第386話エルフの王子 part3

386.エルフの王子 part3






いきなり現れたファリステアに、今はオクタールの領域へ送ってもらっている所だ。

恐らく馬車であれば30分……いや、20分もすれば領域に到着するだろう。


そんな僅かな時間であったが、少しだけ同道している王子と話す事ができた。

未だに魔力枯渇で回らない頭でも分かるのは、どうやらこの王子様はとても友好的であるようだ。


王族であるにも関わらず先に名乗りを上げる事から始まり、今は宰相や郷長、ファリステアから聞いたオレの話を嬉しそうに語っている。

しかも、王子の話の中のオレは、それどこの英雄? と聞きたくなるほどに美化されていた。


「2年前にブルーリングへ参った際、もう一人の御使い様であるエルファス様からもお噂は伺っています。ずっとお会いしたいと思っていました」

「エルから話を……そうですか。であれば、エルと同じように私の事もアルドとお呼び下さい……正直、『御使い様』は慣れなくて……」


王子は嬉しそうに1つ頷き、ファリステアへと話しかけた。


「ファリス、御使い様より名前で呼ぶ事を許されたぞ。無理を言って、今回の訪問の権利を王から奪い取った甲斐がある!」

「良かったですね、殿下。アルドは序列を嫌いますから、殿下とは気が合うと思っていました」


「これもファリスのお陰だ。お前を娶る事を決めて本当に良かった」

「殿下に喜んでもらえて私も嬉しいです」


は? ちょっと聞き捨てならない事が聞こえてきたぞ? 今『娶る』って……ファリステア、お前まさか、王子の嫁なのか? え? マジで?


「あ、あの……殿下とファリステアはその……結婚しているんですか?」

「いえ、まだ婚約です。今年の秋に3番目の妻として娶る事になっています」


「あー、なるほど……婚約ですか……」


ファリステアを見ると、ニコニコと嬉しそうに笑っている。この様子から見るに、どうやら無理矢理 結婚させられるわけでは無さそうだ。

であれば、オレが言う言葉は決まっている。


「ファリステア……おめでとう。お前はオレ達の班の紅一点だったんだ……幸せにならないと、ルイスやネロがドライアディーネへ殴り込みに行くぞ……勿論 オレもな……」

「フフッ、大丈夫ですよ、アルド。私は望んで殿下の下に嫁ぐのです。でもルイスとネロですか……懐かしい。2人は今、どこで何をしているのですか?」


「2人共ブルーリングにいるよ……今は使徒の仕事を手伝ってもらってるんだ……もう、そこらの冒険者なんかより強くなってる……」

「そうですか……2人共、毎日 必死になって修行していましたから。努力が実って私も嬉しいです」


どこかノンビリとした空気の中で話していると、魔力が休息に回復していく。どうやら馬車がオクタールの領域に入ったようだ。


「よし、魔力が回復した。殿下、私は怪我人の所へ戻ります。ファリステア、ブルーリングでゆっくり話そう。アシェラやオリビア、母様もきっと喜ぶはずだ」

「分かりました、アルド様。騎士達をよろしくお願いします」

「はい、皆と会うのがとても楽しみです。出来ればアンナ先生にも会いたかったですが……」


「時間があればルイスやネロも連れて、王都へアンナ先生を訪ねよう。マナスポットで飛べば大した時間はかからないからな」

「そうですか。今のアルドには、そんな事も出来てしまうのですね……」


ファリステアはオレを眩しい物でも見るような目で見つめてくる。

あー、スマン。実は使徒になったのはだいぶ前なんだ……お前がフォスタークにいた頃からコッソリ飛んでたりするんだよ……


「じゃ、じゃあ、行ってくる」


そう言ってオレは逃げるように、走る馬車から空へと駆け出したのだった。






王子の下をお暇して、直ぐに負傷した騎士達の下へ戻ってきた。

辺りを見ても既に一刻を争う怪我人はおらず、一行は隊としての機能を取り戻しつつある。


「御使い様、少々よろしいでしょうか?」


隊長らしき人から話しかけられ、もう骨折や手足の欠損などの重傷者にも最低限の回復は終わっているそうだ。

これなら少し待てば、全員でオクタールに移動出来たんじゃ……どうやらオレが魔力の回復を急いだ事で、結果的に隊全体の行動の邪魔をしてしまったらしい。


いや、でも、さっきは魔力枯渇で頭が回っていなくて、周りを見る余裕が無かったから……あー、何て言うか……本当にスミマセン。

更に話を聞くと、隊を2つに分けて最低限の治療しかしていない事から、オクタールを目指すには戦力が心許ないのだとか。


そりゃ、ここには怪我人とその護衛しかいませんもんね……

オレが無理を言ったせいで置いて行かれたんですから……自分の尻は自分で拭かねば! ここは今代の使徒がしっかり護衛役を果たしますよっと。


「だ、大丈夫です。私が皆さんを守りますから。安心してください!」

「申し訳ありません。本来であれば、我らが御使い様を守らねばならないのに……」


「気にしないでください。お互い様ですよ。小さなミスは綺麗サッパリ水に流しましょう! うんうん、それが良い!」

「そ、そうですか? 御使い様にそう言ってもらえて、本当に助かります。ありがとうございます」


お礼なんて言わないでください。オレの中の良心がチクチクしちゃうじゃないですかー

こうして騎士達を守りながらオクタールの街へと向かったのである。






オクタールの街へ到着すると、直ぐに出迎えの者とタメイ達にオレは、王子や宰相が待つ神殿へと連れて行かれてしまう。

何時の間にか、祭壇の間には簡易的な謁見の場が作られており、正面の王子が座る隣にはファリステアと宰相が立っている。


「御使い様、無事の帰還 嬉しく思います。数年前の郷だけで無く、今回はここオクタールの街まで救って頂きました。エルフを代表してお礼を言わせてください。ありがとうございました」


