第163話新学年

163.新学年




醤油を見つけた次の日。


朝からオレ、エル、マール、ファリステア、ユーリ、ノエルで学園までの道のりを歩いていた。

アンナ先生はやはり先生だけあって30分ほど前に出ている。


「ファリステア。今日から2年生だな」

「ハイ。タノシミデス」


ファリステアの人族語は、ほぼ完ぺきなのだが、どうしても訛りのような物が出てしまう。

きっとオレのエルフ語や獣人語もそうなのだろう。言葉なんて通じれば良いのだ。


直に学園に到着し校門で護衛のノエル、ユーリと別れた。

マールはまだ商業科への編入手続きが終わっていないため、暫くは魔法学科へと通う事になる。


友人との別れもあるだろうし、ゆっくりと進めれば良いと思う。

魔法学科の校舎に入ると新学年になった最初のイベント、クラスの発表が貼られていた。


オレは前もってDクラスになると聞いていたのでDから探していく。

何故オレがDクラスかと言うと例の王様への報告の件が関係している。


魔法学科の代表がDクラスなのはおかしい。とオレをSクラスへ昇級させようとスイト先生が企んでいた。

オレの2学期の成績が微妙だったために今まで表立った話にならなかったのだが、新学年のどさくさに紛れてSクラスへ昇級させようとしたのだ。


そこで待ったをかけたのは、まさかの王家だった。

先日の爺さんとの会談で緊急の場合は”王家の影”として動かそうと思っていた所なのに、普段の生活で目立っては本末転倒である。


エルは主席だったのでいきなりDクラスにする訳にもいかず、現状維持。最終的には何も変わらずオレがDクラスでエルはSクラスだ。

但し、今年、来年の競技会の出席は禁止される事になった。


これは当然の事だろうし正直、競技会に良い思い出もない。

試合に出ても抑えて戦う事になるので相手に申し訳ないし、こちらのストレスも溜まる。


次回からの競技会は見学させて貰うか、遊びの競技に身体強化無しで出場させて貰う事にしよう。





Dクラスの教室に入ると早速ネロが声をかけてくる。


「アルド、おはようだぞ」

「おはよう、ネロ。元気にしてたか?」


「オレは元気だったけど爺ちゃんが……」

「神父がどうかしたのか?」


「流行り病で少し前から寝てるぞ……」

「大丈夫なのか?」


ネロに話を聞くと少し前から流行り病で神父が臥せっているらしい。

本人曰く”大した事は無い”と話し、食欲もあるそうで本当に大した事は無さそうだ。


ただ長引くようであれば一度お見舞いに行った方が良いかもしれない。

オレに出来る事は少ないがルーシェさんの件がある。


後から後悔はしたくない。オレはあの食えない神父が気に入っているのだから。

ネロと話していると後ろからルイスに声をかけられた。


「おはよう。アルド、ネロ」

「昨日ぶりだな。おはよう、ルイス」

「ルイス、おはようだぞ」


オレ、ルイス、ネロ、ファリステア、クラスの数人と話していると見慣れない2人がいるのに気が付いた。

オレがチラチラとその2人を見ているとネロとルイスも気が付いたようだ。


「他のクラスから落ちて来たみたいだな……」

「あー。昇級だけじゃなくて成績によっては降級もありえるのか」


オレとルイスが話していると、いきなりネロが立ち上がり2人へと歩いていく。


「オレはネロだ。よろしくだぞ」


大きな声で2人へ話しかけている。

そう言えば1年前……オレの学園生活もネロが最初に話しかけて来て始まったのだった。


懐かしく思いながらネロと2人を見ていると、ここからでは聞き取れないが笑顔で話している。

改めてネロの懐の深さを知った。何も考えて無いだけなのかもしれないが……


ネロにはあのまま成長していって欲しいと思う。





それぞれが思い思いに雑談しているとアンナ先生がやって来た。

クラスを見渡し例の2人を一瞥すると大きな声で話し出す。


「皆、1年間、このクラスの担任になるアンナです。よろしくね」


あの2人以外は全員、顔見知りのはずなのに距離を置いて話すのは2人に気を使っているのだろう。

ネロに続いて、改めてアンナ先生の優しさを知れた。普段は少しポンコツだが優しい良い先生だ。これで何故、彼氏が出来ないのか本当に不思議だ……


アンナ先生から2年生になってからの注意事項が伝えられる。

教科書の買い方、2年生から模擬戦が始まる事、選択科目が増える事、話は多岐に渡った。


一通り説明を終えると、今度は演習場へと移動するようだ。

演習場に到着すると2年生の演習場は1年生の時とは違い的は少なく全体的に一回り大きい。


これは1年生の時のように的へ魔法を撃つのでは無く模擬戦が主になっていく為なのだろう。


「では誰かに代表で模擬戦をやって貰おうかしら」


アンナ先生の言葉にクラス全員がオレを見て来た。


「アルド君はダメ。相手をする子が可哀そうだわ」


全員が頷いている。何このコント。オレを弄るためにやってない?ねぇ?


