第237話再・翼の迷宮 part1

237.再・翼の迷宮 part1







2度目の翼の迷宮に入って、今日で3日目になる。

オレ達は朝食を摂りながら今日の予定を話しあっている所だ。


「先回と昨日、一昨日でこの迷宮の凡その形が分かりました。この迷宮は円形をしており、入口は中心より北寄りにあると思われます。先回の西側、一昨日と昨日の東側の探索の結果、中心は入口より南に1日ほど移動した場所にある可能性が高いかと」

「いよいよ風竜ね。地竜の時は戦力外通告を受けたから、今回は腕が鳴るわ」


母さん、未だにあの時の事を根に持ってるんだ……


「恐らくだけど中心には祭壇があり、魔瘴石がある筈です。風竜を倒したらアルド君かエルファス君は直ぐに魔瘴石を浄化してください」

「「はい、分かりました」」


「問題は風竜に対する作戦ですが……ミルドの街でも風竜の情報は多くありませんでした。絶えず空を飛び、風のブレスを吐く。形は竜種の中では変わっており、一見すると蛇のようだと。そんな姿ですから、全長は3

0メードに達すると言う話もありました。後は何と言ってもスピード……竜種の中でも随一を誇るそうです。この速さに対応できないと撤退するしか無くなります」

「「「「……」」」」

「後は実際に見てからの話ね。警戒するのは大事だけど、必要以上に怯える事に意味は無いわ」


「ラフィーナの言う通り、ここからは実際に見て、対処するしか無いでしょうね」

「朝食を摂ったら直ぐに向かうの?」


「迷宮の外にはヤルゴ達が要る筈よ。ここから出口は通り道になるから、声だけはかけていくつもり」

「分かったわ。移動と準備を考えると風竜戦は明日ね」


「そうね。今日中に近づいておけば、明日の朝1から戦闘になるわ」


母さんは獰猛な顔で笑いながら、一度だけ頷いた……母さん、やる気だ……






朝食を摂り終わると15分程の休憩を取り、オレ達はいよいよ中心を目指して移動を始める。

空での隊列だが、反省会の時に決めた陣形が思ったより使い易く、少し間隔を空けるなどの細かな調整をするだけで、殆ど最初に決めた通りでの運用が可能だった。


問題があるとするとアシェラが遠近両方の攻撃に参加したがり、魔力消費が一人だけ激しいという事だ……抑えるように言うのだが、いざ戦闘に入ると、結局 攻撃に参加してしまう。

いっそアシェラは魔法禁止にしたほうが、良いのかもしれない。


それ以外には、サポートが苦手だと思われていた母さんだったが、オレ達前衛の死角になりそうな敵を優先して攻撃し、非情に上手く立ち回っていた。

性格的に“やりたくない”というだけで、出来ない訳では無かったようだ。


そうして途中何度か戦闘はあったものの順調に移動していき、昼食の少し前の時間には出口に到着する事ができた。


「外にはヤルゴがいるなので声をかけてきますね」

「ナーガさん、オレも行きます」

「ボクも行く」

「私も……」


ナーガさんはオレ達の顔を見て、苦笑いを浮かべながら小さく頷いた。


「エルは母さんの護衛を頼むな」

「分かりました」


オレ達4人は半透明の球体に手を入れ、迷宮から外へと出て行く。

やはり外と中の時間は同期しているのだろう、太陽の位置はもうすぐ一番高くなる筈である。


「無事で良かった!」


近くで翼の迷宮を見張っていたヤルゴがオレ達を見つけ、こちらに走り寄って来た。


「恐らくは明日の午前中から、風竜と戦闘になると思われます」

「明日……」


「討伐が問題無く終われば、明日の昼から夜にかけて翼の迷宮は踏破される事になり、早ければ夕方には魔物が溢れ出すかと」

「そうか……」


「私達はそのまま掃討戦に入るつもりですが、余力が無ければ休息を取らせて貰う事になるでしょう」

「それはそうだな。任せる……」


「……」

「どうした?」


「意外でした」

「意外?」


「アナタは無理してでも、殲滅してくれ、と頼んでくると思っていました」

「……明日、本当に翼の迷宮を踏破してくれるのなら、アンタ達はミルドの英雄だ。無理ばかり言えねぇ」


「そうですか……」

「……それで……もし」


「もし?」

「……もし順調に全部が無事に終わったら、アンタの好きな物で良い。オレにメシを奢らせてくれねぇか?」


「…………考えておきます」

「!ああ、期待している」


何この2人?良い雰囲気出してるんだけど……ヤルゴ、お前その道を進むつもりなら、きっとミルド領に居られなくなると思うぞ?

