第127話守るモノ

127.守るモノ



ゴブリン軍へコンデンスレイの無駄撃ちを行ってしまい、アルドとエルファスを寝かせた後。



アルドが言う様にコンデンスレイの余波が終わるとゴブリン軍が前進して来た。

しかしそれは雑魚では埒が明かないと思ったのか、向かって来たのはゴブリンエンペラーとゴブリンキング8匹。ゴブリン軍の最高戦力と思われる精鋭達だった。


狙いはアルド達なのだろう。真っ直ぐにここを目指して向かってくる。


「お師匠。多分ここを目指してる」

「アシェラ。アルとエルを連れて逃げても良いのよ」


「お師匠は?」

「私は時間を稼ぐわ」


ボクはお師匠を置いて逃げるなんて出来ない。


「……」

「アシェラ。逃げないの?」


「ボクもアルド達が起きるまで何とか時間を稼ぐ」

「……分かったわ。こんなに健気で私達は最高の女ね」


お師匠はそう言って笑った。こういう時のお師匠は本当に頼もしく思う。

睡眠の状態異常は1時間。それまでボク達が生きていられるかは分からないけどアルド達は絶対に守る。


眠っているアルドの顔をもう一度見た。

ああ、アルドを守る為ならボクは何だって出来る。ボクは”覚悟”を決めて守る戦いに身を投じていく。




ゴブリン達は慎重だった。特にゴブリンエンペラーは一番後ろからゆっくりと近づいてくる。

恐らく魔力酔いを狙っていたとしても本当にコンデンスレイを撃てないのか、確証を持てないのだろう。


キング達8匹も一網打尽にならない様に散開してゆっくり近づいてくる。

その慎重さは今のボク達にはありがたい。ここでアルド達みたいな極大魔法を撃てれば相手の警戒をさらに高められるのに。


そんな無い物ねだりをしているとお師匠がウィンドバレット(魔物用)15個を自分の周りに待機させた。

お師匠の魔法の使い方は上手い。ここで?っと言う場面で撃ちこんでくる。


何でもアリの模擬戦ならボクが勝つ。ただし魔法のみの模擬戦では今だにボクは1勝すらした事が無い。

そんなお師匠は一番前にいたゴブリンキングへ15個のウィンドバレットを撃ち込んだ。


ボクは眼を疑った。お師匠がそんなに単純な攻撃をするなんて……

時間稼ぎのつもりか焦っているのか……普段の人を食った様なお師匠からは考えられない攻撃だった。


案の定、ゴブリンキングはウィンドバレットを余裕を持って躱した……と思った瞬間、ウィンドバレットが曲がる。

普通、魔法は発現すると同時に真っ直ぐ進む。待機状態にして自分の周りに漂わせるのでも常識外の技術だ。


しかし今、お師匠は発動した後の魔法を曲げて見せた。

理屈で言えば可能なのは分かる。しかし発動した後の魔法の早さを考えて欲しい。


投げたボールを曲げる様な……どこまで”魔力操作”を磨き上げればこの高見へと至れるのか……

実際に受けたゴブリンキングの驚きようは、ここからでも確認できた。


15個のウィンドバレットの内10個が命中しゴブリンキングは驚いた顔のまま原型を無くしていく。

これでキング7匹、エンペラー1匹。今だに圧倒的なボク達の不利は変わらない。


しかし、お師匠のウィンドバレットが脅威だったのか、エンペラーが雄叫びを1つ上げるとキング7匹が下がっていく。

ボクは安堵の表情が浮かぶのを我慢出来なかった。


これでまた少し時間が稼げる。横目で見るお師匠の顔にも少しだけ安堵の色が浮かんでいた。

時間にして10分程だろうか……


再びエンペラーとキング7匹が向かってきた。

一時は”撤退してくれるかも”っと思ったのだが甘かったみたいだ。


ゴブリン達の陣形は同じ”散開”だった。ゆっくりとこちらに向かってくる。

魔法の射程に入った所でお師匠が再びウィンドバレットを15個、待機状態で自分の周りに漂わせた。


キング達は緊張しながらもゆっくりと前進してくる。

お師匠は先程と同じ様に一番前のゴブリンキングにウィンドバレット15個を撃ち込んだ。


ゴブリンキングは想定していたのだろう。魔力を纏い防御を上げ15発の内9個を躱し6個を受けきった。

勿論キングの大剣は折れ腕も酷い事になっていたが。


キング達は一斉に走り出した。恐らくこれだけやってもコンデンスレイが飛んで来ない事から撃てないと判断したのだろう。

キング達が近づいて来た事から魔法師団からの攻撃が始まるがお師匠がすぐに止めさせた。


後ろにゴブリン軍が待機しているので魔法師団の戦力は温存しておきたいのだろう。

この時点でアルド達が眠ってから40分の時間が過ぎていた。




ゴブリンキング達はジャンプしたと思ったら城壁に爪を立て軽々と登ってる。

途中、お師匠と一緒にウィンドバレットを撃ったが思ったよりも当たらなかった。


遠距離はお師匠に任せてボクは早々に接近戦の準備へ入らせて貰う。

ウィンドバレット10個を自分の周りに漂わせ、いつでも発動できる様にした。


ボクとお師匠の前にゴブリンキングが1匹、2匹と集まってくる。

すぐに襲い掛かってこないのはボスのゴブリンエンペラーを待っているのだろうか。


ゴブリンキング7匹と向かい合っていると、ゴブリンエンペラーが城壁を登ってきた。

心の中で後15分は無理かもしれない。と泣き言が出てくる。


