第80話風呂作り

80.風呂作り



元日本人として今の風呂には不満がある。いや、不満しか無いと言っても良いだろう。

今まではチカラが無かったから我慢するしか無かった。しかし今なら!自分で満足出来る物が作れるのでは無いだろうか!




学園の午後の授業が終わった。いつもなら自主練習を始めるのだが今週は風呂を作るつもりだ。

実際に1週間で風呂が作れるのかは謎だが頑張ってみようと思う。


「ルイス、ネロ、ファリステア、今週は自主練習を休もうと思う」


オレの言葉が不満なのだろう。ルイスが少しの憤りを見せながら話し出した。


「自主練習は強制じゃねぇけど、言い出したのはお前だぞ。1週間も休むならそれなりの理由があるんだろうな?」

「理由か・・」


「ああ。何かあるんだろ?」

「風呂を作ろうかと思う」


「・・は?」

「風呂を作ろうかと思う」


「風呂って体を洗う風呂か?」

「オレはそれ以外の風呂を知らないんだが他にもあるのか?」


「いや、オレもその風呂しか知らないが・・」


ルイスが”アホの子”を見る様にオレを見てくる・・何故だ。


「良い機会だ。風呂の良さを教えてやる」


ルイスの目に納得がいかなかったオレは風呂の気持ち良さ、清潔にした時の長所(体臭、髪のツヤ、見た目の清潔さ等)、病気予防等の副次的な効果を熱く語った。

まだまだ話足りなかったのだが、ルイスが恐怖に怯えた目をしながら会話を中断してくる。


「わ、判った・・風呂を作るんだな・・応援するよ」

「そうか、済まない。出来上がったら一緒に入ろう。絶対にオレの言う事が判るはずだ」


「・・・楽しみにしてる」


ルイスだけじゃない・・ネロやファリステア、アンナ先生まで生暖かい目でオレを見て来る・・・解せぬ。


校門を出るとノエルが待っていた。


「アルド、今日は早いな」

「ああ、今週は自主練習はお休みだ」


「どうかしたのか?」

「ああ、風呂を作ろうと思うんだ」


「は?」

「お前もか・・」


ノエルもルイス達と同じ反応だ・・・そんなに風呂を作るのがおかしいか!

こうなると意地でも風呂を作りたくなってきた。


「もういい、庭に風呂を作るんだ。出来たら1回だけ使わせてやる・・・1回だけな」


皆にバカにされ心の闇が溢れ出しそうだ・・

風呂の気持ち良さを味わせてやる・・そして、そこからは使わせてやらん。


気持ちを切り替えて商業街の西区にある桶屋に向かう。

実は少し前に桶屋に寄って風呂桶の値段は聞いてある。お値段はなんと金貨10枚だそうだ。


日本円にして10万円だ。13歳が持つにしては大金だろう。しかし夏休みにギルドの依頼で小遣い稼ぎをしてあったオレには問題無く出せる金額だった。

風呂の為ならオレは惜しく無い。むしろ喜んで出す!


学園から1時間程歩くと桶屋に到着した。

桶屋と言っても商品が並んでいる訳でも無く、表の看板に”桶屋”と書いてあるだけの作業場のような店構えである。


「すみませーーーん、誰かいませんかーーー?」


オレが店の奥に大声で叫ぶと奥から返事が返ってきた。


「はーーーーい。すぐ行くからちょっと待ってくれーーーー」


男の声が奥から響いてくる。言葉の通り待っていると奥から職人風の男がやってくる。


「待たせたな。要件は何だ?」


見た目通り、商人では無く職人なのだろう。飾った言葉では無くストレートに要件を聞かれる。


「風呂用の桶を作ってほしいんだ」

「む、ああ。少し前にでかい桶の値段を聞きに来た坊主か・・」


「前に話した様な桶を作ってほしい」

「たしか直系2メードで深さが1メード、水を張って使える強度で底に水抜きの栓を作るんだったよな?」


「そうだ、出来るか?」

「水を張るって事はそれだけ頑丈に作らないといけない。前に言ったように金貨10枚はかかるぞ?」


桶屋のオッサンが金額を言った瞬間にノエルが驚いて声を出した


「桶に金貨10枚だと?なんだその金額は!ふざけてるのか」


ノエルの言葉に桶屋のオッサンがあからさまに不機嫌になって言い返してくる。


「なんだこのネーチャンは・・・水を1メードも貯めるんだぞ、材木の厚みは最低でも5センドは必要だ。何も知らない素人が口を出すな!」


桶屋のオッサンが怒るのは尤もだ・・・直径2メートルの面積πr²で3.14㎡ 深さが1メートルで3.14㎥ 水の比重を1とすると314ℓの水が入る事になる・・・即ち314kgの水だ。

