第384話エルフの王子 part1

384.エルフの王子 part1






オクタール奪還から2週間が過ぎた。

あれから、タメイがちょこちょこオクタールに飛んでいたのは知っていたが、本格的に復興が始まった事から、どうやらエルフの使者がブルーリングにやってくるそうだ。


双方の話し合いの結果、オクタールの街からブルーリングまではマナスポットを使って飛んでくるらしい。

こちらとしても、エルフの使節団がブルーリングに大挙してやって来るなんて事になれば、王国に無い腹を探られ兼ねないわけで……お互いの思惑が一致して話は纏まったのだとか。


この件にはオレはノータッチで、父さんとエルが話を進めている。

貴族の体面の話など面倒なだけであり、我関せずを貫いていたのだが……先方からの強い要望があった。なんでも、オーガの主を倒した使徒に直接 礼を言いたいのだとか。


オーガを倒した者……それならオレでは無く氷結さんでは? 父さんとエルからの相談に、そう返したのだが、やはり誤魔化されてはくれないらしい。

曰く、「向こうはあくまでも、『使徒』に礼を尽くしたいみたいだね。貴族籍を抜けたアルには悪いけど、今回は無理を言えないかな?」「兄さまが貴族のアレコレを嫌っているのは知っています。ただ、向こうは今回 王族が来るらしく、あまり軽く扱うわけにはいかなくて……」


父さんとエルに困った顔でお願いをされてしまった。

貴族籍を抜けたとしても、オレはブルーリング家の一員である。結果、オクタールの街まで飛んで、エルフ一行をブルーリングまで送り届ける役を押し付けられてしまったのだ。


正直 凄く面倒臭い。ぶっちゃけ行きたくない。貴族のこういう所が嫌いなのに……家でアシェラのお腹を撫でさせてもらってる方がどれだけ楽しいか……

最近では、まだ膨らんでもいないお腹を撫で、耳を当てるのが日課になっている。


あー、男の子かな? 女の子かな? そんな事を考えているのが楽くてしょうがない。

当のアシェラは少し鬱陶しがっているものの、頼み込んで撫でさせてもらっている。


「アルドー。そろそろ行かないと遅れますよー」

「分かったー。直ぐ行くよー」


何時までもアシェラの部屋でお腹を撫でていたので、オリビアから急ぐように言われてしまった。


「ハァ……行きたくない……」

「帰ってきたら思う存分 撫でれば良い。王族を待たすのはダメ」


「そうは言うけど、お前、なかなか撫でさせてくれないじゃないか」


アシェラは露骨に顔を背け、素知らぬ風を装っている。


「しょうがない、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」


結局、行かないと言う選択肢など取れるわけも無く……アシェラの部屋を出て、オリビアとライラに声をかけてから領主館へと向かっていった。






「アルドぼっちゃま、おはようございます……」

「おはよう、ローランド。ん? どうかしたか?」


「いえ……アルドぼっちゃまは、その格好で行かれるのですか?」

「そのつもりだけど……ダメだったか?」


ローランドがこう言うのには理由がある。

オレの今の出で立ちは、ドラゴンアーマーに短剣を装備して、オマケにリュックまで背負っているのだ。


ぶっちゃけ、完全武装をして現れたオレへの苦言である。


「どうせオクタールへ飛ぶなら、ついでにオーガの残党を狩っておきたいんだ。周辺には少なくない撃ち漏らしが散ったはずだからな」

「なるほど。そう言う事であれば……同行するタメイから、エルフへ伝えさせましょう」


「ありがとう」


客間に通され、お茶を飲み待っていると、直ぐにタメイが2人の騎士を連れてやって来た。


「アルド様、おはようッス。ローランド様から聞いたッスけど、向こうでオーガを狩るッスか?」

「おはよう、タメイ。ああ、今のエルフは領軍も国軍も一度 壊滅したからな。同盟の件もあるし、出来るだけ助けたいんだ」


「なるほど。アルド様らしいッスね。じゃあ、オレッチは向こうに飛んだら直ぐにオーガの情報を集めるッスよ」

「助かるよ、タメイ」


それからはタメイも席に着いてもらい、一緒にお茶を楽しんだ。2人の騎士も座れば良いのに、何故か直立不動でタメイの後ろに立っている。


お互いの近況を話し、幾ばくかの時間が経った頃 時計を見ながらタメイが口を開いた。


「そろそろ時間ッスね」

「分かった。正直 王族の出迎えとか、面倒臭いだけだけど……しょうがない、行くか」


「違いないッス。ほら、2人共、行くッスよ。装備と荷物の確認は、言われなくても自分でやるッス」

「は、はい、隊長」「申し訳ありません」


タメイは騎士の2人に、何やら指示を出している。もしかして部下なのだろうか?


