第235話ライラの大冒険 伍
235.ライラの大冒険 伍
ミルド領で翼の迷宮を探索した時の事。
私が使ったリュート伯爵家の秘術“雷撃”を一度見ただけで模倣し、数倍の威力に作り変えてしまう……そんな事が出来る人間がいるとは……
流石アルドきゅん☆と思う反面、私の中に小さな嫉妬の炎が燃え上がった。
アルド君の使う技術は空間蹴り、コンデンスレイ、壁走り……どれも現在の技術の延長ではあり得なく、いきなり現れた技術で構築されているように思える。
きっとそれこそが“精霊の使いに与えられる知識”なのだろう。
“知りたい”私は自分の中に湧き出る欲求を、抑える事ができなかった。
その結果、今までアシェラやお母様が協力してくれて、徐々に既成事実化されつつあった関係に、亀裂が入ってしまったのは私の責任なのだろう。
確かにアルド君の立場からすれば、正体の分からない人間が土足で自分の中に踏み込んできた、と思うのはしょうがない事だ。
事実、私はアルド君に甘え続け、信用を得る行動をとって来なかったのだから。
しかし、私の本当の年を知ってアルドきゅん☆は受け入れてくれるのだろうか……怖い……アルドきゅん☆に拒絶されたら私は生きていける自信が無い。
そうして今回も流されるまま何も行動を起こさない私を見て、アシェラが迷宮探索の帰りに苦言を呈してきた。
アシェラは私とオリビアを認めてくれて応援してくれる。しかし、それは“今は”と条件付きでの事だ。
私がアルド君の隣に立つに相応しくない、と判断すればアッサリと私を切るだろう。
それこそ“エルフの秘薬”の約束など無視して……
アルド君の傍にエルフの精霊ドライアドがいる現在、秘薬の1つや2つどうとでもなってしまう。
私はアルド君に私という個の価値を認めてもらい、あ、愛して貰わなくてはならないのだ。
色々と悩み抜いてお母様に相談すると、お母様は苦笑いを浮かべながら一つの策を授けてくれた。
「隊長……」
「ライラ、そう呼んでください」
「ライラ……どうにかしてアルの唇を奪いなさい」
「唇を?」
「あの子は責任感が強いわ。多少無理矢理でも初めてのキスだった、と言えば、いきなり婚約者は無理でも、真剣にライラを見てくれる程度の事はするはずよ」
そう言うと、準備に忙しく動いているナーガさんがいない事を良い事に、アシェラを自室へ呼び出した。
「アシェラ、ライラから話を聞いたのだけど……」
「うん」
「どうにかして、ライラにアルの唇を奪わせようと思うの」
「唇!」
アシェラは眼を見開いて驚いて、私を見つめている。
「何でライラとキスさせるの?」
「それはライラが、アルの隣にいる理由を作るためよ」
「それなら今まで通りで良い」
「ダメね。今回アルは明確にライラを信用出来ない、と拒絶した。こうなったあの子は、今までのような曖昧な態度は取らないわ」
「……」
「ここはライラが嫁候補から外れるか、婚約者まで駆け上る、足がかりを得るかの正念場よ」
「……」
「……」
「ボクは……」
アシェラはそのまま俯いて黙り込んでしまった。
「辛い事を言ってしまったわね。ごめんなさい、アシェラ。ただアナタが知らない所で、事を進めたくなかったの」
そう言いながらお母様はアシェラを抱きしめている。
どれほど経ったのか、お母様に抱かれたアシェラがポツリポツリと話し出す。
「ボクは手伝えそうにない……応援するつもりだったけどキス……でも邪魔もしない事を約束する」
「ありがとう……アシェラ」
私はアシェラが絞り出した言葉に、お礼を言う事しか出来なかった。
アシェラから取り敢えずの了承を得たのは良いが、問題はどうやってキスをするか……
アシェラのような魔眼があれば、寝かせて事は簡単に運ぶのに。
こんな時はお母様が頼りになる。
魔法師団時代でも、卓越した洞察力や判断力を持っているとは思っていたが、事がイタズラのようなくだらない物には天才的な閃きを見せるのだ。
私は悪魔の誘惑に導かれるように、再びお母様の部屋を訪れてしまった。
「キスをする方法ね……」
お母様が悪い顔をしながら思案する姿を見て、“この人だけは敵にしたくない”と改めて心の底から感じてしまった。
「お酒ね」
お酒……アルド君がミルド領に向かう時に、お酒でやらかしたのは私も見ている。
お母様の言うように、酔わせてしまえば何とでもなるだろう……キスの先ですら簡単に……ゴクリ。
しかし、今の私がお酒に誘っても警戒されてしまうのが落ちだ。
アルド君の信頼を得ている人間からの誘いが要る。
「私ではお酒に誘っても……誰か信用のある人が誘わないと」
「私が誘うわ。母親の私ならアルも安心して飲むでしょう!」
お母様……私にはアナタが一番、アルド君に信用されてない様に見えるのですが……
「……お願いします」
私は一抹の不安どころか、不安だらけでお母様の合図が来るのを待つ。
宿の部屋割りはアシェラと私が同室である。隣でアルド君の唇を奪う算段を見せるのは、あまりにも配慮に欠けると言う物。
私は宿の外に出て、お母様の部屋の窓からの合図を待った。
途中、酔っ払いや人攫いらしき者に絡まれたが、全員制圧してロープで縛りあげてある。
