第232話翼の迷宮 part2

232.翼の迷宮 part2






オレ達は翼の迷宮の入口で、昼食を摂っている所だ。

昼食は黒パンをスライスしてフランクフルトや茹で玉子、野菜を小さく切って挟んだサンドイッチとジャムである。


「相変わらずアルの作る物は美味しいわねぇ。屋敷の料理長が作る物より私は好きよ」

「うん。アルドの作る物は美味しい。結婚しても作ってほしい……」

「お、おう……」


母さんの何気ない言葉にアシェラが反応して、ついイチャついてしまった。ナーガさんの背中に黒いオーラが見えるのは気付かなかったフリをさせてもらう。


「確認ですが、最初は空間蹴りは無しで、地上を歩いて行くんですよね?」

「ええ。空間蹴りの魔道具は空中で止まる事が出来ないので、まずは地上を歩いて移動しましょう。隊列ですが前衛は左がエルファス君、右がアルド君。そして中衛は左からラフィーナ、私、ライラさんの3人。アシェラさんはシンガリを務めて貰って、空に追撃が必要な場合は遊撃でお願いします」


先ずはこのフォーメーションを試してみて、徐々に魔道具を使って空での戦闘に対応していく予定である。

空での陣形……最終的にどんな形が良いのか、今の時点では想像も出来ない。


昼食を食べ終わり、食後の休憩を取っているとナーガさんの声が響く。


「そろそろ行きましょうか」

「「「「はい」」」」

「分かったわ」


この迷宮の入口……石のモニュメントの中心には、直径3メードほどの半透明の球体があり、これが迷宮の入口になる。

球体は擦りガラスのようで、反対側は見えなくなっている。


「じゃあ、私から」


そう言ってナーガさんが球体の中へ躊躇いも無く入って行く。なんて男前なんだ……オレなんかちょっとだけどビビってるのに……

そうしていると皆がどんどん入って行ってしまう……そんなオレの様子を不思議に思ったのか、残った氷結さんに、ニチャっと嫌らしい笑みを浮かべられてしまった。


「アル……アンタ、もしかして怖いの?」

「な、何を言ってるんですか!そ、そんなわけ無いでしょう!」


そう言って更に悪い顔をする氷結さんを押し退け、オレは球体に手を突っ込んだ。

領域が変わったような感覚の中、辺りを確認すると球体の中は外とは全く違い、見渡す限りの草原が広がっていた。


当然ながらストーンヘンジのモニュメントは無く、半透明の球体だけが草原の真ん中にぽっかりと浮いている。

これは……こんな変化の無い場所で100メードも離れると、この球体の場所など簡単に見失ってしまう。


出口を見失ったが最後、オレ達はこの翼の迷宮から出る方法が、無くなってしまうのだ。


「ナーガさん、こんな出口は直ぐに見失ってしまいます。どうしましょうか……」

「今は昼間で変わった所がありませんが、夜になるとこの球体から真っ直ぐ上に光が伸びるそうですよ」


「光が……」

「うん、真っ直ぐ上に延びてる」


オレとナーガさんの会話にアシェラが入ってくる。


「アシェラ、見えるのか?」

「うん」


オレは試しに局所ソナーを打ってみると、確かに魔力の柱が球体から真っ直ぐ上に延びているのが分かった。


「ソナーでも分かりました」

「そう。じゃあ、問題は無いわね」


「そうですね」

「先ずはどっちに行きましょうか……」


ナーガさんの声にオレ達は360°ぐるりと回りを見渡すが、同じ景色が見えるだけで地平線が広がっている。


「これじゃあどっちに向かっても同じね……勘でも何でも良いので、エルファス君とアルド君、先頭をお願いします」

「「分かりました」」


最初に決めていたフォーメーションを組み、出発しようとした時に右肩へかなりの衝撃が走った……

訝し気に回りを見ると、オレの足元には20センドほどの大きさの鳥の魔物が、ピクピクと痙攣している。


「ラピッドスワローね……アル、怪我は無い?」

「え?コイツが……まさか自滅ですか?」


「私達の鎧なら、相手の方がダメージが大きいみたいね。因みにどれぐらいの衝撃があったの?」

「あ、うーん、(そよ風バージョン)ぐらいでしょうか」


「成人男性が殴るぐらい……攻撃されれば体勢は崩されるでしょうし、当たり処によっては脅威ね。やっぱり休憩でも仮面は着けておきましょう。顔に傷なんて残したく無いでしょ?」


母さんの言葉に女性陣はしっかりと頷いている。オレの顔に傷が残っても大して気にしないが、アシェラの顔は別だ!

