第231話翼の迷宮 part1
231.翼の迷宮 part1
ハチミツ漬けを持ってきてない事がバレて、女性陣に問い詰められた次の日の朝。
ギルド前には疲れた顔のヤルゴ達が待っていた。
「間に合ったか」
「ああ、馬を乗り潰して、何とか昨日の昼に到着した。何でそっちはそんなに普通なんだ……」
「……詮索は止めろ。オレはこれ以上、揉めたくない」
「すまねぇ。そういうつもりじゃ無かったんだが……」
「まだお前の処遇も決めてない。ナーガさんが望むなら、事が終われば首を貰う事になるのを忘れるな」
「ああ、分かってる……」
オレ達はギルドの1階にある酒場へ向かうと、受付嬢がヤルゴ、ナーガさん、オレを見回して青い顔で震えている。
あの受付嬢は確かカティと呼ばれていた筈だ。
きっとヤルゴかオレかナーガさん、若しくは全員から報復されるかもしれない、と怯えているのだろう。
そんな空気を感じ取ったナーガさんは、カティの元へ歩いて行き何かを話しかけていた。
ナーガさんが戻るまでは話を進めるつもりは無い。自然とオレ達はナーガさんとカティの会話を全員で見つめる事になっていた。
最初はナーガさんに怯えていたカティだったが、徐々に表情がほぐれて僅かだが笑顔を見せるようになってくる。
するとナーガさんは大きな声で、こちらに声をかけてきた。
「ヤルゴ!今回の事をカティさんに謝ってください!」
ナーガさんのいきなりの言葉にギルド内は静まり返る……
言われた当人のヤルゴは、真っ直ぐに立つとナーガさんの元まで歩いて行き、カティへ頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「カティ、今回の事はすまなかった。アイツ等にも何もさせない事を誓う。怖い思いをさせ申し訳なかった」
ヤルゴほどの男が、大きな体を小さくたたんで謝る姿は、心の底からの謝罪に見える。
しかし、ナーガさんはその姿を見て更に追い打ちをかけた。
「私を山猿と言った事も、謝罪してください」
「失礼な事を言い、申し訳ありませんでした」
カティに謝らせるついでに、自分にも謝らせるとか!
「私に暴力を振るって、攫った事も謝罪を要求します」
「暴力をふるい申し訳ありませんでした。しかも攫うなど……本当に申し訳ない」
ナーガさん、とことんヤルゴを追い詰めるつもりみたいだ……
「私の魔道具を奪った事も謝ってください」
「勝手に魔道具を奪うような真似をして申し訳ありませんでした」
ヤルゴはこれだけ言われても、反抗的な態度は一切見せない……
「……」
「……」
言葉も無くなりナーガさんはヤルゴを睨み付け、ヤルゴはナーガさんを真っ直ぐに見つめている……
「……私は謝罪を受け入れます」
まさか、ここでそう来るとは思わなかったらしく、言われたヤルゴは眼を見開いて驚いている。
「翼の迷宮はもうすぐ無くなります。これからはSランクに恥じない行動で、この街に尽くしてください」
「……」
「……」
「……はい…………」
ぶすっとした表情のナーガさんだったが、瞳の奥は怒ってはいない。
本当に先ほどの謝罪でナーガさんはヤルゴを許したみたいだ。
オレは頭を振って考えを振り払う……ナーガさんは優しくて強い人だ。たまに休日のOLみたいだが、それだってナーガさんの魅力を損なう物じゃない。
先ほどの謝罪はナーガさんにとって、ヤルゴを許すのに必要な行為だったのだろう。
2人は先ほどと違い、張り詰めた物も無くお互いの顔を見つめている。
「アンタ……良い女だったんだな……」
「今頃、気が付いたんですか?口説こうとしても、もう遅いですから!」
「そうか、残念だ……」
ヤルゴも冗談を言えるぐらいには、気安く話している……冗談だよな?
