第128話重圧

128.重圧



ローランドにアシェラ達が起きたら起こす様に頼んでおいた。

メイドが起こしに来て”アシェラ様と奥様が夕食を頂いています”と教えてくれる。



しかし、夕食を食べる気力が沸かずボンヤリした意識の中でベッドから外を見ていた。

真冬だけあり外は薄暗く、すぐにでも夜の帳が降りてきそうだ。


頭が覚醒していくに従って先程のハルヴァの言葉が突き刺さる。

”婚約を解消して頂きたい”ハルヴァの声は怒っている様子は無くむしろ悲しみで一杯だった。


だからこそ余計にこの溝は埋まらない事を実感してしまう。

アシェラに言いつける?バカな……それこそハルヴァだけじゃない。オレがオレを許せなくなる。


結局はアシェラを守れないオレの弱さが原因なのだから。

今回の事が無事に終わったとしても使徒である以上は、ずっと戦いが続くのだろう。


マールは良い。安全な場所で家を守ってくれるだろうから。

でもアシェラは……きっと一緒に付いて来る。


オレは守れるのだろうか……どこかで死んでしまう気がする……守りきれる自信がない……

ハルヴァも軍属だ。恐らくそんな空気を感じ取ったんだろう。


これ以上オレといればアシェラの命は……


結局、オレはベッドから出る事が出来ずに布団にくるまって悩み続けた。




悩んで寝てを何度か繰り返して、オレはまた真っ暗な部屋でボンヤリと窓の外を見ていた。

オレの手を誰かに握られて振り返る。


アシェラが心配そうな顔でオレを見ていた。


「アルド。大丈夫?」


そう声をかけられた瞬間、”やっぱりアシェラと別れるなんて耐えられない”とアシェラを抱きしめようとした。しかし、シャツの左腕の肘から先が垂れ下がっているのが見えてしまう。


