第129話別れ

129.別れ



季節は冬。外は氷点下になろうとしている中で屋内とは言え気温は10℃を下回っている。

エルファスはベッドの中で久しぶりの布団にくるまり微睡んでいた。


「エルファス!大変だ。起きろ!」


いきなり聞き覚えの無い声が部屋に響く。

重い瞼を擦りながら起き上がると空中に”青いタヌキ?”が浮いている。


一瞬、意味が分からなかったが、すぐに一昨日 契約した精霊のアオだったと思い出す。


「こんな朝早くに……どうしたの?」

「大変だ!アルドが”主”と戦う為に敵の領域に向かった」


また一瞬、何を言われたのか意味が分からなかった。

兄さまは部屋で休んでいるはずだ。


昨日の夜は元気が無い様で夕食の席でも見なかったけど……

1人で”主”に挑む?ありえない。そんな事をする必要も無い。


しかし、この精霊が嘘を吐く必要が無いのも事実。

一気に覚醒して母さんの所へ向かった。


寝間着のまま屋敷の中を走る。メイドや執事が何事かと眼を見張るが全て無視だ。

直ぐに父さまと母さまの寝室へ到着した。


ノックも適当に部屋を開けると母さまが布団にくるまって涎を垂らして眠っている。

一瞬だけ申し訳なさが頭を過るが今は一刻を争う。


「母さま、起きてください。兄さまが大変なんです」


僕は母さまを揺り起こしアオに聞いた事をありのまま話した。

最初は寝ぼけていた母さまだったが次第に険しい顔になりすぐに動き出す。


「エル。直ぐに武装を。終わったら居間へ」


僕に一言、指示を出すと屋敷中に聞こえる大声で叫ぶ。


「ローランド!アシェラとハルヴァを居間に集めて!」


扉を開けて廊下にそう叫ぶと部屋に戻り自分も着替えだす。


「エル。私の着替えを見てないで自分も着替えなさい!」

「は、はい……」


直ぐに自室へとんぼ返りし、鎧を装備して居間へと急ぐ。

居間に到着すると既にローブを着た母さまと部屋着のハルヴァとアシェラ姉が待っていた。


ただアシェラ姉の様子がおかしい……目が腫れて、まるで一晩中泣いていたかの様だ。

腕を無くしたのがショックだったのかもしれない……


全員が揃ったのを確認し、母さんが話しだした。


「エル。アオを出して」


僕は右手の指輪を通してアオへ呼びかける。

すると指輪が光り、アオが現れた。


「まだ助けに行って無かったのか……もうアルドは諦めた方が良いかもしれないね」


アオは僕を一瞥して諦めた様にそんなふざけた事を零す。

アオへ文句を言おうとした所に母さまが声を出した。


「アオ、今度そんな口を聞いたらアナタがどんな存在でも殺すわ……」


母さまは本気だ。口調もキツイ訳では無い。それでも母さまが本気なのはこの部屋にいる全員が分かった。


「ご、ごめんなさい、姐さん……で、でもアルドは……」

「そんな事を聞きたいんじゃないの。アルが出て行ったのはいつ?」


「大体1時間ぐらい前だと思う。僕の領域を出てからそれぐらいの時間のはずだよ」

「それなら魔の森へは後2時間程ね」


アオと母さんの会話をアシェラ姉が遮る。


「アルドは魔の森へ向かったの?」

「……」

「ああ、僕が止めても聞かなかったんだ。どうやって相手の領域で戦うつもりなのか」


アシェラ姉の質問に母さんは答えられなかったがアオが代わりに答えた。


「ひ、1人で?」

「うん。まだ主との戦い方も教えてないのに……ハァ」


アシェラ姉が部屋を飛び出して行こうとする所をハルヴァが止める。


「離して。お父さん」

「どこに行くつもりだ。そんな腕で」


「アルドを助けに行く!」

「アルド様は”使徒”だ!私達とは違う。きっと大丈夫だ」


「何でそれを?」

「昨日、ラフィーナ様から教えて頂いた。”使徒””新しい種族”の事を……」


アシェラ姉はハルヴァを振り切ろうとするが片腕でバランスが取れないのかハルヴァに捕まってしまう。


「アルドの所に行かせて!」

「ダメだ!」


「ボクはアルドの婚約者だ!」

「もう違う!」


