第385話エルフの王子 part2
385.エルフの王子 part2
神殿を後にした後、オレは全力の空間蹴りにバーニアを吹かして、オーガに襲われていると言う王子一行の下へ向かっている。
宰相の話では、王族の護衛だけあって騎士の数は20人以上とは言っていたが……応援を要請すると言う事は、オーガの脅威はそれ以上なのだろう。
『上位種』そんな言葉が頭を過り、嫌でも焦燥感がオレの中を駆け抜けていく。
そんな焦れた時間が10分ほど過ぎた頃、眼下に豪華な馬車が数台、オーガの群れに襲われている姿が目に入ってきた。
「あれか!」
馬車の周りでは沢山の騎士がオーガと戦っている……しかし、劣勢なのが一目で分かってしまうほど戦いは一方的であった。
騎士が20名もいて何故? その理由は、先ほど頭を過った通り、『上位種』の存在であった。この大量の群れを率いているオーガの姿は、他より一回り大きく色はドス黒い。
騎士達も果敢に立ち向かっているものの、時間稼ぎにしかなっていないのは明らかであった。
「くそっ、これ以上、殺すな!! オーガ共!!」
この光景を見て、オレは怒りと共にバーニアを全力で吹かせ、オーガの群れへと突っ込んでいくのだった。
初撃にリアクティブアーマーを使おうかと思ったが、あれは威力が高い反面 効果範囲が広すぎる。最悪は近くの騎士を巻き込み兼ねない。
考えた結果、少し面倒ではあるが、ウィンドバレット(魔物用)を10個纏い吶喊する事を決めた。
先ずは上位種を排除しなければ……この場で一番の脅威である上位種を放置しては、被害ばかりが増えてしまう。
騎士への援護のために、雑魚オーガへウィンドバレットをバラ撒きながら、上位種へとバーニアを吹かせ、真っ直ぐに向かっていく。
想定よりオーガの数が多い……数舜の思考の後 最短で始末するため、魔力の消費は痛いが超振動を使う事を決めた。
直ぐに魔力武器(大剣)を出し、超振動を起動していく。ほんの数秒でヒィィィィィィンと蚊の鳴くような音が辺りに響き渡る。
「行く!」
バーニアの勢いのまま、魔力武器を振り上げ、上位種へと真っ直ぐに振り下ろす!
超振動はコンデンスレイと双璧を成す、オレの最強の攻撃手段だ。
手応えなど感じる事も無く、頭の天辺から股下まで真っ二つに分かれた上位種は、血を撒き散らせながらゆっくりと倒れていく……その光景を見たオーガ共は、先ほどまでの愉悦の表情から一転し、驚きの表情の後 恐怖を張り付かせて固まっている。
今だ、体制を立て直すチャンスだ。
しかし、周りを見ても いきなり現れたオレに、オーガだけで無くエルフの騎士達も唖然をした表情で固まっていた。
クソっ、お前等、オレを見ていても意味は無いだろうに! しょうがない、ここは士気を鼓舞するためにも、使徒様を演じさせてもらう。
「私はエルフの使徒ジェイル様と同じ使命を持つ者……今代の使徒である! オクタールにて王子一行を待っていた所、救援の要請を受け馳せ参じた!」
いきなりのオレの口上に、騎士達は更に動揺している。
アチコチから「使徒? 御使い様だと?」「え? 本当なのか? ジェイル様と同じって……」「アイツ空を飛んでやがった……本当に御使い様なのか……」「あの上位種を一刀両断だと……ありえない……」
未だに騎士達は動揺から抜け出していない……くそっ、もっと発破をかけないとダメなのか……
「貴様等! それでもジェイル様の末裔か! オーガ如きに何度もエルフの地を蹂躙させるな! 先ずは体制を整えろ! 余力のある者は私に続け!」
まだ僅かに困惑の空気が満ちてはいるが、オレの煽りを含んだ発破が効いたのだろう。騎士達の目には光が戻っていく。
「行くぞ! ドライアドとジェイル様の末裔達! 今代の使徒が助太刀する!」
その瞬間、数人の騎士達の怒気がオレに向かって迸る!!
え? なになに? 何なの? その怒気、何でオレに向いてるの? どう考えてもおかしいだろ?!
今度はオレが困惑する番である。そんな、わけわからんちんの空気の中、澄んだ声が響き渡った。
「騎士達よ! 今代の使徒様に続け! そしてオーガを滅せよ! これはオクタールで散った者達の弔い合戦である!」
エルフ達は声に従い、オレに向けていた怒気を一応は収めてくれた。
であれば、サッサとオーガを倒してしまうのが最善手のはずだ。
オレは困惑する頭を振り、改めてオーガの群れへと吶喊するのだった。
オレが怒気を向けられて10分ほどが経った頃。
上位種は既に亡く、騎士達が体制を整えた今となっては、上位種のいないオーガの群れなど、大した脅威では無かった。
既にあらかたのオーガは殲滅され、今は掃討戦へと移っている。
念のため、範囲ソナーを最大範囲で打ってみたが、数匹のオーガとオークやゴブリンの小さな群れがあるだけで、喫緊に対応しないといけない案件は既に無い。
しかし辺りにはかなりの数の怪我人が出ており、中には明らかに死んでいる者の前で泣き崩れている者の姿すらある。
クソッ……この地はどれだけエルフの血に飢えているんだ……もう十分だろ……止めてくれよ……
やり切れない思い中でも、時は待ってくれないわけで……せめて怪我人の回復を手伝うべく、近くにいる騎士へと声をかけた。
「私は回復魔法も使えますので、怪我人の治療を手伝います……」
いきなり声をかけられるとは思っていなかったのだろう。騎士は驚いた顔の後、小さく言葉を吐いた。
「あ、は、はい……ありがとうございます……それと、先ほどは失礼しました。いきなりドライアド様を呼び捨てにされ、驚いてしまい、つい……」
あー、いきなり怒気を浴びせられたのは、そう言う事か……確かにドライアドを呼び捨てにするのは、エルフの信仰を踏みにじる行為だった。
以前も同じ事をして、宰相と村長さんに睨まれたのを思い出す……気を付けねば。
改めて騎士へ重傷者から診ると伝えると、馬車の脇へと連れて行かれた。
そこには何人ものエルフが鎧を脱がされ、横たわっている。
その中でも1人の男は生きているのが不思議なほどの怪我を負っていた。
脇腹が抉れ、内臓が零れ落ちそうになっている……いや、一部は零れ落ちていた。
「直ぐに診る! どいてくれ!」
男の腹に手を当て、ソナーを打つ……くそっ、出血が多い。血の量もギリギリじゃないか!
