第210話酒

210.酒




母さんとナーガさんの許しを得て、オレ達は早速 1階にある酒場にやってきた。

冬であるのに外は明るく、16:00を回ったばかりで夕食にはまだ早い時間である。


流石にこの時間では客はまだおらず、オレ達が一番乗りのようだ。

隅にあるテーブルに4人で座り、オレはこれから飲む酒について話し出した。


「皆、酒の事はどれぐらい知ってる?」


3人はオレの質問に順番に答えていく。


「僕は殆ど知りません。父さまがたまにワインを飲んでいた事を、知っている程度です」

「オレは客に貰って飲んだ事があるぞ。たしかエールって言ってたぞ」

「オレもエルファスと同じで殆ど知らないな。母さんが酒を飲むと隙が出来る、って言ってな……」


鮮血さんは常在戦場なんだろうか……あの人は何と戦っているんだろう。


「オレも殆ど知らないんだけどな。知ってる事を教えるぞ」


3人は1つ頷いてオレの言葉を待っている。


「まず酒精。酒の中には酒精が入っていて、この酒精で酔っぱらうんだ」

「その程度は流石に知ってるぜ」


「そうか。じゃあ、酒の種類だが麦から作るエール、ブドウから作るワイン、そして昨日オレが飲んだハチミツから作るミード、他にも色々な種類がある」

「ハチミツやブドウから作るなら甘そうだな」


「うーん、元の原料の味は殆ど消えてるから甘くは無いと思うぞ。風味が残ってる程度か?」

「そうなのか」


「ああ。それでさっきの続きなんだが、酒によって酒精が違うんだ。恐らく一番弱いのがエール、ワインとミードは同じぐらいだと思う。エール3杯とワイン1杯が同じぐらいじゃないかな」