簡易的ではあるものの、オレや王子のやり取りを沢山のエルフが見ており、これがが正式な場なのだと理解できた。

であればエルフとブルーリング……いや、新しい種族は対等な同盟関係である以上、相応の態度で臨む必要がある。要は跪いたり『様』付けは上下関係に見えてしまうため、非常にマズイのだ。


王子がオレを『様』付けで呼ぶのは、新しい種族の『始祖』では無く、世界を救う救世主としての立場への配慮なのだろう。

貴族のこう言う所が嫌いなのに……本当は呼び方や態度なんて好きにすれば良いと思うのだが。


しかし今のオレはブルーリングの代表であるわけで……少し考えた末、跪いたりせず真っ直ぐに立ったまま王子へと口を開いた。


「殿下、ありがとうございます。私の名はアルド=ブルーリング、今代の使徒の片割れです。エルフの郷を始め、ここオクタールの街での悲劇、とても悲しい出来事でした。しかし、我等が共に手を取り合えば、どんな苦難であろうとも立ち向かえると、ドライアド様を始め我が精霊であるアオは説いています。これからもお互いを助け合いながら、共に発展する事を望みます」


王子は小さく頷いてから、辺りに響く声で高らかに宣言した。


「皆の者 聞いたであろう、御使い様の言葉を。ドライアディーネの全ての民を代表して、ブルーリングへ最大の感謝を申し上げる」


王子の言葉を聞いて、この場にはどよめきが沸き起こっている。

今の王子の言葉は、ドライアディーネと言う1つの国が、1つの領に過ぎないブルーリングへ頭を下げたのだから。


勿論 服従や隷属などでは無く感謝のためだとは言え、一国が頭を下げると言う意味に多くのエルフが驚いたのだ。


「殿下、過分な言葉、重ねてお礼を申し上げます。ブルーリングへ戻りましたら、今代のもう一人の使徒である、エルファス=フォン=ブルーリング様へしっかりとお伝え致します」


元々ざわめいていたこの場に、オレの言葉を聞き更に驚きの声が上がっている。


「今、もう1人の使徒って言われたぞ……御使い様が2人?」「え? 御使い様が2人いるのか? 何で?」「どう言う事なんだ? 新たに2つの種族が増えるって事なのか?」「御使い様が2人……そんな事が……」


ドライアディーネの中では、恐らく同盟の件や事の詳細はトップシークレットなのだろう。当然ながら『今代の使徒は2人いる』なんて事は、この場の多くの人は知らなかったに違いない。

王子と宰相 2人共が、眉根を下げて少し困った顔をしている。


あー、もしかして余計な事を言っちゃったのかな? だって、いきなりこんな場に連れてこられて、どこまで言って良いのか分からないじゃん!

どうやって誤魔化そうかと考えていると、祭壇の奥にある泉の上に緑のモヤが現れて、なんとドライアドが飛び出してきやがった。


「アルドちゃん、オクタールに来るなら何で私も誘ってくれないのーーー。意地悪しないで!」


ざわめいていたエルフ達だったが、いきなり現れたアドに全員が目を見開いて固まっている。


「あーー、子供達がいっぱいいる。みんな元気に暮らしてる?」


そう言いいながら、固まっているエルフ達の下にトコトコと歩いていき、背伸びしながら順番に頭を撫で始めた。

おい、これどうやって収拾するんだよ……もうオレには無理だぞ……


王子と宰相も目を見開いて驚いており、場を収める事など出来そうもない。

こうなったら……


「で、殿下、よ、よろしければ直ぐにでもブルーリングへお連れしますが、如何でしょうか?」

「え? あ……そ、そうですね。わ、私は構いませんが……」


その言葉を聞いて、オレはすぐさまアオを呼び出した。


「アオ、直ぐにブルーリングへ飛ばしてほしいんだ」

「ちょっと待ってよ、アルド。誰を飛ばすのさ。ここにいる全員なんて、指輪の間には入りきらないよ」


「あ、そうだな……では宰相、誰をブルーリングへお連れすれば良ろしいですか?」

「え? わ、私と殿下、それにファリステア様、後は護衛の騎士を数人飛ばしてもらえると……」


「分かりました。護衛の騎士は適当に見繕います。アオ聞いたな? 殿下と宰相とファリステア、それと騎士を数人飛ばしてくれ」

「だから騎士を数人って誰を飛ばすんだよ。アルドはもう少し考えてから話した方が良いよ」


「じゃあ、オレが選ぶ。あの人とあの人、それとあそこの2人を頼む」

「分かったよ。じゃあ、行くよ」


アオがそう言った瞬間、1秒だか1時間だか分からない不思議な感覚に包まれる。

こうして全てを放り出して、オレ達はブルーリングへと飛んだのであった。




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