第233話翼の迷宮 part3

233.翼の迷宮 part3






マッドブルを倒してからも特に問題無く、順調に西へと探索を進めていた。

懐中時計を見れば、もう少しで16:00になる。マッドブルの調理時間を考えると、そろそろ野営の場所を確保しなければ……そう考え始めた頃、前方の空にワイバーンの影が見えた。


ワイバーン程度、倒しても良いのだが、今回は踏破が目的なので素材回収用の人力車は持ってきてない。


踏破後の掃討戦が楽になるならそれも良いのだが、今倒しても迷宮を踏破する頃には湧き直しているだろうし……

結果、放置しようとしたのだが、どうやら見つかってしまったらしく、こちらへ方向を変えようとしている。


万が一、後衛まで攻撃が届いても面白くないので、迎撃に向かおうとチカラを入れた瞬間、後ろから飛び立つ2つの影が……母さんとライラだ。

後衛に攻撃が行かないように、と考えていたのに、その後衛が進んで前に出てどうするのかと!


直ぐに追いかけようと、再びチカラを入れた所で、ナーガさんの声が響く。


「待って下さい。自分から向かったのだから、自信があるのでしょう。空を歩けるようになって、あの2人がどこまで戦えるのか、私は興味があります」


オレはナーガさんの言葉に、呆れた顔を返すしかなかった。






ライラとラフィーナがワイバーンに向かって空を駆けて行く。


「ふふっ。隊長、無理しない方が良いですよ?」

「隊長は止めて……お母様……」


「隊長にそう言われるのは、未だに慣れませんよ……」

「……」


ワイバーンは、エサがわざわざ自分に向かって来てくれた、と喜び、歓喜の咆哮をあげると、先ずは食べ応えがありそうな大きい方……ラフィーナを目指して加速した。


「私に向かってくるとは良い度胸ね!」


ラフィーナはウィンドバレット(魔物用)を15個纏い、ワイバーンを引き付ける……

かなりの速度で近づいてくるワイバーンが、必殺の間合い50メードに入った瞬間、15個全てのウィンドバレットを一斉にワイバーンの頭目掛けて撃ち込んだ。


ラフィーナが必殺の間合いとした50メードだが、着弾までは数秒の時間がかかってしまう。

ワイバーンは死に物狂いで体を捻り、必死にウィンドバレットを躱そうとするが、なんと発動した後であるにも関わらずウィンドバレットが曲がる……ワイバーンが逃げる事を決して許さない。