「じゃあ……ルイスベル君とネロ君お願い出来るかしら?」


ルイスとネロはお互いの顔を見て驚いてから笑みを浮かべている。

本来、模擬戦は実力が近い者との方が勉強になるのだ。


強すぎる相手だと自分の何が悪いのか、何をされたのかが分からず敗北感だけが残ってしまう。

それが実力の近い者であれば勝ったり負けたりを繰り返して相乗効果で実力が上がっていく。


ルイスやネロは本来、協力してオレに向かってくるより、お互いを相手にした方が良かったのだ。

今回のアンナ先生の指名で本人達もそれに気が付いたのだろう。


お互いが軽い殺気を出しながらも楽しそうにしている。


流石に模擬戦をするための演習所なだけあり、防具も一通りは揃っていた。

ルイスもネロも懐かしのブリガンダインを着こみ、手に馴染む武器を探している。


ルイスは両手剣を持ち、ネロは左手に片手斧、右手に片手剣の二刀流だ。

準備が整った2人は10メードほどの距離を開けお互いに対峙している。


「アルド君。審判をお願い。危なかったら止めてね」


アンナ先生が思ったよりもピリついた空気に驚いたのか、オレに審判を押し付けてきた。

オレは2人を見てゆっくりと前へ歩いていく。


「2人共、準備は良いか?」

「ああ、大丈夫だ」

「問題ないぞ」


「では、始め!」


オレの合図で2人はウィンドバレット(非殺傷)を1個自分の周りに漂わせ始めた。

てっきり2人共、突っ込んで行くかと思ったが冬休みの間の修行の成果を見せたかったのだろう。


お互いがウィンドバレットを纏わせながら苦笑いを浮かべている。


「だいぶ修行したみたいだな」

「ルイスも遊んで無かったみたいだぞ」


「オレが勝たせて貰う」

「身体能力はオレの方が上だぞ」


「魔力量はオレの方が上だ」

「早めに決着を付けさせて貰うぞ!」


そう言うとネロがルイスへと向かっていった。

そこをルイスがカウンターで両手剣を横薙ぎに振るってネロを切裂こうとする。


ネロは左の片手斧を盾のように扱い上手く両手剣の軌道を逸らしていく。

懐に入ったネロが片手剣を振りぬこうとした所に、ルイスは待機状態のウィンドバレットでネロを狙い撃った。


ネロはすかさず後ろに下がりウィンドバレットを躱す。躱しながらもお返しとばかりに自分のウィンドバレットをルイスへと打ち込んだ。

ルイスは両手剣の腹をウィンドバレットへ向け盾にしてやり過ごす。


お互い最初の位置に戻り仕切り直しの形になった。

この間、僅か1分。


そこから2人はウィドバレットを纏い模擬戦を続けていく。





傍目にはネロが二刀流故の手数の多さで終始、押しているように見えたがネロの顔色は徐々に悪くなっていく。

これはネロの作戦に問題があった。


獣人族は全種族の中で一番、身体能力が高い。しかし全種族の中で一番、魔力量が少ないのだ。

勿論、個人差があり現にネロは獣人族の中では有数の魔力量を誇る。


しかし魔族のルイスの魔力量にはやはり及ばないのだ。

魔法を使うなら短期決戦を仕掛けるしかなかった。もしくは普通の獣人族のように魔法は使わずに身体強化のみに魔力を使っていれば、或いは……


