第27話遠征準備:回復魔法(ヒール)
27.遠征準備:回復魔法(ヒール)
ブルーリング領はフォスターク王国の所謂、辺境に当たる土地である。
領地の1/4が魔の森と言われる、人の領域から外れた森と接していた。
魔の森には危険な動物は当然ながら、魔物と言われる異形の物も住んでいたのだ。
魔物は体のどこかに魔石と呼ばれる魔力の結晶を持ち、動物とは一線を画す能力を持っていた。
そもそも魔物とは、瘴気と呼ばれる淀んだ魔力が動物の体に溜まり、変異する事で発生する。
大抵は突然変異で1代限りのはずだが、極稀に子孫を残すものが現れ始めた。
そういった魔物は世代を経て、新しい種として定着していき、やがて群れを成す。
そうして定着した魔物の群れは、人の領域を虎視眈々と狙いだした。
故に魔の森に隣接する領主は、定期的に軍を派遣し魔物を間引くのが務めとなって今に至る。
市井の者は魔物を恐れず戦う姿を見て、感謝を込めて遠征軍と呼んだ。
遠征に参加する事が決まった次の日の朝食。
「父様、遠征軍の予定は決まったのでしょうか?」
「正式ではないけど来月の2度目の水の日が一番有力だね」
「あと1ヶ月程ですか……」
「そうだね」
「分かりました」
「楽しみかい?」
「はい!」
「そうか、程々で頼むよ」
父さんは苦笑いを浮かべながら大きな溜息を1つ吐いた。
オレは朝食を取ると勉強には参加しないで、1人魔法の練習場に歩いて行く。
遠征までに、どうしても覚えたい物が2つあったのだ。
1つは回復魔法。当然だが、これがあると無いとでは生存率に大きく違いが出るだろう。
1つは所謂、鑑定だ。この世界には残念ながら、転生した諸兄が持ってる鑑定というものが無いらしい。
なんとか鑑定に代わる、魔法なり技術なりを覚えたいと思っている。
魔法の練習場には何故か母さんが待っていた。
「アル、来たわね」
「……はい、よろしくお願いします」
「じゃあ早速、実戦形式の模擬戦でもやってみましょうか!」
「あ、それは今度でいいです」
「何よ、それじゃあ他に何をやるのよ?」
「母様、実は遠征までに2つ覚えたい事があります」
オレの真剣な雰囲気に、母さんも真剣に聞いてくれるようだ。
「何かしら?」
「1つは回復魔法です。説明するまでもなく生存率に大きく影響すると思われます」
「なるほど。確かにそうね。もう1つは?」
「もう1つは……どういったら良いか……敵の状態と言うか、強さと言うか、情報が分かる魔法か技術を覚えたいと思います」
「敵の情報?何で?」
「敵を知り、己を知れば百戦、危うからず、です」
「何それ?」
「敵と自分をよく分かっていれば、100回戦っても危なげなく勝てるだろうって意味です」
「なるほど……納得ね……でもアンタ何でそんな言葉知ってるのよ」
「なんとなくです」
母さんがオレをジト目で見てくる。
「ハァ……まあ良いわ。敵の情報を知る魔法ね……残念だけど私の知識には無いわね。聞いた事も無いわ」
「そうですか…やっぱり自分で工夫するしか無いですか」
やはり想像していた通り、この世界に鑑定は無いらしい。
そうなると、まずは簡単そうな回復魔法から手を付ける事にする。
「母様、まずは回復魔法を覚えようと思います」
「分かったわ。じゃあ説明するわね」
「じゃあ手を出してみて」
「はい……」
何故だか嫌な予感しかしねぇ。
「はい、ブスっと」
母さんはオレの手の平に釘を刺しやがった。
「いたっ!何するんですか!痛いじゃないですか」
「これを魔法で治すのよ」
「魔法でってどうやって」
「それをこれから説明するのよ」
「せめて説明してから刺して下さいよ」
「それもそうね」
「……」
「じゃあ、お手本よ」
そう言い母さんはオレの手に回復魔法をかける。
「まず魔力操作で傷口を埋めるように延ばすの」
魔力が傷口の中に入っていく。
「それから魔力変化で傷口を埋めるように変化させるの」
魔力がオレの体の一部に変わっていく。
「これで傷が治ったわ。回復魔法のヒールね」
相変わらずのドヤ顔である。
オレは今の一連の魔法を見て思った事があった。
(これって魔力で傷口を塞ぐんじゃなくて魔力で傷口に合う体を作ってはめ込んでるよな……魔力の量は分からないが普通に欠損も治せるんじゃないのか?)