また鼻の奥がツンッとして涙が溢れてくる。

”使徒””精霊””ゴブリンエンペラー””ブルーリングの危機””婚約破棄”頭の中がグチャグチャで全ての問題が自分のキャパを越えていた。


オレはアシェラの膝で泣いて泣いて、泣きつくして、最後に”別れ”を切り出した。




また真っ暗な部屋で1人外を見ている。

アシェラに理由を聞かれたが”ごめん”としか返せなかった。


”誰かに言われたのか?””腕が無いからか””嫌いになったのか?”全ての質問に”ごめん”で返すオレを見て最後にアシェラは泣きながら出て行った。

アシェラに分かれを告げてオレは正直、全てがどうでも良くなっていた。


流石に逃げるのは躊躇われる。まあ、行く場所もないのだが……

煮詰まった頭で考えた結果、オレが出した答えはエンペラーに挑む事だった。


万が一、倒せればもう一度アシェラとの婚約をハルヴァに頼むつもりだ。

オレが死んだとしても使徒はもう1人エルがいる。元々使徒は1人らしいので何とかなるだろう。


うわ言の様にエンペラーを倒せば……オレは自分にそう言い聞かせて睡眠薬を飲んだ。




翌日の早朝、見つからない様に自室で鎧を着て窓から空間蹴りで外へ出る。

エンペラーとの戦闘が長引くはずは無いので食料はリュックの中の5日分だけだ。


アオの領域では魔力は減らないのでこのまま空間蹴りで領域の限界まで移動する。

一度だけ振り返ったブルーリングの街は何故かとても懐かしく思えた。




領域の限界までくると指輪が光だす。


「アルド。どこへ行く気だ?これ以上進むと僕は出られなくなる」

「お前は領域内でしか出て来れないのか」


「どこに行くのか聞いてるんだけど」

「ああ、”主”を倒しに行ってくる」


「何を言ってるんだ?僕の領域を出て相手の領域で戦うって言うのかい?」

「ああ。そのつもりだ」


「アルド、待て。そんな…簡単…事……ない……」

「じゃあな。アオ。エルを頼んだぞ」


「待…。ア……待て………い……」


領域の限界なのだろう。アオはどんどん薄くなり最後には消えてしまった。

ここからは魔力の消費を考えて地面を走って移動する。


移動しながらエンペラーの動きを思い出していた。

キングよりは確かに早かったし膂力も強かった。


ただ、お伽話でしか出てこないってのは腑に落ちない。

あの強さならきっと噂に聞く竜の方が強いだろうと思えるのだが。


空間蹴りから地上を走りだして2時間程、魔の森へと到着した。

魔の森へ入るとハッキリと分かる。


空気なのか魔力なのか……言葉では表現できないが確かに違う領域に入った。

領域に入ってすぐの開けた広場にヤツはいた。配下だったキングを全て殺され自分自信も後少しまで追い詰められた。憎くてしょうがないであろうオレを待っていたのだ。


眼には歓喜と憎しみの炎が燃え盛っている。

手には城壁の上で捨てたはずの大剣を握って。


オレはここにきて妙に冷静になっていた。

最近、コンデンスレイで薙ぎ払う戦いばかりだったからかもしれない。


短剣二刀を構えながら、まずはソナーを使うつもりでいた。

考えてみればオレは前回、ソナー1つ使っていないのだ。


アシェラの腕の事で激昂していたとは言え少し冷静さが足りなかった。

戦いの中で冷静になるなんて……自分で自分の業の深さに苦笑いが出る。


「お前は1人なのか?」


言葉など通じないのは分かっているのに声をかけた。


「ギャワッ」


コイツも同じだろう……お互いの眼が合い一瞬だけ笑い合う。


斬り合い。


笑い合った次の瞬間には大剣を縦横無尽に振るって来る。

オレは空間蹴りと短剣、魔力盾を使い斬撃を捌いていく。


魔力盾を出した時にエンペラーが躊躇ったのはリアクティブアーマーを警戒しているのだろう。

まずはソナーを使いたいのだが……中々チャンスが無い。


何度目かの斬り合いでエンペラーの腕にソナーを撃ち込んだ。

1回では分からなかったが、おかしな感覚がある。


それから膠着しながらも2回、3回とソナーを打っていく。

エンペラーはソナーを撃ち込まれるのを忌々しそうに睨みつけてきた。


お互いに有効打は無いがソナーによってエンペラーの情報は徐々に暴かれていく。

そこから3回、計6回のソナーで分かった事は膂力はキングの倍。魔力も倍。恐らく魔法は使えない。


オレはこの程度で何故、お伽話の魔物扱いされているのが不思議だった。

そして、最初にソナーを打ってから感じていた違和感。


どうもエンペラーの右手、特に人差し指からおかしな魔力が流れて来ている気がする。

情報も大体取れた。そろそろ有効打が欲しい。


斬り合いの中で一瞬の隙を付きエンペラーの脇腹に短剣を突き刺した。

短剣が入らない……


城壁の上で戦った時には確かに魔力を纏っていたが相応の手応えはあった。

しかし、今は……纏う魔力の量が段違いに多い……魔力を供給されているのか……


恐らく自分の領域にいるエンペラーは限界まで魔力を纏って防御に全フリなのだろう。

普通なら魔力枯渇になるがここはエンペラーの領域だ。関係がない。


魔力酔い……一瞬、頭をよぎったがエンペラー自身が作戦として使ってきたのだ。

自分が魔力酔いに成る様なミスをするとは思えない。


それよりもこちらが魔力枯渇になるのが早いはずだ。

オレの魔力は既に2/3を切っている。


少しエンペラーと領域を甘く見ていたかも知れない。

お伽話の強さは、もしかして領域内での話なのか。


確かにオレも自分の領域内ならコンデンスレイなんてチート魔法を3発も打てるしな。

正直、オレの手札でエンペラーの防御を抜いて致命傷を与えられるのはコンデンスレイしか無い。


かすり傷程度ならジョーと遊びで作った”牙”でも付けられるだろうが意味の無い事だ。

オレの焦りに気が付いたのかエンペラーが笑った気がした。


どうやらオレはここまでの様だ。諦めの気持ちが湧いてくる。

しかし、無駄死にはしたくない。後に続くエルの為にも腕の1本も貰わないと!


