第234話翼の迷宮 part4

234.翼の迷宮 part4






見張り役のナーガさんに起こされて、ゆっくりと目を覚ました。


「おはようございます……」

「おはよう、アルド君」


周りを見ると皆は既に準備を始めており、どうやらオレが一番最後のようだ。氷結さんより遅いとは……解せぬ。

ライラを見ると普段と同じように振る舞っているが、どことなく元気が無いように見えるのは、オレの自惚れなのだろうか。


頭を振り意識を切り替え朝の準備を終えると、朝食を作り出した。


「今日は黒パンとジャム、フランクフルト入りのスープです」


昨日の夕飯の時、朝食用にマッドブルの肉を残そうと言ったのだが、強硬に反対されてマッドブルの肉は残っていない。

それでも全員がそれぞれに朝食を摂り、準備を終えていく。


「今日の夕方には一度迷宮を出ますので、出口に向かって移動しましょう。アシェラさん、誘導をお願いします」

「分かった」


昨日の夜に東の空を見るとナーガさんから聞いていた通り、空へ真っ直ぐ延びる光の柱が見えた。

アシェラの魔眼には今も尚、光の柱が空に向かって延びているのが見えるのだろう。


今日は昨日と逆で東を目指して進む事になる。もし方向がズレた時にはアシェラが教えてくれるはずだ。


オレは全員が準備完了した事を確認すると、エルと共に前衛の位置に着いた。


「じゃあ、行きますよ」


そう声をかけてオレは東を目指し歩き出す。






道中は昨日と同じで空を飛ぶ魔物に見つかり襲われるが、こちらに攻撃するために降りてきたタイミングで倒していく。

空中での隊列をどこかで試したいと思うのだが……ワイバーンでも雑魚な現状、そんな機会は無さそうに思う。


「ナーガさん、ワイバーンでも瞬殺なので空の隊列を試す機会が無いです」

「そうですね……しょうがないので一度、隊列を組んだままで、空を移動してみましょうか」


「はい」

「途中で敵がいたら、直ぐに倒さずに隊列を組んでの戦闘を試してみましょう」


「分かりました」


そこからは全員で空間蹴りの魔道具を使い、空を駆けて行く。

魔術師組の体力を考えて、軽く駆け足程度の早さなのだが、やはり魔術師組の息は少し荒い。


「大丈夫ですか?」

「このぐらいなら大丈夫です」


ナーガさんの返事に母さんが嚙みついた。


「ナーガ、ずっと駆け足で移動するつもりなの?」

「そうね……一度くらいは空での戦闘を試したいわね。その後で一度、地上に降りて休憩しましょうか」


「分かったわ。アル、ソナーで敵を呼んで頂戴!」


また無茶を……オレは判断が出来なかったのでナーガさんを見ると、苦笑いをしながら一度だけ頷いている。


「……500メードで打ちますね」

「どんどん呼んで良いわよ~」


氷結さんの軽い口調を尻目に、オレは空を駆けながら500メードの範囲ソナーを打った……あ、ヤバイ。

思ったよりオレのソナーに反応した魔物が多い。


「ワイバーン3、キラーホーク5、ラピッドスワロー4、こちらに向かってます」

「多いわね……でも何でラピッドスワローもこっちに来るのよ。アイツ等は魔法を使わないわよね?」


「ワイバーンの1匹にくっついているみたいです」

「……なるほど」


母さんが納得した後に、ナーガさんの声が響いた。


「アルド君、それぞれの方向を教えて」

「はい。東からワイバーン1、キラーホーク2。残りは北からワイバーン2、キラーホーク3です。ラピッドスワローは東からのワイバーンにくっついてます」


「分かったわ。アルド君と私、ライラさんは東を。エルファス君、アシェラさん、ラフィーナは北をお願い」

「「「「はい」」」」

「分かったわ」


思ったより敵が多かったので、2手に別れて敵を殲滅する事になってしまった……氷結さんのせいだ。

念の為、オレはナーガさんに戦闘の目的を確認しておく。


「隊列を確かめながら、倒すんですよね?」

「そうね……でも隊列を試すには、敵が少し多すぎるかもしれません」


「じゃあ、昨日の雷撃を試してみても良いですか?」

「雷撃……」


ナーガさんはライラに助けを求めるように見つめると、ライラは小さく頷いてみせた。


「ライラさんの了解はもらったわ」

「はい。ありがとう、ライラ」

「うん」


昨日の夕食の時“ライラを信じられない”と言ってから、これがライラと交わした初めての会話である。

オレは総魔力の1/4を右手の人差し指の先に集め、雷撃の魔法を発動した。


「魔法が発動しました。絶対にオレの前に出ないでください!できれば少し離れて」


ライラとナーガさんが頷くと、オレから距離を取ってくれる。


「アルド君、大丈夫だとは思いますが無理はしないでくださいね」

「はい、分かってます」


そんな会話をしている間に、魔物の姿が見えてきた。

ワイバーンを中心にキラーホークが2匹、ラピッドスワローは近づくと襲ってくるのだろう。


そのままお互いに近づいて行き、距離が50メードを切ったと思った時、オレの指から紫電の光が3つ走った!

