第251話卒業式 part1

251.卒業式 part1






ガイアス達と依頼を受けてから数日が経ち、ここ毎日は自宅の魔道具の製作に取り掛かっている。

今日も目が覚めると、早速、覚醒していない頭ではあるが、前日に書いた魔法陣を眺めて不具合が無いかを確かめていた。


今、書いているのはエアコンの魔道具の魔法陣である。冷蔵庫、冷凍庫の魔法陣はローザに手伝ってもらって書き終わり、今はローランドに冷蔵庫と冷凍庫の器を作ってもらっている所だ。


魔法陣を見ながら改良の方法を考えていると、唐突にノックが響き、エルの声が聞こえた。


「兄さま、起きてますか?」

「ああ、エルか。どうした?入ってくれ」


オレが扉越しに部屋へ招くと、扉を開けたエルは驚いた顔で爆弾を落としてくる。


「兄さま、まだ用意してないんですか?遅刻しますよ……」

「エル、おはよう。遅刻って……今日って何かあったか?」


「兄さま……本気で言ってるんですか?今日は卒業式じゃないですか……」


え?e?絵?ソツギョウシキ……ああああああああああああ!本当だ!今日、卒業式だ!!


「ど、どどどどどど、どうしよう……何も準備してない……」


オレがパニックになっていると、エルが落ち着かせるようにわざとゆっくり話し出した。


「兄さま、落ち着いてください。装備は後で母さま達が持ってきてくれますから。僕達は身一つで向かえば大丈夫です」


そうだった。母さん達も卒業式には父兄としてやって来る事になっていたんだ。その時にドラゴンアーマー一式を貰う手筈になってたのを、すっかり忘れてしまっていた……


「わ、分かった。直ぐに着替えて追いかけるから、エルはマールと先に行ってくれ」

「……分かりました」


それだけ言うと、ドラゴンアーマーを分かり易く机の上に置いて、直ぐに朝の準備を進めていく。

30分ほどで準備を終えると、オレは自室の窓から空へ駆け出した。


いつもと違い低空で空を駆けて行くと、街の人がオレを見つけ指を差して驚いている。

ブルーリングの街ではこんな事が良くあった、と思い出して和んでいると、エルとマールが仲良く歩いている姿を見つけた。


驚かさないように、ゆっくりとエル達の前に降りていく……


「エル、何とか間に合ったぞ」

「兄さま……空間蹴りを……あ、そうか、もう隠す必要は無いんでした」


「ああ、逆に見せつけてやろう」


いっその事、このまま学園まで空間蹴りで行っても良いかと思ったが、マールを見るとスカートを履いている。

マールのおパンツを見せびらかしたりしたら、オレがエルにコンデンスレイを撃たれてしまう……もう急ぐ必要は無いのだから、ゆっくりと向かわせてもらうとしよう。






いつものように歩いて学園へと向かっていると、毎日 何気なく通ったこの道も今日で見納めとなる事に不思議な感じがする。

エルやマールも同じ気持ちなのだろうか、いつもより口数が少ない代わりに、この景色を惜しむように眺めていた。


「エル、マール、この道を3年も歩き続けたんだよなぁ」

「はい、これで最後なのかと思うと不思議な感じがします」

「本当に……明日からは新しい生活が始まるのね……」


「そうだな。そう言えばお前達の結婚式はいつなんだ?マールの母親と母さんとで前に相談してなかったか?」

「僕の16歳の誕生日に結婚式をする予定です」


「そうか。って事は3ヶ月後か、おめでとう。2人共」

「ありがとうございます、兄さま」

「ありがとう、アルド」


エルとマールは今年の春に結婚式かぁ。


「マール=フォン=ブルーリング……」

「な、ななななな、何を……」


オレがマールの結婚してからの正式名を呟くと、マールが壊れだした……何だこれ、面白いかも。


「落ち着け。いや、オレがただのアルドになるのと同時に、マールがブルーリングを名乗るのかと思ってな」

「兄さま、ブルーリング姓はそのままでは無いのですか?」


「貴族を抜けると、姓も抜けるんじゃないのか?」

「ルイスはルイスベル=サンドラで、フォンはありませんがサンドラを名乗ってますよ」


「そう言われればそうだな……オレだけの事でも無いし、一度、聞いてみるか……」

「そうですよ。兄さまが貴族籍を抜けるのはしょうがないとしても、僕の兄なのは変わりありません。僕は兄さまにブルーリング姓を名乗って欲しいです!」


「そうか……ありがとな、エル」

「いえ」


エルの言う事は、言われてみれば納得できる話だ。貴族籍は抜けてもオレが父さんと母さんの息子で、エルとクララの兄なのは変わらないのだから……

アシェラやオリビア、ライラにも関係のある事である、早目に爺さんか父さんに聞いておこうと思う。






3人でたわいない話をしながら学園に到着したのだが、結局、最後の登校も普段と変わりないままだった事に、少しの笑みが浮かんできた。


「兄さま、どうしたんですか?」

「いや、最後の登校も普段と変わり無かったと思ってな」


「そう言えば、そうですね」

「それが何か、少しオレ達らしくて嬉しかったんだ」


「嬉しい、ですか……」

「ああ、最後だからってかしこまるのも、何か違うと思わないか?」


「そうですね」

「だから、卒業式が終わった後の模擬戦も、オレ達らしく楽しみながらやろう」


「はい!」


エルは嬉しそうに返事をすると、マールを見つめて優し気な瞳で話し出した。


「マール、僕は3年間、君とこの道を通えて本当に幸せだった」


今まで通りと言った傍からエルは今までと違う行動を……まぁ、エルにとってはマールと通えるこの道は日常の幸せだったのだろう、それを最後に言葉にしたかった、って所か……