オレはおかしな魔力が伸びている右手ごと右腕1本に狙いを変更し戦い続けた。

エンペラーはオレが首や顔、心臓から右腕に狙いを変えた事が分かってから露骨に攻撃を避けるようになる。


オレが訝しんでいるとエンペラーが咆哮を上げた。

エンペラーと対峙していると後ろの茂みからゴブリンキングが3匹現れる。


エンペラーが再び笑うのが分かった。

勝手にキングは全て倒したと思ったオレのミスだ。


こうなると腕1本も厳しいかもしれない。

魔力もそろそろ3/5になる魔力枯渇になる前に出来るだけ間引きしてやる!





オレの足元にはゴブリンキングが2匹、額と首それぞれに短剣が突き立てられ死んでいた。

今は予備のナイフ2本を手にエンペラー1匹、キング1匹と対峙している。


キング2匹を倒すのにリアクティブアーマーとウィンドバレットを使いすぎた。

さらに致命的だったのが魔力盾を割られた事だ。ダメージは無かったが魔力をゴッソリ持って行かれた。今の魔力は1/5を切る。


そろそろ限界を感じ出した頃エンペラーがさらに咆哮を上げた。

オレは”まさか……”と思ったがキングが2匹、木の影からゆっくりと姿を現す。


エンペラーは笑っているのだろう。腹を抱えてオレを指差している。

覚悟を決めた……オレは大きく息を吐いて素早く吸う。


吶喊!!


未熟なバーニアと空間蹴りで右のキングの額に右手のナイフを突き立てる。

その際に大剣を奪うのに成功した。


そのまま左のキングに左手のナイフを投擲、眼に当たりキングの絶叫が響く。

残りのキングにまたバーニアを使い、大剣を腹に突き入れる。


そのまま大剣を引き抜き、左手にもう1本、大剣を奪った。

エンペラーと対峙しながら眼からナイフを生やしてギャーギャー五月蠅いキングの首を刎ねる……


正直、身体強化の魔力さえしんどい……気を抜くと魔力枯渇で意識が飛びそうだ。

エンペラーは驚愕の表情でオレを見ている。


次が最後の攻撃だろう。きっと当たっても当たらなくても次の瞬間にはオレは八つ裂きのはずだ。

不思議と心が落ち着いているのは、2度目の人生、故なのか……


最後に思う事は”エル””母さん””父さん””クララ”……そして”アシェラ”……我ながら女々しいと笑いが出る。

その笑いを余裕と思ったのかエンペラーが後ずさりした。


「もう、キングは打ち止めか?」


オレが声をかけても当然ながら返事は無い。

ただ、エンペラーの眼に”怯え”の色が浮かぶ。


暫くお互いを見つめ微動だにしない……



風が吹いた……その瞬間オレは、なけなしの魔力を絞り出し空間蹴りとバーニアで前に出る。


武器は大剣二刀。使う技は”牙”ジョーと遊びで作った技なのに大事な場面ではこの”牙”を良く使う。っと笑みが零れる。

エンペラーに視線でフェイントをかけた。首を狙うように見せかけて体の前に突き出している右手の人差し指を狙う。


エルが言う様に駆け引きは苦手なのだろう。エンペラーの振るう大剣がオレのリュックを切り裂くが体を捻り大剣二刀を振り切った。見事に”牙”が決まり右手の人差し指が宙を舞う。


「ざまぁみろ……」


そう一言、呟いてオレは大剣を手放し倒れていく。


薄れてゆく意識の中で”ありがとう……”最後にこの世界で出会った全ての人に感謝するのだった。




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