「え?なんで……知ってるの?」

「……」


ハルヴァはバツが悪そうに視線を逸らした。


「どう言う事?」

「……」


「どう言う事?!お父さん!」

「………昨夜、アルド様へ婚約破棄を申し込んだ」


アシェラ姉がハッとした顔をしてからハルヴァを泣きそうな顔で睨む。


「お、お父さ…んの…せい…アルドが…あんな事…言ったのも…全部!お父さんのせいじゃないか!!」

「……」


「なんで…なんで……こんな事するの……」


アシェラ姉の眼からは大粒の涙が溢れていた。


「アルド様は使徒だ。精霊の加護がある。しかしお前は普通の人族だ。その腕の様に……きっとどこかで力尽きる。オレはお前の死ぬ所は見たくない……」

「ボクはアルドの為なら死ぬのなんて怖くない!腕だって足だって差し出せる!」


「……」

「ボクはアルドの所へ行く!」


「ダメだ!今 行けば帰って来れないのがどうして分からないんだ!」

「ボクは帰って来れなくてもアルドの隣が良いんだ!!」


「なんで……なんで分かってくれないんだ……アシェラ…お前が…幸せになって欲しくて……」


ハルヴァの眼にも光る物が見える。


「お父さん。ありがとう……さようなら……」


そのままアシェラ姉は自室へと走って行く。

この場には崩れ落ちたハルヴァが一人、俯いて只々床を眺めていた。


僕と母さまはハルヴァにかける言葉も無く、そのままアシェラ姉の部屋へと向かう。

流石にアシェラ姉の着替えを見る訳にはいかない。


片腕になって手子摺るだろう着替えを母さんが手伝っている。

ほんの数分の後、扉が開いて母さんが部屋へ招き入れてくれた。


窓が全開になっており冬の風が部屋の中へと入ってくる。


「エル。アルをお願い……」


母さまは空間蹴りを使えない。申し訳ないが足手まといになる。それが分かっているのだろう。


「任せてください。母さま」


そう告げてアシェラ姉と僕は窓から空へと駆けだした。

僕の魔力はアオの領域内ではすぐに回復する。


アシェラ姉を背負えばそれだけアシェラ姉の魔力の消費を減らせる。


「アシェラ姉、領域の限界まで背負います」


僕の言葉にアシェラ姉は少しの笑みを浮かべて首を振った。


「ボクはアルドの婚約者。弟のエルファスでも肌は触れさせられない」


僕はバカだ。逆の立場でマールだったらと考えるとアシェラ姉の言う事が良く分かる。


「すみません。アシェラ姉。軽率でした」

「良い。大丈夫」


一瞬だけ笑みを浮かべたアシェラ姉と共に空を駆けて行く。





アオの領域を出た時から魔力を節約する為に地上を走っている。

真っ直ぐに移動出来る空間蹴りの方が早く移動出来るが、辿り着いた先で魔力枯渇では意味がない。


魔の森へ向かってはいるが、兄さまとは1時間以上の差がある。

正直、エンペラーとの戦闘が始まっていてもおかしくない。


逸る気持ちを落ち着けながら魔の森へと急ぐ。





ボクはエルファスと一緒に魔の森への道を走っている。

思う事は昨日の事……アルドの様子がおかしいのはすぐに気付いた。


心配で様子を見に行くと夕食も摂らずに真っ暗な部屋で外を眺めていたのだ。この寒さの中エアコン魔法も使わずに……

手を握ると氷の様な冷たさですぐにエアコン魔法で温めた。


ボクが話かけても何も答えずに、アルドは泣き続けた……

なんで泣くのか分からないままアルドは泣き続け最後に”ボクとの婚約を解消する。”と言い出した。


ボクはあの時どうしてアルドの気持ちを想像してあげられなかったんだろう。

アルドがボクを捨てるはずなんて無いのに。追いかけて来てくれた時のアルドの顔を今でも思い出せる。


どうして信じられなかったんだろう。笑い飛ばせばアルドはきっと冗談だ。って笑ってくれたはずなのに……

結果、ボクはアルドを問い詰めて泣きながら部屋を飛び出した。


最初から最後までボクの事を考えて、あんなに泣いてまで”別れ”を切り出したアルドをボクは問い詰めて追い込んでしまった。

さっきは”お父さんのせい”と言ったが本当はボクのせいだ。アルドを信じ切れなかったボクのせい。


もう一度アルドに会って話をしないと……

もし…万が一……手遅れだったら……ボクは悪魔に魂を売ってでもエンペラーを殺してやる……




走りだしてそろそろ2時間が経つ。魔の森に到着しても良い頃だ。

そんな事を考えていると何とも言えない雰囲気の森に出た。


5年前の記憶と同じでは無いが、この独特の飲み込まれる様な感覚は間違い無く魔の森だと断言できる。

エルファスはよりハッキリと感じられる様で眉間に皺を寄せながらボクの横を走っている。


魔の森に到着したがアルドの行方が分からない…


「エルファス、範囲ソナーを使って欲しい」


範囲ソナーは魔法を使える存在には逆にこちらの位置がバレてしまう。

一度も魔法を使わなかったとは言えエンペラーが魔法を使えないとは限らない。


それどころか、もっと恐ろしい魔物を呼ぶ可能性だってあるのだ。

しかしエルファスも覚悟を決めた顔で一度だけ頷いた。


エルファスから一瞬、探る様な魔力が辺りに広がっていく。

ボクには使えないけどエルファスは眼を閉じて僅かな魔力も見逃さない様に集中している。


10秒程だろうか…エルファスが眼を開けて首を振った。

前に聞いた事がある。魔力が無いと範囲ソナーでは察知しにくい。っと……”死”の文字が頭をよぎる。


ボクは居ても経っても居られなくなり空間蹴りで空へ駆け上がった。

空から見る地上は一面の森。所々開けているが上空からでは見つけるのは難しい。


空からの捜索は諦めようとした時、微かな光が見える。

胸がザワザワする。微かな光を頼りに地上に降りるとそこには”汚らしい杖”が落ちていた。


どこか見覚えのある杖に魔力を通すと杖が光出す……これは”爪牙の迷宮で手に入れた杖”だ。

すぐに思い至ったボクは杖を握りしめ、辺りを見渡した。いた……後ろ姿しか見えないけどあの鎧は間違いなくアルドだ……良く見ると奥にはゴブリンキングの死体が無数に転がっている。


アルドは倒れてピクリとも動かない。魔力視の魔眼でも魔力が見えない。

魔力の見えない人……”死”の文字が頭の中を支配していく。


怖くて立ち尽くすだけのボクの隣にエルファスが空から降りてきた。

エルファスはアルドを見つけると弾けた様に近づいていく。


エルファスは倒れているアルドに声をかけ、頬に触れ、揺すり、アルドを起こそうとしている。しかしアルドが動く気配は無い……

足が震える。エルファスの次の言葉が怖い……逃げる事も近寄る事も出来ずに、ボクはただ見ているしか出来なかった。



光……



突然、エルファスからアルドへ光が注ぎ込まれていく……あれは魔力の光だ。アルドにゆっくりだけど確実に魔力の光が戻っていく……生きてる。

アルドは死ぬ寸前まで魔力を使ったのだろう。エルファスから魔力を貰うと、すぐに眼を開けゆっくりと体を起こした。


ボクは嬉しくて昨日の事など無かったかの様にアルドへ抱き着いた。アルドは少し戸惑った様子を見せたが、しっかりとボクを抱きしめ返してくれる。


「アシェラ、ごめんな……」

「ううん……」


「オレ、やっぱりお前が居ないとダメみたいだ……」

「うん……」


「昨日の事、無しにして貰ってもいいか?」

「うん」


「改めて……オレと結婚して欲しい……」

「うん……」


そこからは言葉は無かった。ボクとアルドはお互いの存在を確かめるかの様に無言で抱きしめ合っていた。




オレは死ぬと思っていたがどうやら生き残ったらしい。

正直な話、何故生きているのか全く分からないのだが……


ただ今は生きていたことが素直に嬉しい。

帰ったらハルヴァと話をしよう。すぐには許してくれないかもしれないが、許してくれるまで何度でも。


オレなりに誠意を見せて話をしよう。義理とは言えオレの親になる人なのだから。




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