第130話ごっつぁん

130.ごっつぁん



アシェラとどれ程、抱き合っていただろうか。痺れを切らしたであろうエルが露骨に咳をする。


「あー、おほん……」


流石にエルに悪いオレはアシェラをゆっくり離しエルに話しかけた。


「エル、ありがとう。お前が来てくれなかったら、たぶんオレは死んでた」

「いえ。それよりこの領域から出ましょう。僕も今は魔力が半分しかありません」


「分かった。アシェラ、行こう」

「うん」


オレ達3人は敵の領域を後にしようと空へ駆けだそうとした。その時、エンペラーの”人差し指”が転がっているのに気が付く。

何故か分からないが”人差し指”が妙に気になる。オレは”人差し指”を水筒の小物入れに突っ込んで持って帰る事にした。




魔の森を出て2時間程、魔力が回復していくのと同時にオレの指輪がいきなり光出す。


「アルド!生きていたのか。全くGの様な生命力だね!」


こいつはいつか〆る。

フザケタ事を言ったかと思うとアオは急に眉間に皺を寄せてオレを見て来た。


「……アルド。君、何か持ってるね」


オレが何を持ってると言うのだろうか……悩みのタネなら色々と持ってるが。

アオの視線がオレを上から下まで舐める様に見てきて腰の辺りで止まった。


アオが見ているのは水筒の小物入れからはみ出ているエンペラーの”人差し指”だ。


「アルド……それは?」


珍しく真剣な顔でオレに問いかけてくる。

オレもフザケルつもりも無く本当の事を話す。


「エンペラーの”人差し指”だ。オレが最後の攻撃で切り落としてやった」


アオはオレの顔を見てなんとも言えない顔をする。まぁオレもタヌキモドキの表情が読める訳では無いのだが。


「それは恐らくあの主の”証”だね」

「”証”?」


「アルドはやっぱり足りないね。”証”だよ。アルドにもあるよね?」

「は?オレにもある?」


「ハァ……じゃあ、その指輪は何だい?”証”だろ」


オレは右手に嵌っている指輪を見つめる。


「この指輪が”証”…」

「僕とアルドの”契約の証”だよ。そんな事も知らないのか……ハァ」


「アオ。もしも、この指輪ごと指を切られたらどうなるんだ?」

「そりゃ、新しい”証”が無いと僕の加護は貰えないよ」


「ちょっと待て。今、エンペラーは魔力の補給が出来ないのか?」

「だから。さっきからそう言ってるだろ。アルドは人の話を聞いた方が良いよ」


オレは何でこんなに煽られてるんだろ……こいつと話すと自分がバカなんじゃ無いかと思えてくるから不思議だ。


「エル、アシェラ、一度、止まろう。アオから話を聞きたい」

「分かりました。兄さま」

「分かった」


オレ達3人は近くの街道に止まった。あまり見晴らしは良く無いがこのメンツなら問題ないだろう。


「アオ。新しい”証”はすぐに出来るのか?」

「そりゃ無理だ。マナスポットとの結びつきだよ。そんあポンポン出来る訳ないじゃ無いか」


「そうか。じゃあ、新しい”証”はどうやって作るんだ?」

「いろいろあるけど……手っ取り早いのは奪う事かな」


「奪う?」

「アルドも主から奪ったじゃないか。自分でやった事を聞くって意味が分からないよ」


「”証”を物理的に奪うのか……」

「ああ、体から切り離された時点で”証”はチカラを失う。再度マナスポットで契約し直さないと”加護”を得る事は出来ない」


「じゃあ、魔の森のマナスポットに行けばオレが魔の森の”主”になるのか?」

「そうだよ。マナスポットでその”証”を壊してアルドの”証”の指輪で触れば良い」


「指輪……」

「それで魔の森のマナスポットは僕の支配下になる」


「アオ。”証”を奪われて”主”はどうなったんだ?」

「”主”になる前に戻ってるはずだね」


「それってゴブリンキングに戻るって事か?」

「ハァ……アルドは本当にバカだなぁ。ゴブリンキングが”主”になったらゴブリン神になっちゃうだろ」