一時は張り詰めた空気だったが、ナーガさんがヤルゴを許してからは、少しだけ弛緩した空気に変わっている。
そんな空気を無視するように、母さんの言葉が響いた。
「ナーガは許したみたいだけど、馴れ合うつもりは無いわ。勘違いしないで頂戴」
母さんの言う事は尤もだ。オレ達は馴れ合いに来たんじゃない。
目的のために一時的に手を組んだだけなのだ。
「アンタは?」
「氷結の魔女よ」
氷結の魔女と呼ばれるのを嫌う母さんが、わざわざ二つ名で自己紹介をするのは、名前を呼ばれるのすら嫌なのだろうか。
「氷結の魔女……オレより10歳は上の筈だ。オレと変わらない年に見えるが……」
ヤルゴが呟いた瞬間、母さんからヤルゴの顔面にウィンドバレットが飛ぶ!
マズイ!オレは右腕の魔力盾を展開するとバーニアを吹かし、間一髪でヤルゴに当たる寸前のウィンドバレットを弾いた。
「母様!」
母さんはオレを見ようともせず、ヤルゴを睨みつけている……その背後にはウィンドバレット15個が浮いていた。
「女性の年齢を詮索するのは、褒められた事じゃないわね……」
ヤルゴ達はウィンドバレットにトラウマがあるらしく、青い顔で母さんの後ろに浮かぶウィンドバレットを凝視している。
「止めてください、母様!」
「何よ。ちゃんと(そよ風バージョン)で撃ったわよ!」
嘘だ。今のは(非殺傷)だった……ヘタするとヤルゴの顔が酷い事になってたはずだ。しかも、その15個のウィンドバレットの内6個は(魔物用)ですよね?何かあれば殺戮劇が始まりそうなんですけど……
オレがジト目で母さんを見ると、露骨に眼を逸らしヤルゴ達に向かって話し始める。
「私はこの子達の魔法の師匠よ。魔法だけなら私の方が強い。舐めないで貰いたいわ」
母さんがヤルゴ達に殺気を飛ばす中、後ろではアシェラとライラもいつでも飛び出せるように、軽い殺気を放っていた。
母さん、アシェラ、ライラがあっち側で、オレとナーガさんがこっち側、エルはどちらにも付かず苦い顔を浮かべている。
このままでは迷宮探索のサポートを頼むどころでは無い……
「エル、母様とアシェラとライラを連れて、お茶でも飲んでてくれ」
「……分かりました」
3人はギャーギャーと文句を言っていたが、最終的にはエルと一緒にお茶を飲んでくれた。
母さんの態度は恐らくパフォーマンスで、“お前達を信用してないぞ”と相手に釘を刺すためだと思う。
決して本気で敵対してはいない筈だ……たぶん……きっと……だと良いなぁ……
「……じゃあ、細かい事を決めようか」
オレの言葉に、この場の全員が頷いたのだった。
細かい打合せと言っても、ナーガさんとオレの言葉に、ヤルゴ達が一方的に頷くだけである。
まぁ、オレ達も無理難題を言っているわけではなく、寧ろBランクやCランクでも出来るような事しか言ってない。
オレ達は今日から2日間、迷宮に潜り、翼の迷宮の感触を肌で感じるつもりだ。
本格的な探索は2日後に一度迷宮を出て、地上で1日の休みを取ってから改めて挑むつもりである。
無理をして余計な怪我をするつもりは無いのだ。
ヤルゴ達にはその間に、採取をする人間の確保と馬車などの手配、溢れる魔物の討伐と警戒、そして無いとは思うが、ミルド公爵からの邪魔が無いように見張ってもらう。
「じゃあ、オレ達は行く。疲れていると思うが後を頼む。スマン」
そう言って立ち上がったオレをヤルゴ達が驚いた顔で見ていた……いや、オレだってこれぐらいは言うよ?