最悪は前にドライアドから貰った、完全回復薬を使ってでも直してみせる!


あれは万が一のために収納に入れてあるので、エルも必要があれば躊躇わずに使ってほしい。

気を取り直して改めて上空を見ると、小さな鳥が何匹か空を自由に飛び回っている


「上空に何匹かいます……」

「速いわね……あの速さだと流石にウィンドバレットで狙うのは難しいわ……」


どうしようか考えあぐねていると、エルが空間蹴りで上空へ駆け上がって行く。


「エル!危ないぞ」


オレの声と同時にエルは両肩と背中に魔力盾を出し、正面には自前の盾を構えた。

ガンガンっと何度か音がしたと思ったら、ラピッドスワローがポロポロと落ちてくる。その数8。


直ぐにエルも降りて来ると、そこらに転がっているラピッドスワローへ、トドメの片手剣を突き入れていく。


「ラピッドスワローは群れを作るみたいなので、1匹でも見つけたらエルファス君にお願いするのが良さそうですね」

「分かりました」


早くも一番厄介と思われていた、ラピッドスワローの対策方法が決まってしまった。

肩透かしではあるものの、この調子で全て探索できると助かるのだが……


「では、改めて出発しましょうか」

「「「「はい」」」」

「OK~」


母さんの軽い声が響く中、オレ達は取り敢えず真っ直ぐ進んでいく……しかし見渡す限り、目印になるような物は無く、唯一の当てに出来る物は太陽のみ。

この太陽が外と同じなのかは分からないが、それしか目印が無いのだからしょうがない。


時間と太陽の位置から考えて、恐らく今は西に向かっている筈だ。

先ずはこのまま西に向かってみる。文献を調べた限りこの翼の迷宮の中には端があり、柔らかい壁で囲まれているらしい。


壁のの向こうにも景色は広がっているそうだが、決して壁を越える事はできないそうだ。

それは魔物も同じで、柔らかい壁に弾かれているのを見た冒険者がいる、と文献には書かれていた。


「開放型の迷宮って不思議な感じですね……」


エルの素朴な疑問は全員の気持ちを代弁している。


「そもそも迷宮自体が不思議の塊だけどな」

「そうですね……迷宮は瘴気の排出口が壊れた物って、アオが言ってましたよね?」


「ああ、その瘴気の排出口ってのも、意味が分からないけどな」

「確かに……」


結局、エルと話しても、何も分からないのと変わらない。オレ達は使徒だけあって他の人よりも色々な事を知っている筈なのだが……

アオに聞けば教えてくれるのだろうが、正直マナ関係の事は聞いても、何を言っているのかが分からない事が殆どだ。


まるで外国人に古文を教えるような……マナを理解するには、前提の知識が圧倒的に足りないのだろう。






ひたすらに西へ向かうと、遠くににダチョウのような鳥の群れが見える……確かに翼はあるのだろうけど……


「ナーガさん、この迷宮には飛べない魔物もいるんですか?」

「勿論よ。教えたのは代表的な魔物だけで、アルド君の知ってるワイルドボアだっているわ」


「そうなんですか……」

「それに、ここにはマッドブルと言う牛の魔物が出るのだけど……」


「??」

「凄く美味しいみたい。出会えたらラッキーね」


このミルド領って……魚介類に豚肉、牛肉、あそこに見えるダチョウも入れれば鶏肉も……これだけの物、利用出来なかったの為政者のせいじゃね?

特に迷宮では倒された魔物は、時間が経てばまた湧くはずだし……


「この迷宮って踏破しないで、食材の供給元としてはダメなんですか?」


オレの言葉にナーガさんが、苦い顔をしながら返してくる。


「ミルド領にアルド君がいれば、その通りでしょうね」

「それはどういう意味ですか?」


「この迷宮に地上の魔物を狩りにきても、ヘタなパーティならラピッドスワロー1匹に全滅しかねないわ」

「装備を整えれば問題無いんじゃ?」


「ワイバーンレザーアーマーを手に入れても、全てのラピットスワローの自滅を待つのでは、鎧がいくつあっても足りないわ」

「結局は空の魔物への対処が必要って事ですか……」


「ええ、しかも解放型だけに、入ってすぐにワイバーンがいる事だってある。恐らくヤルゴ達のパーティでも入口付近からは動けない筈よ」

「そうなんですか……」


「この迷宮の致命的な欠点が見えず、利点だけが見えるアルド君の景色は、破格のチカラを持ってるからこそ見える景色なのを忘れちゃいけないわ」

「分かりました……」


ナーガさんの言う事は正しいのだろう、ヤルゴ達にさっきオレが思った事を言えば、きっと大きな溝が出来たに違いない。

心の中でナーガさんにお礼を言って、迷宮探索を続行していく。






迷宮に入ってそれなりの時間が過ぎた頃、ライラが呟いた。


「あれ……マッドブルだと思う」


マッドブル……ナーガさんが出会えたらラッキーだと言っていた牛の魔物である。噂ではとても美味しいと評判だそうだ。


「ライラさん、お手柄です!」


ナーガさんの言葉が響く中、早速、アシェラが飛び出そうとするのを、ナーガさんが止めた。


「待って!マッドブルは倒し方で大きく味が変わるそうです。強い恐怖を与えて殺すと肉が固くなってしまうとか。理想は死んだ事に気付かないように倒す事と聞きました」

「死んだ事に気付かない……気付かれる前に頭を打ち抜くか首を落すか……」


大人数で行けば気付かれるリスクが高い。このメンバーなら誰が言っても上手く出来そうだが、発見者でもあるライラに頼もうと思う。

ライラの戦い方は過去に何度か見た事はあるが、エルやアシェラ、母さんと違い、知り尽くしているとはとても言えない状態だ。


連携を図るためにも、もう少しライラの戦いを見てみたい。


「ライラ、行けるか?」

「うん!」


オレからの言葉に嬉しそうな顔で、ライラは空へ駆け上がっていく。






ライラはかなり上空へあがってから、マッドブルの真上へと移動移動した。

マッドブルから気が付かれないように、大きく安全マージンを取っての行動なのだろう。


全ての準備が完了すると、ライラは自然落下で真っ直ぐに落ちていく。マッドブルはというとライラに全く気付いた様子は無く、呑気に草を食べている。

野生の勘か、耳をピクリと動かした時には既にライラのウィンドカッターが発動し、マッドブルの首を落す寸前の出来事だった。


自分の身に何が起こっているのか理解する事すら出来ずに、マッドブルはその生を終えていく。

オレ達は直ぐにライラの元まで移動するが……マッドブルの頭が転がり、胴体の方もまだ心臓が動いているのか切断面からは血が噴水のように噴出している……


ヤバイ……昔よりは慣れたとは言え、オレはスプラッターが苦手なのだ……さっきまでのワクワクが急速に萎んでいく中、アシェラや母さん、ライラはどこが美味しいのか真剣に話し合っている……


「アル、どこが美味しいのか分かる?」

「……えーと、舌はサッパリとしていて独特な食感で美味しいです。後は肩から背中にかけては脂が少なくて柔らかくてさっぱりしているかと。脂が多くて濃厚な肉は胸からお腹にかけた肋骨周りですね」


アシェラと母さんが涎を垂らさんとしている……


「で、どこが一番美味しいのよ!」

「うーん……舌は塩と胡椒で味付け出来るのですが、薄切りにしないと固くなるんですよねぇ。少し時間がかかります」


「分かったわ。他には?」

「そうですねぇ……ロース、背中も良いんですが、味は濃厚な方が良いですよね?」


「勿論よ!」

「じゃあ、カルビ、胸からお腹辺りですか……醤油と砂糖で簡単なタレを作ります。本当は味噌とミリンが欲しいんですが……」


「何言ってるか分かんないけど、任せるわ」


こうしてマッドブルは母さんを筆頭にして、女性陣に解体してもらった。

ブロック肉なら何も感じないのに……我ながら、現金な物だ、と呆れながら肉をリュックにしまっていく。


今日の夕飯が今から楽しみだ!!





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