「そんなに違うのか……」


「と言う事でオレはエールを飲もうと思う。オレにはミードは早すぎたみたいだ」

「兄さま、僕もエールにします」

「オレもエールにするぞ。昨日のアルドみたいになるのは嫌だぞ」


おふ、純粋なネロの言葉は、一層オレの心を抉ってくるぜぃ……


「味を知りたいんだよな……オレはミードを頼むから飲み比べようぜ」

「良いですね。そうしましょう」

「良いぞ。オレもミードの味を知りたいぞ」


確かにルイスの言うように色々な酒を飲むのも良いかもしれない。

飲み比べれば酒精がどんな物なのかも分かるだろう。


早速、注文をしようとした所でジョー達3人と料理長がやってきた。


「おう、もう夕食か?今日は早いな」

「違う。今日は皆で酒を飲む事にしたんだ」


「マジか……ラフィーナさんやナーガさんには話したんだろうな。オレはもう、アシェラに土下座はしたくねぇぞ」

「ああ、母さんとナーガさんに了承はもらった。オレ達も15歳だからな。酒の飲み方も勉強しないとな」


「それなら良いか……確かにいきなり酔い潰れて、有り金全部 盗まれるとか笑えねぇからな」

「ああ、保護者がいる所で練習だ」


オレが笑いながら答えるとジョーが呆れながら返してくる。


「酒を飲むのが勉強かよ。そんな勉強なら大歓迎だな」


そこからはジョー達3人と、くだらない話をしながらゆっくりと飲んでいく。

料理長だけは1人、土地の食材と料理を見て、必死にメモを取っていた。


「酒だけじゃなくツマミも一緒に食え」「慣れるまでは水も一緒に飲め」「信用できる相手以外はほろ酔いで抑えろ」「初めての場所では出来れば飲むな」


他にも色々と言われたが、基本は知らない土地や相手では警戒しながら飲め、という事だった。

ふと、気が付くと何時の間にか母さん、ナーガさん、アシェラやライラ、リーザスさんも近くのテーブルに座り、オレ達の様子を微笑ましそうに見ている。


女性陣は全員、酒は無しのようだ。

きっとオレ達を護衛するぐらいの気持ちでいるのかもしれない。頭が下がる思いである。


結局、ルイスのミードを4人で回し飲みして、ルイスにはエールを新しく頼んでもらった。

4人で酒をおずおすと飲みながら、話す内容はこの2年半の事だ。


出会いは最悪だった、から始まりファリステアの件に話が進むと、途端に思い出が溢れだす。

ブルーリング領に遊びに行って初めての依頼を受けた事、初めてのパーティ戦、ワイバーン戦、スライム狩りなんてのもあった。


戦闘だけじゃない。自主練習での事、授業の事、学園の行事の事……

沢山あり過ぎて、1晩では語り尽くせない思い出がある。


エルは別にしても、オレから見てこの2年半で1番長く一緒にいた者は、ルイスとネロなのは間違いない。

気の合う仲間達との酒は、どの世界でも最高に美味いのを、改めて再認識させてもらった。


オレ達の机では話は尽きず、笑い声も絶えず、笑顔で酒を飲んでいく……

楽しい酒だったが、エールを2杯ずつ飲んだ所でジョーからストップがかかった。


「お前等、最初に言ったよな?知らない場所では、ほろ酔いに留めろって。今の状態はどうだ?」

「そうだな……これ以上は止めておくか」

「兄さま、なんだかフワフワして気持ちが良いです」

「アルドが2人になったぞ!」

「あー、これが酔うって事か……悪くないな……」


それぞれの意見を聞くと、今が丁度 ほろ酔いでこれ以上は止めて置いたほうが良さそうだ。それと、ネロ……それはオレじゃない、エルだ。

飲み会はこうして楽しかった余韻を残し、全員がしっかりした足取りで自室へと戻っていく。


部屋割りはエルとオレ、ルイスとリーザスさん、ジョーとネロの組み合わせの2人部屋だ。

エルと2人で部屋に戻ると、何故かふと気になってしまった……もしかして“酔い”とは状態異常なんじゃないか?っと……


よせば良いのにオレは瞑想状態へ入り自分の魔力を観察すると、普段の魔力よりザワザワしている……何と言うか普段の魔力より落ち着きが無い感じなのだ。

試しに普段の魔力へと戻してみる……


暫くして魔力が戻ったのを確認し瞑想を解くと、先程までのほろ酔いの感じが消えて、全くのシラフの状態になってしまっていた。

エルを見ると気持ち良さそうにベッドに転がっている……


何か……もの凄く勿体ない事をした気分になりながら、オレもベットに横になるのだった。





次の日の朝、馬車が動き出してから昨日の事を聞いてみる。


「ルイス、ネロ、昨日はあれからどうだった?」

「オレは部屋に入って直ぐに寝たな。朝までぐっすりだ」

「オレも朝まで一度も起きなかったぞ」


「そうか……」

「どうした?あれから気分でも悪くなったのか?」


オレは昨日の回復魔法の件を話してみた。するとジョーが横から会話にはいってくる。


「あー、二日酔いには回復魔法が効くからな」

「そうなのか?」


「でもあれだ、急な戦闘をする時には効果的だぜ。すぐに酒精を抜けるからな」

「なるほど。要は使い方って事か……」


「そういうこったな」


そういってジョーは笑っているが、知っていたなら教えてくれても良いのではないだろうか。