母さんと違ってオレはサポートをお願いするなら、最低限は信用するつもりである。
最後にヤルゴ達をチラッと見て母さん達の机に向かった。
ヤルゴ達と別れてからの事、今は翼の迷宮に向かって馬車に揺られている所だ。
伝手も無いので迷宮まで歩こうか、と話していたら、話を聞いていたカティが“それなら”と知り合いの御者を紹介してくれた。
「翼の迷宮までは2時間ほどです。ざっと説明をしますね」
のんびりした馬車の中にナーガさんの言葉が響き、全員が小さく頷いてナーガさんの説明に耳を傾ける。
先程のヤルゴ達との話、今回の迷宮探索の全体の予定、翼の迷宮の魔物の種類と特徴、迷宮探索中の食事、と説明は多岐に渡った。
特に翼の迷宮で出る魔物と戦闘のフォーメーションの話では、皆から質問が上がって細かいすり合わせが出来たと思う。
やはり迷宮主は風竜。空を飛び、風のブレスを吐き、風の魔法を使う。しかし、こちらが空を飛べるのであれば竜種としては弱い部類だそうだ。
オレは浮かんだ疑問をナーガさんに聞いてみた。
「ナーガさん、風竜は風の魔法を使うんですよね?」
「そうです」
「それじゃあ、風の魔法は効かないんですか?」
オレの質問の意図が分からなかったらしく、少し考えてから話し出す。
「アルド君の理論だと、アルド君はウィンドバレットという風の魔法を使うので、風の魔法は効かない事になってしまいますね」
「風竜は風魔法を使うけど、風魔法の耐性が高いわけでは無いんですか……」
「火竜や氷竜は火山や雪山に住んでいるので、火や氷に耐性が高いと言われてますが、風竜の物理耐性が高いとは聞いた事がありません」
「物理耐性……」
「そもそも風の魔法と言っても、ウィンドバレットやウィンドカッターは風の魔力を弾にして撃ち出したり、刃にして切ったりしているだけで、攻撃自体は物理的な物ですよね?であれば、それに耐える方法は単純な防御力になる筈です」
「確かに……」
「それにアルド君の言う風魔法の耐性と言う物が、どういった物なのかが分かりません……」
「……なるほど。反面、火や氷は温度だから耐性というか適正があるという事か……燃えにくい物や氷にくい物なら確かにある……」
どうやらゲームのように風耐性だとかは、この世界には実装されていないらしい。
昔、某ネットゲームで火の精霊に火の魔法を撃って倒した時に“何だこれは……”とガッカリしたのだが、あれは開発が正しかったのか!
まぁ、この世界でも精霊ともなれば、流石に同じ属性の攻撃は効かない気もするが……
思考が逸れた。
「分かりました。話の腰を折ってしまってすみません」
「いえ、疑問に思った事は気軽に聞いてください」
翼の迷宮に出る魔物の種類を聞いてみると、風竜の次に面倒なのはオレ達が何度も倒しているワイバーンだそうだ。
そして、ある意味オレ達の一番の脅威になる可能性があるのが、Bランクのラピッドスワロー。
こいつは燕の魔物で、体の大きさも普通の燕を僅かに大きくした程度だが、敵を見つけると全速力で突撃してくる。
まともに食らえばレザーアーマー程度は軽く貫通してくる恐ろしい魔物なのだ。
オレ達のドラゴンアーマーやライラのワイバーンレザーアーマーなら間違っても抜かれる事は無いが、問題は鎧が無い部分である。
今回ばかりは“王家の影”の仮面が大助かりだ。まさかこの変態仮面が役に立つ日がくるなんて……
他にはジャイアントドラゴンフライ:でかいトンボやキラーホーク:鷹の魔物なんかが出るらしいが、気を付けてさえいればどれも雑魚、という話だ。
そうしてナーガさんからの説明を聞いていると草原の真ん中に、不自然なモニュメント?が見えてきた。例えるならストーンヘンジが近いかもしれない……
「さあ、皆さん。あれが翼の迷宮の入口ですよ。準備が出来次第、入ってみましょう」
ほど良い緊張感の中でナーガさんの声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます