第256話帰省
256.帰省
卒業式から数日が経ち、オレ達はブルーリングへと馬車の旅を楽しんでいる所である。
今回のメンバーは父さん、母さん、クララ、エル、マール、アシェラ、ライラ、オレのブルーリング勢に、リーザスさん、ルイスを加えた10名での移動だ。
一緒に行くかと思ったジョー達だが「護衛以外での貴族と同道なんて、肩が凝ってしょうがない」と言って昨日の朝にネロを連れて出発してしまった。
ナーガさんは無事にブルーリングへの転属を勝ち取ったそうだが、引継ぎがもう少しかかるらしく、準備が出来次第、アオに飛ばしてもらう予定になっている。
オレはと言うと、相変わらず馬車の移動が暇すぎて、馬を騎士に変わってもらい、久しぶりの乗馬を楽しんでいる所だ。
騎士はメイド用の馬車に押し込められていたので、今頃はモテモテでウハウハになっているに違いない。メイドと話す事が無くてボッチに成っているなんて事は無い筈である。
「アルド、前に出過ぎだ。遊ぶなら交代してもらうぞ」
「悪い。久しぶりの馬で楽しくてな」
「全く……そう言う所は卒業しても全く変わらないな。エルファス様を見てみろ。あんなに落ち着いているのに……」
「ノエルは少し変わったな?」
「私が?どんな風に?」
「説教臭くなったぞ」
「な、私は!」
「ハハハ。冗談だ」
「全く……」
「ノエル、本当はジョー達と一緒に行きたかったんじゃないのか?」
「ブルーリングへ帰れば毎日、一緒にいる事になるんだ。今は最後の任務を全うする事しか考えていない」
「そうか。最後か……こうしてみるとノエルにも随分、世話になったな」
「最初に会ったのは、アルドが学園に入る為に王都へ向かう道中だったか……」
「ああ、馬の乗り方を教えてもらった」
「そうだな。それとあの時はオリビア様が乗る馬車を助けるために、オークの群れへ1人で突っ込んでいったんだったか……」
「そんな事もあったか……懐かしいな」
「私にとっては、ついこの間の事のようだ。そのアルドが卒業か……私も年を取るわけだ」
「まだ28だろ?充分、若いじゃないか」
ノエルは何も言わずに苦笑いを浮かべるだけで、自分の配置場所へと戻っていった。
休憩時間-------------------
「あー、暇だ。アルド、オレにも乗馬を教えてくれよ」
「オレよりノエルに教わった方が良い。オレ、エル、アシェラ、全員の乗馬の先生だぞ」
ルイスはノエルを興味深そうに眺めてから、一つ頷くとノエルの前まで歩いて行った。
「ノエルさん、オレに乗馬を教えてください」
ノエルはオレとルイスの会話が聞こえていたのだろう、呆れた顔をオレに向けたかと思うとルイスへ向き直って口を開く。
「教えるのは構わないが、馬に乗ったら嫌になっても途中で降りる事はできない。アルド達は空間蹴りで好きに降りていたけれどな……」
「あ、それならオレも空間蹴りで好きに降りられます」
ノエルは驚いた顔でルイスを見ると、何かに気が付いたようにルイスの腰にある魔石入れを凝視している。
「そうか、魔道具が出来たんだったか……分かった、乗馬を教えよう」
「ありがとうございます」
ルイスは嬉しそうな顔でこちらに向き直って口を開いた。
「アルド、これでオレも馬に乗れるぜ」
「ああ、そうだな」
「空間蹴りも魔道具で問題無いし、馬も乗れる……父さんからも言われてるが、何かオレでも手伝える事があったら言ってくれ」
ルイスの目には、オレに断られるかもしれない事に対する恐怖と、未知の冒険に対する興奮が入り混じっている……そんなルイスにオレはゆっくりと口を開いた。
「この間のハーピー狩りでは驚かされた。あの動きがいつでも出来るようになったら、頼み事が沢山あるな」
「そうか……分かった」
今のルイスでは申し訳無いが、オレ達の負担になってしまう。しかし、いつかはオレの背中を任せられる……そんな気がするのだ……