当たる!そう思われた時に、ワイバーンの体からラピッドスワローの群れが現れラフィーナに向かってくる。


「任せて!」


ライラはラフィーナの前に出ると、両手を前に出し魔力を集めていく。臨界に達した魔力を魔法に変え、ラピッドスワローに雷の魔法を発動させた。

雷……実はこの魔法を使える事こそ、ライラがリュート伯爵家で神童の名をほしいままにした理由である。


この魔法の名は雷撃。リュート伯爵家に伝わる秘伝の魔法で何代か前の変わり者が、雷を研究し偶然に出来た物であった。

偶然にできた故、開発者ですら原理も分からず、偶然に出来た経緯を記してあっただけの落書きが、禁書庫に保管されていたのである。


この雷撃の魔法は雷の魔法であるがために、魔法の速度は光とほぼ同じであり、発動すれば躱す事は不可能。

更に恐ろしい事に、この魔法は自動追尾なのだ。


対象を狙う必要が無く、落雷が落ちるが如くライラが持つ光の塊から、勝手に雷が伸び敵を撃ち抜いていく……

これだけ聞くと無敵の性能のようだが、実際はそんな事は全くない。


この魔法は自分の前方にいる物に対して発動する……敵味方を識別する能力を持たない事から、自分より前にいる味方にも、勝手に攻撃してしまうのだ。

更に致命的なのは攻撃力……この魔法は当たっても大きなダメージは期待出来ず、人を相手にしても激痛を与え一時的に麻痺を起こす程度であった。


そんな魔法であっても、ここは空の上である。一時的にでも麻痺により自由を奪えば、見る間にラビットスワローは地に落ち、落下の衝撃で墜落死していく。

運良く死ななかった個体も当然ながら大怪我を負い、戦闘に復帰するのは不可能だ。


結局、ワイバーンはラフィーナのウィンドバレットに頭を潰され即死し、ラビットスワローもライラの雷撃の魔法によって殲滅された。


「ラフィーナ、大丈夫だった?」

「ええ、問題無いわ。でもラピッドスワローが出て来るなんて……」


「そうね。私も魔物を調べた時に、ラピッドスワローにそんな習性があるなんて書いて無かったわ」

「次からは、それなりの大きさの魔物にはラピッドスワローがいる事を想定して動きましょ」


「分かったわ」


ラフィーナとナーガがそんな話をしている横で、アルドはラピッドスワローの死体を調べていた……






ライラが落としたラピッドスワローに触れてみるが、かなり暖かい……やはり電気の魔法か……


「雷の魔法か……電気も無いのに、雷の魔法をどうやって開発したのか……」


オレの声にライラが反応する。


「私の実家の秘伝の魔法で名は雷撃……雷を真似た光の魔法……」

「光?電気の魔法じゃなくて?」


「??でんきって何?」

「あ、あー、そうか……雷を真似た……なるほど……」


ライラの質問をスルーし、オレは右手の人差し指に魔力を集めていく。魔力を電子に変化するイメージで先程の雷撃を再現してみた。

魔法が完成した瞬間、勝手に指先の光の玉から、生き残っていたラピッドスワローに雷が延び貫ねいていく……


ライラの雷撃とは違い、オレの雷撃を受けたラピッドスワローは電撃の強さからか自然発火し燃え出した。


「うわ、これは……勝手に攻撃するのか。危なくて使い処を考えないといけないな……」


ライラの雷撃を真似た魔法を使って感想を呟いている後ろで、他の5人が呆然と立ち尽くしている……オレはそれに全く気が付いていなかった。






「アルドはおかしい!」


アシェラの言葉に3人が頷き1人が落ち込んでいる中、オレは牛タンを薄くスライスしながら、カルビのタレを作っている所である。


「そうは言うけど、ライラの魔法を真似てみただけだろ……」


事の発端は先程のワイバーン戦の後での事。オレがライラの使った雷撃の魔法を真似てみた事だった。

あの魔法〝雷撃”はライラの実家の秘伝らしく、ずっと使い手が現れなかった幻と言われた魔法であるらしい。


魔力共鳴をして今はエルも使えるのだが、そのエル自体 全く魔法の原理が分からず、苦い顔をしながら手から雷撃を飛ばしている。


「ライラを見てみる!」


アシェラから言われてライラを見ると、余りにもオレが簡単に使って見せたので、今は膝を抱えて体育座りをしながら、膝の隙間から見える地面を凝視している所だ。

ライラは雷撃の魔法を光の魔法と言ったが、やはり何度試してみても電気を使った魔法で、今は最初に使った雷撃より威力も精度もだいぶ向上している。


しかし、この雷撃の魔法。自動照準の部分は改良出来ず、威力も上がったので元の魔法より数段、使い勝手が悪くなっているのは秘密だ。

この魔法は周りに仲間が一切いない場所でしか使えない。


しかもこの魔法、魔力をバカ食いするのだ。威力を下げようとすると電圧が足りないのか魔法自体が発動せず、発動したかと思えばラピッドスワロー程度は一瞬で燃え尽きてしまう。