今度、ほろ酔いのジョーの酔いを醒ましてやろう、と悪い事を考えながら馬車に揺られていく。





のんびりした旅を続けて10日が過ぎ、いよいよミルド公爵領へと入るわけだが、関所の騎士の質が明らかに違った。

リュート伯爵領側の騎士は明るく気さくに話しかけてくるが、ミルド公爵領側の騎士はイライラして声を荒げている。


すぐ前の商人など荷物にアポの実があったらしく、通行税とは別に20個ほど無理矢理、盗られていた。

騎士はアポの実を他の騎士にも渡し、笑いながら食べている……


正直、この時点で嫌な予感がしていたのだが、オレ達の番になり前に進むと騎士の1人が母さんに目を付けた。


「もうすぐオレは仕事終わりなんだ。少し付き合えよ」

「あら、私を気に入ったのかしら?」


「ガキと年増と山猿しかいねぇからな。たっぷり可愛がってやるよ。明日の朝には返してやるから、他のヤツらはそこの村で待ってろ」


関所のすぐ先に村が見える。きっとあの村には宿があるのだろうが……今は11:00を少し過ぎた所だ。

今日は次の村まで行く予定なので、こんな所でのんびりしている暇は無い。


因みに山猿はエルフの蔑称である。人族は木偶、獣族は野犬、ドワーフは土人、魔族は家無し、これを本人に言えば十中八九ケンカになる恐ろしいパワーワードだ。

言われた本人であるナーガさんは、俯いて拳を握りしめている……こわい……


「お誘いはありがたいけど、私は人妻なの。ごめんなさいね」

「オレは気にしないぜ。旦那はどいつだ?目の前でヒーヒー言わせてやるぜ」


コイツ……あまりのクズっぷりに流石のオレもムカついてきたぞ。


「ハァ、しつこいわね……振られたら、素直に引き下がりなさいな。だからモテないのよ」

「何だと……この女。ちょっと躾けてやるからこっちに来い!」


「面倒ね。アシェラ、お願い」

「分かった、お師匠」


アシェラはそう呟きながら騎士の手に少しだけ触れる……直ぐに騎士は、眼を見開き口を半開きにしながら涎を垂らし始めた。


「じゃあ、行きましょう」


母さんの言葉に馬車が進み始めると、後ろで怒声が響き何やら騒ぎが起こっている。

遠目ではあるが、先程の絡んできた騎士が、他の騎士に殴りかかっているのが見えた。


オレは空間蹴りで女性陣の馬車へと移動して、アシェラに何をやったのかを聞いてみる。


「アシェラ、さっきの騎士に何をしたんだ?」

「混乱の状態異常にした」


「お前……」

「お師匠への言葉を聞いて、あの騎士は一度、酷い目にあえば良いと思った。後悔はしてない」


何て恐ろしい事をするんだコイツは……オレもいつか混乱を撃ち込まれるのだろうか……状態異常回復の腕を磨かねば……


しかし、オレもブルーリング、カシュー、サンドラ、リュート、それなりに領の関所を通った事はあるが、このミルド領の騎士の質は悪すぎる。

母さんが絡まれている時でも、他の騎士は興味無さそうに知らん顔をしていたのだ。


「ナーガさん、このミルド公爵領ってどんな所なんですか?」

「そうですね。元々は7代前の王弟がリュート伯爵領より南を開拓したのが始まりよ」


「7代……1代20年前後として100~150年前ですか」

「約100年前の話ね。王弟は王国の期待通り、フォスターク王国の領土を南の海まで広げる事に成功したの」


「優秀だったんですね」

「ええ。そして王弟は王家から分かれて、新たにミルド公爵家として開拓した土地を与えられる事になったわ」


「……」

「ここからは噂と文献からの私の憶測よ」


「はい」

「恐らくは元王家としてのプライドが変に伝わってしまったみたいね。開拓したとは言っても街道の整備に、水路の整備、村や街の建設、田や畑の開拓、住民の誘致……実情は殆ど手が回って無いみたい。7代経った今でも街はミルドの街が1つだけ、村は王都までの街道沿いに点在するのみ……」


「……」

「遅々として進まない開拓に他領より広大な領地、元王家としてのプライド、理想と現実のギャップに苦しみながらミルド公爵家は貴族至上主義に走る事になったと思われます」


「それでトップが腐っていった……」

「そうね。徐々に領自体が腐っていったのだと思います。この領では女性の扱いが特に酷く、先程のラフィーナのように、無理矢理関係を持たされる事が当り前になっているとか……」


「……クズばっかりって事ですか」

「その人達も誰かに虐げられていて、更に立場の弱い者に向く……それが女性なのでしょうね」


「……嫌な土地ですね」


オレの言葉を最後に女性陣は何も言わずに口を閉じてしまう。


何も言わずに空間蹴りで男性陣の馬車に戻り、ナーガさんからの話を話してみた。

色々な意見は出たが、結局“嫌なら出て行くしかない”この答え以外は無いのかもしれない。


ふと、以前にマールが“最低でも100人の子供を作らないといけない”件で「子供だけなら立ち行かない女性を集めて産んで貰えば良い」と言っていた事を思い出してしまった……今、この瞬間にこの言葉が頭をよぎるオレは相当に心が汚れているのだろう。






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