第390話ブルーリング武道大会 part2
390.ブルーリング武道大会 part2
リーグ戦は演習場を3つに分け、同時に行う事にした。
ダラダラと長引かせても意味が無いと判断したからである。
決して早くしないと、今もウズウズとしている嫁の1人が、飛び入りしてくるかもなど全く考えていない!
「じゃあ、メロウさん、ネロ、エル、オレ達は向こうの隅でやろうか」
「分かりました、兄さま」
「分かったんだぞ」
「……」
メロウは訝しそうにエルを見つめ、首を傾げている。
「どうしました、メロウさん」
メロウは何も言わずエルに近づき、クンクンと匂いを嗅ぎ出した。
初対面で異性の匂いを嗅ぐとか……日本なら案件である。
「お前はアルドと同じ匂いがするぞ……ぶっちゃけどっちがどっちか分からない……」
ん? エルとオレが同じ匂い? 全く同じ匂いなんて、そんな事があるのだろうか?
頭に?を浮かべていると、後ろからナーガさんの声が聞こえてくる。
「獣人族は、魔力の匂いを嗅ぎ分けられると言いますから。もしかしてアルド君とエルファス君の魔力の匂いを嗅いでいるのかもしれませんね」
「そうなんですか? そもそも魔力に匂いなんてあったんですね……」
「私は聞いた事があるだけなので……ただそのお陰で、獣人族は他の種族よりも勘が鋭いと言われています。微妙な魔力を嗅ぎ分ける事で、異変をいち早く察知しているんじゃないか? と説く人もいます」
「なるほど。アシェラの魔力視の魔眼みたいな物ですか……」
「そうですね。アシェラさんの魔眼ほどハッキリとは分からないでしょうが、充分に実用的な能力みたいですね」
魔力の匂いか……確かにネロも索敵能力は高い。ソナーを使わない前提なら、オレでは敵わないだろう。
「メロウさん、こっちは弟のエルファスです。僕達は双子なので魔力の質が同じみたいなんですよ」
「弟のエルファスです。よろしくお願いします」
「双子……もしかしてお前もアルドと同じくらい強いのか?」
「いえ、僕は兄さまほど強くありませんよ」
「そうなのか? じゃあ、最初の模擬戦はお前とが良い。初っ端から負けるとか嫌だからな」
「分かりました。お手柔らかにお願いしますね」
「ああ、ちゃんと手加減はしてやるぞ。私もこの半年、リーザス師匠に扱かれたんだ。今ならアルドとだってそれなりに戦えるんだからな!」
オレは微妙な顔で2人を見つめる事しか出来なかった……エル、謙遜も過ぎると嫌味になるんだぞ?
まぁ、エルならいきなりKOなんて事はせずに、それなりに相手をするとは思うが……
勝敗は分かり切っているとしても、メロウには実力差を肌で感じてもらわねば。でなければ、こんな武道大会を開く意味が無くなってしまうわけで……
「じゃあ、第一試合はメロウさんとエルと言う事で。審判は僕が務めますね」
メロウは獰猛に笑いながら、対するエルは気負う事無く自然体で頷いていた。
「2人共、準備は良いですか?」
「ああ、いつでも良い!」「準備完了です」
「始め!」
2人は共に片手剣と盾を身に着け、騎士剣術を使う。
しかし、アルジャナとフォスタークとでは源流は同じだとしても、何百年と言う時間で大きく様変わりしているのかもしれない。
エルは盾を前面に出しゆっくりと進むのに比べ、メロウは盾を左側面に構え片手剣を突き出している。
攻撃主体のアルジャナと、防御には重きを置くフォスタークと言った所か。
まぁ、単純に個人の性格に由来するだけかも知れないが。
思考が逸れた。
メロウは片手剣を縦横無尽に振るって果敢に攻めていくが、エルは余裕を持って盾で軽く受け流している。
一見するとメロウがエルを追い込んでいるように見えるものの、エルは実力の半分も出していないのは明らかだ。
そんなある種の膠着状態の中、後ろから大声が響いてきた。
「ず、ズルイぞ、カズイ! 空に逃げられたら、私は何も出来ないじゃないか!!」
大声に振り返ると、カズイが空間蹴りの魔道具で空を歩きながら、ラヴィにウィンドバレット(そよ風バージョン)を撃ち込んでいる。
更にカズイは3つのウィンドバレットを、密かにラヴィの死角へ配置しようとしていた。
あー、予定通りの展開ですね。ラヴィさん、何も考えずに空間蹴りの魔道具を了承する方が悪いんですよ?
少し可哀そうだとは思うが、ラヴィ組はカズイを始めナーガさん、ライラと魔法使いばかりである。
ラヴィには、精々 七面鳥撃ちされて自分の実力を嫌と言うほど味わってほしい。そうすれば、「オレの自宅に住んで嫁を守ってやる」なんて寝言は出てこなくなるはずだ。
オレの小さな幸せのために……いけ、カズイさん。そこだ、撃て撃て。あー、そんな手加減しなくて良いのに!
