第30話遠征前夜

30.遠征前夜




遠征の前日の夕食。


「アル、エル、アシェラ、明日から遠征だけど準備は良いかな?」

「はい、父様」

「はい、父さま」

「はい、ヨシュア様」


父さんはオレ達の返事を聞いて、安心したように頷いた。


「ラフィ、明日の確認だけど良いかな?」

「勿論よ」


父さんは母さんから明日からの事を確認したいようだ。


「明日は午前7時に演習場に集合。そこでアナタから激励を受けるわ」

「激励か……良い挨拶を考えておくよ、ラフィ」


「遠征軍では魔法師団に配属ね。私は古巣だけどアル達は仮師団員ってとこかしら」

「結局、ラフィも行くんだよね……」


「そうよ。子供達だけで行かせるなんて考えられないわ」

「本当は僕も行きたいんだけど……」


「その話は散々したでしょ。私に任せて頂戴」

「分かったよ。ラフィ……」


母さんはオレ達へ向き直る。


「私達の配置は後方よ。戦闘は基本的には無し、ただし戦闘するつもりで行動する事」

「はい、母様」

「はい、母さま」

「はい、お師匠」


母さんはオレ達の返事に満足そうに頷いてから、父さんに話しかけた。


「全体の行程は明日1日かけて森の外縁部に到着、そこでキャンプを設置。2日~4日目で部隊を4つに分けて魔物の間引きね」

「問題が無ければ5日目で撤収か……」


「そう。ただし予備日として3日間みてあるから8日目で撤収の可能性もあるわよ」

「早く帰ってくれる事を祈ってるよ」


「そこから1日かけて帰還。5日~8日の行程ね」

「以前からの計画に変更は無しだね」


「そうね。こっちの準備は問題ないわ。騎士団や魔法師団の方は知らないけど」

「それは騎士団長や魔法師団長の仕事さ。彼らの事だ、滞りなく進めてるはずだよ」


「そうね」

「くれぐれも体に気を付けてほしい」


「大丈夫よ。アル達には傷1つ付けさせないわよ」

「ラフィも傷1つ無しで頼むよ」


「分かったわ」

「クララやマールからは何かある?」


父さんが留守番組に話を振った。


「かあさま、アルにいさま、エルにいさま、アシェラねえさま、ぶじにかえってきてください……」

「安心して良いわよ。クララ」

「大丈夫だ、クララ。帰ったら土産話を聞かせてやるからな」

「気を付けて行ってくるよ。クララ」

「ボクが皆を守るから安心して」


「私だけ留守番で心苦しいのですが皆様、無事で戻ってください……」

「その事は散々話したでしょ。マールは私の弟子だけど戦闘じゃなく、学園に通って回復魔法使いを目指す。それで良いのよ」

「マール、母さまの言う通りです。胸を張って欲しい」

「気にしすぎなんだよ。回復魔法使いの何が悪い。むしろ、あの苦行を進んでやるって言うほうが尊敬に値する……」

「マールはもっと自信を持つべき。出来る事を精一杯やればいい」


マールは俯いて震えだしてしまう。


「ありがとうございます…グスッ…本当に……ありがとう…ございます……グスッ」


皆の優しさが嬉しかったのだろう。泣きながらも必死にお礼を伝えている。



場の空気が落ち着いた頃、父さんが立ち上がった。


「じゃあ、明日は早いから今日は早めに休むように。アシェラは予定通り泊まっていくから、ローランド、アシェラを客室に案内して」

「かしこまりました」


こうして夕食が終わり、各々が動き始める。





オレは自室のベッド上で寝転がりながら明日からの事を考えていた。


(見学だけか……どこかで実戦を経験したいんだが……)


何とか実戦を経験できる手段は無い物かと、頭を捻っているとノックの音が響く。


「はい、どうぞ」


扉が開き、アシェラが顔を覗かせた。


「アシェラか、どうした?」

「ちょっと話がしたい……」


「話か。良いぞ、入れよ」

「それじゃ。お、おじゃまします……」


アシェラはおずおずと部屋に入ってくる。普段とは違い寝間着を着た姿は、よからぬ思考を呼び起こしそうになるが、ここはじっと我慢だ。

アシェラを椅子に座らせ、オレはベッドに座ってから話し出した。


「で、どうした?」

「うん、何か眠れなくて……」


「緊張してるのか?」

「緊張……そうなのかも……」


「オマエでも緊張するんだな」

「アルドは失礼。ボクだって緊張ぐらいする」


「そうだよな。スマン。悪かった」

「まあ、良い……」


「不安なのか?」

「不安……不安なのかな……何か大変な事が起きそうな気がする」


「何か気になる事でもあるのか?」

「特別な事は何も……」


「そうか。だったら大丈夫だよ」

「そうなのかな……」


「何かあってもオレが、母さんも、エルも、もちろんオマエも、守ってやるよ」

「守る……」


「ああ、オレが全部守ってやる」

「ナマイキ……」


「ああ?」

「アルドは年下のくせにナマイキ」


「おま、急に」

「ボクが守る」


「アシェラ……」

「ボクが皆を守る」


「そうかよ、じゃあ守ってもらおうかな」

「うん、任せて」


アシェラは自信たっぷりの顔で返事をした。その顔には先程の不安そうな表情は微塵も無く、ヒマワリのような笑顔を浮かべている。

それからは取り留めのない話をした。明日の事、遠征の事、エルとマールの事、これからの事……


「そろそろ部屋に戻る」

「そうか、もう眠れそうか?」


「うん、大丈夫」

「分かった」


「じゃあ、おやすみ」

「おう、おやすみ」


アシェラは部屋を出ようとして立ち止まる。


「どうした?」

「……」


「ん?」

「ありがと。話、聞いてくれて……」


「おう。なんでも聞いてやるぞ」

「アルド……優しいから…好き…」


「お、おう」

「おやすみ……」


そう言ってアシェラは自室へ戻っていった。

オレはベッドに寝転がり、どことも無い空中を見つめる。


(さっきのは何だ?感謝だったのか?12歳に告白されたのか?分からん……)


今度は逆に、オレが悶々として眠れなくなるのだった。




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