第31話遠征 part1

31.遠征 part1





遠征当日の朝食。



今日は遠征で朝が早いので、この場には父さん、母さん、オレ、エル、アシェラだけだ。


昨日の夜の事が気になってアシェラを見たが、いたって普通だった。

オレだけ気にしてるのが、バカみたいに思えてくるのだが……


気を取り直して朝食を食べる。

皆が食べ終わるタイミングで、父さんが話し始めた。


「いよいよ遠征だけど、体の調子はどうだい?」

「問題ないわ」

「「「問題ありません」」」


「そうか、もう多くは言わないけど無事に帰ってきてほしい」

「分かったわ」

「「「分かりました」」」


父さんからの言葉に答えて席を立つと、オレは自分の装備を確認する。

防具は、重量が増えないようにレザーアーマーを基本にして、鉄の補強を施してあるブリガンダインを着こむ。


武器は短剣二刀だ。短剣自体は特別な物ではなく、騎士団の倉庫から拝借してきた。

武器の予備は右足の脛と、左足の太腿にナイフを1本ずつ仕込んである。


後は2日分の非常食とサバイバルグッズが入ったリュックと腰に掛ける水筒を持ったら完璧だ。

総重量は30kgにはなるだろう。身体強化を使えないと子供には無理な重さだ。


エルはオレと同じブリガンダインを着こみ、片手剣と盾を装備している。

母さんとアシェラはローブ姿だ。母さんは杖を、アシェラは手甲を装備している。


「準備は良いわね。出発するわよ」

「「「はい」」」


母さんの声にオレ達は屋敷を出発した。





演習場までの道は歩き慣れているはずなのに、妙に歩き難い。

きっとブリガンダインと荷物の重量のせいだろう。


エルを見てみると、片手剣と盾装備のためかオレより歩き辛そうだった。

反対に母さんとアシェラはローブ姿のおかげで足取りは軽い。


オレはエルと顔を見合わせ、お互いに苦笑いを零した。

歩いていると直に演習場に到着する。


演習場には騎士と魔法使いがざっと100名程はいた。

この中の何人が遠征に参加するのか判らないが、かなりの規模の遠征なのが分かる。


母さんが1人の魔法使いに近づいていく。


「師団長、お久しぶりです。今回は無理を言ってすみません。邪魔をしない様に気を付けますので宜しくお願いします」

「奥方にその様な事を言われてはこちらが恐縮してしまいます。どうぞ、敬語は無しでお願いします」


「……」

「……」


何故かお互いに苦笑いを交わしている。


「分かった、敬語はやめるわ。兄さん。これで良い?」

「ああ、久しぶりだ。ラフィ」


「改めてよろしくね」

「こっちこそよろしく頼む。氷結の魔女殿」


「もう、それは止めてって言ったでしょ」

「そうだった。すまない」


(母さんが父さん以外とこれだけ親し気に話すのを初めてみた。それに今、兄さんって言わなかったか?)