こんな状態でも唯一の救いは、損傷が大腸だけな事か……
何度かソナーを打ち、体の中を調べ終わった後、最初に大腸だけを修復した。皮膚やら筋肉は後回しだ。先ずは血、輸血魔法を……
そうして30分ほどが経った頃、男の顔には赤みが差し、消え入りそうだった心臓も力強く脈打っている。
「終わった……次は誰だ」
それから2人の重傷者を治療した後、立ち上がろうとした所で世界が回る。
クソッ、やっぱり魔力枯渇か……こうなるのは分かっていたが、あの3人は一刻を争う状態だった。途中で放り出すなんて、オレには出来なかった。
焦るな、オレ……オクタールの領域まで行ければ、魔力は回復できる……誰かに連れて行ってさえもらえれば……
魔力枯渇で世界が歪む中、チカラを振り絞って声を張り上げた。
「誰か……オレをオクタールまで連れて行って下さい……お願いします……」
急に片膝をついて懇願するオレを見て、周りのエルフは狼狽えるばかりで動こうとはしない。
そんな中、明らかに騎士ではない貴族の服を着た淑女が1人、オレの前に進み出てきた。
「アルド、アナタをオクタールに運べば良いんですね?」
淑女は流暢な人族語を使い、親しげに話しかけてくる。
「ああ、頼むよ……人族語 、上手くなったなぁ。久しぶりだ、ファリステア……」
「フフ、沢山 勉強しましたから。アナタと一緒に勉強会をした後もずっと……」
そう、オレの前に現れたのは、豪華な貴族の服を着たファリステアであった。
別れてから3年……いや、4年か。ファリステアは、少女のあどけなさを残しつつも、美しい淑女に成長していた。
そんな懐かしい再会があっても、この場は鉄火場である。喜びあう事など出来るわけもなく……ファリステアは再会の挨拶も無く、急いでオレを馬車へ乗せてくれた。
そして、直ぐに御者へオクタールへ向かうよう口を開いた所で、隣の馬車から澄んだ声が響く。
「ファリス、待て。私も同行しよう」
この声は……先ほど騎士からオレへの怒気を嗜めた者の声か?
声の元へと目を向けると、エルフ故 年齢は分からないものの、ファリステアと同じく豪華な貴族の服を着た紳士が立っていた。
「お待ち下さい、殿下。隊の編成が済んではおりません。今暫くお待ち下さい」
殿下? この人がエルフの王子なのか?
改めて顔を見ると、優し気な空気を纏いつつも覇気のような物を併せ持ち、王者の風格を漂わせている。
「私の護衛などより今は御使い様だ。ジェイル様もマナスポットの近くでは無限の魔力を誇ったと言う。直ぐに御使い様をオクタールへお連れする!」
騎士の隊長らしき人は、苦い顔で小さく頷いた。
「……分かりました」
隊長は王子から未だ壊滅状態の騎士達へ向き直り、大きな声で指示を出していく。
「動ける者の半分はここで怪我人の護衛だ! 残りは王子と御使い様をオクタールへお連れする! 各隊の隊長は編成を急げ!」
騎士達が慌ただしく動き始め、ありがたい事に5分ほどで馬車は動き出した。
当然ながら馬車の中は、オレとファリステアに加え王子様の3人だけである。
王子様とか……何を話せば良いんだろ。先ずは自己紹介か?
魔力枯渇で回らない頭を働かせるが、強烈な睡魔で頭の中は霞がかかったように何も浮かんでこない……そんな誰も口を開かない静寂の中、なんと王子が真っ先に口を開いた。
「お初にお目にかかります、御使い様。私はクリューデス=ロワ=ドライアディーネ、エルフの国ドライアディーネの第2王子です。お見知りおきを」
いきなり王子が先に名乗りをあげてしまった。回らない頭であっても、これがマズイ事だと言うのは理解できる。
「申し訳ありません……殿下に先に名乗らせるなど……」
王子は少し驚いた後、小さく笑みを浮かべて更に口を開いた。
「いえ、御使い様には郷だけでなく、今回はオクタールの街まで救って頂きました。更にその魔力枯渇も、負傷した騎士達を救うのに尽力したため……エルフの代表たる王族の私が礼を尽くすのは当然の事です」
「止めてください……私はブルーリング家を廃嫡された、ただの長男坊です……殿下が敬意を払う必要なんてありません」
オレの言葉を聞き、王子は笑みを浮かべながら何故か頷いている。
「ファリス、どうやら御使い様はお前が言っていた通りの方のようだ」
「はい、クリューデス様。アルドはとても優しくて、強い心を持ってます。我等の始祖ジェイル様と同じように……」
魔力枯渇で朦朧とした頭に、酷く親しげな王子とファリステアの会話が響くのであった。
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