ラブラブオーラ全開の2人は放っておいて、オレはサッサとその場を後にさせてもらった。

エルとマールのラブラブ姿を見て、睨みつけている淑女が多数と紳士が少し……エルは主席で1年の競技会でも優勝したので、淑女からいつも手紙を貰っていたが……あの様子だとマールもかなりモテていたのか……


お似合いの2人を心の中でお祝いしながらも、その手の話は自分には縁が無かった事に気が付いてしまった。


「オレ……エルと同じ顔のはずなんだけどなぁ……」


何気なく呟いた言葉に、後ろから返事が返ってくる……


「おはようございます。アルドはエルファスが羨ましいのですか?」


このタイミングでこの声は……ギギギっと音が出そうに成りながら振り向くと、笑っているのに目だけが全く笑っていないオリビアの姿が……


「いや、違うんだ。そんな事は欠片も思ってないから……オリビア、おはよう」

「それなら良いのですが、何やらアシェラとライラに相談しないといけない気がしたもので……」


何て恐ろしい事を言うんだ。アシェラ1人でもボコボコにされるのに、3人でとか……この先生きのこれる自信が無い。


「オリビア、信じてくれ。オレはお前達以外に興味は無い!お前達を愛してるんだ!!」

「あ、アルド……わ、分かりました……信じます。で、ではまた後ほど……」


オリビアは恥ずかしそうに、足早で歩いて行く……

そして残されたオレの周りには、何十人ものギャラリーが興味深そうにこちらを眺めていた。


元々、オリビアに声かけられたのが、正門から少し歩いた場所である。

当然ながら周りには生徒で溢れ返っている中での痴話喧嘩であり、関係ない者から見ればこれほど楽しい見世物も無いだろう。


現に女子生徒はヒソヒソと陰口を叩き、男子生徒はニヤニヤと面白がっている……


「お前は何をやっているんだ……」


いきなりの言葉に振り返ると、そこには呆れた顔のルイスが立っていた。


「お姫様のご機嫌取りも良いが、今日は卒業式だぞ。大丈夫か?」


ルイスの声音は、半分本気で心配している……傍から見るオレは、そんなに情けなかったのだろうか……


「スマン。オリビア、アシェラ、ライラが最近、妙に仲が良いんだ」

「……オレは今、悟ったよ。嫁は1人で十分だってな」


ルイスよ……お前はオレにアシェラと言う婚約者がいる事を知っていながら、オリビアをけしかけてたよな?

オレが溜息を1つ吐くと、ルイスは呆れた様子で肩を竦めた。






ルイスと一緒に教室へ入ると、他の生徒達はお互いに実家の住所の交換や、卒業後の生活について話している。

きっと卒業しても手紙を送り合い、近況を伝え合うのだろう。そこまで思える相手が出来ただけでも、この学園に来た価値はある筈だ。


自分の席に座り、そんな様子を微笑ましそうに見てると、不意に声をかけられた。


「あ、アルド君。さ、3年間、あまり話せなかったけど、一緒に学べて楽しかったです」

「お、おう。んーと……」


「サンディ、サンディ=フォートです。フォート子爵家の傍流にあたるみたい」

「そうか、オレも卒業すると貴族籍を抜くから同じだな」


「え?アルド君も平民に……」

「ああ」


「そっか……それならもっと早く話しかければ良かったな……」

「ん?」


「何でも無い。アルド君、3年間同じクラスになれて良かった。ありがとう……」

「おう。こっちこそな」


そう言うとサンディは柔らかい笑顔で去っていった。


「おいおい、アルド。オリビアが知ったら怒り狂うんじゃないのか?」

「何でだよ!オレは何もしてないだろうが」


「ネロ、アルドがこんな事言ってるぜ。どう思うよ?」

「アルドはアシェラに殴られると、良いと思うぞ」

「ネロまでそっち側かよ!」


オレ達がギャーギャーやっていると、正装のアンナ先生が教室に入ってきた。


「皆さん、今日が最後だからってはしゃぎ過ぎないようにね。分かった?アルド君」

「オレですか?」


クラスに笑い声が響き渡るが、何故にオレなのか……解せぬ。


「さあ、最後の点呼を取りますよ。大きな声で返事してくださいね」


アンナ先生が一人一人の名前を呼び、生徒が返事を返していく……この3年間、繰り返してきた何気ない行為に、何故か胸が詰まりそうになってしまう。

アンナ先生は全員の点呼を終えると、教壇に立って卒業式の説明を始めた。


どうやら卒業式も入学式と同じように、並んだりせず各々が好きな様に聞くようだ。

校長の話から始まって、各科の代表が挨拶をする。全て入学式と同じ形だが、1つだけ違うのは生徒の後ろに身内の観覧席が作られ、希望すれば卒業式の様子を見学できる所だ。


今日はブルーリングからは父さん、母さん、クララ、アシェラ、ライラ、の5人と護衛4人の計9人が参加する事になっている。

アシェラ、ライラ、母さんがいれば、本当は護衛など要らないのだが、貴族の体裁のためなのでどうしても必要なのだそうだ。


実はその4人の護衛の中にはノエルが混ざっており、オレ達の卒業式を見たい、と爺さんへ直接、願い出たらしい。

本来、小隊長であるノエルは、平隊員より実務をする必要は無い筈である。


恐らくノエルはオレ達3人を護衛対象としてだけでは無く、年の離れた弟や妹のように思っていたのかもしれない。

思い返せばこの3年間、ノエルはオレ、エル、マールの護衛に、雨の日も風の日もずっと付いてくれていた。


きっと3年間、見続けた弟と妹の晴れ舞台を眼に収めてから、ブルーリングに戻りジョーと結婚したいのだろう。


色々な人に守られていた事に感謝しつつ、オレ達の卒業式は始まった。






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