第387話同窓会

387.同窓会






混乱の坩堝にあったオクタールから逃げ出して、今は王子達一行と指輪の間に飛んできた所だ。

オレ以外の者は、やはり指輪の青い光に畏れを感じるらしく、直ぐに部屋を出るよう促すと、廊下には父さんとエルが護衛を連れて待っていた。


「お久しぶりです、殿下。この度はわざわざブルーリングまでお越し頂きありがとうございます」


こう話すのは父さんだ。次期 領主としてエルより先に声をかけたのだろう。

幾らエルが使徒だとは言え、貴族家と他国の王族の会話である以上、序列を無視する事など出来るはずも無い。


「あ、いえ……ぶ、ブルーリング卿、わざわざの出迎え感謝する……」


王子の様子がおかしいのに気付いたらしく、父さんはオレをチラッと見て小さく溜息を吐いてから更に口を開いた。


「長旅お疲れでしょう。先ずは部屋が用意してありますので、ゆっくりとお休みください。ご案内します。こちらへどうぞ」


さてさてオレの仕事はここまでのはずだ。このまま逃げても良いのだが、オクタールで何があったかを説明しておかないと最悪は父さんやエルが恥をかく。

タメイからの報告とは別に、オクタールで起こった一連の出来事をエルに話しておく事にした。


「エル、実はな………………」


全ての事を話し終えると、エルは何とも言えない苦笑いを浮かべている。

お、オレのせいじゃ無いよ? 『使徒が2人いる』ってのは失言だとしても、まさかアドが飛び出してくるなんて思わないじゃん!


そんなオレの心を読んだかのように、小さく溜息を吐いてからエルは口を開いた。


「そうですか、アドが……分かりました。父さまには僕から話しておきます。兄さまは休んでください」

「本当に良いのか? オレがいた方が良いんじゃないのか?」


「大丈夫ですよ。元々、貴族の面倒に兄さまを巻き込んで申し訳なく思っているんです。それにオクタールではオーガの残党を倒してきたんですよね? 兄さまはゆっくりと疲れをとってください。それに、ここから先は僕の仕事ですから」


そう話すエルは、まだまだ経験不足ではあるものの、確かに為政者の顔をしていた。


「そうか、分かったよ。家にいるから、必要なら呼んでくれ」

「はい、ありがとうございます」


こうしてエルと別れ、オレは自宅へと帰ったのである。






エルフの王子をオクタールへ迎えに行って3日が経った頃。

ファリステアは公務の合間を縫って、ルイスやネロだけで無くオリビア、アシェラ、マール、母さんとも、久しぶりの再会を心の底から喜んでいた。


そんな嬉しそうなファリステアだったが、やはり当時は言葉が満足に話せなかった事から、通訳だったアンナ先生との思い出が一番多く、出来る事なら会ってお礼を言いたいのだとか。

本来ならブルーリングから王都までは何日もかかってしまうため、アンナ先生に会いに行くなど出来るはずがない。


しかし、ファリステアが秘密を知った今なら、アオに飛ばしてもらえば一瞬で王都に行けてしまうわけで。

そうして、王子にも無事に許可を得る事が出来、今日はファリステアを連れて王都のアンナ先生を訪ねる事になっているのだ。


まぁ、実際は訪ねるとは言っても、ブルーリングにいるはずのオレ達がフラフラと王都を歩くわけにも行かず、アンナ先生に王都のブルーリング邸に来てもらう事になっているのだが。