オレ達はヤルゴのパーティメンバーと一緒に、微妙な顔で2人を見つめていたのだった……






今はヤルゴ達と別れて南へと向かって、移動している途中だ。

中心に向かっているからと言って、東や西に比べて魔物が増えたり強くなったりする事は無さそうである。


改めて、この翼の迷宮を眺めてみると、どこまでも見渡す限りの草原が広がり、時折 心地よい風が吹いていく。

迷宮だけあって気温は外よりだいぶ暖かく、恐らくは20℃ほど……魔物さえいなければ、そこらに寝転がり昼寝でもしたいほどだ。


オレは緩みそうになる気持ちを引き締めるために、自分の頬を軽く張った。

隣のエルがチラッとこちらを見ると、同じ気持ちなのだろう、エルもオレと同じように軽く自分の頬を叩いている。


アシェラに時折、方向の修正をしてもらいながら進んでいくが、草の背丈はオレの脛辺りまでしか無く、歩くのに邪魔になるような事は無い。

草原の他には所々に岩場が点在するのだが、この岩場がなかったらトイレ事情は酷い事になっていたはずだ……


細かな事に問題ははあるが、全体で見れば順調そのもので迷宮を中心に向かって進んで行くのだった。






移動の途中にボアがいたのでサクッと狩り、肉を取らせて貰った。早速、夕食で使わせてもらおう。

ボアの肉を薄く切って皿変わりの葉に並べ終えると、タレを作り始める。


醤油と砂糖を混ぜた物に、おろしショウガとおろしニンニクを入れてかき混ぜるていく、味見をすると……うん、美味い。後はこの生姜焼きのタレに少しの間、漬けておけば良い。


仕込みが終わったオレは丁度良さそうな大きさの石でカマドを作り、その上に平らな石を置いた。


「これで完成だな」


後は火をつけ、石の上で生姜焼きを焼くだけである。少し早い気もしたが石が暖まるまで時間がかかる事を考え、早目に火をつける事にした。


座りながらボーっとカマドの火を見てると隣にエルが並んで座ってくる。


「明日の風竜……本当に全員で戦うんですか?」


エルの疑問はオレも思っていた事だ。

風竜は竜種の中で一番早いらしい……空間蹴りだけで、風竜の早さに対処できるのだろうか。


オレ、エル、アシェラ、ライラはバーニアが使えるが、母さんやナーガさんは魔道具の空間蹴りだけなのだ。

素の空間蹴りは〝斥力”を空中に作るため、使い方によって動きも早くなるのだが、魔道具の空間蹴りは空中に足場を作るだけで、特段 動きが早くなるという事は無い。


「そうだな……それはオレも思ってた事だが……お前、今の話をあの2人に言えるか?」


エルと一緒に母さんとナーガさんを見ると、2人は地竜戦の屈辱を晴らそうと闘気を漲らせている。


「……僕には無理そうです」

「だろ?」


「……」

「だからな、明日の風竜戦、エルには母さん、ナーガさん、ライラの護衛を頼みたいんだ」


「護衛ですか……」

「ああ、オレ達3人の中で、1番盾の扱いが上手いお前に頼みたいんだ」


「……分かりました」

「いつも無理を言ってすまない」


エルが母さん達を護ってくれるなら、後ろを気にせずに戦える。

それからは生姜焼きを焼いて皆に振る舞うと、マッドブルと同様とても喜んでくれたのだが、生姜焼きに黒パン……やはり米が食べたい、生姜焼きをおかずに白飯をかき込みたい……いつか絶対に米を探す事を改めて誓ったのだった。