更に1発撃つのにオレの全魔力の1/4を使うと言う燃費の悪さ……


周りを敵に囲まれ、領域なりで魔力の心配が要らなく、コンデンスレイが使えない状況……自分で言っていて、どんな状況か全く想像できないが、そんな状況で輝く魔法である。

覚えても絶対に実戦で使う事は無い、と言いきれる魔法ではあるのだが、ライラからすれば自分のアイデンティティに直結するほどの魔法だったようで、立ち直る様子は見えない。


オレは申し訳なさを隠しながら薄くスライスした牛タンに、塩、胡椒を振り、焼けた石の上で焼き始めた。

暴力的な匂いが立ち昇る中、ライラが生唾を飲み込んだのに気付いてしまったのは偶然である。


流石にオレも悪いと思っていたので、焼けた牛タンの最初の1枚を箸で持ちあげ、ライラの顔の前まで持って行く。


「ライラ、ちょっと配慮が足りなかった。これでも食べて機嫌を治してくれ」


そう言って牛タンを口元に持って行くと、我慢できないのかライラは顔を上げて牛タンに食いついた。


「!!美味しい……」


そこからはいつものパターンだ。オレがひたすら肉を焼き、皆が亡者の如く肉を貪る……

母さんが「横においてあるカルビも食べさせろ」と言ってきたが「牛タンは最初に焼かないと味が移る」と止めさせた。


牛タンとカルビを一緒に焼くとか……牛タンを冒涜する行為だ。全く……

オレの分は別に取って置き、牛タンが無くなるといよいよカルビである。


醤油と砂糖をベースにニンニクや塩、胡椒で整えた焼肉のタレで、カルビを頂いていく。本当は味噌とミリンが……

結局、「これは無理だろう」って量を5人で食べ尽くし、今はオレ以外、食べ過ぎで横になり、唸っている。


「食べ過ぎですよ。ナーガさんやライラまで……」

「ごめんなさい。うぷっ、お、美味しすぎて……」

「ごめんなさい……」


母さんやアシェラはいつもの事なのだが、ナーガさんやライラは珍しい。確かにマッドブルの肉は美味かったので、しょうがないのかもしれないが……


「ライラは機嫌は直ったか?」

「うん……」


機嫌は直ったみたいだが、ライラはオレの顔を凝視して何かを言いたそうにしている。


「どうした?」

「アルド君、お願いがあります……」


「何だ?」

「アルド君の知ってる事を教えてほしいです……」


知識……ライラの言葉にオレは驚いてしまった。


「あ、ああ。雷撃の知識か……うーん、どう言ったら良いのか……」

「違う。今回だけじゃない。コンデンスレイや空間蹴りの原理に、以前ナーガさんが言ってたこの世界の有り様にアルド君は違う答えを持ってるみたいだった……それに今回の雷撃の魔法……さっき言った、でんきって何?」


「……」

「精霊の使いとして、特別に与えられた知識だとは思うけど、教えてほしい。お願いします……」


ライラはオレ達と過ごした、この半年の時間で、オレがこの世界に無い“科学”を基準に、魔法を開発しているのに気が付いたのか……

オレは空間蹴りが使える事も含めて、ライラの謎と優秀さに心の底から恐怖した。


「……ライラ、良い機会だから言うが、オレはお前を信用しきれていない。だってそうだろう。ある日、突然 出会ったと思ったら母様とアシェラの知り合いで、なし崩しに一緒に住む事になるとか。更にアシェラも母様もオレの嫁にするつもりみたいだし……」

「……」


「オレはライラの事を名前以外、何も知らない。オレに気があるのは察するけど、それもどこまで本当なのか……申し訳ないが、信用出来ない相手に知識を分ける事は出来ない……すまない」

「……分かりました……変な事を言ってごめんなさい……」


いつもはライラの味方をしてオレを責めてくるアシェラと母さんも、苦い顔をするだけで何かを言って来る様子は無い。

さっきの言葉は誤魔化したりせず、オレなりに誠意をもって答えたためなのだろう。


この日はこのまま交代で見張りをして野営をしたのだが、それからライラと話す機会は無かった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る