「紹介するわ。息子のアルドとエルファス。弟子のアシェラよ」

「初めましてアルドです。よろしくお願いします」

「初めましてエルファスと申します。よろしくお願いします」

「弟子のアシェラです。よろしくお願いします」


「こっちは私の兄弟子のグラノよ」

「グラノだ。よろしく頼むよ」

「「「こちらこそ」」」


「そろそろ時間だ。ラフィ、また後で話そう」

「分かったわ。師団長殿」


グラノは片手を上げて去っていく。



暫くすると騎士と魔法使いが整列しだした。オレ達は邪魔にならないように列の一番後ろに並ぶ。


空気が張り詰め、これが軍という組織なのがハッキリと分かった。

正面の壇上に次の領主の父様、師団長のグラノ、騎士団のハルヴァが現れる。


ここから長い話があるのだろう。

全校集会で倒れる子とかいたよなぁ。今は座って聞くんだっけ?などと現実逃避をして時間を過ごしていると、急に歓声が地響きと共に響き渡った。


オレは驚いて周りを確認すると、皆が壇上の父さんを見て歓声を上げている。

きっと父さんの言葉に感動したのだろう。


しかしオレは何も聞いていなかった……何とも言えない気持ちを抱えつつ残りの訓辞を聞いていく。

こうしてオレ以外の士気が最高になったまま出陣式は終了していった。





出陣式が終わり再びグラノ師団長がやってくる。どうやら仮配属される部隊の隊長を紹介してくれるそうだ。

隊長は元母さんの先輩という魔法師団員で、母さんの少し上と思われる女性だった。


「ラフィーナ、久しぶりね」

「ご無沙汰してます。ライラ隊長」


「その子達がアナタの子供なの?」

「はい。右から息子のアルド、エルファス。弟子のアシェラです」


「ラフィーナがこんな大きな子供を……私の春はいつになったら……ぶつぶつ」


隊長さんがしゃがみ込み、木の枝で“の”の字を書き始めた。


「隊長、ライラ隊長!」


母さんが大き目の声で呼びかけると、驚いた様にこちらを向き立ち上がる。


「コホン。失礼」

「いえ。隊長もお変わりなく」


「配置を説明するわね」

「はい」


「ラフィーナ達は独立部隊として動いてもらうわ」

「はい」


「基本は部隊の邪魔にならない様に離れていてね」

「分かりました」


オレはその言葉を聞いて、顔に不満が出ていたのだろう。


「あら、アルド君は不満そうね?」

「はい。実戦が経験できればと思っていたもので……」


「実戦ねぇ……生き物は殺した事はあるの?」

「一応は……」


「虫とかじゃないでしょうね?」


少し小馬鹿にした口調でライラ隊長が聞いてきた。


「5歳の時に誘拐されて、その時に1人……」


オレの言葉にライラ隊長の顔が、真剣な物へと変わる。


「不意打ちでもしたの?」

「いえ、身体強化を使い、1対1で戦いました」


「ヒュー」


驚いた顔で口笛を1度吹いた。


「5歳で1対1の実戦を経験して勝ちを拾う。中々できる事じゃないわ」

「相手は身体強化もできない普通の人でしたから」


「それでもよ。5歳が大人に1対1で勝つ。気に入ったわ。アナタに一番槍を許してあげる」

「一番槍?」


「遠征なんかで一番初めに攻撃する役よ。普通は隊長がやるわ。今回は私の番だったけど、アナタに譲ってあげる」

「良いんですか?」


ここでライラ隊長は母さんに話を振る。


「良いわよね?ラフィーナ」

「うーん……」


「魔法は一通り使えるって聞いてるわよ?」

「確かに使えはしますけど……」


「じゃあ決まりね。アルド君。君の一番得意なヤツを一番槍でかましなさい」

「得意なヤツ……一番槍に決まりはあるんですか?」


「決まりなんか無いわ。一番強力なのをブチかませば良いのよ!」

「分かりました!」


ライラ隊長はオレを見て肉食獣のような笑いを浮かべている。

こうしてオレは一番槍で戦闘に参加する事が決まった。





魔の森までの移動は徒歩である。

馬車が何台も連なっているが、物資の運搬がメインで人は全員歩きだ。


帰りの馬車は物資が無くなっているが、殉職者と怪我人が乗る。

遠征で馬車に乗るのは縁起が悪いと、空いていても乗る者は非常に少ない。


そんな中にあってライラ隊長は、馬車の後ろに乗っていた。


「アンタ達も乗ればいいのに」


オレは母さんの顔を覗いてみる。


「隊長。私達は只でさえ足手まといなのに、これ以上は迷惑をかけられません」

「ラフィーナは相変わらず固いわねぇ」


そんなやり取りをしていると、昼食の休憩のために広場になった場所で馬車が止まった。


広場は右手に魔の森が広がっており、いつ魔物が現れてもおかしくない場所だ。

キャンプ予定地は2~3時間移動した場所にあり、ここで休憩したら最後そこから休憩は無い。


「休憩しましょう」


母さんの声にオレ達は座るのに丁度いい場所を探す。

食事は基本、干し肉と固い黒パンだ。後は稀にチーズと豆を炒ったものが付くぐらい。


それらは配給制で、食事の時間に決められた馬車に貰いにいかなければならない。


「母様、食事を貰ってくるので場所を取っておいてください。エル行くぞ」

「分かったわ。アシェラと待ってるわね」

「分かりました。兄さま」


オレとエルが食事を貰いに行くと、既に馬車の前には多くの人が並んでいた。


「うわぁ、沢山いますね……」


どうやら食事を貰うには4つあるどれかの列に並び、自分の番が来るまで待たないといけないらしい。

オレ達は一番人が少ないと思われる手前の列に並ぶ事にした。


「おい……」「なんで……」「マジか……」「しょうがねぇ……」


列に並んでオレ達が今日の出来事を話していると、オレ達の前に並んでいた人達は小声で何かを呟き、他の列へと移動していく……

ものの1分もするとオレ達の前にいた人は全ていなくなり、疎ましそうな視線を浴びせてくる。


「……皆さん、申し訳ありませんでした。以後は気を付けます」


オレは起こった事を悟り、大きな声で皆に謝罪して、その場を後にした。

少し身分を軽く見過ぎていたらしい。迷惑にならないよう、次からは馬車の裏から直接声をかけさせてもらおう。


4人分の食事を持って、母さんとアシェラが待つ広場へ戻ってきた。


「エル疲れたか?」

「大丈夫です、兄さま」


「オマエは盾まで持ってるからな。本当は疲れてるんじゃないのか?荷物持ってやろうか?」

「本当に大丈夫ですよ。僕も身体強化は使えるんですから」


「そうか。疲れたら言えよ」

「分かりました」


エルと会話していると、いきなり警笛の音が鳴り響く。


何かが起こったのだ、と立ち上がると直ぐにライラ隊長がやってくる。


「一番槍の仕事、思ったより早くきたわね」

「一番槍。魔物ですか?」


「そうよ。行くわよ。付いてきて」

「はい」


オレはライラ隊長に付いて走りだした。

母様、エル、アシェラもオレの後を追ってくる。


ライラ隊長は警笛の鳴る方向へ走り、魔の森の淵まで来てやっと止まった。


「敵は?数は?距離は?」

「あ、あなたは?」


「早く!答えなさい!」

「はい!敵はゴブリン、数は30程、距離は300メード程です。5分もしないで接敵すると思われます」


「分かったわ。アナタは騎士団に報告して。遠征軍 第3部隊長ライラが一番槍を務めて敵を食い止めるってね」

「分かりました。ご武運を!」


見張りの男が走り去っていった。騎士団へと伝令に向かったのだろう。

周りの人もオレ達の後ろで徐々に隊列を作っていく。


1分……2分……3分……見えた!


ジッと待っていると、敵の先頭が見えてきた。


「じゃあ、アルド君、一番槍、頼んだわよ」

「はい!」


「私が掛け声をかけたら、君の一番をぶちこんでやりなさい!」

「はい!分かりました!」


敵の全体が徐々に見えてくる。

30匹……確かにそれぐらいなのだろう。しかし、妙に多く見える。


群れの全体が見えた所で、ライラ隊長が叫んだ。


「今よ!」


オレは短剣を構え走り出した。


後ろから


「え?」 「は?」 「なんで?」 「ガキが邪魔で魔法が撃てねえ!」


なんて聞こえたが無視だ。オレはゴブリンの群れにたった1人で突っ込んでいく。




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