ルイスはオレの言葉を聞いて、嬉しそうであり、悔しそうな、何とも微妙な顔で答えたのだった。
そんな何処かのんびりとした旅程も、気が付けば4日目の夕方に差し掛かろうとしていた頃、前方に小さくだが、やっと目的のブルーリングの領境が見えてきた。
「ブルーリング……」
ノエルはルイスを自分の前に乗せながら、オレの隣で小さく呟いた。
「領境を越えたら、後は目と鼻の先だな」
「ああ……」
「この旅が終わったら、ノエルはブルーリングの街でエル達の護衛か?」
「……」
「どうした?もう暫くは騎士を続けるんだろ?」
「……いや、ブルーリングの街に着いたら、直ぐに退職を願い出るつもりだ……」
「!どうした?何かあったのか?」
「……ジョーにもまだ話していないが……お腹に子供がいるみたいでな」
オレはノエルが何を言っているのか、一瞬意味が分からなかった……子?子供?赤ちゃん……ちょっと待て、妊娠中に乗馬だと……
「止まれ!!!!」
オレは隊に響き渡る大声を出して一行の歩みを止めると、そのままの声で全員に指示を出していく。
「ノエル、馬を降りろ。これは命令だ」
「何を言っている、この隊の隊長は私だ。いくらアルドでも勝手は許さない!」
いきなり訳の分からない行動をするオレに、殺気すら出しながらノエルは言うが、オレはノエルを完全に無視しながら父さんに声をかける。
「父様、お願いです。ノエルの隊長の任を解き、僕を隊長に任命してください」
「……そんな事をいきなり言うんだから、何か理由があるんだろうね?」
「はい、ノエルのお腹には子供がいます。護衛隊長として戦闘などとても耐えられません。それに、万が一落馬でもしたら……」
父さんはオレから視線をノエルに移し、優しく話しかけた。
「ノエル、アルはこう言ってるよ。どうだろう、隊長の任を副隊長に譲っては?」
「お言葉ですが、私は大丈夫です。この程度でどうこうなるような鍛え方はしていません。勿論、我が子も同様です」
ダメだ……脳筋は脳ミソまで筋肉だから脳筋なんだ……もう少し強引に行かせてもらう……
「父様、妊娠の初期は安静が必要なんです。確かに流産する可能性は低いのかもしれませんが、少しでも可能性があるのなら……お願いです、ノエルの隊長の任を解き、馬車での移動を指示してください。お願いします」
父さんはオレとノエルの顔を見比べて難しい顔をしている。
当の本人であるノエルが”大丈夫”と言っている以上、父さんが強引に隊長を解任するのは色々とマズイのかもしれない……でも、オレはノエルに安静にしてほしいのだ!
「エル、マール、お前達からも言ってくれ。ノエルはオレ達の姉みたいな人だろう。その人が流産なんて事になったら、オレは自分を許せなくなる!」
エルとマールは少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「父さま、僕も兄さまと同じ意見です。ノエルには馬車での移動を……お願いします」
「ヨシュア様、僭越ながら私もアルドやエルファスと同じ気持ちです。同じ女性としても是非、ノエルには馬車での移動をさせて下さい」
そして、この場で一番、発言力のある2人が声を上げる。
「はいはい、ノエル、アナタの負けよ。私達とでは恐縮すると言うなら、メイド達の馬車に乗りなさい。これは命令よ」
「ラフィーナ様!私は大丈夫です」
「そこの騎士、善意は黙って受け取る物だ。ましてや我が子の事だろう、子の命と自分の矜持を天秤にかけるな。それは両方を蔑む行為だ」
「な……」
リーザスさんの言葉にノエルは反論したそうだが、言葉が出て来ないようだ。
この2人、普段は全てが適当なんだけど、いざって時は物事の確信を突いて来るんだよな……
こうしてリーザスさんと母さんの言葉を受け、ノエルはとうとう肩を落とし、馬から降りてくれたのだった。
「アルド、私の体を心配してくれているのは分かる……ただ、素直に礼を言う気にはなれそうも無い……」