王都に飛ぶメンバーは、オレ、ファリステア、ルイス、ネロの4人は当然として、オリビア、アシェラ、マールの3人も参加する事になった。


やはり旧知の仲とは言え、婚約中の女性を男性しかいない中 1人で行かせるなど出来るはずも無く、父さん、エル、王子達が話し合って決まった事だ。

当のファリステアは「皆でブルーリング邸に行くなんて、当時に戻ったみたい」と言って嬉しそうに笑っている。


確かにファリステアは、王都のブルーリング邸で2年近く過ごしていた。その頃はオレ、エル、アシェラ、マール、そしてアンナ先生が絶えず近くにいたはずである。

そして学園にはルイスにネロ、オリビアもいた。


学園を卒業して3年と少し……ファリステアはドライアディーネに帰って4年か……これは同窓会だ。

日々を必死に過ごすオレ達が、ほんの一時 立ち止まって後ろを振り返る……そんな癒しの時間。


少しだけ感傷に浸っていると、訝し気な顔でルイスが話しかけてくる。


「どうしたよ? 何かあったのか?」

「いいや。少し懐かしくなっただけだ。お前にネロ、ファリステアにアンナ先生。それにジョーやボウグ達だって……あの3年で皆に出会ったんだなぁって……」


「そうだな……オレにとってあの3年は、かけがえのない物だった……それまでの生活が霞むぐらいにはな……」


ルイスと2人、昔を懐かしんでいると、ネロが大声でオレ達を呼ぶ声が聞こえてくる。


「アルド、ルイス、早く行くんだぞ。皆、先に行っちゃったんだぞ」


ルイスは小さく肩を竦めて口を開いた。


「オレ達も行くか」

「ああ、そうだな」


こうして少しの感傷と共に、全員で王都のブルーリング邸に飛んだのである。






ブルーリング邸に飛びリビングに向かって歩いていると、クララが嬉しそうに走ってくる。


「アル兄様!」

「クララ、久しぶりだな」


オレはクララを抱き上げると、その場でクルクルと回ってみせた。

久しぶりのクララは少し重くなっており、もう身体強化をしなければキツイぐらいだ。


しかし、この場でそんな事を言おう物ならクララの機嫌が確実に悪くなる事は明白で、オレは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。

しかし、何故 クララがいるのだろう? 今は昼間で学園はどうしたのだろうか?


「クララ、学園はどうした? 体調でも悪いのか?」

「アル兄様、今日は闇の日です。学園はお休みです」


「あ、そうか。じゃないとアンナ先生も、こんな時間に来られるはず無いよな。じゃあ、クララ、悪いけどアンナ先生の所に案内してくれるか?」

「はい。その前に……お久しぶりです、ファリス姉様、マール姉様、アシェラ姉様、オリビア姉様。それとルイスさんにネロちゃん」


皆はそれぞれクララに返事を返している。

しかし、ネロだけ何故「ちゃん」付けなのか……謎だ。


そのままクララに客間へ連れて行かれると、記憶より少し老けたアンナ先生が待っていた。


「皆……大きくなって……元気にしてた?」

「御無沙汰してます、アンナ先生」「お久しぶりです。オレは相変わらずです」「アンナ先生、久しぶりだぞ。オレはいつも元気だぞ!」「お久しぶりです、アンナ先生」「お久しぶり、アンナ先生」「御無沙汰しています、アンナ先生もお変わりないようで」