エンペラーは、こちらの悲壮感を楽しそうに見ていた。

顔に嫌らしい笑みを貼り付け意味の分からない言葉を1つ吐く。


恐らく命令なのだろう。ゴブリンキング7匹が一斉にこちらに向かってくる。

ボクは後ろのお師匠に1匹も通さないようにキングの群れへと突っ込んだ。


ボク1人なら最悪、空間蹴りで空中に逃げられる。

でも、これは守る為の戦いだ。逃げる事は許されない。


アルドの新しい技術……バーニアを習っておけば良かった。

この状況でゴブリンキングをどれだけ相手できるか……


1匹は大した事は無い。片手でだって倒す自信がある。

2匹でも余裕だ。片手は無理でも完封する事だって出来るはず。

3匹も倒せると思う。1~2発は被弾の覚悟がいるかも。

4匹は苦戦しても何とか勝てると思う。

5匹は……運が良ければ勝てるかもしれない。

6匹は……半分を倒せれば大金星。

7匹は……


目標は15分の時間を稼ぐこと。

ありがたい事にエンペラーはこちらを舐めて戦闘には参加しない様だ。


後はお師匠のフォローに期待する。

ボクはウィンドバレットを先頭のキングに集中した。命中したのは5発。剣が折れ腕の皮がめくれたがそれだけだ。


1匹ずつ倒したいがそれでは後ろに通してしまう。

負傷したキングを無視し次に向かって来たキングに吶喊する。


お師匠は絶えずウィンドバレットを撃ち込んで援護してくれるがやっぱり数が多すぎた。

ボクはジリジリと後退させられていく。


まずは数を減らさないと。


頭では分かっているが、それが難しい。

多少のリスクは背負う覚悟を決め再度の吶喊。


ウィンドバレットは他のキングの牽制に、狙うは負傷している2匹のキングだ。

虚を突かれたのだろう。負傷している1匹の顔面に拳を叩き込む。


”パキャ”と有機的な音がして頭が爆ぜた。

驚くキング達を横目に2匹目の負傷しているキングに向かうと横から剣が飛んでくる。


しゃがんで躱し、すれ違い様に健康なキングに毒を打つ。

先程から麻痺を入れようとしているが、どうにも上手くいかない。


どうやらゴブリンキングは麻痺に強い耐性がある様だ。

この辺りの情報も調べておくべきだった。


それでもキング残り6匹。内:負傷1匹、毒2匹だ。

お師匠も絶えずウィンドバレットで牽制してくれている。


しかし、いくら普通の魔法使いの倍以上の魔力があるとは言え、お師匠の魔力も残り少ないはずだ。

それはボクも同じだった。絶えずウィンドバレット、身体強化、魔法拳、空間蹴り、を使っているのだ。


魔力枯渇になるのも時間の問題だった。

時間はそろそろ1時間になる。アルドとエルファスが起きて本当に戦える程に回復しているか正直、分からない。


ここは1匹でも減らし毒を撃ち込んでおくべきだろう。麻痺が効けば、もう1~2匹は減らせていたはずなのだが。

ボクはウィンドバレットを10個纏いキングの群れに何度目かの吶喊を行う。


キングの1匹の隙を付き魔法拳を顔面に撃ち込む事に成功した。

頭が爆ぜてゆっくりと倒れていく。


倒せた事の油断だったのか、それとも蓄積した疲労だったのかキングの大剣がボクの左腕を切り裂いた。

空中をボクの左腕が舞う。


キングの1匹が勝ちを確信したのか明らかに見下した眼を見せたと同時に魔法拳を腹に叩き込んでやった。

腹が爆ぜて崩れ落ちるキングをしり目に、すぐに自分で回復魔法を使い血を止める。


これで残り4……


エンペラーが苛立った様に雄たけびを上げた。

キング達から先程までの舐めた雰囲気が消える。


1匹のゴブリンキングがボクの落ちた腕を拾い、見せつける様に咀嚼しだした。

正直、ボクはもう魔力が底をついている。


横目でお師匠を見ると顔色が悪い。どうやら師弟揃ってここまでの様だ。

きっとアルドとエルファスが何とかしてくれる。


そう思って諦めかけた時にボクの右側を強い風が吹いた……

風はボクの腕を齧っていたキングへと向かう。


短剣を二刀持ち普段とは比べ物にならない早さで向かって行く。恐らく新しい技術の”バーニア”を使っているのだろう。

一瞬の内にキングを1匹仕留めてしまった。


アルドの状態は良い様に見える。しかしキング3匹、エンペラー1匹を相手に出来るのだろうか……

ボクはアルドには死んで欲しく無かった。


「アルド。ボクは大丈夫だから。無理だと思ったら逃げて……」

「アシェラ。止めてくれ。それ以上言われると自分が情けなくて死にたくなる……」


アルドが肩を震わせながら言葉を返してくると、エルファスがボクの左側を通り過ぎる。


「母様、アシェラ姉、休んでて下さい」


アルド同様、声に怒りを滲ませてエルファスはアルドに並んだ。

ボクとお師匠は2人の言葉に崩れる様に座り込んでしまう。


そこからは見ているだけだった。

ボクが助けに入る必要もない一方的な戦いでもあった。



ボクはボンヤリとアルド達の戦いを見ながら、何かに気が付いた様に自分の左腕を見る。

無くなった左腕を見て”アルドに嫌われたくないなぁ”と心の中で呟くのであった。




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