ライラの雷撃であれば激しい痛みに麻痺程度の威力だったのであろうが、オレの雷撃を浴びたキラーホークは瞬時に燃え上がり、地上に落ちるまでに炭になりそうな勢いだ。


ワイバーンは巨体故に燃え上がりこそしなかったが、全身から煙を立ち昇らせ白目を剥いて落ちて行く。

ワイバーンにくっついていたラピッドスワローも同様で、恐らく息は既に無いと思われる。


「す、凄い……」


ナーガさんの呟いた声に思わず振り向いてしまったが、オレ自身もここまでの威力があるとは思っていなかった……


「自動照準なので、フレンドリーファイアが怖い……この魔法は普段使いには封印します……」

「そうね、それが良いと思います」


ナーガさんも、自動照準の恐ろしさを理解したのか、封印すると言うオレの言葉を止める事はしなかった。

確認のために地上に降りてワイバーン達を診ていると、エル達がこちらにやってくるのが見える。


「兄さま、大丈夫ですか?」

「ああ、全部倒せたみたいだ」


エルはオレの後ろに転がるワイバーンやキラーホークを見て、死体の状態から倒した方法を察したのだろう、苦い顔を隠しはしなかった。


「雷撃ですか……」

「ああ、この魔法は絶対に、軽はずみに使わない事にする。自動照準とか怖すぎる……」


「そうですね。僕も簡単には使わないようにします。大事な人を間違って傷つけた、なんて絶対に嫌ですから」

「そうだな」


オレとエルの会話を周りが苦笑いしながら聞いている中、ライラだけは何か思い詰めた顔をしていたのを、オレは気が付かなかった。






翼の迷宮探索2日目の昼過ぎ。もう2時間もすると陽が傾いてきて、空が茜色に染まり出すだろう。


「少し早いですが出ましょうか」


全員が満場一致で頷いて探索を中断する事になった。

この翼の迷宮は解放型の迷宮という事で、他の迷宮に比べてかなり開放感があるのだが、どこまで行っても迷宮には変わりが無く命の危険は常にある。


迷宮を出ると景色は大して代わり映えしないのだが、気持ちはやはり軽かった。


「ではミルドの街まで歩きましょうか」

「「「「はい」」」」

「分かったわ」


帰りは流石に隊列を組むつもりは無かったが、何故か自然にオレとエルを先頭に緩い隊列のような物ができている。

これも一種の職業病か……と心の中で苦笑いを浮かべていると、一番後ろでアシェラとライラが珍しく言い争いをしていた。


声量を抑えていたのでここまでは聞こえ無かったが、珍しい……もしかして雷撃の魔法の時に“ライラを信用していない”と言った事が響いているのかもしれない。

しかし、どこかで言う必要があった言葉だ。わざわざ迷宮探索中に言う事は無かっただろうが、オレの正直な気持ちで後悔はしていない。


そんな気持ちのまま歩いていると、いつのまにかミルドの街へ到着していた。






ミルドの街の門番に仮面を着け短剣を見せ、王家の影である事を告げる。


「王家の影だ。通らせてもらう」

「しょ、少々お待ちください!直ぐにヤルゴ殿が来られる筈です」


門番はヤルゴが来ると言うが、こちらには特に用事は無い。


「こちらは用事は無い。通らせて貰う」


そう言って門を通ると奥の通りから、ヤルゴと愉快な仲間たち……ごほごほ……

ヤルゴパーティが走ってこちらに向かっている所だった。


「ハァハァ……すまない。遅くなった……」

「いや、今着いた所だ……」


そんな付き合いたての恋人同士のような会話を繰り広げているのは、何度か命のやり取りをした敵同士である。


「次は明後日の朝から入るつもりだ。そこから風竜を狙う」

「……分かった」


「次からはそっちも魔物の警戒に出てもらうぞ」

「ああ、大丈夫。オレと3人で警戒に当たる予定だ」


「じゃあ明後日の朝8:00にここで集合で良いか?」

「ああ……」


それだけ決めるとオレはヤルゴの隣を抜け街の中へ進んで行く。

皆がオレについてくる中、ヤルゴはナーガさんに何かを言いたそうにしていた。


「何だ?ナーガさんに何かあるのか?」

「あ、え、いや……ゆ、夕食はどうするんだ?」


「うーん、ナーガさんどうしましょうか?」

「そうですねぇ、流石に街の中でもアルド君に作って貰うのは申し訳ないので、宿で食べましょう」


ナーガさんの言葉にヤルゴが反応して更に声を上げる。


「そ、それなら美味いモツ屋があるんだ!」


女性陣はモツの言葉を聞いて、露骨に顔をしかめている。

この世界では挽肉や内臓は、下賤な者の食べ物と認識されている。


フランクフルトは挽肉と内臓の両方を使っているのだが、それは知り合いのオレが考案して美味かったというのが大きい。

女性を食事に誘うのに“モツ屋”というのは……お前はその程度の女だ、と受け取られてもしょうがないのだ。


「結構です!行きましょう、皆」


そう言ってナーガさんはヤルゴの前から歩き去って行く……哀れヤルゴ……オレはモツ煮込み大好きだぞ。


こうして2日間の翼の迷宮の探索が終わった。

明日は朝から反省会をして、午後からは自由行動になる。


アシェラやエルを誘って、ミルドの街を散策してみるのも楽しそうだ。

そんな事を考えながら、日は過ぎて行った。





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