こうして3年ぶりの再会で、ファリステアは一番後ろからゆっくりとアンナ先生の下へと歩いていく。


「アンナ先生……先生には言葉に出来ないほどお世話になりました。私が今、こうしていられるのも全て先生のお陰です。ありがとうございました」

「ファリステアさん……人族語、上手くなったわね……私はほんの少し手助けしただけ……今のアナタがあるのは、アナタ自身の努力があったからよ」


「……ありがとうございます」


感極まったのか、ファリステアの目には大粒の涙が溜まっていく。


「もう、綺麗な顔が台無しじゃない。さぁ、涙を拭いて私に元気な姿を見せて頂戴」

「……はい」


そこからは全員が席に着いて、この3年の事を話していく。

勿論 使徒や主の事など言えない事は沢山あったが、オレがアシェラ、オリビア、ライラと結婚した話では嬉しそうに祝福してくれた。


「先生、来年 早々にはアシェラに子供が生まれるんです」

「え? アシェラさん、妊娠してるの?」

「……うん」


恥ずかしそうにするアシェラと対照的に、アンナ先生は複雑そうな顔をしていたが……

どうやら、この3年でアンナ先生に春はやってきて無さそうだ。これ以上この話題は止めておこう。


そんな中、ファリステアが口を開く。


「私もこの秋に殿下の下へ嫁ぐことになりました。恐らくその後では勝手に出歩くなんて出来なくなります……その前にアンナ先生に会えて本当に良かった」


確かに王子の妃になれば勝手に出歩くなんて出来るわけが無い。

そうか……だからファリステアはこんなにもアンナ先生に会いたがっていたのか。そして、その気持ちが分かるからこそ、王子も外出を許したと言うわけか。


一連の流れに一人納得していたのだが、この場には微妙な顔をする者の姿が2つある。


「ファリステアさん、おめでとう。幸せになってね。それに会いに来てくれてとても嬉しかったわ」


アンナ先生は自分の事のように喜んで、ファリステアを祝福している。

そんな空気を破るかのように、納得していない2つの顔が口を開いた。


「ファリステア、お前、本当に殿下と結婚するのか?」

「はい。3番目の妃として秋に嫁ぐ事になってます」


「ブルーリングでは、王子の目があったから聞けなかったが……それはお前が望んでの事なのか? もしかして使……何かの役目のための政略結婚だったりするんじゃないだろうな?」

「ダメなんだぞ! ファリステアは幸せにならないと絶対にダメだぞ!!」


「大丈夫です。私は望んで殿下の下へ嫁ぐのです」

「本当か? もし無理矢理の結婚なら、今 この場で言ってくれ……」

「……」


ルイスとネロが真っ直ぐにファリステアを見つめる中、当の本人は小さく笑いながら口を開いた。


「もしそうなら私を攫ってくれますか? ルイス、ネロ」

「……お前が本当に望むんなら、このまま一緒に逃げてやる」

「オレも同じだぞ!」


「フフッ、本当に大丈夫ですよ。私は殿下の下に嫁げて幸せなんです。でもありがとう、ルイス、ネロ。アナタ達2人の言葉は一生忘れません」

「そうか……それならオレが言う事は何も無い。おめでとう、ファリステア」

「本当か? 本当に本当か?」


「はい、本当です、ネロ」

「分かったぞ。おめでとうだぞ、ファリステア!」


「2人共、本当にありがとう。この地で過ごした2年半は私の一生の宝物です……」


そう言って笑うファリステアは本当に幸せそうで、心の底から王子との結婚を喜んでいた。






昔話に盛り上がり、皆で昼食を摂って数時間が過ぎた頃。


「名残惜しいですが、そろそろお開きですね」


そう言ってアンナ先生は立ち上がった。

そして、オレ、ルイス、ネロ、ファリステアの顔を見回してからゆっくりと口を開く。


「今日は皆の顔が見れて本当に安心しました。アルド君、あまり無茶はしないでくださいね。アナタは優しいから、今でも自分の事は後回しにしているんじゃないですか? もっと自分を労ってあげてください」

「はい、先生……」


「ルイス君、アナタはとても責任感が強くて、周りを見る目を持っています。でもたまには足元を見つめる事も大切ですよ」

「分かりました。肝に銘じます」


「ネロ君、アナタの底抜けの明るさは皆を癒してくれているはずです。そのまま進むには辛い事が沢山あるでしょうが、どうか真っ直ぐに進んでください」

「良く分からないけど、分かったぞ!」


ネロの返事にアンナ先生は苦笑いを浮かべながら、最後であろうファリステアへと向き直った。


「ファリステアさん、一国の妃になる苦労は私には分かりません。でもアナタにはいつでも頼れる仲間がいるのを忘れないでください。今日は訪ねてきてくれて、とても嬉しかったわ」

「……はい、アンナ先生。本当に……ありがとうございました」


「ではそろそろ行きますね。マールさん、オリビアさん、アシェラさんもどうかお元気で……」


そう言って出て行こうとしたアンナ先生だったが、踵を返して隅にちょこんと座るクララへと向き直った。


「クララさん、宿題は明日の朝 提出ですからね? フフッ、じゃあ、皆、元気でね」


そう言って、アンナ先生はかわいく舌を出して、そのまま部屋を出て行ってしまった。

残されたオレ達の周りには、何とも言えない空気が漂っている……クララ、お前の担任アンナ先生だったのか……って事はDクラスか? オレの後輩だな。


そう言えば、お前 朝からずっとオレ達と一緒にいるけど、ちゃんと宿題やったのか?

そっとクララの顔を覗き込むと、露骨に逸らされてしまった。


「おま、宿題はちゃんとやらないとダメだぞ」

「アル兄様、時間が無いので手伝ってください!」


「マジか……」


こうして何故か全員でクララの宿題を手伝わされてしまったのだった……解せぬ。





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