オレは思った事をそのまま母さんに聞いてみる。
「母様、質問です」
「なあに?」
「この回復魔法って体の欠損も治せるんですか?」
「魔力をかなり使うけど、熟練した回復魔法使いは、体の欠損も治せるらしいわね」
「やっぱり……」
「私はそこまでは無理よ?」
「分かりました。後、回復魔法はヒールだけなんですか?」
「違うわ。毒を治すアンチポイズン、麻痺を治すアンチパラライズ、なんかの状態異常回復も回復魔法の1つよ」
(なるほど。状態異常か、そりゃ毒なんか普通にあるわな……日本にだってあったし)
「状態異常の種類には、どんな物があるんですか?」
「そうね、代表的なのは毒と麻痺ね。他には睡眠や幻覚、混乱なんてのもあるわね」
「母様は状態異常を治す魔法は使えるんですか?」
「私はヒールとアンチポイズンぐらいね」
「状態異常の回復は、一度はその状態にならないといけないから危険なのよ」
「確かに……魔法使いが混乱とか怖いですね」
「そうよ。だから学校なんかのしっかりした機関で教えてもらうのが一番なの」
「分かりました。ではヒールとアンチポイズンを教えてください」
「アンチポイズンは毒を飲むんだけど……」
「大丈夫です……」
「とっても苦しいわよ……」
「た、たぶん大丈夫です……」
「分かったわ。回復魔法なら練習場じゃなくて、屋敷の中で出来るから移動しましょう。毒も屋敷にしか無いし」
「屋敷に毒があるんですか……」
オレ達は屋敷に戻る事になった。
「じゃあヒールからいきましょうか」
「分かりました」
「じゃあ、手を出して」
「自分でやります」
「ダメよ。師匠がやらないといけないの」
「そんな決まりが……」
オレは手を出した。
「はい、ブスっと」
「くぅ……」
オレは魔力操作で魔力を傷口に張り付けるように延ばす。
そして魔力変化で魔力が体の一部になる様に変化させる……させる……させる……いたい……
体の一部に変化させるって細胞からか?どんなイメージがいいんだ?いたい……
この修行は痛さの中でも魔法が使える様にって事なのか?いたい……
血が手から垂れて下に置いてある布が赤く染まっていく……いたい……
痛みで集中できない……魔力変化も何をイメージすればいいのか……くそ、いたい……
「はい、終了ね」
母さんはオレの様子を見て終了を宣言する。
回復魔法をかけられ傷口が綺麗に無くなった。
「母様、イメージのコツってありますか?」
「コツねぇ。私は傷が付いてない元の体をイメージしてるわね」
「元の体ですか……」
「私のお師匠は傷口が無くなっていく所をイメージするって言ってたわ」
「治っていくイメージですか……」
「要は、その人にあったイメージが必要なのよね」
「なるほど」
「色々なイメージの候補を挙げておいた方がいいわよ」
「1つ気になったのですが……」
「なぁに?」
「今の話を最初から教えて貰えると、痛いのが少なくて済んだんじゃ?」
「……」
「……」
「違うの!困らせられた仕返しをしてやろうなんて、全然考えてなかったわ。あまつさえ、痛みで私の言う事を聞くようになるかも、なんて思いつきもしなかったし!」
「落ち着いてください!そんな事、言ってませんから」
「……」
「母様が僕の事を考えてくれているのは分かってますから……」
「アル……」
「だから、真面目に教えて貰えると助かります」
「分かったわ……」
3日後---------
オレは魔力変化のきっかけが掴めずに、未だに回復魔法が使えないでいた。
(3日か……もうちょい簡単だと思ったんだけどな……エルに覚えて貰って、魔力共鳴で覚えさせてもらおうか……)
手の痛みと進展の無さに泣きが入ってきた。
本気でエルに頼もうと思いだした所で、体の組織に魔力が変化していくのを感じる……
ほんの少しだが傷口が小さくなっていた。
「おお、やった、小さくなった」
「ん?どれ?」
「傷口が小さくなってますよね?」
「んーー、気のせいじゃない?」
こいつはナンテコトを言うんだ!
折角、上がったテンションを下げる様な事を言うなんて!
「治ってますって、傷口が小さくなってるじゃないですか」
「そう?」
「よく見てくださいよ」
「あー、分かった、分かった。出来たなら傷自体を消してみて頂戴。それで一発で判るわ」
オレは母さんの言葉に納得した。早速ヒールをかける。
「ヒール……」
オレの手がゆっくりと治っていく。
「やった、できた。できた!」
「おー、出来たわね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、次はもっと大きい傷ね」
「え?」
「ん?」
「今、もっと大きい傷って……」
「言ったわね。もっと大きい傷で練習しなきゃね」
「……」
「じゃあ手を出して」
オレは震えながら手を出した。
3日後--------
この3日間はトラウマになりそうだった。
傷を大きくしたり、手だけじゃなく足や体、背中なんかの見えない場所の傷を治す事から始まり、戦闘では必要だろうと、疲労状態や魔力が減った状態でのヒールも修行した。
途中、何度か心が折れそうになったが、なんとか根性で耐えきった。
これでヒールに関しては一応の終了となった。
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