これはアルドの戦闘方法を間近で見、目標にしてきた弊害でもあった。

ネロはここから独自の戦闘方法を模索していく事になる。





オレは今アルドに審判をして貰い、ネロと模擬戦を楽しんでる所だ。

正直、ネロとの模擬戦はアルドと違い、剣の一振り、動きの一つに新しい発見がある。


やはり腕が拮抗しているからこその発見なのだろう。

ネロも疲れてはいるが笑みを浮かべ、気持ちはオレと同じのようだ。


しかし、模擬戦はいきなりの終焉を迎えた。

オレの振り下ろしをネロが片手斧で受けようとしたが、魔力枯渇を起こしたのだろう。意識を飛ばしてしまった。


意識を飛ばしたのは一瞬ではあるだろうが、タイミングが最悪だ。

このままでは木剣とは言えまともにネロの頭へ両手剣を振り下ろしてしまう。


オレは何とか剣を止めようとするが、渾身の振り下ろしを止められる訳もなかった……


当たる!と思った瞬間、風が吹いた。


次の瞬間、オレの木剣は半ばから無くなっており魔力枯渇で倒れる途中のネロの姿も消えている。


意味が分からない。


周りが一点を見て呆然としている。


オレも周りの視線を追うと右手に予備武器のナイフを持ち、左肩にネロを抱えているアルドが立っていた。


理解した……木剣とは言えオレの両手剣を半ばから叩き斬り、ネロを抱えて離脱したのだ。


あの一瞬で……


オレはドラゴンスレイヤーの実力に心の底から戦慄した。


眼で追う事も出来ない速さ……あれは空間蹴りでは無い。恐らくは、また何か新しい技術を開発したのだろう。


背はオレの方が高いが、その背中がとてつもなく大きく見える。


実力の差に少しの悔しさはあるが、そんな事よりも、そんな男に師事出来ている幸運に、大声で感謝したい気分だった。


「アルド、助かった。ネロに怪我をさせる所だった」

「今のはネロが悪い。眼が覚めたら模擬戦での終わらせ方を教えないとな」


「そうだな……オレも熱くなり過ぎた。スマン」

「勝敗は二の次だ。技術が磨ければ良いんだ……ボコボコにされたって良いんだよ……ボコボコにされたって……」


「おい、それアシェラにボk……」


アルドから殺気が吹きあがった。これ以上はマズイらしい。オレは貝のように口を閉じた。





ルイスとネロの模擬戦を見ていたが冬休みの間、真面目に魔力操作の修行をしていたのだろう。

身体強化の精度が1段階あがっている。


そろそろ身体強化だけでは勝てなくなりそうだ。

っと言っても空間蹴りに魔力武器、魔力盾、そしてバーニアがあれば負ける事はないのだが。



2人には、そろそろオレの教える事も無くなってきたかもしれない。

今回のネロの敗因は、オレの戦闘を真似しすぎたせいだ。自分にあった戦闘方法を模索していく時期なのだろう。


勿論、オレの技術の中で教えて欲しい物があれば喜んで教えてやるつもりだ。

弟子が独り立ちする時はこんな気分なのだろうか。少しの寂しさと沢山の嬉しさでネロとルイスを一度だけ見つめた。



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