ノエルは手桶の様な物を想像したのだろうが根本から違うのだ。


「ノエル、黙れ!」


オレはすぐさまノエルに命令をし、桶屋のオッサンに謝罪をする。


「すまない、連れが失礼な事を言った。金貨10枚、耳を揃えて払わせて貰う」


懐に入れてあった金貨袋から金貨を10枚出して机の上に積んだ。


「金貨10枚だ。数えてくれ」

「・・判った」


桶屋はノエルを一瞥してから机の上の金貨を数え出した。


「・・・8、9,10、確かに金貨10枚受け取ったぜ。証文を書くから少し待ってろ」


男が紙に桶の大きさ、個数、値段等のを書いていく。


「坊主、名前は何だ?」

「アルド=フォン=ブルーリングだ」


「ブルーリング・・・リバーシのか?」

「そうだ」


桶屋は一瞬だけ驚いた後に平静を装い会話を続けた。


「リバーシはブルーリングの子供が考えたと聞いたが・・」

「ああ。オレが考えた」


「本当かよ・・」

「只、オレに差配する権利は無いんだ。お爺様が全て仕切ってる。すまんな」


「そりゃそうか。他に何か思いついたらオレにも1枚噛ましてくれよ」

「そんな時がまたあったらな」


桶屋は笑いながら肩を竦める。


「桶はブルーリング邸に運べばいいのか?」

「ああ、それで頼む」


注文は出来たが1つ大事事を聞いていない。


「いつ頃、出来そうだ?」

「そうだな・・・大きさだけで特別な事は何もない・・・材木も揃ってる・・・3日だな。3日あれば作ってやる」


「今度の闇曜日に届けられるか?」

「判った。闇曜日だな。時間の指定はあるか?」


「なるべく早くお願いしたい」

「そうだな・・早くても10時頃にはなると思うぞ」


「判った。それで頼む」


これで風呂用の桶の注文が出来た。早速、帰って屋敷の裏庭に浴槽の設置場所を作らないと・・

踵を返し店を出ようとすると桶屋に引き留められた。


「証文を忘れてるぞ。ほれ」


苦笑いしながら桶屋が証文を渡してきた。


「ありがとう。闇曜日を楽しみにしてる」


それだけ告げて桶屋を後にした。

ノエルと2人並んでブルーリング邸への道を歩いているとノエルから唐突に聞かれる。


「桶に金貨10枚はどう考えてもおかしいだろ。何を考えている?」


さっきの事はノエルの中では納得行ってないのだろう。額に青筋が浮いてる。


「ノエル、直径2メード、深さ1メードの桶に水を一杯まで入れるとどれだけの水が入るか判るか?」

「む、風呂に水か・・井戸の桶に5杯・・10杯ぐらいか?」


「井戸の桶は大体5ℓぐらいだから・・大まかに63杯だ」

「63杯だと?そんなに入るのか?」


「ああ、ノエルが50kgとすると・・大体ノエル6人分だな」

「私が6人も入るのか?」


「そうだな。ノエルが6人乗っても壊れない強度が必要だ」

「・・・・」


「どうした?」

「私はあの桶屋がアルドを騙そうとしていると思った・・しかし私が6人乗っても壊れない桶と言うなら金貨10枚は妥当なのだろう・・・申し訳ない事をした」


ノエルは明らかに落ち込んでいた。しかし、この世界の算数ではノエルがすぐにイメージするのは難しい。

桶屋も何十年もの経験で金貨10枚を算出したのだろうからな。


「落ち込むな。オレが上手に言っておいてやるよ」

「頼む・・」


少し恥ずかしそうに落ち込むノエルは以外にも可愛かった。オレもこっちの年を足すと47歳だ。30歳手前のノエルも娘の様な年になる。

ノエルが娘か・・・複雑な想いを抱えてブルーリング邸への道を歩く。






ブルーリング邸に帰ってから早速、裏庭へと移動した。