「まぁ、そうだろうな。今回の事はオレの我儘だと思ってくれ」
そう言って手をヒラヒラと振りながら馬に乗ると、ノエルは呆れた顔で大きな溜息を1つ吐いた。
「ハァ、もう良い。アルドには最初から最後までやられっぱなしだ。全く……」
「悪かったよ、ノエル。丈夫な子を産んだら盛大に祝ってやる。それで許してくれ」
ノエルはオレを胡乱な眼で見つめたかと思うと、さらに特大の溜息を吐いてメイドの乗る馬車に乗り込んで行った。
結局、騎士でも無いオレを隊長になどする筈も無く、副隊長だったゼルと言う名の騎士が隊長に繰り上げとなった。
このゼルだが、何処かで見た事があると思ったら、昔、爺さんの前でノエルと模擬戦をした時に”ノエルが死んだらオレが隊長だ”と笑ってたヤツだ。
少しモニョっとしていたのだが、ゼルを見ていると時間があればノエルに話しかけ、かなりノエルの体調を心配していた……あの時の言葉は冗談だったようで、少しホッとしたのは秘密だ。
「で、では出発!」
ゼルの号令で隊がゆっくりと動き出す中、オレは馬に乗りながらノエルの乗る馬車に寄せ話しかけた。
「ノエル、そう怒るな。お前の意志を無視したのは悪かったよ」
「もう良い……私も少し意地を張り過ぎたようだ。リーザス夫人に言われた言葉が全てだった……」
「そうか……それと、もう鎧は脱いで楽な恰好でいろ」
「それは流石に……私はまだ騎士なのだ」
「またリーザスさんに怒られるぞ。メイド達、ノエルを楽な恰好に着替えさせてやってくれ。これは命令じゃない、オレからのお願いだ」
オレの言葉を聞いたメイド達は、眼に怪しい光を灯しノエルの身包みを剝いで行く。
「や、ヤメロ。こら、それは下着……分かった、分かったからーーーー」
こうしてノエルはメイドに剥かれて、少しゆったりした部屋着に着替えさせられたのだった。
そこからの旅は特に問題も無く進んでいき、中途半端になってしまったルイスの乗馬の練習は、新しい隊長のゼルが引き継いで教える事となった。
ルイスに元々のセンスがあるのか、ゼルの教え方が上手いのか、ルイスの乗馬は日を追うごとに上手くなっていき、ブルーリングの街に到着する頃には、問題無く一人で乗れる程になっていた。
「アルド、そろそろだよな?」
「ああ、あの木を越えると見える筈だ」
「前はあの木から、アシェラが飛び出して来たんだったよな……」
「良く覚えてるな、そんな昔の事」
「お前達以外に空間蹴りを使えて、お前の婚約者って聞いたからな。インパクトは相当な物だったぜ」
「そうか……あの時はファリステアやアンナ先生も一緒だったか」
「ああ、オレはまだオーク1匹にも苦戦するくらいだったな……」
「今はどうだ?」
「今ならオーク程度、5匹いてもオレ1人で捌いて見せるぜ」
「そうか……」
ルイスはオレの顔を覗きながら”ドラゴンスレイヤーには敵わないけどな”と言いたそうな顔で肩を竦めている。
オレ達がいつものやり取りをしていると、馬は丘を登り切り、遠くにブルーリングの街が見えた。
「ブルーリングの街……」
「こうやって旅をしてみると、マナスポットで飛ぶのとは違う感動があるな……」
「そんなものか?そう言えば明日からオリビアが毎日、飛んでくるんだったか?」
「ん?ああ。オリビアは一緒に来たかったみたいだが、サンドラ伯爵に”例え使徒でも、嫁入り前の娘を同衾させる訳にはいかない”と言われたそうだ」
「それで毎日、王都のブルーリング邸に通って表向きは、相手の家で花嫁修業を装う、か……」
「使徒なんて仕事を押し付けられたんだ。少しぐらい私用で使ってもバチは当たらないだろ」
「バチを与える精霊様が許してるんなら、良いんじゃないか?」
そんな軽口を叩きながら、オレ達はブルーリングの街へと進んで行った。
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