(仮)アルドの異世界転生

ばうお

第1話プロローグ

1.プロローグ






それは何か……

いつからあったのか、どこから来たのか。


例えるなら願いの結晶。


正月の神社での願い。何気ない日常での小さな願い。果ては困難にあって、絞り出すような願い……

神の御業か人の業か、何百、何千、何億の願いがより固まった『それ』は確かにそこにあった。


満月が美しい夜空に、願いが寄り固まった『それ』は、空を舞うように漂っていた。






ありふれたオフィスの一角、時刻は22:00をまわっている。


「やった……やっと今日のノルマが終わった。これで帰れる……」


後輩の中西がゆっくりと立ち上がり、伸びをしながら帰り支度を始めた。


「先輩はまだやってくんですか?」

「これだけ片づけたら今日は帰るよ」


まだまだ終わりそうにない書類の束を掴んで見せつけてやった。


「が、ガンバッテクダサイ」


中西は壊れたロボットの様に返した後、乾いた笑いを浮かべている。

オレは再び机に向かうと、中西へ背中越しに片手を上げ、残りの書類を片付けに入った。


「じゃ! お先です」


こちらをチラっと見た後に、中西はやっと解放されたとばかりに颯爽と廊下を歩きだした。






カタカタとキーボードの音だけが響きわたる中、やっと終わりが見えてきたオレは、飲みかけのコーヒーを口に含む。

温いコーヒーに眉を寄せながら周りを見渡すと、既にフロアの照明は落とされ薄暗い。自分の周りの一角だけ照明が灯っている状態だ。


「照明ぐらいケチるなよなぁ。昔は人がいればフロア全体が明るかったのに……これもご時世かねぇ」


微妙に暗いためか目が疲れて肩が凝る。少し休憩するかと目元を揉みながら椅子にもたれかかった。


「はぁ、もう34かぁ。無理 利かなくなってきたなぁ」


34歳独身 彼女なし。両親は健在で兄が一人、どこにでもいる『その他大勢』。

気になる女性はいない。親友や友人も、アイツ等が結婚してからは疎遠に……両親とは不仲ではないが、持て余されてる感じだ。特に兄に子供が出来てからは実家に帰っても居場所が微妙な状態で……




椅子にもたれながら、どことも無い虚空を見つめながら、つい愚痴が零れてしまった。


「昔はやりたい事が沢山あったのになぁ。流行りの異世界転生でもして人生やりなおしたいねぇ。この世界に未練も無いし、オレって最適の人材じゃん」


自分でも くだらない事を呟いたと思い、乾いた笑いが浮かんでしまう。


〖願いのままに〗


言葉ではない、それは心に直接響いた。


「なっ!」


椅子から落ちそうになりながらも、何とか立ち上がり周りを見渡す。誰もいない。当然だ。オフィスには自分1人しかいないはずなのだから。

ドッドッドッ、心臓が早鐘のように脈打っている。


気温が2~3℃下がったような錯覚さえ感じてしまう。

気配を探ってどれぐらい経っただろう……


「気のせいか…」


警戒を解き、座ろうと椅子に手をかけた瞬間、ドクッ! 胸が軋む! 息ができない!


「カハッ!」


そのまま書きかけの書類をぶちまけながら、床に倒れこんだ。


「だ、誰か……」


その声に返す声も、差し伸べる手もないまま意識が薄れてゆく。

消えてゆく意識の中で、「書類終わらなかったなぁ」とくだらない事を考えていた。





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