段は拠点にして狩りをしているらしい。


「そうだったんですか。すみません、勝手に小屋を使ってしまって」

「普段なら叩き出す所だが、命の恩人では何も言えない。本当は許され無いが、今回の件が終わるまで好きに使ってもらって構わない」


「ありがとうございます」


ノルがここまで厳しいのには理由がある。

この小屋には罠の作り方や毒の調合など、出しっぱなしになっている物の中には代々受け継がれてきた物が沢山あるそうだ。


本来なら弟子にしか見せないのだが、格安の条件でオークを討伐してもらう以上、”出ていけ”とも言えないらしい。


「僕達は冒険者です。時には依頼で色々な秘密を知ってしまう事もありますから……ここで見た事は他言しない事を誓います」


オレの後ろではカズイ達も真剣な顔で頷いている。

その様子を見て、ノルは苦笑いを浮かべながらも小さく頷いたのだった。


「それとオークの事ですが、何でも良いので、気が付いた事を教えてもらっても良いですか?」

「ああ、最初に異変に気が付いたのは…………」


ノルの話を要約すると、最初にオークの数が多いと感じたのは去年の夏頃だったそうだ。

おかしいとは思いつつも巣まで作っているとは思わず、直ぐにいなくなると考えていた。


しかし、オークは減るどころか時間が経つほど徐々に見かける事が多くなってくる。

不審に思いとうとう秋の雨が降って視界の悪い日に、森の奥を探索したのだそうだ。


そうして小屋から1時間ほど森の奥に進んだ場所に、新たに開けた広場が作られており、粗末ではあるが沢山の建物が建てられていたのだとか。


「上位種はいましたか?」

「そんな事を確認する余裕は無かった。巣の規模に驚いて直ぐに逃げ帰ってきたからな。オークは20や30では利かない数がいたと思う」


「そうですか。普通のオークは何匹いても脅威は無いんですが、上位種がいると話が変わってくるので」

「私はオークが何匹いても脅威が無いと言い切る君が恐ろしいよ」


オレは苦笑いを浮かべると、何も言わずに曖昧な顔で流しておいた。






それからはオレが用意した夕食を食べながら、ティリシアの常識について話を聞かせてもらった。

ティリシアでは皇家と呼ばれる4つの家から皇帝が選ばれるのだそうだ。


その皇帝がティリシア各地の貴族を任命して政治を行っている。

皇帝の選ばれ方や貴族の任命に関しては、一介の猟師であるノルは知らなかった。


田舎の猟師が、国のトップの決め方など知る必要が無いのだろう。

そして今いる、この領地を治めているのがカナリス伯爵家である。


ノル達は領都であるカナリスの街から東に向かった開拓村の住人で、村民は300人ほどが住んでいるのだとか。


「開拓村ですか。大変ですね」

「いや、オレ達はカナリス領で運が良い。直ぐ東に森の恵みがあるからな。ティリシアは西に行けば行くほど荒れ地ばかりになっていく……」


「そうなんですか……」

「フォスタークは豊かな国だと聞いた事があるが、このカナリス領よりも豊かなのか?」


「それこそ場所によります。僕が見てきた土地だけでも豊かで広大な穀物地帯もあれば、迷宮が近くにあって生きるだけで必死な土地もありましたから……」

「そうか……やはりどんな土地でも良い事ばかりでは無いのだな」


「そうですね。人が生きて行くのに必要な物は、土地の豊かさだけじゃないですから」


ノルはどこか納得した様子で小さく頷いていた。

少し暗くなってしまったが、他にもティリシアではどんなお金を使っているのか、気候や過ごし易さ、果てはこの国特有の法律にまで話は及んだ。


話の中で驚いたのは、ティリシアでは始祖ティリスを悪く言う事は重罪であるらしい。

これは国が出来る前からの話であり、魔族の精霊グリムが子孫達に強く言い聞かせたのだとか。


反対にグリムについての制限は無い事から、建国に際して精霊グリムがムチ役、始祖ティリスがアメ役だったのだと勝手に解釈させてもらった。

他にも色々と細かな事を聞いたが、ノルの言う法はティリシア全体ではなくカナリス領限定の法のような気がする。


現代日本のように情報が瞬時に行き来するわけでは無いので、ティリシア全体の法は大きく緩く張られ、細かな部分は土地土地の領主によって決められているのだろう。

これは元の世界でも科学が発展するまでは、地方自治は領主が強権を持って担ってきた。


中央集権は科学技術……取り分け情報の伝達速度の発展無くして実現できないのだからしょうがない。

結局、法に関しては、始祖ティリスに関する事以外、他の国と大差はなかった。


「どこもそんなに変わらないんですね」

「そうなのか。オレはこの土地から出た事が無いからな。他の土地の事は分からない」


ノルの返事からは世間話以上の興味は感じられない。

彼等にとっては余所の土地の事など、酒の肴になるかどうか程度なのだろう。


夜も更けてそろそろ休もうかと話し出した頃。

カズイと相談した結果、小屋の中とはいえ、念のために交代で見張りをする事に決めた。


無いとは思うが、今日始めてあったノル親子に寝首を掻かれる可能性を考慮したからだ。

そんなオレ達とは反対に、ノル親子は大して気にした様子も無く寝床の準備を始めている。


ノル達からすればオレ達がその気になれば、何時でも制圧されると思っているからだろう。

言ってしまえば、襲うつもりであるならわざわざ寝込みを襲う必要が無いのだ。


そんな一見、強者と弱者の立場が逆転した空間の中で、それぞれ好きに休息をとるのであった。






明け方から見張りをしつつ朝食を作っていると、カズイ達が眠い目を擦りながら起きてきた。


「おはようございます」

「おはよう、アルド」「おはよう……」「お腹空いた、おはよう」


もう慣れたものだが、2人共 朝とは言え、年頃の女性とは思えない態度なのは何とかならないのだろうか。

今もラヴィは片手に手拭いを持ち、もう片方の手で腹をボリボリと掻いている。メロウなど鍋の中のスープをガン見してヨダレが垂れそうだ……鍋に垂らしたら流石に怒るよ?


2人共、綺麗な顔立ちをしており、旅を始めた頃はガードの緩さから目のやり場に困る事が多かった。

しかし1年も経った頃には慣れてしまい、今ではだらしない姉を見るような感覚で、2人に色気を感じる事は無い。


そんな中、ラグは16歳と言う若さで女性に免役が無いらしく、真っ赤になりながら2人をチラチラと見ては俯くと言う事を繰り返している。

2人は悪い顔でラグの様子を見ると、ニヤニヤしながら口を開いた。


「うんうん、私達の魅力にかかればしょうがない」

「カズイ、アルド、あれが普通の反応だぞ。お前等はもう少し私達に反応するべきだ」


メロウとラヴィが何か調子にのっている。


「ラヴィさん、女性の魅力を語るなら手拭いを肩にかけて、背中を掻くのは止めた方が良いと思います」

「そうだね。メロウもヨダレを拭くのが先かな」


オレとカズイの言葉に2人は、何とも言えない様子で顔を背けるのだった。






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