「明日は1時間ほど移動すると、恐らくは迷宮の中心に辿り着くはずです。今日は早めに寝て明日に備えましょう」

「「「「はい」」」」

「分かったわ」


見張りはアシェラ>オレ>ライラ>ナーガさん>母さん>エルの順番だ。

ナーガさんもオレ、エル、アシェラが風竜戦での主力になると想定しているからか、なるべくオレ達3人が纏まった睡眠が取れるような順番になっている。


オレ達はナーガさんの配慮に感謝しつつ、眠りについていった。






どうやらライラの番と母さんの番の時に、それぞれワイルドボアとマッドブルがやって来たそうだ。

ボアを朝食、ブルを風竜戦後の食事に当てさてもらおう。


朝から流石に手の込んだ料理は作りたくなかったので、ボア肉のスープと黒パンとジャムでの朝食だ。

味噌があれば豚汁なんて美味いんだが……無い物をねだってもしょうがない。


朝食を食べながら最後のミーティングを行う。これが終わると風竜まで真っ直ぐに進み、細かな打合せは出来ない。


「いよいよ風竜戦ですが、皆さん体調はどうですか?」

「「大丈夫です」」

「「大丈夫」」

「問題ないわ」


「作戦ですが空の隊列で挑もうと思いますが、風竜の早さが未知数なので臨機応変にお願いします」


オレは手を上げて意見がある事を主張した。


「アルド君、何かありますか?」

「はい、今回は空の隊列が、まだ不慣れです」


「それはそうね。でも試してまだ3日目なのでしょうがないわ」

「……提案ですが……オレとアシェラが遊撃で、エルは後衛の前に配置した方が良いと思います」


昨日、エルと話していた内容だ。オレの話を聞いて母さん、ナーガさん、ライラは露骨に不機嫌な顔でオレを睨んでくる。軽く殺気すら出ていそうだ……


「アル……アンタ、エルに私達のお守りをさせるつもりなのかしら?」

「アルド君、私達は守られなければいけない存在なの?」

「アルド君……私は戦える……護衛は必要ない」


予想していた通り……いや、予想以上の反応だ……


「違うんです!」

「何が違うのよ!アンタが私達を舐めてるだけでしょうが!」


「き、聞いてください!」

「アルド君、私達はパーティです。ただ守られる存在では無いの」


「ほ、本当に聞いて……」

「アルド君、私は未熟だけどバーニアも使える。風竜の攻撃なんか当たらない……」


ダメだ……頭に血が上ってオレの話を聞いてくれそうも無い……どうしよ……


「兄さまの話を聞いてください!お願いします!!」


普段、温厚で大きな声など、オレですら数回しか聞いた事が無い。そんなエルの大声は3人を黙らせるには充分な迫力であった。


「フゥ、僕の言い方が悪かったです。すみませんでした……」

「「「……」」」


「正直、風竜の強さは未知数です。こちらが空を飛ぶ事がかえって不利になる可能性すらあり得ます。早さも竜種の中で1番……オレ、エル、アシェラは万が一の場合、盾を出せますが、母さん達は風竜の攻撃を躱すしか無い。竜種の中で一番早いと言われる風竜の攻撃を本当に躱せますか?」

「「「……」」」


「ずっとエルに護衛して貰おうと言ってるじゃないんです。風竜の攻撃を母さん達が捌けるようなら、エルも遊撃に出れば良い。でも躱せそうに無ければエルに護ってもらって隙を見て攻撃をお願いしたいんです」

「「「……」」」


「僕達はパーティです。お互いの弱点を補うのは正しいパーティの形じゃないんですか?母様、今回は盾役がたまたま息子だってだけで、過去にパーティメンバーに護って貰った事はありませんか?」

「……当然、あるわね」


「だったら……」

「……あー、もう、分かったわよ。アルに理屈で勝てると思ってないわ!」


オレは母さんからナーガさんへ向き直った。


「ナーガさん、言い方が悪かったと思っています。すみませんでした。でもエルの盾を認めてほしいです」

「……分かりました。私も少し感情的に成り過ぎました。てっきり地竜と同じで戦力外通告を言い渡されたのかと……」


ナーガさんも、地竜の事を根に持っていたのか……気を付けねば。

オレは最後のライラへと向き直る。


「ライラ、お願いだ。エルの後ろで戦ってくれ」

「でも……私はバーニアも使えるし……」


「顔に傷でも残ったら大変だろ。エルの後ろなら安全だ。頼む……」

「……そこまで私の事を……分かった」


「うぇ、え?お、おう……」


微妙な空気になったが一応は全員が納得してくれた形になった。

残っていたボアの肉をツマミに、少しだけ隊列の打合せをしてから、オレ達は風竜の元へと移動を開始する。





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