第236話休息(弐)

236.休息(弐)






物音に目が覚めるとエルが朝の準備をしている所だった。


「すみません。起こしてしまいましたか」

「いや。今、何時だろ?」


「もうすぐ8:00ですね」

「そうか、少し寝過ぎたかな」


「今日は休息なので、問題ないと思いますよ」


オレはエルの言葉に半笑いを浮かべる。


「反省会は9:00からだったよな?」

「はい。1階の酒場で9:00からです」


「分かった、ありがとう」


昨日の夜はライラの事を、何故かオレが責められるような形になってしまった。

結局、オレはライラをどう思っているのか……見目は可愛らしいと思う。オレには勿体ないくらいだ。アシェラやオリビアとも上手くやっていけそうでもある。こうなると、やはりオレの気持ち次第という事になってくるのだろう。


オレは何度目かの考えに、頭を振って切り替える。

これからは日々の生活で、ライラを真っ直ぐに見ていこうと思う。


昨日、腹を割って話してみて、少なくとも今まで感じていたような胡散臭さは払拭できた。

今ならニュートラルな眼でライラの事を見れるはずだ。






朝の準備を終え、エルと朝食を摂っていると、アシェラとライラがやってきた。

2人はオレ達と同じ机に座るが、昨日の今日でライラと顔を合わせ辛い。


お互いに変な意識をしてしまう……

そんなオレ達にアシェラはふくれっ面をしている。


今まで何か文句を言う処か、ライラの応援すらしていたのに……


「アシェラ、前はライラを応援してたのにどうしたんだ?」

「ライラは応援してる。ボクが怒ってるのはアルドに!」


「オレに?」

「前はもっとボクに優しかった。時間があれば何処かに誘ってもくれた。でも今はボクの事は後まわしにしてる……」


オレはアシェラに言われて、ハッとしてしまった。

日本でも当時の彼女に同じ事を言われ、放置して破局した事があったのだ。


「あ、アシェラ、そんなつもりは無いんだ。オレはこの先、何があってもお前を愛し続ける!」

「本当に?」


「ああ、約束する」

「分かった……」


オレ達が2人の世界に入っている間に、周りには朝食を摂りにきた客が溢れていた。


「あー、朝食を食べたいんだが……席、良いか?」


冒険者風のオッサンから気まずそうに聞かれてしまう。


「「どうぞ……」」


それだけ言って、オレ達は逃げるように席を後にした。


「朝食、食べられなかった……」

「オレもシチューを1口食べただけだ……」


「お腹空いた」

「そうだな。9:00まで時間もあるし、露店でも見てくるか?」


「うん」


こうしてオレ達は宿の周りの露店を何軒か見て、アシェラは串焼き、オレは魚の干物を炙った物を買い、道の隅で食べ始めた。


「これは……中々美味いな」

「ボクの串焼きも、味付けがしっかりしてて美味しい」


「そっちも美味そうだ。一口ずつ交換しないか?」

「うん」


そう言ってお互いの料理を交換して1口ずつ齧りつく。


「お、確かに美味いな」

「この魚も美味しい」


そんなオレ達を見て周りの人達は、微笑ましそうに見ていたのだった。






9:00少し前に酒場に戻ると、既にナーガさん、母さん、エル、ライラの4人が奥にある大き目の机で待っていた。

挨拶を済ませ、軽い会話をしながら席に着くと、ナーガさんが話し出す。


「では始めましょうか」


全員が頷くと、ナーガさんは今回の迷宮探索の反省点から話し出した。


「先ずは、やっぱり空中での陣形ですが、実際の戦闘では思ったよりも難しいです。普段の陣形に上下の位置も合わせていては、負担が大きすぎるかもしれません。いっそバラバラに動いた方が効率が良いほどでした」

「そうね。ただ後衛の意見で言わせて貰えば、アル達の動きが早すぎて、無秩序に動かれると、当ててしまいかねないわ」


母さんの言葉にライラが頷いている。


「そうね。ワイバーンやらの大型種なら問題無いでしょうけど、キラーホークなんかが群れで来られると後衛はキツイでしょうね」


この話は地上で陣形を組んでいたとしても同じ問題がある、今までも何度か出ていた話だ。

ただ、上下の動きが加わって、今までならお互いが気を付けていた事が、出来なくなっているのが問題なのである。


「基本は今までと同じなので、慣れれば問題なくなるのでしょうか?」

「……それはどうかしら。人は上下の動きに不慣れだと聞いた事があります。アルド君が言ってたんじゃなかった?」


「そうですね……」

「……」


ここからは皆が思った事を話していたが、良いアイデアは中々出てこない。

いっそ前衛と後衛の役割を完全に分けた方が良いのかも……敵が遠距離の間は後衛の魔法で攻撃して、近づいたら後衛はサポートに徹して前衛がメインで戦う。


ロボットアニメ何かでも遠距離だと戦艦同士の艦隊戦で戦い、近距離はロボットが出て戦艦はサポートに徹していた筈だ……皆の意見を聞いてみたい。


「こんなのはどうでしょう…………」


オレの話には一考の余地があったのだろう、全員が話を聞き終えると自分なりに考えを纏めている。


「私は良いと思うわ。近距離でサポートに回るのは面倒だけど、他に良い案も無さそうだしね」

「僕も良いと思います。最悪は僕や兄さま、アシェラ姉も魔法が撃てないわけでは無いですから」

「私も良いと思う……軍でも騎士と魔法使いの連携に、似たような動きがある……勿論、空での動きでは無いけれど……」

「ボクは遠距離も近距離もどっちもやる!」


アシェラの脳筋発言は置いておいて、試してみる価値はありそうだ。


「では一度、次の探索で試してみましょうか。空間蹴りの魔道具が出来た以上、この話は今回だけの事では無いのでジックリと詰めていきましょう」

「「「「はい」」」」

「そうね」


メインは隊列の話で、残りの話は野営の順番だとか、草原の中、隠れる場所が少ないので、お花摘みは良さそうな場所を見つけたら早めに済ますだとか、細かな事がメインだった。

そこからは大きな話も無く、お昼前には反省会は終了し、後は自由時間である。


朝のアシェラの言葉を思い出し、早速 何処か出かけないかを聞いてみた。


「アシェラ、昼食を食べがてらミルドの街を散策しないか?」


アシェラが機嫌良く答える姿を見て、誘ったのは正解だった、と心の中で自分を褒めてやる。


「ライラとエルファスも一緒に行こう」


意外な事にアシェラからライラとエルに声をかけた。きっと朝の言葉は自分をもっと気にして欲しい、という事で無理に2人で行動する事では無かったのかもしれない。


「良いんですか?」

「良いの?」

「うん。皆で見て回ろう」


そんなオレ達を見ている視線が更に2つ……

強烈な視線に耐えかね後ろを振り向くと、氷結さんと新緑さんが捨てられた子犬のような目でこちらを見ているではないか……


「あ、あのですね……」

「お師匠とナーガさんも一緒に行こう」


アシェラの誘いに2人は満面の笑みで頷いた。


「やっぱり男の子はダメねぇ」


氷結さんが女性陣に、オレとエルの愚痴をこぼしている。この年で母親と歩くのって気恥ずかしいじゃないか……

日本でも男子中高生が、オカンの5M後ろを恥ずかしそうに歩いてる姿を見るだろう!


オカンは息子と歩けて嬉しいのだろう、大抵はテンション高く話しかけて、息子は更に距離を空けるのだ……

オレとエルは苦笑いを浮かべて、集団の1番後ろを付いて行くしかなかった。






街を改めてゆっくり回ってみると、やはり何処か活気が無い。

ヤルゴが以前に言っていた、ミルドには希望が要る、というのは本当なのだろう。


当てもなく街を散策していると、やはり女性の定番はショッピング……しかも服というのが、どの世界でも共通のようだ。

何故、他領に来てまで服なのか……理解に苦しむが、どうやら道行く人の帽子が気になるらしい。


王都で売っている帽子よりツバが大きく、簡単な日焼け止めにピッタリだそうだ。

早速、何件もの服屋を回る事になってしまった。


氷結さんなど屋敷にいる時は、1歩たりとも動かない、と鋼の意思を感じさせるのに……今は嬉々として、間違い探しで悩むレベルの違いしかない帽子を、並べて楽しそうに選んでいる。


オレとエルは修行僧のように、ひたすら買い物が終わるのを待つのだった。






結局、買い物が終わったのは陽も暮れ始める頃合いで、少ないながらも酒場が開き出し、気の早い者は最初の一杯を飲み始めている。


「兄さま、あれ……」

「見るな、行こう」


偶然エルが見つけたのは、スラムからこちらを見ている人の群れだ。

王都でもブルーリングでも見た事が無い数の浮浪者が、こちらを生気の無い眼で見つめていた。


中には小さな子供の姿も見えたが、オレ達に何か出来るわけでも無いし、する責任も無い。

可哀そうだとは思うが、オレの両手はオレの大切な人を掬うので手一杯だ。


せめてブルーリングにまで逃げ出してきたのなら、新しい種族の始祖として、手を差し伸べる事も出来るのだろうが……


「エル……可哀そうだが、オレ達に出来る事は無い。でも翼の迷宮を踏破すれば、ヤルゴの言う希望は与えられる筈だ……」

「そうですね……」


休日の最後に嫌なものを見てしまった。女性陣も思う所があるのだろう、先程までの楽し気な雰囲気から、今は随分 口数が減っている。






宿に戻ってからはそのまま酒場で夕食を食べ、それぞれの部屋へと戻って行く。

オレもお湯を頼んで体を拭くと、思ったより疲れていたのか眠気が襲ってきた。


「眠くなってきたな……」

「僕もです……」


「買い物……疲れたからな……」

「はい……」


オレとエルはお互いに苦笑いをしながらベッドに入っていく。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい、兄さま」


眼を閉じ、眠りに落ちて行く途中で、スラムの子供達の顔が思い出される……今日の夢は悪夢だろうな、と思いながら眠りに落ちていった。





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