「神?」

「きっと普通のゴブリンだよ。良くでゴブリンウォーリアーかな?」


「あれで普通のゴブリンだと?ちょっと待て……”主”になる事で魔物は恐ろしく強くなるのか?」

「そうだよ。マナスポットの大きさにもよるけどね。魔の森のマナスポットはそれなりに大きい方だから」


オレは考え違いをしていたのか……何かのトラブルでエンペラーは引いたのかと思っていたが……オレが偶然に”証”を奪った事で普通のゴブリンへ戻った。

自惚れじゃなくオレの最後の一撃の前、エンペラーは怯えていたはずだ。


もしかして、普通のゴブリンに戻った時にオレへの恐怖だけが残っていて……逃げた?

それならオレが止めを刺されなかった理由も”証”が捨てられていた理由も辻褄があう。


普通のゴブリンに戻ったエンペラーは”証”を拾ってもう一度”主”になる。と考えるだけの頭が無かった……

確かにゴブリンなら深く物を考える事が出来ないはずだ。きっと訳も分からず怖くて逃げたのだろう。



……あれ?……え?……終わり?

エンペラーは……只のゴブリンになった……本当に??



何かどっと疲れた。使徒になって最初のマナスポット開放が偶然の”ごっつぁん”とは……

そういえばエンペラーと一緒に撤退して行ったゴブリン軍はどうなったのだろう。


「アオ。ゴブリン軍はどうなったと思う?」

「そうだね。自然にあの数のゴブリンが群れを成す事は考えられない。食料も無い。恐らくエンペラーが”加護”の大部分を繁殖に当てたんだろうね。エンペラーが居なくなった今となってはゴブリンキング達が派閥を作って殺し合うのが関の山じゃないかな?運良く他の土地に逃げる者もいるだろうけど、ごく少数だろうね」


「そうか……って事は……もしかして全部……終わった……のか?」

「ん?アルドが”証”を奪って勝利したんじゃないの?」


マジか。勝利まで”ごっつぁん”で勝った感が全然無い……ヤバイ。

正直な所、全然 嬉しくないんだけど……え?って戸惑いの気持ちしか沸いてこねぇ。


エルとアシェラを見ても眼に光が無い……何この終わり方。

”事実は小説より奇なり”これが小説なら書いたヤツはセンスが無さすぎるだろ。


オレ達3人は無言で空を見上げていた……雲1つ無い晴天の中、まるでバカにする様にカラスが1羽飛んで行く……あほー




すごく疲れたが1つ決めなければいけない事がある。


「アオ。すぐにでも”主”を交代しに行った方が良いのか?」

「そりゃ、早い方が良いけど。体は大丈夫なの?急いで死んだりしたら只のバカじゃない。すごいバカだよ」


「出来れば戻って休みたいが、戻ると次にいつ出られるか……」

「そうなのかい?使徒の行動を縛るなんて人は傲慢だね」


「まあ、そう言わないでくれ。オレを心配しての事だから」

「うーん。でもそういう事ならすぐにでも主を交代した方が良いかもね」


「やっぱりか」

「ああ、その”証”を狙って魔物が寄って来るだろうしね」


「は?ちょっと待て。今、魔物が寄って来るって言ったか?」

「ん?ああ。”証”が放置されてれば”主”になり替わろうと魔物が寄って来るのは当たり前じゃないか」


オレは頭を抱えた……どうしてコイツは……本当に……もう!


「アオ。魔の森のマナスポットの場所は分かるか?」

「誰に言ってるんだい。分かるに決まってるだろう」


「ちなみにどこにあるか聞いてもいいか?」

「ん?このまま真っ直ぐに魔の森に入って最初の魔力溜まりを右に曲がって、暫く進んだ先にある緑の魔力を斜め左に進めばマナスポットが見えてくるよ」


「……」

「どうしたんだい?」


「お前の言う事がまったく分からない…」

「ハァ……僕もアルドには難しいかな?って思ったけどねぇ……ハァ」


オレの顔を見て2回も溜息を吐かれた。何だろうこの気持ち……とっても殴りたい。

何とも言えない気持ちを抱えてアオの鼻をブタ鼻にしてやった!