風呂の位置を具体的に決めるのだ。そもそも何故、裏庭に作るのか?それは建物と建物が死角になって周りの家から見えない位置だからだ。


流石のオレもピーーをわざわざ見せたい訳では無い。

いつか特殊性癖に目覚めたら判らんが今は隠す努力だけはしたいと思う。


裏庭を一歩きして大体の候補地は決まった。後はさっきの計算の通り1回で314ℓの水を流すのだ、排水も考慮には入れたい。

遠目からの景観、用水路までの距離、脱衣所と浴槽を置けるだけの広さ、風呂から見た景色、これらを総合的に考えて場所を決めていく。


最終的にはオレの独断と偏見で決めた。


「ここに浴槽を設置するか」


誰もいない裏庭での独り言・・ノエルは屋敷に戻った時点で騎士団に戻って行った。


唐突だが土魔法にストーンプレートと言う魔法がある。名前の通り石の板を作る詠唱魔法だ。

転生した諸兄なら土魔法で風呂場を一つ丸ごと作り上げてしまうのだろうが詠唱魔法ゆえ、この魔法にそんな汎用性はない。

本当に50cm×50cm厚さ5cmの石の板を作るだけの魔法なのだ。


確かに戦闘では詠唱魔法より無詠唱魔法の方が有用だと思う。しかし、オレは全ての場面で無詠唱魔法の方が優れているとは思わない。

要は使い分け。現にこのストーンプレートを無詠唱魔法で再現すると石の大きさから材質、厚さまで毎回イメージしなくてはならない。しかし、詠唱魔法ならあら不思議。同じ寸法の物が出来上がるのだ。無詠唱魔法ではこうはいかない。


オレは浴槽が2メートルなら浴室は3メートル×4メートルで考えている。

問題は脱衣場だ・・・先日、何か良い物は無いかと屋敷の倉庫を漁っていたら天幕を見つけた。


本意では無いが脱衣所は天幕で妥協するとしよう。

結局ストーンプレートで作る板は・・・浴室3メートル×4メートル、脱衣場3メートル×4メートル・・・計算すると96枚も石の板を作るのか・・・うへぇ


それが終わったらエンキャンプメントの魔法で整地して石の板を敷き詰めないと。

これ闇曜日までに終わるんだろうか・・・ムリゲーなんじゃないだろうか。


まずはストーンプレートの魔法で石の板を作る・・作る・・ひたすら作る・・

土魔法はあまり慣れてないからか魔法の効率が悪い。30枚程作った所で残りの魔力が1/3になった・・


オレは自室の隣の部屋に向かって走り出す。


「エルえもん!魔力が無くなったんだ」


『しょうがないなぁアルド君は~はい、魔力~♪テッテレ~♪』を期待してワクワクしながらエルの返事を待つ!


「エルえもん・・?魔力を渡せばいいんですか?」


少し”アホの子”を見る目でエルが聞いてくる。


「・・ああ、魔力を貰えると助かる」


風呂作りで少しテンションがおかしかったようだ。エルの眼で一気に素に戻ってしまった・・


「助かった。ありがとう」

「魔力切れなんて何をしてたんですか?」


「裏庭に風呂を作ってるんだ」

「風呂?ですか・・」


「ああ、出来たら使わせてやるからな。気持ち良いぞぉ」


正直エルは判っていなかったと思う。しかし、こいつがイケメンな所はそれでもオレを立ててくれる所だ。


「はい、楽しみにしています」


オレは魔力を満タンにして再び裏庭に戻ってきた。

魔力があるならやる事は同じだ。ひたすらストーンプレートの魔法で石の板を作る・・作る・・ひたすら作る・・


急に魔法が上達する訳も無く、もう30枚程作った所で魔力が1/3になった。

出来る事も無くなり屋敷へと戻って行く。


明日には石の板は作り終わるだろう。次は整地か・・後でエルに明日も魔力を分けてくれる様に頼まないと。




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