第28話遠征準備:回復魔法(アンチポイズン)

28.遠征準備:回復魔法(アンチポイズン)





次はアンチポイズンだ。これも心が沈む修行になりそうで怖い。


「じゃあアンチポイズンの修行を始めるわよ。覚悟は良い?」

「は、はい……」


「いつものように手順を説明するわね」

「はい、お願いします」


「まず、薄めた毒を飲んでもらうわ。最初は致死性の物じゃなくてお腹を壊したり、気分が悪くなる程度の物よ」

「最終的には致死性の物を飲むんですか?」


「そうねぇ。致死性の毒を解毒できないと意味無いでしょ?」

「納得しました……」


「話を戻すわよ。私のイメージは体全体を魔力で覆って毒を中和する感じね」

「体全体を……」


「そう、実際は指の先で良い場合もあるのでしょうけどね。毒となると失敗は許されないから、体全体を解毒するつもりで魔法を使うわ」

「なるほど……」


(確かに、血液が体を1周するのに1分って聞いた事があるしな……体全体にかけるのは理に適ってるのか……)


「じゃあ、早速、飲んでみましょうか」


母さんがニチャと悪い顔で毒を出してきた。


「分かりました……」


オレは薄い茶色の液体を、息を止めて一気に飲み込んだ。

飲んだ瞬間に強い吐き気を感じ、同時に血の気が引いていくのが分かる。


「じゃあ、解毒してみて」


母さんは軽く言うが、ヒールの痛みの様に魔力変化に集中できない。


しかし、ほっといても苦しみが軽くなる訳もなかった。

オレは必死に毒の中和をイメージして解毒を試みるが、全く上手くいかない。


そもそも毒の中和のイメージってなんだ!

毒をイメージ出来てないのに、中和のイメージが出来る訳が無い。


「母様、一度アンチポイズンをかけてもらって良いですか?」

「あら、もう諦めるの?」


「いえ、そもそも毒のイメージが分からないので、毒を飲む前から魔力を感じようかと……」

「なるほど。良いわよ。解毒してあげる」


オレはアンチポイズンをかけてもらい、一度、きれいさっぱり体の中の毒を洗い流した。


(おし、まずは体の中の魔力を感じて……)


「母様、飲みます」

「はい、どうぞ」


母さんが毒が入ったビンを渡してくれた。

オレは体の中の魔力を感じながら毒を飲み込んだ。


何かが入ってくる……


例えるなら綺麗な水の中に、一滴の濁った水滴を落とした感覚。

一滴の濁りが全体にゆっくりと回り、徐々に全体が濁っていく。


オレは元の綺麗な水に戻すように、魔力を変化させる。

徐々にだが水が綺麗になっていく……暫く水を綺麗にしていると、元の水に戻ったはずだ。


「母様、出来たと思います」

「そうね。成功よ」


思ったよりすんなりと母さんから合格をもらえた。

ぶっちゃけ、ヒールがトラウマ物だったので、内心ビクビクしてたのが……


これでアンチポイズンは覚えたはずだ。


「母様、これでアンチポイズンは問題ないですね」

「は?アンタ何、言ってるの?」


「え?今、成功しましたよね?」

「ハァ…ア…ンチポイズンはここからが本番なのよ」


「どういう事ですか。意味が分かりません」


母さんはまた溜息を吐いて説明してくれた。。


「いい?さっきの毒を飲んでどうだった?」

「気持ち悪くなりました」


「さっきの毒は一番弱い毒で、放っておいても1時間もすれば治るものよ」

「弱い毒……」


「さっきの話を覚えてる?」

「そうでした……致死性の毒を飲むんでした……」


「そう、致死性の毒は時間と正確さが肝よ。ちょっとでもミスすると死ぬ可能性があるわ」

「……」


「アル、ヒールとアンチポイズンは根本的に時間の考え方が違うの。どうしてか分かる?」

「時間の考え方……分かりません……」


「基本的にヒールは応急処置で延命が出来るから、時間の余裕があるのよ」

「余裕?体が半分ふっとんだら?」


「それはどうやっても死ぬでしょ……」

「それは……そうです」


「ヒールをかける余裕があるって事は、応急処置が出来る時間があるって事なのよ。ヒールをかける余裕もない状態じゃ、どの道助からないわ」

「確かに……」


「アンチポイズンは自分にであれば、よほど特殊な状態じゃない限り、1回はかける余裕があるはずよ」

「1回……」


「その1回を無駄にしないための修行よ」

「なるほど」


「分かった所で、次の毒にいってみましょうか」

「はい、母様」


オレは毒を飲み続けた。

時には、失敗して泡を吹きながら失神した事もある。


それでも只管に毒を飲み続けた。

そうして何とか卒業の証、最後の毒までやってくる事ができたのだ。


最後の毒……それは、致死性の毒……しかも母さんの知るかぎり一番早く意識を失うらしい……意識を失うまでの時間は平均10秒……実際に良く暗殺に使われる毒だそうだ。


飲みたくない……


はっきり言って飲みたくない。自分から致死毒を飲むとかバカだろう……


ハァ……


今、オレの周りには回復魔法使いが3人と母さん、計4人のアンチポイズンを使える人間が待機している。


オレの修行のために集まってくれた人達だ。


今すぐ走って逃げ出したいが、もう逃げられない……


「母様、準備できました」


オレが返事をすると1本のビンを渡された。ビンの中には濃い紫の液体が入っていた。

紫とか……見ただけで“これアカンヤツ”とオレの中の危険センサーが最大級の警報を鳴らしている。


止めてくれないかと一縷の望みをかけて、母さんの方を見ると……親指立てやがった!なんてヤツだ!!


ハァ、しょうがない、覚悟を決める。


「いきます!」


オレは紫の液体を一気に飲み干した。


飲んだ瞬間に意識を持ってかれそうになったが、なんとか必死に耐える。

耐えるだけじゃダメだ。解毒しないと……


中和させようと急いで魔力を変化させる。

なかなか中和が進まない……しかし中和自体は出来てるはずだ……ヤバイ、時間が間に合わないかも……


どれぐらい経ったのか、実際は数秒の事だったのだろう。

もう意識が持たない。そう思った時に何とか毒を中和できたようだ。


本当に微妙な差だった……

もう一回、同じ事をしたらきっと意識が飛ぶだろう。


それでも、なんとか解毒が完了する。


「でき、ま、した……」


オレは息も絶え絶えに、何とか言葉を吐き出した。


「なんとか及第点ね。息を整えたらもう1回ね」


もう1回ね……、もう1回ね……


オレは意識が遠くなる感覚を味わいながらも修行へと戻るのだった。




そんな修行のおかげでアンチポイズンは会得できた。

オレの中に1つの疑念が湧いてくる。


”回復魔法って、もしかして全部、苦行なんじゃないのか?”

ヒールに始まって、アンチポイズン、まだ2つだがその両方がトラウマ級だったのだ。


今回はしょうがないが、次からは良く考えてから修行しようと誓った10歳の秋だった。




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