これ以上、邪魔をするなら首を刎ねると脅してあるが、1人だけ静かにしなかったので片腕を落としてやった。
一応、血止めの回復魔法はかけてやったので、死にはしないだろう。
そうして、かなりの時間が経って、やっとお母様の部屋の窓からライトの合図が灯ったのが見えた。
私は賊を放って、空間蹴りで真っ直ぐお母様の部屋の窓へ向かうと、部屋の中にはベッドに横になったアルド君の姿が……
「この子、私のお酒を拒み続けたのよ……失礼しちゃうわ!最後は無理矢理飲ませてやったけど……」
案の定、アルド君はお母様のお酒を断ったようだ……きっと私がアルド君の立場でも断ると思う。
誰が好き好んで罠があるのが分かっているのに、かかりに行くのか。
「さて、息子の逢瀬を覗く趣味は無いわ。5分もあれば充分でしょ。私はお花でも摘んでくるわ」
そう言うとお母様は部屋を後にした。
5分……キスをするには充分だが、その先には些か時間が足りない。
しかし私は夢にまで見たアルド君とのキスに、心が浮つくのを止められなかった。
ゆっくりとアルド君の顔に自分の顔を近づけていき、後1センドという距離で眼を閉じる。
あと少しという所で私の頭を抑える手の感触が……驚いて眼を開けるとアルド君も眼を開いており、訝しそうな顔で私の頭を押さえていた。
「母様の様子がおかしかったから、酒を飲んでから状態異常回復をかけたんだ」
「……」
「ライラ、どういうつもりだ」
「……」
「……」
「……好きなの。私、アルド君が好きなの」
「悪いが信じられない。会ったのはエルフの郷が初めてだ。初めて会った時はライラもオレを知らなかっただろう?なのに途中から急に思い出したかのように……」
「……最初は分からなかった。でも、アシェラに会って、アルド君だって教えてもらって……だって仮面をかぶってたもの……分からないわよ」
「……オレ達は以前に会った事があるのか?」
「うん、アルド君が10歳の頃にブルーリングで……」
「……スマン、思い出せない」
「うん、それは良いの。私はアルド君に気にして貰える見た目じゃなかったし……」
「そんな事は……」
「それで自分を変えるために旅に出たの……そしてエルフの郷でアルド君に再会した」
「……」
「空間蹴りはね。ブルーリングで旅に出る前に、アシェラに教えてもらったの」
「アシェラに……」
「うん。私にはアルド君しかいない。5年前から私の中にはアルド君だけ。たぶんこれからも、ずっと……」
「……」
「本当に迷惑なら私はアルド君の前から消えます。でも少しでも私を見てくれるなら……傍にいさせてください。お願いします」
私はこの期に及んでも年齢の事を言い出せなかった。しかし、年齢の事以外は話せたと思う。
これで拒絶されたのなら、どこか山奥にでも行ってひっそりと死のう……
この時の気持ちは不思議なほどスッキリしていた……十中八九ダメだろうと思っていたが、この5年間、夢を見続ける事ができた。
今までの人生を考えれば、こんな楽しい夢を見れただけでも望外の出来事だ。
心の中で「ありがとう」とお礼を言い、アルド君の言葉を待つ……言い難い事を言わせているのを申し訳ないと思いつつ、今この瞬間だけは私の事だけを考えていてくれている、それが堪らなく嬉しい……それが例え拒絶だとしても。
苦い顔のアルド君の口が開く……
「すまない……」
アルド君の言葉が響く中、扉が乱暴に開き、扉の角がアルド君の後頭部に当たる……不意打ちを貰ったアルド君は、つんのめって私に覆いかぶさるようにして転んでしまった。
!!!!!!!!!!
そのまま倒れ込んだ私の唇にアルド君の唇が………………
アルド君は直ぐに離れ、しきりに謝っている。
キス……ファーストキス…………
私の中では先ほどのスッキリした気持ちは消え失せ、アルド君への気持ちが以前にも増して燃え盛り出している。
「アルド君……」
「スマン、ライラ。わざとじゃないんだ」
「私の初めてのキス……」
「お、おう……」
「……」
「……」
私がアルド君を見つめるの中、アルド君はどう振る舞えば良いのか分からないようだった。
「アル、淑女のファーストキスを奪っておいて責任を取らないつもり?」
「え、いや、今のは……か、母様が勝手に扉を開けたから!」
「あら、私が自室へ入るのに誰かの許可が要るのかしら?」
こうなったお母様に勝てる人はいないと思う……お母様の後ろには難しい顔をしたアシェラと、苦笑いを浮かべたエルファス君とナーガさんも見える。
アルド君は大きな溜息を1つ吐いたと思ったら、私に向かって話だした。
「ライラ……お前の気持ちは分かった。空間蹴りが使える理由も、母さん達と知り合いの理由も。隠している事が、まだ少しはありそうだがそれはいい。一度、真剣に考えてみる……少し時間をくれないか?」
「……うん。分かった」
こうして私は首の皮1枚で助かった。
まだまだ先は長いけれど、いつかはアルド君の隣に立ちたい。
私は心の中で気合を入れ、鼻息荒く決意を新たにした。
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