「アブド!なにぶぶんば!やめぼ!」


少しだけホッコリした。

あれからアオと話した内容から本体が指輪であるアオは魔力を込めればどこででも出て来れるらしい。


領域内ではオレが拒否しようが出て来れるが領域外ではオレが指輪へ魔力を送らないと出て来れない。

いつでも出て来れると言うのは……〇〇の時や××の時も出て来れると言う事だ。


流石に〇〇の時に眼の前で声を掛けられたらコンデンスレイの案件だとオレは思う!

幸いな事に領域外ではそれが無いと分かっただけでも収穫だった。




オレ、エル、アシェラは魔の森へと、とんぼ返りしている最中だ。

エンペラーがいないと言う事は魔の森でオレ達の敵に成りえる魔物はいない……はず?


今は念の為とアシェラの魔力残量が心配なので地上を走っている。

アオに話しを聞いた時点でアシェラをブルーリングへ送ると言ったのだが当のアシェラが強硬に反対した。


その姿はオレとエルを殴り倒してでも付いて行く。といわんばかりだ。

エルと2人どうしようかと相談していると、アシェラがウィンドバレットを纏いだす。


オレ達は殴られる前に即座にアイコンタクトを交わしアシェラの同行を許可したのだった。





暫く走り続け、そろそろオレとエンペラーとの戦闘場所に着く頃。

オレは指輪に魔力を込めアオを呼び出した。


「マナスポットはどっちだ?」

「呼び出していきなり要件とは……アルドは…」


「早くしてくれ。今は1秒が惜しい」


アオはオレを一瞥した後、露骨に溜息を吐き話だす。


「ハァ、あの大きな木が見えるだろ。その麓に大岩がある。それがマナスポットだよ。アルドやエルファスなら見れば分かるはずだ」

「分かった。ありがとう」


それだけ言うと指輪への魔力を絶った為にアオは消えて行く。

正直、この扱いは申し訳ないと思うが今は鉄火場だ。許して欲しい。


アオが言う大木の根元に移動すると、虹色に光る大岩があった。

空間蹴りで地上へ降りようとした所でアシェラがオレ達を静止する。


「待って……」


一言だけそう言うとアシェラはウィンドバレット(魔物用)を10個纏った。

何故いきなりウィンドバレットを待機状態にしたのか分からなかったがきっとアシェラには魔眼で見えていたのだろう。


アシェラはウィンドバレットを発動し、同時に走り出す。どこにいたのかと思う量の魔物がアシェラに追い立てられて逃げ出してきた。

ゴブリン、オーク、その亜種、ボアやウィンドウルフまでいる。まるで魔の森の魔物の博物館だ。


こいつらは本能的に”主”の不在が分かったのだろうか……どちらにしても魔物が近くにいる状態で”主”の交代なんて恐ろしすぎる。

第二のエンペラー誕生なんて笑えない。


オレとエルも遅ればせながら戦闘へ参加した。

これだけの魔物だ。連携して襲ってこられたら脅威だったのだろうが魔物同士で争う姿も見られ、各個撃破させて貰う。


15分程でオレ達は全ての”主”になり替わろうとしている魔物を掃除する事に成功した。

アシェラは最後に木の上を一瞥するとウィンドバレットを撃ち込んだ。何事かと思っていたら大蛇が粉々になって落ちてくる。


アシェラは辺りを見渡した後、全ての準備が終わったとばかりにドヤ顔で見つめてきた。

それは良いけど胸を反らさないでください……思わず触ってしまいそうになります。


オレは気持ちを切り替え虹色に光を放つ大岩を前に、ゆっくりと歩き出した。





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