「タメイ、その2人は部下なのか?」

「一応 今のオレッチは、諜報部隊の中隊長ッスよ。この2人は新人ッスが、部下の中でも絶対に秘密を漏らさ無い者を選んだッス」

「は、初めまして、ガロルです! ブルーリングの英雄にお会い出来て光栄です!」

「く、クルーグと申します。ゴブリンを押し返したアルド様に憧れて騎士になりました! よろしくお願いします!」


2人はキラキラした目でオレを見つめてくる。


「あ、ああ……よろしく頼むよ……」


思いっきり鼻息の荒い2人の勢いに、思わず引いてしまった。そんなオレを見て、タメイは顔を背けて笑っていやがる……お前の部下だろううが……笑ってないで何とかしろよ、中隊長。






4人で客間を出て直ぐに指輪の間へ移動し、オクタールのマナスポットへと飛んだ。

新人2人はと言うと、アオの事も聞いてはいたらしいが、終始 驚きっぱなしでオクタールに着いた頃には顔が引きつっていた。


まぁ、なんだ……ゆっくり慣れてくれ。

改めて辺りを見ると、山のように積んであった骨の山は片付けられており、魔道具の類も新しい物に代えられていた。


何人かのエルフが、いきなり現れたオレ達に驚いているものの、前もって話は聞いていたのだろう。

直ぐに頭を下げて出迎えてくれた。


そんな中、1人のエルフが満面の笑みで近づいてくる。


「お久しぶりです、御使い……アルド様。無事に帰還出来た事。心よりお喜び申し上げます」


声を掛けてきたのは、エルフと同盟を結んだ際 会った事のあるドライアディーネの宰相だった。

恐らくオレを出迎えるために待っていたのだろう……出迎えの出迎えとは、これ如何に。


「ありがとうございます。その節は色々とお手数をかけたようで……本当にありがとうございました」


「止めて下さい。我等はほんの少しお手伝いをしたまで。前人未到の地より、独力で帰られたと聞いております。しかもエルフの郷に続き、今回はオクタールの街まで……アルド様に礼を尽くすのはこちらの方です」


そう言って宰相は右手で輪を作り、エルフ式の礼をしたのだった。






「改めて無事のご帰還 お喜び申し上げます」


どうやら王族の到着が遅れているらしく、今は神殿の中にある客間でお茶を頂いている所だ。

席にはオレと宰相がだけが対面で座り、タメイ達はオレの後ろで立っている。


「ありがとうございます。色々な人に助けてもらって、帰ってくる事が出来ました。ドライアディーネでも、沢山の人に世話になったんです」

「そうですか、ドライアディーネの者に……アルド様はこの世界の光ですから。エルフが少しでも役に立てたのなら、私も同族として鼻が高いと言う物です」


宰相と当たり障りの無い話を続けていると、俄かに辺りが騒がしくなってくる。

何かあったのか? と、訝し気にしている中、1人のエルフの男が慌てた様子で部屋を訪ねてきた。


「お、お邪魔して申し訳ありません。宰相、至急 お耳に入れたい事がありまして……」

「どうしたのだ。御使い様の御前だぞ。分かっているのか?」


「あ、はい、実は……」


男はオレの方をチラチラ見て、言い難そうにしている。


「私がいては話し難い事のようですね。席を外させてもらいますよ」


そう言って席を立とうとすると、男は慌てた様子で一息に言い切った。


「ち、違うのです! お、王子の一行がオーガに襲われたとの報が入り、至急 応援を要請されたました! しかし、今ここには騎士が数名いるだけで、とても応援を出せる余裕は……」

「どう言う事だ?! 何故、騎士がいないのか?! ここには大隊が常駐していたはずだろう!」


「実は……先日、近くに大きなオーガの巣が発見されました……御使い様と王子が来られる事から、放置して何かあったらと、隊長達が討伐を決めたのです。本来なら御使い様が来られる前までには、全てを終わらす予定でしたが……しかし、今日になっても本隊は戻らず……」

「な、では、ここには本当に戦力は残っていないのか……」


「はい……非番の者を集めても3個小隊、15名が今 ここにある戦力の全てです……」

「なんて事だ……」


男の言葉に、この場には何とも言えない絶望感が漂っている。

どうやら先ほどの騎士の態度は、オレに聞かれたく無かったのではなく縋りたかったからなのか。


ここオクタールでは人が死に過ぎた……もぅ、これ以上の被害は見たくない。元々、オーガの残党は倒すつもりだったのだ。

であれば、次にオレが吐く言葉は決まっている!


「襲われてる場所を教えて下さい。オレが行きます」


男は喜色を浮かべるが、宰相は何も言葉を発する事無く苦い顔で何かを考えている。

そんな宰相を見て男は勝手に口を開く事も出来ず、この場には不自然な沈黙が訪れていた。


「早く! 迷っている時間は無いはずです!」

「し、しかし……御使い様1人を行かせて何かあっては……最悪 世界が……」


「宰相、貴方が伝え聞いているエルフの始祖ジェイル様は、オーガ程度にどうにかされる存在だったんですか? 大丈夫です。未熟ではありますが、私も使徒の端くれ。かすり傷1つ負う事無く帰ってきますよ」


そう言って笑って見せると、宰相は苦渋を滲ませた顔で口を開いた。


「……分かりました。御使い様、いえ、アルド様、王子をお助けください。お願いします……」


宰相の言葉を聞いて、男は直ぐに王子一行の場所を教えてくれた。


「そこなら10分もあれば迎えます。タメイ達はここで待機だ。無いとは思うが、万が一 不足の事態があれば、ここの人を連れて大蛇の森でもブルーリングでも良い。避難してくれ」

「分かったッス。何かあれば大蛇の森か魔の森へ逃げるッスよ。アルド様、こっちは任されたッス。安心して行って欲しいッスよ」


「スマン、頼む!」


それだけ告げると王子一行を目指し、オレは神殿を後にして空へと駆け上がっていくのだった。




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