エルVSメロウ、ラヴィVSカズイのどこか緩い模擬戦の中、この場にはもう1つ戦いが始まろうとしていた。
2つの戦いとは違い、ルイスとリーザス師匠はお互いに木剣を構え、本気の殺気を出しながらピクリとも動かない。
リーザス師匠が動かないだと? いつもはどんなに止めても、絶対に突っ込んでいくのに……
訝し気に感じながらも2人の顔を見ると、ルイスは気力を漲らせて真っ直ぐに立っているが、対するリーザス師匠は脂汗を流し明らかに気圧されていた。
「どうしたよ? そんなに縮こまって、母さんらしくないじゃないか」
「五月蠅い。男ならグダグダ言わずにかかってきな」
「そうかよ。じゃあ、遠慮なく!」
そう口を開いた瞬間、ルイスは瞬時に動きリーザス師匠へ両手剣を振り下ろした。
両手剣の振り下ろし……数ある両手剣の剣技の中でも、大型の魔物さえ屠る必殺の一撃だ。
リーザス師匠はそんな攻撃を当然 躱すだろうと思ったが、意外な事にルイスの振り下ろしを真正面から受け止め、更に鍔迫り合いに持っていく。
2人の年齢は19歳と40歳越え、ルイスの身長は170センド後半に対し、リーザス師匠は160センドに届かない程度……しかも男女の筋力差……
何故こんな不利な勝負を……リーザス師匠なら、ルイスの振り下ろしを躱して隙を狙う事さえ出来たはずなのだ。
そんなオレの疑問に答えるようにリーザス師匠が吠えた。
「ガァァァァァァァァアアアア!!」
年齢、体格、男女差……全てが不利な条件の中、リーザス師匠は驚いた事にルイスを押し返してしまった。
呆気に取られたルイスは、一度 距離を取って呆けた顔を隠そうともせず口を開く。
「な、何なんだよ、今の……おかしいだろ……」
「ハァハァ……実の息子に……ハァハァ……舐められっぱなしでいられるか! ハァハァ……本気でかかってきな、ルイスベル!」
ルイスは難しい顔をした後、ゆっくりと闘気を漲らせていく。
「悪かったよ……ここからは本気で行く!」
ルイスはそう呟くと、リーザス師匠の下へと真っ直ぐに向かい、嵐のような剣戟を振るい出した。
振り下ろしからの横薙ぎ、更に突きからの切り上げ……重い両手剣をまるで片手剣でも振っているかのような斬撃に、リーザス師匠は防戦一方である。
これだけ縦横無尽に両手剣を振れる秘密……それは身体強化もあるが、ルイスは剣の重量を上手く流して、次の攻撃へと繋げているのだ。
リーザス師匠はそんなルイスの剣を捌きながら、何故か薄っすらと笑みを浮かべていた。
その姿は自身の息子の成長を喜ぶかのように見える。
しかし、そんな中でも2人の剣戟は激しさを増していく……模擬戦とは言え今は真剣勝負の真っただ中。どう判断すれば良いのか……
やっぱり流石にこれは……2人共、少し熱くなりすぎている。一度 仕切り直させて頭を冷やした方が良い。
「一度止めた方が良い」と考えた所で、隣から2人の木剣 目掛け、矢のようなウィンドバレット(魔物用)が飛んでいく。
木剣は半ばから砕け散り、粉々になって辺りに飛び散っている……あの剣戟の中で正確に刀身だけを狙うなんて……そんな緻密な芸当が出来る者をオレは1人しか知らない。
想像した通り、腕を組んだ母さんが大声で2人に苦言を呈し始めた。
「2人共、ちょっと頭に血が上り過ぎよ。特にリーザス、剣に殺気が籠り始めてるじゃない。アナタはルイス君と殺し合いをしたいのかしら?」
言われたリーザス師匠は少し驚いた後、バツの悪そうな顔でルイスの顔を見つめている。
「そうだな……ラフィーナ、お前の言うとおりだ。ここまで熱くなってしまったのは、ルイスベルに私の地力が及ばなかったからだ……ここらが潮時か……認めよう、この勝負 私の負けだ……」
ルイスが何も返さず寂しそうにリーザス師匠を見つめる中、師匠は更に言葉を続けていく。
「ルイスベル、勝者である、お前の言葉に従うとしよう……私は今日、この時を持って冒険者を引退する……これで良いのか?」
「母さん……」
「そんな顔をするな。お前はアルドに付いて行くのだろう? 使徒の従者ともなれば、これからのお前の人生は想像出来ないほど過酷な物になるはずだ。それでも進むと言うなら……どんなに辛い事があっても、絶対に真っ直ぐに立ち続けろ。お前の選んだ道だ、半端な事だけはするな」
「はい……絶対に半端はしません。オレの剣に誓います!」
「私は少し疲れた……久しぶりにキールの下へ帰らせてもらうとしよう……」
「はい……」
ルイスとの会話を終え、リーザス師匠は次に母さんへと向き直る。
「ラフィーナ、私は先に抜けさせてもらう。スマンな……」
「アナタの選んだ道なら私は何も言わないわ。でも1つだけ教えて。『若返りの霊薬』を使わないのは何故? 霊薬を使えばルイス君には及ばないとしても、まだまだ戦えるはずでしょ?」
「若返りの霊薬か……私は自然の節理と共に生きようと思う。「臆病」だと笑ってくれて構わない」
「いいえ、懸命な判断だと思うわ。お疲れ様、リーザス。後はゆっくり休んで頂戴」
リーザス師匠は少し笑ってから、それ以上は何も言わずに演習場を後にしたのだった。
ルイスはリーザス師匠の去った後も、視線を移さずジッと見つめ続けている……まるで待っていれば師匠が帰ってくるかのような……
オレはそんな寂しそうなルイスの背中へ声をかけた。
「ルイス、良かったな。リーザス師匠が素直に安全な世界へ帰ってくれて」
「良かった……のかな? 今は良く分からない……ただ、オレは自分の選んだ道を歩いて行く。それだけは変わらない」
「そうか……」
「ああ、そうだ」
そんなオレ達の後ろでは、ラヴィがカズイに七面鳥撃ちされて降参する姿があった。
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